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第8話 『悪魔の取引』

 月が輝く夜の王都フェルゼーン。その一角の豪邸で公爵デビウスは優雅にワインを飲んでいた。蝋燭が灯るシャンデリアの明かりがうず高く積まれた金貨を照らしている。


 それを肴に、もう一口とグラスに口を付けた時、冷たい風が室内を駆け抜けた。蠟燭の炎が細い煙となって掻き消える。


「なんだ!?」


「御機嫌よう。デビウス公爵」


 風鈴のように涼し気な声がした。しかし、外の冷たい冷気と共に流れ込んだその声は涼し気というより、冷酷に響いた。


 ハッと振り返ると、窓辺に少年が立っていた。月光を背に立つその少年の顔立ちは人形の様に整っていて、どこか浮世離れしている。


 明かりの消えた部屋の中で、少年の白髪だけが月光に浮いていた。だがここは館の四階だ。一体どうやって、そう公爵が思った時、少年が口を開いた。


「随分と貰ったようですね。その金貨。誰から貰ったんですか?」


「なんのことかな。この金貨は私が自ら得たものだ」


「あなた先の査問会で、陽教の味方をしていましたね」


「だから私が彼らから賄賂を受け取っていると? ばかばかしい。そうか思い出したぞ。お前はあの時、教皇に盾突いた子供だな」


 デビウス公爵はハッと笑い、子馬鹿にした表情で衛兵を呼ぼうと口を開いた。


「いえ、そんなことは別にどうでもいいんですよ」


「は?」


「あなたが賄賂を貰っていようがいまいがどうでもいい。大事な事は一つだけ。あなたこの国を裏切っていますね?」


「な、なんのことだ! 私は公爵だぞ。国の貴族の頂点に立つ私が何故そんなことをせねばならぬ」


「あれ、あなたの爵位って公爵でしたっけ? 子爵でなくて?」


 その瞬間、彼は自分の心臓がキュッと縮まるのを実感した。なぜ、それを知っている。額や背筋から冷たい汗が拭く出すのが分かる。


「あなたはムーンドールと取引をしている。いけませんね。公爵ともあろう者があろうことか敵国と密通しているとは」


「し、知らん。わしはそんなこと知らんぞ」


「あなたはフェルゼーンの内情を漏らす代わりに、ムーンドールで爵位を貰う取引をしているはずだ。爵位は子爵、所領は中央ムーンドール」


 嗤っていた。この子供は動揺しているわしを見て嗤っている。なぜ、知っているんだ。絶対にこのことは漏れないはずだ。誰にも漏れないように、していたはずだ。


「証拠は、証拠はあるのか!」


「ありますよ。貴方の家に。ムーンドールとフェルゼーンは遠く離れていて、その間には魔獣もうろついている。ではどうやって、そんな状況で内通のやり取りをするか……転移陣。あるんでしょう?」


 少年は笑いながら、窓辺から降りた。何者なんだ。この子供は一体なんだ……どうしてそれを知っている。


「今、視線が引き出しに向かいましたね。そこ開けて下さいよ」


「衛兵!! 衛兵!!」


 恐怖が限界を越え、公爵は叫んだ。衛兵を呼べば、ことが大事になり自分の裏切りが漏れるかもなどと考える余裕は一切なかった。ただ目の前の得体の知れない存在から逃げたかったのだ。


 十名もの衛兵が一瞬にして部屋に突入した。公爵は逃げるように彼らの元へ走りこみ、背に隠れた。


「あいつを殺せ、殺せえ!」


「フレイ」


 小さく呟く様な声と共に、少年の背に十個の火球が浮かび上がった。一気に室内が息もできないくらいに熱くなる。灼熱の火球は赤く輝き、部屋を照らした。


「じゅ、呪術……そんな……馬鹿な」


「さあ取引をしましょう。僕はあなたの秘密を黙っている。あなたは一週間後の御前会議で我々の側に付く」


 そう優しく微笑む、白髪の少年にデビウス公爵は明確に恐怖を覚えた。悪魔だ。彼にはそうとしか思えなかった。


 知るはずのない真実を知り、火の玉を背負った白髪の少年は……まさしく悪魔の様に破滅の取引を求めてきた。


 少年がゆっくり近づいてくる。恐怖のあまり椅子から転げ落ちる。それを無視して悪魔は引き出しを開けた。


「ふ~ん。小型の転移陣ですか。これとやり取りの書面持っていきますね。証拠としてね」


 *


 王都の郊外から外れた一本道。そこからさらに森へと枝分かれしている暗い道を僕は一人で歩いていた。獣の声もしない静謐な夜の森には、時折ガサガサと何かが動く音が響くのみであった。


「はあ。当てが外れた」


 僕は一枚の布切れを見つめながら、愚痴を呟いた。分厚い紙には複雑な模様が描かれている。そしてそれに僕は間違いなく見覚えがあった。転移陣である。


 だがそれは我が家にあるそれと違い、とても小さかった。この大きさでは人どころか果物一つ転移できるか怪しい。精々が折りたたんだ手紙ぐらいだろう。


「まあ、そうか。いくら内通者へとはいえ敵国に人が一人通れる大きさの転移陣を送るなんて有り得ないか」


 僕は闘技場の前日にした父との会話を思い出す。会話の中ではフェルゼーンを裏切って所領を得た一人の貴族の名前が挙がっていた。


 それがデビウス男爵だ。だからこそ僕は査問会で彼の名前が挙がった時に、ピンと来たのである。そこから彼らの事を調べたのだ。


 で、彼の家に侵入し見事交渉成立したところまでは全て僕の目論み通りだったわけだけど、最後の最後に誤算が生じた。


「転移陣が小さすぎる。これじゃあムーンドールに帰えれない」


 僕の目的は元の世界に帰ることだ。そのためにこの並行世界に転移した原因を掴むべく、ムーンドールに帰る必要があった。


 だから転移陣が手に入る可能性に期待したのだが、あいにくこれでは帰れない。


「これは当初の計画通りにこっちで修行して、自力でフェルゼーンからムーンドールまでの間の領域を踏破するしかないな」


 僕は小さな転移陣をポケットにしまいながら帰路に就いた。

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