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第31話 『暗躍』

 三人の指輪を作ってから数日、いまだにマリアには告白できていない。中々辺境の本邸に帰れないと言うのもあるし、周りに代替人が居ると言うのもあるが、目が合うとどうしても挙動不審になってしまうのだ。


 そんなこんなでひよっている内にも式の準備は着々と進んでいる。並行して進めている四辺境筆頭執事会議へ向けた資料作りも順調だった。ナツとギムリはなにやら二人で特訓をしているようだ。


 そして夜も更けた頃、書斎の椅子に腰かけフェルゼーン語の書物を読んでいると、二人の霊気が近づいてくるのを感じた。真鍮の窓鍵に目をやると、錠が霊気によって浮き上がった。


「鍵は空けたよ。入ってきなさい」


 そう言うと二人の男女が窓から入り込み、床に片膝をついた。入ってきたのは元ヨギル家の暗殺者だったギガンテスのオーグと、キュラン侯爵家のご令嬢のソレイ。


「収穫はあった?」


「ズットヨギル家ノ屋敷ヲ見張ッテタケド、筆頭執事ノ姿ガ見エナイ。リオンサマノ言ウ通リ、長ノ正体ハ、ヨギル家ノ筆頭執事ダト思ウ」


 そうか。ここ数か月ヨギル家をオーグに見張らせていたが、筆頭執事が公の場を含めて姿を見せていない。やはり地下墓の暗殺集団の長は彼である可能性が高いな。


 ヨギル家の筆頭執事は代々分家の者が務めているらしい。今代の筆頭執事はライマール・ド・ヨギル。


海産資源から得た富と政略結婚で得た権力で宮中を操るのが表のヨギル家当主の顔だとするなら、その裏で暗殺や謀り事で政敵を亡き者にするのが、分家の当主にして筆頭執事の影の役目。


 この情報をメテルブルクの筆頭執事のオグロから得た僕は、その裏取りをするためにオーグを監視の任意付けていた。


「監視ありがとう。引き続き筆頭執事だけでなく、ヨギル家当主とその息子の監視頼むよ」


「ワガッタ」


 そう言って片膝をつくオーグに対し、ソレイの方はよほど初対面のあの日がトラウマだったのか青ざめた表情で黙りこくったまま動かない。


「ソレイ?」


「は、はい。私はちゃんと式の招待状を渡しました」


「その場には誰が居た? 反応は?」


「長と三人の仲間がいました。特に疑われる様子は無かったと思います」


 嘘をついているようには見えない。だが暗殺者たちは長の魔法で姿を隠せる。ソレイが彼らに尾行され僕の屋敷に向かっていることを見られているかもしれない。


 結婚式の招待状はわざと渡しているということを、向こうに見破られている前提でいた方がいいな。


「密会した場所は例の地下墓か?」


「はい。毎回長の手下に密会場所に案内されるのですが、いつも信じられない深層まで案内されます」


 あの地下墓は妙な雰囲気がする。この前行った場所までならともかく、あれ以上の深層となるとどんな罠が張ってあるかわからない。やはりソレイを付けて行って直接密会場所を襲撃するのは止めた方がいいか。


 だがこっちが乗り込まないなら向こうが僕を暗殺するには、こちらの懐に入り込むしかない。結婚式には必ず仕掛けてくるはず。


 さて、どう仕掛けてくる?


 *


 一方その頃、帝都の貧民街の外れにある地下墓地……その深層にて黒衣を纏った四人が集っていた。それぞれ猿、犬、鳥、老人の面を付けている。


 犬の面の男が長に進言する為、片膝をついた。


「長、やはりソレイは裏切っています。殺しますか?」


「殺せば、アスピア辺境伯にこちらが罠を見破っていることを勘づかれてしまウ。奴は泳がせてオク」


「しかし罠が張られているとなれば、標的を暗殺するのは困難きわまる」


 猿の面を付けた男が野太い声でそう言うと、長が後ろに控えている翼の生えた女に手で指示を送った。女が資料を一部ずつ配る。


「アスピア辺境伯の戦闘記録ダ。読んでミロ」


名前:リオン・ド・アスピア

年齢:十八歳

出身地:東ムーンドール。メテルブルク領。

爵位:アスピア辺境伯

官位:近衛騎士団長


 指示を受けた二人が資料を読み進めていく。だが読み進めていくにつれ、面の男達はその異常な戦績に沈黙することとなった。


「こ、これはまことですか?」


「アア。幼少期は魔法が使えないとされまったく影の薄い男だったが、決起式で黒獣を倒してからが凄まじイ」


 その戦闘記録は、決起式での黒獣戦、メテルブルク結界外の魔獣の殲滅戦、フェルゼーンの騎士団長の襲撃、ガルディアン山脈でのエンキ及びアスピア魔獣討伐隊団長との戦闘、直近のメデュラモン火山での魔獣討伐について、詳細に記されていた。


「なぜ魔法が突然使えるようになったのでしょうか?」


「いやアスピア辺境伯が使っているのは魔法ではナイ。呪術、フェルゼーンの技ダ」


「呪術とは?」


「調べているがフェルゼーン語を解読できねば詳細を知る術が無イ。分かっていることは空気中の霊気という名の魔力を操ることで、魔法と同様の事象を創り出せる術ということだ。だが原理はどうでもイイ。それで奴に何が出来るのかダ」


 資料を読み進めるとアスピア辺境伯は使用した術について一覧がまとめられている。


 <炎系の術>

◇フレイ:灯火を出す

◇フレイヤ:球を放つ

◇フレイム:巨大な火球を放つ

◇フル・フレイム:超巨大な火球、あるいは熱線を放つ

◇シューティング・フレイム:身体を炎と化し高速移動する

◇その他:背中から炎の翼を生やす


 <土系の術>

◇バル・ロック:三本の岩の槍を放つ

◇バル・グランス・ロック:巨大な岩石もしくは岩の槍を放つ

◇その他:開拓地を覆う土の壁の構築、広範囲の土地の整地


<属性不明の術>

◇グランテ・グラビティ:焦点を合わせた対象の重さを操作し、引き寄せ反発させることも出来る

◇ブラキ:身体能力を向上させる

◇ブラキオン:身体能力を大幅に向上させる

◇ジガンテ・ブラキオン:身体能力を超大幅に向上させる

◇その他:魔力を持つ者あるいは魔獣を感知できる。感知範囲は推定半里ほど。


<その他の特徴>

◇爪:硬度はナズベル家の筆頭執事の剣技を受け止められるほど

◇尾:硬度はフェルゼーン騎士団長の槍撃と打ち合えるほど

◇角:謎の波動を放つ。これによりオーグの隠密の魔法が解除されたことを確認


<備考>

 アスピア辺境伯自身の魔法属性は、彼がレティシア・ド・メテルブルクの次男である事、またその頭髪が白色である事を以て、時空間属性だと推察される。しかし現在に至るまで戦闘に時空間魔法を使用した事例は確認出来ていない。時空間魔法を敢えて使用せず、呪術のみ使用する積極的理由が無いため、何らかの理由で時空間魔法の使用は出来ないと推察。なお毒物への耐性は不明。しかし侍従の中に回復魔法の使用者が居る事を確認。毒物は治癒される懸念有り。


「これ程の情報をどうやって?」


「私とそこのラナーハで調べタ。上空からその千里眼でな。ナズベル家の筆頭執事との戦闘も監視させていタ」


 ラナーハと呼ばれた鳥の面の女が頭を下げた。


「見た通り遠距離、近距離共に隙が無イ。またこちらの隠密魔法などへの絡め手も感知されてしまウ」


「まさに人外の強さ。理外の存在か」


「社会的に抹殺するしかないですね。結婚式の招待客は皆貴族階級とのことですし、式に潜入して招待客を虐殺するのはどうですか? 自身の主催する式で大勢の死者を貴族に出せば奴の評判も地に堕ちるでしょう」


 犬面の男が軽薄な声でそう言い放つと、長が諭すように語りかけた。


「招待客の虐殺を標的が黙って見てはいまイ。ある程度は殺せるかもしれないが、途中で取り押さえられるダロウ。我々は皆、ヨギル家に縁がアル。身元が割れヨギル家の手の者による虐殺と分かればヨギル家も滅ぶゾ。だが発想は良いナ。それは本当の策を隠す、表の策として使オウ」


「本当の策?」


 猿面の男が長の意見を仰ぐと、再び鳥面の女が次の資料をそれぞれに手渡した。資料にはアスピア辺境伯に関する人間関係が事細かに記載されていた。


<家族構成>


名前:バラン・ド・メテルブルク

続柄:父

年齢:五十一歳

爵位:メテルブルク辺境伯

官位:無し

出身地:中央ムーンドール。ベルメス領。

評価:標的との人間関係は劣悪。人質の適正無し。


名前:レティシア・ド・メテルブルク

続柄:母

年齢:享年二十九歳

出身地:北東ムーンドール。メテルブルク領。

評価:死亡済み。山道の崩落事故により消息不明となる。事故後一年で捜索活動は打ち切り、認定死亡。


名前:マルコム・ド・メテルブルク

続柄:兄

年齢:二十二歳

爵位:メテルブルク子爵

官位:無し

出身地:北東ムーンドール。メテルブルク領。

評価:標的との人間関係は劣悪。人質の適正無し。


<交友関係>


名前:シェリル・ド・アスピア

関係:婚約者

年齢:十八歳

爵位:現時点爵位無し(実質的にはアスピア辺境伯夫人)

官位:無し

出身地:南東ムーンドール。アスピア領。

評価:標的との人間関係は良好。魔法属性は水。戦闘記録を踏まえた脅威判定は高。また正式な婚姻関係は結んでいないものの、アスピア辺境伯としての地位はリオン・ド・アスピアに譲渡済み。護衛に猫族がついており、こちらの隠密魔法が看破される可能性は高い。以上を踏まえ、人質の適正は中程度とする。


名前:マリア

関係:侍女

年齢:不明

出身地:不明

評価:標的との人間関係は良好。魔法属性は愛。戦闘記録は無し。確認された使用魔法は回復魔法のみ。脅威判定は低。また標的と行動を共にしている姿が目撃多数。現在はアスピア辺境伯領に匿われている。人質の適正高。


「どんな人間にも弱点はアル。徹底的に奴の事を調べた結果、我々の暗殺が始まる前はいつも侍女が標的の傍に居た事が判明しタ。事実近衛騎士の勤務が終わり城を出て来たアスピア辺境伯を迎えに行っていた彼女の姿が何度も目撃されてイル。そして標的も明らかにこの女性を大切にしてイル。名はマリア。今はアスピア辺境領に匿われてイル」


「アスピアは攫うには厄介ですね。そもそも人質に取ったとして、有効に働きますかね? いくら大切にしているとは言え、侍女でしょ?」


 そう疑問を投げかけた男に長が不敵に嗤った。


「確実にマリアという女は人質として有効ダ。集めた情報がそう語ってイル。奴が本当に侍女を守りたいのであればむしろ、帝都から遠ざけるべきでなかっタ」


「というと?」


「そうすれば周囲からはただの侍女にしか見えなかったダロウ。リオン・ド・アスピアは合理的な男だ。自らの行いが他者からどう見えているかまで計算づくの奴ならば、普段ならそれに気づけたハズ。その思考に至らなかったことこそ、この女が合理的な思考を失わせるほど重要な人物という証拠だ」


 確信をもった長の言葉に部下たちが静かに片膝をついた。闇の中で暗器が怪しく光る。


「殺すと定めたのなら必ず命を刈り取ル。それが我らヨギル家のいや、墓守の末裔の矜持。奴を殺す手立てはアル。安心シロ。もう策は半分成ってイル」

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