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第26話 『暴走』

 目の前でアースレッドが破裂した。大量の血飛沫と霊気を全身に浴びる。首を振って血を落としながら髪をかき上げた。山腹に視線を落とすと魔獣の頭部が消え赤い血溜まりが出来ている。ナツ達がやったみたいだ。


 炎翼を解除しエンキの魔法を使いながら皆のもとに降下する。するとナツに何かあったらしく皆が一か所に集まっていた。まさか深手を負ったのか。


「どうしたギムリ。何があった?」


「リオン殿。ナツが魔獣に止めを刺した後、突然血を吐いて蹲ってしまい」


 ナツが止めを刺したのか。なら魔獣本体の霊気を真正面から浴びた事になる。


 ギムリにどいてもらい、ナツの様子を見るとやはり霊気が歪んでいた。魔獣の霊気汚染を防ぐために渡した黄色い外套が真っ赤に染まっている。この外套が無ければ即死だったな。


「ナツ。聞こえるかい。君のおかげでみんな助かったよ」


「ぐっぐぐぐぐあ。リ、リオンニイチャン」


「ナツ。落ち着いて自分の中の霊気を感じるんだ。今は君の中で魔獣の霊気が暴れている。それを拒絶しようとしてはいけない。受け入れるんだ。拒絶しようとすればその霊気は君の脳を引き裂く」


「アタマがいたいよぅ。痛いイタイイタイ!」


「ナ、ナツ君」


 頭を押さえて藻掻き苦しむナツ。その尋常ではない様子に思わず抱きしめようと両腕を伸ばしたソフィーさんを腕で制した。


「危険です。ここは僕に任せて下がってください」


 視線をフランさんに向けると彼女が何も言わずにソフィーさんの前に立った。


「ナツ。僕を信じてその霊気を受け入れるんだ」


「で、でも。怖い。オレがオレじゃなくなりそうだッ」


 そう叫ぶナツの口から血があふれた。歯が真っ赤にそまり唾液も赤い。


「大丈夫。兄ちゃんを信じな」


 そう僕が微笑みかけるとナツが目から一滴の涙を流した後、意を決した様に瞳を閉じた。


 直後ナツの霊気にアースレッドの霊気が溶け込んだのを感じた。水に絵の具を垂らした様に急速に霊気の汚染が始まっていく。


「ど、どうしたのじゃ。ナツ。聞こえとるか?」


 気を失った様に静かになったナツの背に触れようとギムリが膝を折った途端、ナツの目がパチッと開いた。


「ギムリ! 近づくなッ」


 次の瞬間口を開いてギムリの喉元目掛けて噛みついた。寸前のところで首元を手で庇ったギムリだったが、手に噛みついたままナツは首を大きく振り彼の手の肉を噛み千切った。


「ぐっ。ナツ! どうしたのじゃ」


 出血した自分の手を抑えるより先に再度手をナツに伸ばそうとした時、彼の身体にバチッと電気が走った。霊気が高まるのを感じた僕はナツに焦点を合わせ遠くに弾き飛ばした。


 次の瞬間、ナツが青く放電しながら吹き飛んだ。その瞳は真っ赤に充血し正気を失っているように見える。


「みんな下がっていてください」


「どうにかできるのですかリオン殿」


「ナツを気絶させます。僕も一度あのような暴走状態になった事がある。その時は半殺しにされて目が覚めた」


「そんな無茶ですぞ!」


「大丈夫。彼はまっさらな状態から銀獣の霊気に耐え抜いた。彼ならできる」


 ナツから視線をそらさずギムリを下がらせる。敵ならこのまま押し潰せるが今回はそう言う訳には行かない。このまま重圧で気絶してくれないか。


 そう思った時、再びナツの霊気が膨れ上がった。今までとは比べ物にならない。アースレッドの膨大な霊気を浴びて総量が増えたか。


 次の瞬間少年から青白い稲妻が放たれた。目を焼く眩しさと凄まじい速度の前に僕はエンキの霊気での防御を諦め、炎翼を自身の前に展開した。


 雷電が炎に衝突し拡散していく。視界はほぼ塞がれたが、僕の角が正確にナツの位置を補足する。


 位置は変わっていない。さっきのグランテ・グラビティで地に押し付けた時に足の骨でも折れたか。そう思った刹那、ナツの位置が一瞬で頭上に移動した。


 疾いッ。僕は炎翼とグランテ・グラビティを駆使しその場から後方に跳び上がった。


 直後、先ほどまで自分がいた位置に青い雷光が落ちた。凄まじい衝撃に地面が割れ、四方発布に飛び散った瓦礫にナツの全身から漏れ出た電撃が分散する。


 なるほど。稲妻を体に纏って身体能力と速度を飛躍的に向上させているのか。しかしそんなことをすれば身体への負荷は途轍もないはず。


 そう思い発光するナツに目を凝らすと、やはり纏っている電撃が彼の身体を焼いていた。


 しかし皮膚が焦げ炭化する傍から、新しい皮膚が下から出てきて再生している。銀獣の霊気に加え、アースレッドの脅威的な再生力が発揮されていた。


「期待以上だ」


 霊気を集めた手のひらをナツに翳す。これを躱してくるか迎撃してくるか。さあどう来る? 


「フレイム」


 紅蓮の業火球が放たれた。同時に青い稲妻が瞬きナツが動く。目で追いきれないのは分かっていた。位置は霊気が教えてくれる。


 直後想定外の場所からナツの霊気を感じ僕は目を見開いた。真正面。まさか火炎を避けずに突っ切って来るとは。


 超高温の爆炎によってナツの纏っていた電気は流し飛ばされ、身体が真っ黒に炭化している。


 だが身体の再生が間に合っている。凄まじい執念で襲ってきたアースレッドが乗り移ったかのように、消し炭の様な身体になりながら突っ込んできた。


「グランテ・グラビティ」


 ナツの身体を地面に叩きつける。電撃で身体強化ができていない状態の動きは遅い。焦点を合わせるのは造作もなかった。


 無理やり身体を動かそうとしているがびくともしない。しかしその状態でも再生が進んでいるのは驚愕だ。そのまま尾でナツの首を絞め頸動脈を圧迫する。


「グッ、ガアアア」


 腕で尾を掴み剥がしたいのだろうが、ピクピクと動くだけで全く持ちあがる気配はない。ようやく身体が動かせないと悟ったのか、ナツの体内の霊気が膨れ上がった。


 僕も防御の為に全身に霊気を纏う。裏地がミスリル製のアスピアの青外套が即座に霊気を全身に伝導した。


 刹那、目を焼く様な青白い放電が迸った。雷は真っ直ぐ僕の身体に直撃するも、傷一つ付けられない。


 ナツの意識が薄れてきたのか次第に電撃の勢いは弱まり、彼の気絶と共に攻撃は止んだ。


「皆さんお騒がせしました」


「リオン殿。ナツはもう大丈夫なのですか?」


「身体の傷はもう治っているし、頸動脈を一時的に圧迫し失神させただけだから後遺症も残らない。でも正気に戻っているかは、目覚めてみないと分からない」


「そ、そんな! ナツくんっ」


 口元を抑えるソフィーさんを安心させるために僕は微笑んだ。


「大丈夫です。ナツは必ず戻って来るし、私も彼を見捨てない」


 しかし警戒を解く訳にはいかないフランがなおも詰め寄った。


「ですが目覚めてまた襲い掛かってきたらどうするのですか」


「その時は何度でも気絶させます」


「……リオン殿。今はもう何も言いますまい。ナツをお願いいたします」


「うん。とりあえずナツが起きるまでは、皆身体を休ませよう」

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