第32話 『ケジメ』
オーグとソレイと密会した次の日、書斎でアイリーンと事務仕事をしていると扉がノックされシェリルが入って来た。その浮かない表情から話の内容は大体想像つく。
「ついにか」
「すまない。なんとか説得しようとしたのだが……」
それはルルさんからナツとの決闘をするので見届け人となって欲しいという連絡だった。
「馬鹿馬鹿しい。貴族同士の正式な決闘ならともかく、両方とも爵位はないのですよ。一般市民に決闘などというものはありません。ただの喧嘩です。辺境伯様が一言決定に従えと言えば済む話です」
アイリーンが書類から目を離すこともせず、筆を走らせながら淡々とした口ぶりでそう言った。
「力で抑えても心がついてこない。表面上だけまとまっている組織は脆くなる。ルルさんだって頭では分かっているはずさ。ケジメが必要なんだ」
「ではナツが負けた場合はどうするのです?」
「アイリーンはナツが負けると思ってるの?」
そう聞き返すと彼女は書類の束を机でトントンと叩きながら素っ気ない口調で返答した。
「私はそう言ったことは専門外なので、分かりかねます」
「リオンはどうなると思っているのだ」
不安げな表情で尋ねるシェリルに振り返る。
「そりゃもちろん―」
*
別邸に着くと既に皆は庭に集まっていた。ルルさんは赤茶色の髪を後ろに束ねた甲冑姿だった。ただし魔法で造った石の偽足だけは鎧を纏っていない。その両手はメイスの柄を握っており、岩で出来た槌頭が地面にめり込んでいた。
一方のナツは皮のアーマーを装備しただけ。対魔獣には生半可な防具よりは軽装の方が良いが、対人戦となると如何にも心許なく見える。腰には銀獣の骨から削りだした短剣を帯びていた。
周りには緊張した様子のシェリルと不安げなマリア。無言で腕を組んでいるギムリと焼き魚を頬張っているナナが見守っていた。
「ルル姉~ この生意気なガキんちょ、わからせてやるの~」
「さて……では、これよりルルとナツの決闘を開始する!」
ナツが短剣を抜いて構えた。一方のルルは不動の構え。どうやら先手はナツに譲るらしい。
ナツの中の霊気が短剣に流し込まれる。銀獣の短剣がそれに反応し、バチッと青い火花を散らした。
次の瞬間、逆手に短剣を握り駆け出した。そのまま彼女の右半身に潜り込み、短剣を振り上げる。刀身が鎧に触れる直前、鎧を岩が覆った。
ガチンと金属音と共に火花が散る。全く歯が立たなかった短剣は持ち主の手と共に大きく後方に弾かれた。体勢が崩れたナツ。その横っ腹にルルが両手で握ったメイスを振り抜いた。
「ゴフッ」
ゴキッと何かが折れる音と共に少年の体が吹き飛ぶ。地面を転がって地面に倒れ伏す。
「ナツくん!」
慌てて駆け寄ろうとするマリアを手で制し、ナツに声をかける。
「もうやめるかい?」
「に、兄ちゃん。こんなのよゆうだよ」
「虚勢を吐くな。手加減はしたがあばらは折った」
そう言い放つルルさんの言葉を無視し、ゲホゲホと唾液を吐きながらも立ち上がるナツ。
再び正面に短剣を構えた。身体の霊気が短剣に流し込まれていく。時間は掛かっているが丁寧だ。銀獣の剣が青く発光し始めた。
それだけでない。身体の全身に霊気が行き渡り始めた。ナツの茶髪が逆立ち、身体の周りでバチバチと放電している。
「何度来ても無駄だ」
「やってみないと、分かんないじゃん!」
ナツが一直線に突貫した。想定以上の速さに目を見開くルル。だが直線故に攻撃箇所の予想はしやすい。剣先に合わせ鎧に魔力を流し岩で覆う。
攻撃を防いだら今度こそ叩き潰す。そうルルがメイスを握る力を強めた刹那、剣先の軌道が突如下へとずれた。咄嗟に体を捩じるも剣が右の脇腹を掠め、鉄製の鎧を切り裂いた。鎧の破片と共に血が飛び散る。
だが多少の手傷で怯むルルではなかった。脇を切り裂き通り過ぎようとするナツの背にメイスを振り抜く。だが少年が駆け抜ける方が一歩早かった。メイスの頭部が軽く背を掠るのみ。それでもレザーアーマーの表面は削り落とされていた。
「なぜ」
防御を躱された事に疑問がルルの口をつく。無理もない。しかしナツのやつ霊気の流れを読むのが巧くなっているな。ルルさんが防御の為に鎧の上に岩を纏おうとしたのを霊気で察知したのだ。
もう重装備で攻撃を受け止めカウンターで仕留めるルルさんの戦法は機能しなくなった。それではナツの速さに追い付けない。
同じ判断をしたのかルルさんが偽足の右足に霊気を流し込み始めた。霊気の流れが変わったことにナツも気づき、警戒の表情を浮かべる。
「ならこれはどうだ!」
ルルが偽足で地面を踏み抜いた。石の偽足が地面に潜り込むや否や、急速に伸び始め地中を進み始める。そのままナツの足元に到達した途端、地面から突き出した。
霊気で動きの見えていたナツはなんなくそれを躱す。しかしそれを予想していたルルは偽足を地面の中で枝分かれさせ、まるで槍の様に何本も真下から突き出した。
「わっ!」
電撃を纏った高速移動で石槍を躱しながら、ジグザグ軌道でルルの懐に潜り込む。剣が突き刺さる刹那、彼女の全身を岩が覆った。火花と共に短剣が弾かれる。
「終わりだ」
全身の岩の防御を解き、メイスを振り抜こうと腕を曲げた。体勢の崩れたナツでは剣の防御は間に合わない。だが彼の目は諦めていなかった。
「解放!」
ナツが身体に溜めていた雷の霊気を解き放った。攻撃で体を動かすために、岩の防御を剥がしていた彼女の体を電撃が激しく打ち付けた。ビリビリと痺れる身体に向けてナツが短剣を振り抜く。
だが斬撃が当たる直前に再び岩の鎧が展開され刀身が弾かれた。電撃も地面に突き刺さった彼女の偽足を通して地面に流れ消える。
「なるほど。貴方に対して岩の防御を外すことは得策ではないようですね」
ルルの言葉を無視しナツが何度も電撃を纏った短剣で切りつけるが、激しい火花が散るだけで全く有効打にならない。
「硬ってえ。でもその状態じゃ、そっちもなんもできないよ!」
「それはどうかな」
突如ナツの足元の地面が盛り上がり槍が突き立った。ギリギリでそれを躱すも地面からの攻撃は一向に止まない。
「ず、ずるいよ!!」
「魔獣にもずるいと言うつもりか!」
ルルが叫ぶと、瓦礫が宙に集まりだし巨大な岩塊が形成された。
「弾けろ」
岩塊から石礫がナツ目掛けて高速で連続射出される。同時に地面からも岩槍が突き上げられ、どんどん逃げ場が無くなっていく。やがて銀獣の霊気で強化した身体能力でも躱しきれなくなったのか、石礫が彼の身体を打ち付け、岩の槍衾がレザーアーマーを削っていった。
岩塊を構成する石礫が全て射出され無くなったころには、ナツの身体はボロ雑巾のようになっていた。レザーアーマーは見る影もなく、頭からは血を流し露出した腕は青く鬱血している。
「もうやめてください! リオン様!」
「ルル! やりすぎだ!」
ナツに駆け寄るマリアとルルを叱りつけるシェリル。
「……これが現実だ。少年。確かに私はお前の事を見くびっていたようだ。そこまで粘った根性は認める。だがな、気持ちだけでは魔獣と戦うことなどできない……マリアさん、この子を手当てしてあげてください」
回復魔法をかけようとマリアが手を翳した時、彼女の手をナツが跳ねのけた。
「ナツくん?」
「……」
笑っている。頭から血を流し朦朧とした状態だろうに、ナツは今確かに笑っていた。気持ちだけでは魔獣と戦えない?
違う。魔獣と戦うのに最も必要なのは狂気だ。理性も経験も技術もあくまで人でいるための寄る辺に過ぎない。魔獣を殺すのは狂気。
「マリア。危ないからこっちに来なさい」
「は、はい」
ナツの身体が激しく青く放電し始めた。身体はその負荷で傷つくどころか再生し始めている。異変に気付いたルルさんがナツとの直線状に岩壁を形成し始めた。メイスを構え迎撃の姿勢を取る。
ナツの身体がぶれた。次の瞬間、青い稲妻が瞬く。一枚目の岩壁は生成が間に合わず、辛うじて間に合った二枚目と三枚目は電光が貫いた。
三枚目に罅が入りルルの目に青い閃光が見えた刹那、彼女はメイスを振り抜いた。
「そこまでだ」
右手でナツの腕を握り、左手でルルさんのメイスを握り動きを止める。このままいけば相打ちだった。
「両者引き分け」
「に、兄ちゃん。オレ―」
何か言いかけ気絶したナツを受け止め、ルルさんに振り返る。呆然とした表情の彼女に問いかけた。
「なぜ岩の鎧を纏わずメイスで迎撃を選んだのだい?」
「……貫かれると思いました。守りに入り殺しに行かねば喰われると……この少年が魔獣に見えた」
「気は晴れた?」
暫く押し黙った彼女を静かに見守っているとやがて立ち上がり、深々と頭を下げた。
「私が間違っていました。この少年は強い」
「わだかまりは中々解消されないかもしれない。でもナツもアイリーンも一生懸命にやっている。フェルゼーンのことはまだ許せなくても、彼らの事は受け入れてあげてくれないかな」
「……はい。少年が目を覚ましたら、彼とアイリーンさんに数々の暴言を謝罪しに行きます」
「うん。マリア、みんなを手当てしてあげて」
「はい!」
急いで駆け寄って来たマリアにナツを預けて、僕はギムリの元へと向かった。
「この勝負の結末、どう予想していた?」
「相打ちですな。しかしリオン殿が中々止めに入らぬから、正直肝を冷やしましたぞ」
そう言って安堵した様子で座り込むギムリの隣に僕も座った。
「ねえ、ナツに対して厳しすぎるかな?」
「魔獣と戦い命を落とすよりよっぽどよい」




