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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

舞姫のポストリュード

舞姫のポストリュード episode1

作者: 氷桜 零

再び始まる

ーーー新創世記751年


新創世記750年、花の月から始まった2カ国の戦は、約1年後の新創世記751年、光の月に終結した。

また、昼の月には、両国の間で、15年にわたる停戦協定が締結された。


この戦では、約14万人が動員され、そのうち死者は約3〜5万人。約3分の1にあたる人数が犠牲となった。

そこには、私の夫も含まれている。


死者は身元を確認し、残された遺族には、国から見舞金が贈られた。

幸い、停戦協定で、ハイゼン帝国からかなりの賠償金を貰っている。

交渉した宰相補佐が、とてもいい笑顔を浮かべていたのが印象的だった。

若いが、とても優秀らしい。


宰相補佐と共に、国王陛下の弟であるヤハル大公殿下が交渉に訪れていた。


その際、大公殿下から王家を代表して、お悔やみの言葉をいただいた。

また、地の月における戦勝祭の招待状をいただいた。




停戦協定が締結されてから約4ヶ月。


火の月になる頃には、戦後処理も落ち着き始めていた。

戦場になったのが、村も街もない平原だったため、早く落ち着いたのだろう。

これが、街中に入り込まれての戦なら、数年単位の時間がかかっただろう。


そんなところで、目下の一番の悩みは…


「皆様に集まって貰ったのは、辺境伯について意見を伺おうと思いまして。」


ーーー辺境伯を誰が継ぐのか。


今までは戦後処理を優先していたため、後回しになっていた。

私が辺境伯夫人として、辺境伯代理を担っていたが、そろそろ決めなければならない。

2ヶ月後には、王城にて戦勝祭が開かれるため、急務である。

戦後処理が落ち着き始めた段階で、首脳陣と親戚関係にあたる当主たちを呼び出した。


本来なら、辺境伯の子が引き継ぐのだが、あまりにも幼すぎるために、それは難しい。


「しばらくは、夫人に代理を担ってもらい、お子様がある程度の年齢になれば引き継ぐ、という形で良いのでは?」


「そうですなぁ。直系がいるのに、傍系に引き継がせるのは…」


「お待ちください。流石に、お子様は幼すぎる。辺境伯様にはご兄弟がおられるのですから…」


あれこれと意見を聞いてみたものの、私利私欲に走る者が多いこと。

どの国も貴族も、己の権力をいち1番に考える者がいるものだ。

辺境伯家でこれなのだから、他はもっと大変そう。


私は、他人事のように冷めた目で眺めたまま、会議の行末を見守る。


やはり、直系か傍系かという意見がほとんどのよう。

傍系にの方がやや優勢でしょうか?


辺境伯の役割を思うと、それも仕方がない。

辺境伯に求められるのは、騎士や兵士を従えることができる強さを持つこと。

単純な力はもちろん、指揮官的な力、貴族的な力も必要となる。


まぁ、いざとなればーーー


「待ってくれ。」


その声は、思考を遮るように、会議室に響いた。

会議室を支配したその声の主に、一斉に視線が惹きつけられる。


「…アルバスト伯爵。」


ノーマン・アルバスト伯爵。夫の、6人いる兄弟の末の弟だ。


「俺は、兄上の子が成人するまで、義姉上が当主になればいいと思う。戦後処理は問題ないみたいだし、辺境伯夫人として、繋がりもある。何も問題ないじゃないか。」


「お待ち下さい!夫人は女性ですぞ!」


「それ以前に、戦えない者に辺境伯は務まりません!血を見て倒れられては…」


「ははっ。血を見て倒れるって、そこまで繊細じゃないだろう。そんなことでは、辺境伯夫人すら務まらん。」


「…ライナス兄上…流石に言い方が失礼ですよ。」


「そうか?辺境伯家では、褒め言葉だと思うが。」


ノーマンの注意も軽く流して笑っているのは、ライナス・ターナ侯爵。

夫のすぐ下の弟だ。


夫には、3人の姉と2人の弟がいる。

兄弟の真ん中で、かつ、長男ということで苦労したらしい。

時々、苦笑いで兄弟の話をしていたことを思い出し、そんな些細な日常が戻ってこないのだと、改めて痛感する。


「でもまぁ、俺もノーマンに賛成だな。義姉上は十分、辺境伯足り得る。」


むしろーーー


「確かに。」


「一理ありますな。」


「性別は反対の理由にはならん。」


夫の弟たちが、賛成にまわったことで、流れが変わった。

首脳陣たちも、次々に同意を示す。

が、どこにでも、気に入らない者はいるようで…


「お待ち下さい!性別はいいとしましょう。しかし、夫人は、平民ですぞ!しかも戦えぬ!戦えぬ者は、辺境伯にはなれませぬ!」


よくもまぁ…

ここには、平民上がりもおりますのに。

あまりにも考えがなさすぎるわ。

それとも、考えられないくらい焦っているのかしら。


「お前は阿呆か?」


ウバル子爵の発言に対して、ライナスが、呆れた顔を隠さない。

ライナスだけでない、首脳陣や直系に近い傍系の親戚も、皆一様に呆れを隠さない。


「女だ、平民だ、戦えないだ…呆れたものだな。その様子じゃ知らないらしいな。ウバル子爵、兄上が、何故義姉上と結婚したのか…できたのか、わからないか?」


「知っておりますとも!有名な話ではありませんか、辺境伯と夫人の大恋愛の話は!」


「はぁ、それは本当だが、全ての真実ではない。辺境伯夫人は、有事の際に戦えることが、絶対条件の一つだ。」


そう、辺境伯夫人になれる条件の一つは、戦えること。

それも、護身術程度ではなく、戦場に立って戦えるほどの実力が求められる。


万が一、夫が敵に捕まったら?夫が病気だったら?夫が留守の時に何かあったら?出かけた先で襲撃にあったら?


夫が何らかの事情で戦えない時に、夫が不在の時に、下の者を守るためには、夫人にもそれだけの力が要求される。

また、辺境伯は国の守りの要。

国内外から、その地位を狙われる。

辺境伯が強いのは常識。

ならば、狙われるのは、辺境伯の弱点になり得る妻である辺境伯夫人と幼い子ども。


辺境伯夫人は、戦えなければ、生き残れないほどの過酷な地位なのだ。

辺境伯の次に、血に染まっていると言われるほどに。


まぁ、これほど残酷な、血塗られた地位なんてことは、国の上層部や上位貴族の当主しか知らないことだが。


だから、私が選ばれた。


けれど、恋愛結婚というのも、嘘ではないどころか本当のことなのよ?

でも、あれを見て一目惚れと言われた時は、思わず夫の頭を心配してしまって、今としては笑い話ね。

あぁ、本当に懐かしい…


「…え?」


「それどころか、兄上より…んん!」


ライナスが、余計なことを言おうとしたららしいので、ピンポイントで威圧を込めておく。


ライナスの話を聞いても、一部は不満気な顔を見せたまま。


貴族として、どうなんでしょう?

注意すべき?

でも面倒なのよね…


「どうやら、信じられない者もいるようだ。これだけ賛同者がいれば問題なく、辺境伯を継ぐことはできるが、今後のためにもできるだけ火種はない方がいいだろう。」


ノーマンが、室内を見渡しながら言う。


「義姉上、久しぶりに胸をお借りしても?」


…ここは、「ノーマンの母親ではないわ!」と冗談を言ってはいけないかしら?

いけないわよね。


「わかりました。では、第一鍛錬場に移りましょうか?」




ーーーーー


会議室のメンバーは、揃って第一鍛錬場に向かったところ、通り道にいた手の空いている騎士や兵士も随伴してきた。

鍛錬場に着く頃には、見学席が満席になる程人数が増えていた。


「では義姉上、よろしくお願いします。」


「えぇ、こちらこそ。」


「得物はどうしますか?」


「ふふっ、これでいいわ。」


愛用している扇子を、閉じたまま軽く振る。


「…それ、伸びます?」


「今回は伸ばさないでおきますね。」


「お願いします。」


ノーマンは妙に、切実に訴えてくるので、伸ばさないでおく。


2人は、中央、距離を置いて向かい合う。

片方はドレス、もう片方は普段着といえども装飾がある貴族服。

どちらの見た目も、この場にはそぐわないが、誰も指摘しない。


ノーマンなら2歩、と言ったところかしら?

久しぶりに、楽しみましょう。


思わず微笑みそうになりながら、扇子で口元を隠す。


「じゃあ、準備はいいな?これより、トリテレイア・シュナイゼルとノーマン・アルバストとの試合を開始する!」


ライナスが審判をかって出てくれたらしい。

ノーマンが鞘から剣を出し、切先を下に向け、自然体で構えた。


誰もが緊張感を出しながら見守る。


ーーー始め!!


号令と共に走り出す…わけでもなく、両者は静かに向かい合う。


そして一歩、音もなく、私は足を踏み出すと同時に、身体強化の魔法を行使する。

もちろん、詠唱はしない。

詠唱をしないので、誰も魔法を使っているとわからない。


ーーさぁ、

ーーー舞いましょう

ーーーー魅せましょう

ーーーーーとくと、ご覧あれ


ふわりとドレスの袖が舞う。


キィーーーン。


音と同時に見てたのは、ノーマンが後ろに飛ばされる光景。





くそっ。早い。

俺は、思わず胸の内で悪態をついた。

かろうじて、一歩踏み出したのは見えたが、いつのまにか、力負けして後ろに飛ばされた。


いや、力負けって…


考えている余裕はない。

長年の勘だけを頼りに、反射的に剣を振る。

外から見ると、なんとかついていけているように見えるかもしれないが、事実ではない。


…すごく手加減されている…よな。


わかっていながらも、その事実に打ちのめされる。


動きが全くわからない。

先が読めない。

そして、相手のペースに巻き込まれ、普段通りの技が出せず、防戦一方。


…あぁ、本当に強い。




二歩下がって、左に踏み込み、右腕を振り上げて。

半身を逸らして、後ろへ回る。

重心を内に、軽く跳びながらターン。


ふわり、ふわり。


花が咲き誇るように、蝶が舞い踊るように。

それはさながら、舞踏のようで。

見るものを魅了し、惹きつける。


そこは、ただ1人のために用意された舞台。


一瞬とも、永遠とも取れる時間が過ぎていく。

そしてーーー


キィーーーン


静寂を破ったのは、その音だった。

トスッと、手から離れた剣が宙を舞い、地面に突き刺さる。

荒い、1人分の息遣いだけが支配する。


ーーー勝者、トリテレイア・シュナイゼル!!


ワァァァァァーーーーー


静寂を突き破り、歓声と熱気が辺りを包み込む。


「大丈夫?」


「えぇ、まぁ。…流石ですね。触れたと思ったけど、まだまだ届きませんね。」


「前に相手をした時よりも、反応はよくなっているわよ。」


「それならいいんですけど…」


ノーマンは力無く笑う。


見学席では、試合について講評している様子。

熱気がなかなか治らない。


「また、稽古をつけてもらえますか?」


「えぇ、もちろん。いつでも。」


「お疲れさん。」


ノーマンに試合中の動きについて指導していると、ライナスが近づいて声をかけてきた。

後ろには会議室のメンバーが揃っている。


笑顔の中に、警戒、不満、侮蔑…

好意的でないものも混じっている。

何もしないなら、こちらから動くことはない。

けれど、何か企むようなら、その時はーーー


「さて、これで文句はないな?では、最終決定といこう。新たな辺境伯は、義姉上とする。反対はいるか?」


ライナスがグルリと見渡すが、誰も反対はしない。


「静粛に!!」


鍛錬場に響き渡る声で、その場を支配する。

瞬時に静寂になるのは、いつもの訓練の賜物だろうか。


「今ここに宣告する!!」


ーーー新たなる我らが守護者、トリテレイア・シュナイゼル辺境伯である。


ワァァァァァーーーー


新たな守護者の誕生に、1週間ものお祭り騒ぎが続いた。


次の舞台はーーー





ーーーーー


魔道ランプの小さな灯りがひとつ。

騒がしさから離れたその部屋を照らしている。

部屋には窓がないため、月明かりひとつ刺すことがない。


そんな部屋に、男が1人。

先ほど配下から密かに渡された紙を、ランプの灯りを頼りに眺める。


「へぇ…トリテレイア・シュナイゼルが新たな辺境伯か。また、賑やかになりそうだ。」


辺境から遠いその場所まで、知らせが届いた。


新たな風が吹き遊ぶ。

その風は、一体、何処へ向かうのだろうか…

それは、誰も知らない。

神さえも、知る由はない。


光の月→2月 花の月→4月 火の月→7月 地の月→9月


ここまで読んで頂きありがとうございました。

楽しんでいただけたら幸いです。

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