第39話 クラーケン討伐
「グォォォォォォォォ!!!」
クラーケンが生徒たち目掛けて猛進している。
周りに人が多すぎて、大きい魔法を使うのは危険だな……。
「――火弾」
指先から細めた火の弾丸を打ち出し、生徒を掴もうとしている触手に当てる。
「グゥゥゥ!?」
火弾は見事命中し、触手の一本を大きく弾き飛ばす。
だが、威力を弱めすぎたようで、部位破壊とまではいかない。
「フシュゥゥゥゥ!!」
邪魔をした俺のことを脅威と認識したのか、こちらに敵意剥き出しの目を向けるクラーケン。
「ちょっと! アタシを差し置いて活躍しようなんてズルいわよ!」
「お、置いてかないでください〜!」
「後輩たちが頑張ってるのに、先輩の俺が指を咥えてるわけにはいかないなぁ!」
どうやら、俺がクラーケンの元へ走ったのを見て、アリシアたちもついてきてしまったようだな。
だが、これは都合がいいかもな。
「よし、これも特訓だ。俺たちは4人、触手は8歩……一人2本を担当するぞ!」
「え、えぇぇぇ! い、いきなりですかぁぁぁ!!?」
「面白そうじゃないか! よしきた!」
真っ先に乗ったのはトリングス先輩だった。
彼が戦うのは初めてみるが……どんな魔法を使うんだ?
「ぬぉぉぉぉ!!! 筋力増強魔術……っ! ――筋繊加ッ!!」
両の拳を握りしめ、全身の血管が浮き出るほどの力を込めたトリングス先輩の体は、メキメキと音を立てて膨らんでいく。
「身体強化か……なるほど、先輩らしいシンプルな魔法だ」
だが、身の丈が倍になるほどの力……あれは魔法でどうにかなるものではない。
普通あのレベルに筋力を肥大化させるとなると、肉体の方が耐えれなくなり、最悪体が爆散する。
トリングス先輩の普段のトレーニングが、それに耐えうる肉体を作った、か。
「見ろ、アリシア、イリーナ! あれが俺の言っていた魔力と生体エネルギーの共生だ! なんとも美しいじゃないか!」
「あんな姿になるなら今すぐ特訓辞めるわよ!」
「お、乙女が目指す姿じゃないです〜!」
む……、あの肉体美は女性陣には伝わないか。
せっかくの、千年前でも滅多に見れない光景なのに。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
アリシアたちにブーイングを食らっている内に、トリングス先輩はクラーケンの触手の内2本を両脇に抱えていた。
ふむ……あそこからどうするつもりだ?
「パワァァァァァァァァ!!!!」
「フシュッ!? フシュ!!?」
なんと、トリングス先輩はあの巨大なクラーケンを引きずり始めた。
クラーケンも必死に抵抗しようとするが、先輩の膂力はものすごく、みるみる内にクラーケンの巨体を浜辺まで露わにした。
「チェストォォォォ!!!!」
「グォォォォォォォォ!?」
叫びと共に、トリングス先輩は一本背負いの容量で、クラーケンを宙に浮かし、地面へと叩きつけたのであった。
「す、凄まじいな……」
まさかの出来事に、流石の俺も動揺する。
アレを持ち上げるとは思わなかったぞ……。
「グゥゥゥゥゥッ!!」
投げられた時に、触手のうち2本が千切れたクラーケンは怒り心頭といった様子で俺たちを睨みつける。
残る触手は6本。
「よぉぉし! なんとかクラーケンを海から出したぞ! これでアーガネットくんもイーヴェルくんも戦いやすいだろう!!」
「あ、ありがとうございます……」
「き、筋肉の先輩さん、す、凄すぎます……」
女性陣も、若干引きつつも海から上がり、魔力を集中させる。
「そ、それじゃあ、つ、次は私が……幽霊さんたち!」
イリーナの号令と共に、どこからともなく青白いモヤのようなものたちが現れる。
「きゃぁぁぁ!!? オバケぇぇぇぇ!!?」
……なんか、クラーケンよりも先に隣にいたアリシアが被害を受けてるな。
「お、お願いします!!」
イリーナが手を前にかざすと、白いモヤたちは次々とクラーケンの方へと突撃していく。
「シュルル! シュルッ!?」
未知のものからの強襲により、クラーケンも混乱している。
さて、特訓の成果を発揮できるか……。
「――幽霊さんたちの舞踏会ッ!!」
「グゥゥゥゥゥッ!?」
白いモヤたちは触手にそれぞれ群がり、なんと、触手を操り始める。
触手の制御が効かなくなったクラーケンは焦り、自由の効く2本触手でイリーナを狙い始める。
「きゃ、きゃぁぁぁぁ!?」
これはマズいと思い、魔法を放とうとするが、それよりも早く銀色の影が触手に向かって飛びかかる。
『その小娘はワタシの甘味担当なのでな、潰されてしまっては困る』
「リ、リルさぁぁん!!」
いち早くイリーナの危機を察知したリルが、イリーナに迫っていた2本の触手を爪で切り裂いたのであった。
まったく、甘味のこととなったら俺よりも反応が早いな。
なんにしても、これで残る触手は4本。半分になった。
「さーて、真打ち登場といくわよ!!」
ようやく自分の番だ、と言わんばかりに、魔力を練り終えたアリシアがクラーケンに向けて魔法を放つ。
「――不死鳥の双爆ッ!!」
放たれた2体の不死鳥は、今だに白いモヤに操られている触手のうちの2本の根元へと辿り着く。
「はい、どかーん」
アリシアが指を鳴らすと同時に、2体の不死鳥はけたたましい音をあげて爆発する。
「ガァァァァァァ!!?」
爆発を受け、触手はドサっと周りの砂を吹き上げながら落ちていく。
これで、残る触手は2本……ようやく俺の番だ。
「さて、先輩の勇姿や、教え子たちの成長を見れたところで……」
「シャァァァァ!!!!」
ここまで散々な目にあったクラーケンは、血走った目で真っ直ぐ俺たちの方へと迫り来る。
戦闘の間に、生徒の避難は終わっている。
これなら、多少大きな魔法を使っても大丈夫だろう。
「――刃」
「シャ――」
放たれた風の刃は、巨大なクラーケンを真っ二つに切り裂いた。
少し遅れて、クラーケンの体は縦一文字にズレ始め、左右に音を立てて裂け、崩れていく。
「討伐完了、だな」
「やったわね! ルーネス!」
「さ、流石です! 師匠!」
『我が主……あちらは、よろしいのですか?』
「……ん?」
勝利の喜びの中、ふとリルが気になることを言った。
何かと思い、リルの指す方を見ると……。
「――あっ」
「あらら……」
「はっはっはっ! ビーチがまるで渓谷だな!」
クラーケンの後ろの砂浜が、大きく切り取られ、巨大な裂け目ができていた。
「し、下が真っ暗で見えないですよ……」
「これ……怒られたりしないわよね?」
……やっぱり、環境に被害を出さないような微調整は難しいな。




