第38話 『星座をなぞる』
フル・フレイムが直撃した前方の亡者どもは灰も残さず消えていた。後方の亡者共も炭化して崩れている。
だが最後尾の方の亡者は無数の亡者が肉壁となり熱で溶け地面にへばりつくだけで済んでいた。上半身だけになっても左手をこちらに伸ばし近づこうとしている。
そしてそのさらに後方の赤黒い肉球は変わらず脈動していた。表面は焼けただれていたが、肉球の中心から感じる霊核は損傷していないようだ。前方の亡者たちを盾にしたのか。
この亡者一体一体が霊気を用いた攻撃に対する耐性が銀獣より高く、俊敏だ。しかもそもそもこちらの霊気攻撃を察知し避けてくる。呪術を当てることも困難だが生半可な攻撃では傷一つ負わないようだ。
攻撃面も凶悪。やっていることは、ただ噛みつき鋭い爪の生えた手を振り回してくるだけ。だがそれは僕の霊気耐性を無視して物理で致命傷を与えてくる。加えて奴らの振り撒く腐敗した体液はミスリルの鎖帷子すら溶解してきた。
それにこいつらをいくら倒しても意味がない。やはり狙うは本体、すなわちあの肉球の内にある霊核だ。
見たところ霊気攻撃に対する耐性は亡者どもを遥かに上回っているが、こちらの攻撃を避けずに亡者どもを肉壁にした事から回避能力は無いとみる。
厄介だが直接最高火力のフル・フレイムを打ち込めば……そう敵の戦闘能力を分析していると後方の突然亡者どもの体がぐにゃりと溶け落ちた。
「なんだ!?」
血と肉のスープになったそいつらが、本体の肉球に戻っていく。
『警告。第四超越者ナダの進化ガ開始されました。ジガンテ・ブラキオン、グランテ・グラビティ、フル・フレイムを併用シタ即時火力攻撃ヲ推奨シマス』
再び響く女の声に疑問を持つ前に、霊気を一気に練り上げた。火の霊気を極限まで圧縮し拳に込める。力の霊気で膂力を向上。エンキの霊気で身体を軽くしてから炎翼展開。
爆炎とともに一気に肉球へ距離を詰める。正拳を放つ瞬間、エンキの霊気で拳を加重。
「フル・フレイム!!」
極光が煌めき世界を塗りつぶした。業火が全てを飲み込み一切を焼却する。洞窟の天井の岩が融解しマグマとなって降り注ぐ。地面は球状に溶解し跡形もない。周囲は僕を中心に完全に消え去っていた。ただ一つを除いて。
炎が消えた時、視界に映ったのは傷一つない肉球。拳が当たっている所が僅かに凹んでいるだけだ。それは足場を失い宙に浮く僕と同様に、空中で静止していた。
「そんな馬鹿な」
これだけの熱量にも関わらず、肉球の表面には火傷すらない。むしろ拳が触れている肉球はしっとりと冷たかった。肉が脈打ち拳の凹みが元の球面に戻る。
『攻撃命中の直前に第四超越者ナダの進化ガ完了しました。火・力・土の霊気ニヨル熱攻撃、物理攻撃、重力攻撃への完全ナ耐性を得ています』
女の声が脳内に響いた刹那、肉球が再び蠢き出し瘤が破裂した。中から出てきたのは先ほどの亡者たち。ぶりぶりと次から次へと生み出されては飛び出してくる。
「「ギャアアアアアアアアアアアア」」
来るッ。虫の様な翅で飛翔し、無数の亡者が顎を開いて突進して来た。
「フル・フレイム」
敵に向け手を伸ばし巨大な火球を放つ。火球が空気を焼きながら亡者に目掛け飛んでいくが、今度は誰も避けようとはしなかった。何事もなかったかのように炎を通り抜けてくる。
「クッ」
十本の尾に浮かびあがった無数の眼が亡者一体一体に焦点を合わせる。
「堕ちろ!」
駄目だ。一切干渉できない。霊気が弾かれる。ついに亡者の一体が僕の眼前に迫った。身体をひねりそいつ目掛けて十本の尾を振りぬく。
城壁すら打ち砕くであろう十重の打撃はガンッという音を立て亡者の左腕に防がれた。空中に浮く亡者は僅かも体勢を崩していない。完全に受け止められている。
亡者が首をかしげ歯をカチカチと鳴らす。
「ガアアアアアアアア!!」
右手が僕の尾を掴み爪が突き刺さる。そのまま尋常じゃない力で一気に尾が引き抜かれた。尾が引きちぎれ血しぶきが舞う。
「グアッ」
僕が怯んだ隙に後方から無数の亡者が取り付いてくる。堪らず残った九本の尾を盾にして猛攻をしのぐ。鉄より硬い鱗を纏う僕の尾が亡者によって噛み千切られ引き裂かれていく。
このままでは殺られるッ。尾を自切しなんとか距離を取る。尾を再生しようとするも亡者の腐敗した体液に触れた断面が爛れて再生できなかった。おかしいさっきは再生できたのに…… あいつが進化した後から再生ができなくなった。
『アースレッドの霊気もナダの進化にヨリ適応された事を確認。腐食性ノ体液に霊気による再生阻害ノ成分が含まれています』
「ハアハア」
残りの霊気量が少なくなってきた。一度引いて立て直すか?
『推奨シマセン。この空間カラ撤退するとナダb群体モ追って外に出ます。第四超越者ナダは進化にヨッテ霊核ノ破壊以外の死ヲ全テ克服しており、無性生殖モ可能です。ナダb群体が地上の帝都ムーンドールの住民を捕食し外部から霊気供給が可能になれば、ナダb一体一体が第四超越者ナダとなります。その場合99.9%の確率デこの星の生命は滅亡し、ナダ一種のみノ星となります』
「厄介だな。第四超越者ナダとは何なんだ。どういう存在だ」
『ホモサピエンスの言葉デ外ナル神。第四の使徒です』
全く説明になっていない。
とりあえず皇帝ムーンドールとバフェット以外にも超越者がいたのか。確かにこれほどの力を目の当たりにすると、まさに外なる神という眉唾物の話も納得するしかない。あまりにも生物という枠組みから外れた存在だ。
「弱点はあの肉球の中の霊核と思っていいか」
『相違ありません。受肉した超越者ノ場合、霊核の破壊は有効です』
「仮に奴の霊核を破壊できたとして、亡者たちはどうなるんだ」
『残存します。一体でもナダbを残せバ第2のナダとなる可能性ガあります』
「さきほど奴が進化する際に亡者どもを取り込んでいたな」
「第四超越者ナダは進化ノためにナダb群体を吸収しフィードバックを得る必要があります」
所々意味が分からない単語があるが、要するに奴らに進化を促すほどの攻撃を当て、全ての亡者が肉球に集約された瞬間、さらに別の種類の攻撃を当てる必要があるということか。
問題は、奴に二種類の強力かつ初見の術をぶつけないと倒せないのに、僕が使える呪術の中で奴に有効な術はもう一つしか残っていないことか。
「「ギャアアアアアアアアアアアア」」
思考をめぐらす間もなく、亡者が牙をむいて襲い掛かってくる。こちらの攻撃が通らないため、紙一重で敵の攻撃を躱しながら水と風と雷の霊気を練り始める。
「ゴフッ」
普段あまり使わない属性の霊気を練り上げようとしたため、自分の霊気が歪んだのを感じる。だが左手に水、右手に雷、肺に風の霊気を限界まで集約する。
次第に両手が輝き始め水と雷の球体が生まれた。それを洞窟の天井目掛け発射する。二つの球体は天井付近で重なり合い激しく発光。すかさず肺に溜めた風の霊気を天井目掛けて吐き出した。
次の瞬間、三種の霊気が融合しゴロゴロと音を立てて雨雲が形成される。黒い雲の中を蒼白い閃光が走った。
「雷鳴と散れ―エル・ラファール・テンペストッ!!」
雨雲を引き裂いて青き轟雷が招来された。刹那、洞窟内部を稲妻が走り廻り亡者どもを一斉に貫いた。
「「ギャアアアアアアアアアアアア」」
雷撃は亡者に風穴を開けたが、奥にいる肉球に対してはやはり致命傷とはならなかった。今回も亡者を盾に防がれた。この攻撃をもってしても、超越者ナダの霊核には届かないか。
やがて亡者の死体が血肉に溶け肉球に元に流れ始める。次に進化されれば僕が使える呪術で奴を倒しうる術はもう無い。だが……
「ずっと考えていたんだ。なぜ僕は魔法が使えないのか。呪術を学び霊気を操るすべを得ても、僕は僕本来の霊気属性は操れなかった。それが何故だったのか今ならわかる」
『警告。第四超越者ナダの進化が開始され―』
「君が干渉しているからだろう?」
『端末番号30番からの干渉を検知。レジストします……レジスト失敗』
「僕の霊気が歪むたびに君の声がよく聞こえるようになってきた。そして気づいたんだ。今なら僕から干渉できる」
時空の霊気を指先に集める。白い光が指先に灯った。その一点に自身の全ての霊気を集中させる。何人も拝謁すること叶わない極限の光が世界を照らす。指を天に掲げ、ナダをなぞるように振り下ろした。
「星座をなぞる」
世界が断ち切られた。それは全てを超え進化していく存在も例外ではない。肉球が空間ごと上下にずれた刹那、一気に盛り上がり血肉が弾け飛んだ。青い血の雨が降り注ぎ僕を塗らす。
霊気が歪んでいく感覚がもはや心地よかった。




