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第29話 『内緒話』

 アスピアに帰るとシェリルたちが待ってくれていた。


「ただいま」


「おかえりリオン」 


 そう言ってしばらく見つめ合っていると、ジトっとした目で唇を尖らせた。


「久しぶりに再会したと言うのにそれだけなのか?」


「え!? 久しぶりと言ったって一週間も経ってないし」


「むぅ」


 本気でむくれだした彼女をそっと抱きしめる。ドレス越しの華奢な身体から柔らかいぬくもりを感じた。


「会いたかった」


「最初からそれでいいのだ」


 暫くそうしてから屋敷の中に入り、僕が不在の間の出来事を聞いた。どうやら何かと貴族とのお茶会や僕が不在の間の領政などで手が離せない間、マリアが献身的に結婚式の準備を主導してくれたらしい。


「リオン兄ちゃん……いちゃつくなら家の中でやってくれよ~オレつかれたから先部屋に戻って寝てもいい?」


 顔を赤くして固まったシェリルの代わりに、舐めた口を利くナツの頭を笑顔でガシガシと撫でる。


「いいからあっちいけほら」


「へ~い」


「……それでなリオン。今日はマリアをこっちに呼びたいのだがいいか?」


「どうかしたの?」


「式場は賓客の事も考えてアスピアのここ帝都別邸にしただろう? そうなるとマリアは許可が無いとこっちに来られないから準備がしにくいそうなのだ」


「ああ。それはそうだね。今日は午後も空いているし、僕もいるから呼ぼう」


 そんなことで使いをやらせると暫くして、メイド服を腕まくりして目をギラギラさせたマリアがやって来た。なんか凄く燃え上がっている。


「リオン様。招待客の一覧はもうご確認されましたか?」


「えっいや近々見ようと」


「では今日見て下さいね。ドレス選びは進めていますが、やはりリオン様の式服が決まらないと。二人並んだ時の見栄えも大事です。なので今日は仕立て屋にもいきますよ。それにお料理や式場装花もそろそろ決めないと。後、式で流す曲はどうするのです」


「曲なら儂が歌うぞ~」


 ナズベル家からしっかり謝礼で貰って来た酒をダバダバ飲んでいたギムリが、呂律の回らない声で酒瓶を振りかざした。さっきから静かだったのはずっと飲んでいたからだったのか。


「絶対に歌わないでくれ」

「絶対に歌わないでくださいね」


 シェリルとマリアの声が被る。ギムリの妙に音程の外れた歌好きなんだけどな。式には貴族の方々も招いているからやばい空気になるか。


「リオン様! 何を惚けているのですか。さあ時間がもったいないです。馬車に乗って出発しますよ!」


 こうして久しぶりの我が家に足を踏み入れることは叶わず帝都へと強制連行されたのだった。


 *


 時は少し戻り、リオンがナズベル辺境領から帰る日の朝。早起きしたシェリルは一人本邸から少し馬で走った所にある湖に散策に出かけていた。


 少し肌寒い澄んだ空気の中、湖面は澄み渡り対岸の森は霧に覆われていた。その遥か後方には霊峰ガルディアン山脈が聳え立っている。


 膝を曲げて草原に座りながらしばらく物思いにふけっていると、後ろからぽかりぽかりと軽やかな馬蹄の音が聞こえて来た。


「綺麗な所ですね」


「マリアか」


 お日様のような優しい香りに振り向くと、彼女の茶髪が陽だまりに照らされ輝いていた。


「クッキー持ってきちゃいました。一度やってみたかったんです。森の中の湖の畔でお茶会なんて素敵じゃないですか?」


「ふふっそうだな。私もこういうお茶会なら好きだ」


「帝都でのお茶会はそうではないのですか?」


 心の内を見透かされたようなマリアの言葉に思わず言葉に詰まる。ただどうしてか彼女に話したくなった。


「あれは有力貴族との人脈を築き派閥を大きくしつつ、他の宮廷貴族の動向を聞き取る事が目的だからな。気取った会話も疲れる。あることない事聞かなくてはいけない。きっと私も陰で何かしら言われているだろう」


「ずいぶん溜まっているのですね。たまにはリオン様に愚痴をぶつけてみればどうですか?」


「リオンはとんでもない重圧と責任を負っているのだ。こんな事であいつの悩みを増やしたくない」


「シェリル様だって、リオン様がさばききれない分の領政をされているのではないですか。それにお茶会だって大切なお仕事なのでしょう?」


「リオンの仕事に比べれば児戯に等しいさ」


 さらに溢れそうになる言葉を口に入れたクッキーと共に呑み込む。晴れない気持ちのせいかクッキーの味はしなかった。


「リオン様が仰っていました。開拓や新交易路と突っ走っていても帝都でアスピア家が孤立しないのは、シェリル様が貴族の方々の不安や恐れを聞いているからだと」


「大したことじゃない……それに私は普段こんな口調だろう? 音楽や舞台鑑賞より、馬に乗って森を駆ける方が性に合っているんだ。帝都のご令嬢を見るといつも思う。私はなんてガサツな人間なんだろうと」


 込み上げた思いが止められない。弱音を吐いてしまう自分も嫌だった。


「リオンだって本当は帝都のもっと可愛らしいご令嬢と結婚したいんじゃないか。私を超越者バフェット卿から守るために、結婚してくれるだけなんじゃないかと。本当は他に妻にしたい人がいるんじゃないか」


「昔リオン様は魔法が使えず貴族から卑下されていた頃、あの方は人目を全く気にされておりませんでした。でもシェリル様にだけは情けない姿を見せるのを嫌がっておりました。きっとそれはリオン様もずっとあなた様のことを意識していた証拠だと思います」


 そっと目元の涙を拭き取るマリアの手を握る。いつしか心の中のしこりは無くなっていた。 


「……マリアはあいつのどういうとこが好きなんだ?」


「えぇ!? そ、そうですね。がんばり屋さんで、思いやりのあるところですかね。シェリル様は?」


「わっわたしか!? あいつはな、普段はちょっと抜けたところがある癖に、どんなに追い詰められても最後には必ず何とかするんだ。それに傍に居てほしい時に居てくれる。他には……その」


「他には?」


「……顔も好き。見つめられながらお願いされると何でも聞いてしまいそうになる。あいつには、ぜ、ぜったい秘密だからな!」


 もじもじしながら頬を赤らめるシェリルにマリアも悪戯な笑みを浮かべた。


「ふふっ。秘密ですね。では私もひとつ。私はリオン様の匂いが好きなんです。お洗濯するとき、こっそり嗅いでるんですよ」


「えっええ!? そ、それは……でもちょっと分かるかもしれない」


「これで私たちは秘密を交換こした仲ですね」


 そう言ってくすくすと笑うマリアにつられて笑うと、いつしか後ろ向きな気分はすっかり晴れ渡っていた。

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