第50話 ルーネスVSアリシア
夜が明け、合宿4日目の昼頃。
試験は昨日までと同様に魔石集めということで、今回は他チームを狙って魔石を集める班とモンスターから魔石を採取する班……二班に別れて行動することにした。
俺、アリシア、リルがモンスター討伐班で、残りのアリシアとレオナ先輩、ミケが園芸部チームと協力して生徒狩りだ。
「ふぅ……意外と早くノルマ達成、って感じね!」
「あぁ、だいぶ回収できたな」
俺たちの前には、十を超える前石の小山ができていた。
運良く魔力が濃いモンスターを発見できたのが功を制し、モンスター討伐班としては上々の収穫だろう。
「さて、近くに他チームの魔力も感じない……ここら辺で大丈夫だろ」
「ん……? 大丈夫って、どうしたの?」
「アリシア――俺と決闘してくれないか?」
「……え?」
俺の提案に目を丸くさせ驚くアリシア。
彼女からしたら前触れもない言葉だ、仕方あるまい。
「冗談……ってわけじゃなさそうね」
「ああ、俺はいつでも大真面目だ」
「……よく分からないけど、いいわ! 受けたとうじゃない!」
アリシアの元々勝気な性格なのもあってか、二つ返事で許諾してもらえた。
予想以上に話が早いな。
「……あの時と逆ね」
「あの時……?」
「ほら、模擬戦の時よ」
ああ、俺とアリシアが出会った日の授業か……。
たしかに、あの時はアリシアから挑まれて、俺も二つ返事で迎え撃ったな。
「リル」
『はい、手筈通り、邪魔が入らないように周囲を巡回して参ります』
そう言い、一瞬で姿を消すリル。
「手筈通りって……なによ、元から予定してたってやけ?」
「ああ、ちょっとアリシアに敗北を知って欲しくてな」
「……へぇ、アタシに、敗北を、ねぇ?」
口元をヒクヒクさせ、魔力が昂っているアリシア。
おっと、これはちょっと煽りすぎたか?
「審判もいないことだし、いつ始めてもいいのよねぇ?」
「ああ、というか、もう始まっていると思ってくれていい」
「そう――炎球ッ!!」
アリシア得意の早撃ちで炎球が打ち出される。
開始と同時に打ち込んでくるとは、流石はアリシアだな。
だが――
「――水槍」
振りかざした俺の腕から水の槍が放たれ、こちらに向かう炎球へと衝突する。
そして、衝突した二つの魔法は反発し合うように軌道を変え、どちらもアリシアがいる方を目掛けて跳弾する。
「なっ―――!?」
アリシアは寸でのところで、転がるように飛び出し2つの魔法を避ける。
2つの魔法はピタリと同じ地面へと着弾し、水が炎を消火する。
「合宿初日教えた魔力の反発作用だ。驚くことないだろ?」
「あ、危ないじゃない!?」
「言ったろ? これは決闘だ。本気でかかって来ないと――」
普段抑えている魔力を少し解放させ、周囲へと漏れ出させる。
「――死ぬぞ?」
「……っ!!」
アリシアの頬を、一筋の汗が滴る。
ようやく、普段の特訓とは違うことを理解したようだな。
「それじゃあ、少しだけレベルを上げていくぞ――魔鎧・拳」
魔力の鎧を拳に集中させる。
本来は不可視になるところだが……今回は魔力を濃くさせ、アリシアにも見えるようにしてやる。
「さて、次の攻撃は凌げるかな?」
「ねぇ、さっきから『ソレ』って――」
「――問答無用ッ!!」
地面を踏み込み、一気にアリシアの眼前へと迫る。
「――くっ!?」
「フッ……フッ……!!」
まずはジャブ、そしてフック。躱されたところで勢いを利用して回転裏拳。
俺の連続攻撃に、アリシアは紙一重で反応し、なんとか避け続けている。
だが、魔法を放つ……どころか、魔力を練る余裕も無いようだな。
このままじゃジリ貧だぞ?
「よっ……!!」
「くぅぅぅぅっ……!!」
俺の右ストレートをマトモに受け、大きく後ろに吹き飛ばされるアリシア。
木にぶつかるすんでのところで体勢を立て直し、ズザザと音を立てながら足を踏み込んで衝突を免れる。
「ふぅ……ふぅ……どんなもんよ!」
「あえて俺の攻撃を喰らうことで、連続攻撃から逃れたか……魔鎧を纏うことでダメージも減らしている。上手いな」
魔鎧は最近習得したばかりのはずだが、咄嗟に纏うことができるとは……ここまで成長が早いと、教えがいがあるというものだな。
俺が感慨深さを感じていると、息を整えたアリシアが怒鳴り声をあげる。
「ルーネス……!! どういうつもりよ!?」
「……というと?」
「しらばっくれないで! さっきの魔法といい、今の魔鎧といい……なんでフィルゼたちの戦い方を真似ているのよ!?」
……やはり気づかれていたか。
水槍はフィルゼの得意技。
魔鎧・拳はアリシアから聞いた、フィルゼの取り巻きの1人・ライグの得意技を真似たものだ。
もちろん、偶然ではなく、意図的に使用している。
「……アリシア。お前はあの魔人事件以降、心にシコリがあるだろ」
「……っ!」
「その心のシコリは日に日に大きくなっていて、自分が自分じゃ無いような感覚になる時がある……違うか?」
「…………」
心当たりがあるようで、アリシアは少し顔を俯かせる。
「どうしようもなく戦いを求めてしまう。このままでは周りの人間を傷つけてしまう……って言ったところか? くだらない悩みだ」
「……っ!! アンタみたいな強い人間にっ! アタシの悩みなんてくだらないでしょうね!!」
顔を上げ、キッ、と俺を睨みながら、いくつもの火球を生み出し、怒りと共に俺へと放つアリシア。
「――水槍」
水の槍を放ち、操作する。
水槍は魚のように宙を動き回り、火球の群れを一つ、また一つと貫いていく。
アリシアも負けじと火球を生み出し続けながら、吐露を続ける。
「知らなかったのよ! こんなに仲間に恵まれることも! それをちょっとだけ良いと思える自分も! 失うかもしれないのが! こんなにが怖いなんてことも!」
「それなら、失わないようにすればいいじゃないか」
「それができるならっ! そんなやり方を知ってるなら! ――とっくにやってるわよ……」
先ほど整えた息を切らし、汗をポタポタと垂らしながら膝に手をつく。
その瞳は、涙を滲ませていた。
「……なら、答えは簡単だろ」
「ハァ……ハァ……答え……?」
「ああ」
話しながら、宙に大きく魔法陣を展開させ、それを8つに分裂させる。
アリシアはフラつきながらも俺の魔法を警戒し、魔力を集中させ警戒する。
「それって、フィルゼの……」
「これを耐えることができれば、答えを教えてやる」
魔人化したフィルゼの奥の手……それを模倣した魔法だ。
あの時のアリシアは敗れたが……今はどうだ?
「――水魔の槍乱」
8つの巨大な水槍がアリシア目掛けて放たれる。
「っ!! ――不死鳥の双爆ッ!!」
負けじと、アリシアも必殺の魔法を放つ。
水の槍は2体の不死鳥を撃ち落とすように狙いを付け、追尾する。
だが、不死鳥も負けてはいない。
水の槍の雨の間をすり抜け、俺の方を目掛けて飛び交っている。
「成長しているようだな――けど、防御が疎かじゃないか?」
8つの内、半分は不死鳥の追尾を続けさせ、残りの4本は目標を変え、無防備なアリシアへと襲いかかる。
「舐めないで! ――炎之羽衣ッ!!」
アリシアを囲うように、薄い幕状の炎が展開される。
だが、そんな魔法では水の槍に貫かれて終わ――なるほど、そういうことか。
「魔力を完全に同じにすることで反発し合う……だっけ? それ、採用させて貰うわ!」
炎之羽衣に着弾した水槍は、弾かれるようにして進行方向を変えられてしまう。
――それも、俺の方目掛けて、だ。
「――いっけぇぇぇぇぇぇ!!!!」
……見事だ。
まさか、教えたばかりの魔力の反発作用をここまで早く習得するとは。
「――だが、それを素直に喰らうほど、俺は甘くないぞ?」
素早く魔法陣を展開させ、すぐさま放つ。
「――水魔の槍乱」
再び放たれる八つの水槍。
それらは反射された水槍を正確に撃ち落とす。
「なっ……!? そ、そんなのアリなの!?」
「そして……不死鳥の制御が疎かになっているぞ」
「あぁっ!!」
反射することに集中したため、不死鳥の速度と正確さが落ち、追尾していた水槍にあっさりと撃ち落とされる。
「さて、こんなもんでいいだろう」
残った水槍を適当に地面にぶつけ、処理をする。
アリシアも、結果を受け入れたようで、その場へとへたり込む。
「うぅ……今のだったらイケたと思ったのに……」
「なに、俺もかなり驚かされたぞ」
「アタシは勝ちたかったのよ! 勝ってルーネスが悔しくて地団駄を踏むところを見たかったのに……ムキー!」
いや、ムキーって……。
「さて……スッキリしたか?」
「負けたのにそんなわけ――って言いたいところだけど……うん、なんか、久しぶりに全部出した! って感じだわ」
「なら、よかった」
計画は成功したようだな。
アリシアに必要だったこと、それは……全力で戦うことだ。
そんなことで? と思われるかもしれないが、これが意外と効果的なのだ。
魔人と戦った時の感覚に追いつきたい、追い越したい。でも、上手くいかない……そんなフラストレーションこそ、擬似狂戦士化に陥る主な原因だ。
一度全力を出してその苛立ちを解消してしまえば、あとはゆっくりと普段通りに戻るはずだ。
「でも……それはそれとして、負けたのは悔しぃぃぃ!!」
「はははっ、俺はわざと負けてやるほど性格は悪く無いぞ」
「当たり前でしょ! ちゃんと全力を出した相手に勝たないと、かっても意味がないんだから! 手を抜いて負けたら承知しないわよ!!」
ふふっ……この勝気な性格、アリシアらしさが戻ってきたって感じだな。
「そうだ、さっき言ってた『答え』なんだが……それは――」
「いいわよ。負けたんだから」
「だが、条件はあくまで俺の魔法を耐えたら、ってだけだから……」
「負けは負けよ! それに、最後はルーネスが魔法を解除したんだから、実質耐えれてないじゃない」
うむ……まあ、言われてみればそれもそう……かもしれないな。
「……それに、なんとなく『答え』はわかった気はするわ」
「……そうか、それならそれでいいさ」
俺が用意した答えは至極単純、「仲間を頼れ」だ。
アリシアが自身で気づけたのなら、それに越したことはない。
「ふふ、これからも頼らせてもらうわよ? ルーネス!」
「ああ、お手柔らかにな」
アリシアの問題はこれで大丈夫そうだな。
「さて、思ったより時間を使ってしまった。そろそろ皆と合流しよう」




