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第34話 『侵入』

 時は少しさかのぼり、アスピアの本邸でマリアとアイリーンは二人で間食を取っていた。


「はあ心配です」


「リオン様ならご無事ですよ。あの方が暗殺者程度に後れを取るはずありません」


 マリアの用意した式用の料理の余りをつまみながら、アイリーンはすました表情で返答した。


「それも心配ですけど、式が無事に進むかも心配なんです。リオン様、引っ込み思案な所がありますから、緊張してないといいのですが……誓いの言葉とか噛まないかしら」


 ぱくぱくとステーキを頬張る彼女に、アイリーンはジト目を送った。こんなに食べているのになぜ太らないのかしら。全部胸に行っているのか。密かに自分のと比べてショックを受けていると、再び彼女が口を開いた。


「音楽隊の方々はちゃんと持ち場に着けたでしょうか。神父さんはだいぶご高齢と伺いましたが道に迷っていないでしょうか。やっぱり私も向こうに行った方が良い気がしてきました」


「マリアさん。心配しすぎですよ」


「お料理に毒が入れられたりでもしたらどうしまよう。回復魔法が使えるのは当家で私だけですし」


「大丈夫です。そうならないようにこちらで料理を作って転移陣で向こうに運んだのですから。式の最中も刺客は香り付きの招待状で分かります。怪しい動きをしたら直ぐに捕まります」


 心配げな彼女の手を握って落ち着かせようとすると、ぽつりと彼女が呟いた。


「アイリーンさん。リオン様は神様ではないのですよ。まだ十八歳で大人にもなり切っていなんです」


「リオン様が判断を誤る事はありません」


「いいえ間違えない人なんていません。だから私たちがいるのでしょう?」


 頭を叩かれたような衝撃が走った。私はアスピア家の筆頭執事。主を信頼するのと猛進するのは違う。私の目を見つめてくる彼女の真剣な瞳に、突如として気づかされた。


 違和感。その瞬間、彼女の脳内にこびり付いていた違和感が急速に脳内に広がった。ソレイという元刺客が伝えた暗殺者達の策は穴だらけだった。式場に潜入して招待客を虐殺し、しかも捕まらずに逃亡する?


 リオン様だけでなく、シェリル様だって元辺境伯だ。普通の貴族とは次元の違う強さ。ましてや魔獣討伐隊や招待客の中には近衛騎士団もいる。


 不可能だ。


 圧倒的格上を始末するには相手の行動を縛る必要がある。まず考えられるのは人質。ふつう真っ先に考え付くのは家族だ。


 しかしリオン様と父君と兄君の関係が冷え込んでいることは調べればすぐわかる。なら次は婚約者のシェリル様だ。しかしシェリル様ご自身がお強いし、護衛には鼻の利くナナが常についている。


 まさか一介の侍女を本気で人質に狙うのか? 大貴族がたった一人の使用人と自身の命を天秤に掛けると判断するなんて。


 あり得ない。浮かんだ違和感を合理的に棄却しようとし、大切な主人の言葉が脳裏をよぎった。


『人の感情というのは難しいんだよ。皆が合理で動くとは限らない。相手の心情を考慮に入れとかないと、判断を誤ることもある』


 くっ! 居ても立っても居られなくなり立ち上がる。


「アイリーンさん!? 急にどうされたのですか?」


「マリアさん。本邸に行きましょう」


 部屋を出ようと扉の方に向きながら、後ろ手で彼女の手を取ろうとする。しかしその手は空を切った。


 咄嗟に振り返ると姿は見えないが何者かが首筋にククリナイフを突き付けていた。


「私の存在に気づいたノカ? いや違うナ。推察カ。少し早いが始めるとしヨウ」


「どうやってここに」


「お前と会話する気はナイ。アスピア辺境伯に伝えロ。後一分以内にここに来いとナ」


 思わず唇を噛み締める。遅かった。私がもっとしっかりしていれば! 


 少しでも敵の情報を掴まないと。何人いる? どうやってアスピア領に来た? 


 まずい。時間を稼がないと。人質はリオン様を脅すために取っている。だから私が反抗してもマリアさんが殺されることはないはず。


「伝えるも何もここはアスピア辺境伯領です。帝都に行くには転移陣に乗る必要があります。当家では転移陣に乗れるのはアスピア辺境伯様とシェリル様だけ。お二人がこちらに来ない限り伝えるのは無理ですね」


「下らない嘘はやめロ。お前が帝都のアスピア別邸に居たことは確認済みダ。ついでに言うと、この人質が回復魔法を使えることも知っていル。さっさと帝都に行かないとこいつの目玉をくり抜き、耳と鼻を削ぎ落ス。回復魔法で治ったら、精神が発狂するまで繰り返ス。回復魔法は壊れた心にも効くのか実験してみるカ?」 


「アイリーンさん! 駄目です。私の事は良いですか―ゴフッ」


 男がマリアさんの口にナイフを突き立てた。ナイフが彼女の舌を突き破り口から止めどなく血が流れだす。


「マリアさん!」


 止めどなく血が流れる口元を抑えるマリアさんに思わず近づこうとすると、彼女がこちらに手を出して制止した。


「リオン様には来ないでくださいと伝えて下さい」


「もう傷が治ったのカ。回復魔法は便利ダナ」


 そう言うと男は無造作にナイフを彼女の顔に突き立てた。


「まって!」


 ククリナイフの先端が彼女の瞳すれすれで止まった。だめだ。私では魔法も使えなければ呪術も使えない。私はなんて無力なんだ。


「伝えてくるわ。だから彼女を傷つけないで」


「一分以内にアスピア辺境伯が着たらナ。それを過ぎれば一分ごとにこいつの身体はナイフで切り裂かれる」


 私は男の言葉を無視し駆け出した。そのまま転移陣に飛び乗り別邸へと転移した。

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