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「嫌いとかではないのです。むしろ兄様達や青龍達と同様好きです。でもいつか私はここを去る身です。なので無理をして今一緒に居るひつぅっ」
弁解と言うか、こんなふうに焦るのは初めてで気づかせたくないとは思った。
兄様達と喧嘩をした時とは違う意味で、嫌われたくないと思ってしまった。
体が前のめりになったかと思えば、腰を強く引かれ、ぎゅうと抱きしめられた。
春宮さまの肩越しに、敦成さまが見える。
視線で訴えるも、敦成さまから視線を外されてしまった。
ちょっと!と内心憤る。
「・・・・・では、私の・・・・妃になってくれるか・・・・?」
掠れた声で聞こえた言葉は甘さありにも不安そうだった。
でもそれに関しては約束はできない。
私の婚約自体がどうなったのかさえ分からないし、皇后様の後ろ盾があるとしても簡単に決めてはいけない事だと思う。
私が生きていた時代とは違うのだ。
「春宮さまのお気持ちは嬉しいのですが、私の一存では決められません。それに先ほども申しましたがいつここを去るのかわかりません。その辺りは私の配下の者が詳しいので聞いてはみます。何より目下の問題が片付かない事には動けません。」
「私は、菊華に妃になってもらいたいのだ。」
「はい。そのお気持ちは確かに受け取りました。ただ、私にもなさなければいけない事があるので、今すぐにお返事をする事は無理です。私は、そのなすべき事をする為に此処にきたのですから。お役目が終わった時にしっかりと考えさせてください。」
目元に軽くキスをすれば、驚いた表情をした春宮さまの顔は耳まで真っ赤になった。
「なっ。」
「接吻には私なりの愛情表現です。配下の者たちともしますし、私にとっては挨拶のようなものです。この時代だと常識はずれでしょうが。」
クスクスと笑いながら立ち上がると、廂に向かい蒼月達を呼ぶ。
一度安倍邸へ戻ることを告げると準備をしに向かってくれた。
大内裏を誰にもバレないように辞した後安倍邸に戻ってきた私は、与えられた室で普段着となっている狩衣に着替えた。
ひとまず晴明さまの部屋へ、帰宅の挨拶へと向かう。
「晴明さま、いらっしゃいますか?」
「皐月殿か、お帰り。入ってきなさい。」
「はい、失礼致します。」
下ろされていた御簾の隙間から室内に入る。
通された室内には様々な書物が積み上げられていた。
「ただいま戻りました。おそらくすぐに戻ることになるかと存じます。」
と苦笑まじりに報告をする。
「春宮様の希望かな?」
「えぇ、まぁ、そうですね。私としてもお気持ちは嬉しいのですが、自身の立場がそれを享受する立場ではないのでどうしようかと考えております。」
「皐月殿の心の声は聞こえぬか?」
「今回ばかりは無反応なので、ひとまずそれでいいという事にしてしまおうかと。」
「そうであれば、それが最適解かも知れぬな。」
「はい。つきましては、今集まっている情報を頂ければとは思っております。」
「この時代、対立というより、闇の、禁術を使うものは少ない。芦屋一族のみじゃ。」
「・・・・やはり同じ一族なのですね。」
「というと?」
「私の時代でも影の一族として芦屋一族は存在します。仲睦まじくない関係だと。そしてこの時代はわかりませんが、私の時代の芦屋一族は、次代の当主が女性の時に姿を現すそうです。色々な手段を用いて接触してくると当主さまがおっしゃっていました。」
「内裏に現れた者も芦屋一族であると?」
「ほぼ間違いなく。」
嘆息をつきながら答える。
あの者がいつの時代の者かは知らない。
だけど、狙いは私。
内裏にいれば迷惑をかけてしまうが、春宮様が滞在を望んでいるし、何より梨壺が1番私の力で護られている。
となると、再び姿を表す可能性は非常に高い。
その時、春宮様の傍に居た方が、春宮様の安全確認もできるから私自身が安心できる。
その為には、昼か夜自由に動き回れるようにしなければならない。
「晴明さま、今夜夜廻どなたがされていますか?」
「夜廻は、時親と章平かのぅ。」
「分かりました。ありがとうございます。」
〈朱桜、悪いのだけれど時親さまに夜廻の件でお伺いしたいことがあるから、時間を作ってもらえるか探して聞いて来てくれない?〉
〈あぁ、次男か。わかった。と、皐月そろそろ白虎をだな。〉
〈分かってる。粗方準備が終われば青龍と一緒に会うから〉
〈あぁ、頼む。じゃあ俺はお使いに行ってくるわ〉
〈ん、よろしく。〉
朱桜を見送ると晴明さまにもうしばらく梨壺に滞在することになったことを、時平で伝えた。
晴明さまも二つ返事で、時平に内裏に戻る準備をすることにした。




