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第9話 『穏やかな夜』

 どうやって呪術を修行するか考えながら歩いていると、やがて小さな明かりが見えた。シュナの家だ。可愛らしい丸い窓から暖かい明かりが漏れている。


「ただいま戻りました」


「遅かったじゃない」


「いや目当ての調味料を探し回ってたら遅くなりました」


「で、買えたの?」


「いやそれが見つからなくて」


「間抜けね~。まあいいわ。お腹減った。早く夕飯の支度をしてちょうだい」


 相変わらずの暴虐武人な態度に苦笑しつつ、僕は小川へ水を汲みに行った。この家のいい所の一つは水源がすぐ近くにあるので、調理用も含めて色々と便利な所だと思う。


 水を汲んで家に戻ると、シュナが文字ブロックを丁度一つ作り終えて、次に取り掛かっていた。印刷を行うには文字の形をした凹凸をもつブロックがいくつも必要だ。


 それらを並べて文章を作り、インクを塗り紙の上にのせて上から押しつぶすことで文章が複製されていく。


「流石に早いですね。もう作ったんですか」


「まあね。こんな感じでいいのよね?」


 彼女が投げてきた文字ブロックをキャッチする。指で掴み直して、色んな角度から見てみる。凄い想像以上のクオリティだ。こんなに細かい文字をここまで精巧に……とても呪術で作ってるとは思えない。


 しかしこれだけでは足りない。本当は鋳型を作り上げ金属を溶かして量産したいが、原材料の用意や鍛冶屋の伝手を用意する時間がない。


 信じがたいことに呪術で作る方が微妙な温度管理や冷却といった職人の手間が省けるので、時短になるのだ。


「これと同じ文字のブロックをもっと作ってもらってもいいですか?」


「なんで? 各文字に一個ずつでいいじゃない」


「よく使う文字は多く用意しとかないと文章が印刷できないんですよ」


「ふーん。まあいいけど」


 それにしても凄いな。膨大な霊気を扱うのも困難だけど、こんなに少量の霊気を繊細に操ることもまた逆の方向に凄い。


「これ土の呪術なんですよね」


「聞かなくても分かるでしょ。あたしがこれ作ってるときに、チビっ子がこっそり霊気の流れを読んでるの知ってるのよ」


「……読むだけで、霊気には一切干渉してないのによくわかりますね」


「年季が違うのよ。年季が」


 やっぱりシュナさんは凄い。回復の呪術もそうだけど、僕はこっそり彼女が呪術を使うたびに空気中の霊気がどんなふうに動いているのかを見ていたのだ。


 もちろん霊気にはノータッチでバレないようにしていたつもりだったけど。


「ちなみに気づいてて何で止めなかったんですか?」


「どうせ真似できないからよ。呪術は師匠がいて初めてスタート地点に立てるの。パッと見ただけで理解できるほど呪術は浅くない」


 悔しいけど事実であった。恐らくだが呪術には、霊気の把握、干渉、変換、行使の四段階あるはずなのだが、把握はともかく干渉の段階から何も分からない。


 僕のイメージだと、干渉とは空気中の霊気をこちらが集めて纏める段階だ。実際に僕が手に入れた呪術の書にもそう書いてあった。でも彼女の場合、まるで霊気の方から彼女に集まっている様に見える。


「ほらこれで最後の一個よ」


「いやほんとにすごいですね。これであとは聖書が一冊手に入れば作業に入れます」


「ふ、ふん。褒めても何もでないわよ。あと、聖書の方も手に入りそうだわ」


「フェルゼーン王に頼んでくれたんですね! いやー流石だなあ」


 少し頬を赤くしたシュナさんは少し嬉しそうだったので、もっと褒めることにした。こうやって主人へのリップサービスを欠かさないのが快適な奴隷ライフのコツだ。


「なんかてきとーね。あんた本当に褒めてる?」


「え?」


「まあいいけどね。それより陛下があなたに興味を持たれたから、お会いしたいって」


「え?」


 その夜はシュナさんの爆弾発言に震えながら床に就いたが、全く眠れなかった。明日のフェルゼーン王との面会で悩んでいるのもそうだが、それより深刻なのは僕の寝床が床であることだ。


 麻の布を二枚重ねて下に引いているけど、貴族生活の時よりも圧倒的に寝心地が悪い。シュナさんはいい気なもので、ベッドでぐっすり眠っている。


 元の世界では魔法が使えないという理由で自分の境遇を嘆いていたが、自分がいかに恵まれた環境にいたのか気づかされた。とは言えあの羽毛ベッドが恋しい。


「本当に恋しいよ」


「……しょうがないわね。こっちにきていいわよ」


「はい?」


「なんで自分だけこんな目にとか思ってもね、耐えるしかないの。耐えて、前に進むしかないのよ。ほら今日は寒いから特別に入れてあげるわよ」


 ……さては僕がベッドを恋しいという意味で言ったのを、家族が恋しいだと勘違いしたな。誰が家族なんか恋しがるものか。むしろこっちの貴族も魔法も家族も何にも関係ない生活の方が百倍気楽でいい。


 そう思った僕は彼女の言葉を無視して目を閉じた。瞼を閉じた暗い視界の中にギル爺の顔が浮かんだ。


「もうしょうがないわね」


 シュナが僕を両手で抱えて無理やりベッドの中に連れ込んだ。鍛えられた身体は硬かったけど、柔らかくて暖かかった。


 が、僕は直ぐに後悔することになった。


 彼女はものすごく寝相が悪かったのである。子供の力では彼女の抱き枕状態を解除できず、あわや圧迫死しかねなかった。明日絶対に自分の布団を買ってやる。そう僕は心に誓い眠りについた。

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