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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

水音-みずおと-

作者: あるる

 ぽたん、ぽたん

 ぽと、とととととと


 時にちょろちょろと流れる音に変わりつつ

 またぽたん、ぽたんとなる。


 いつからか聞こえる水音は今日もリズムを奏でるように聞こえている。

 今日は割と賑やかに水が落ちている。


 ぽとぽとぽととととと… ぽたん、ぽたん、ちゃぽん…

 ちょろちょろ、ザァー…と一気に流される音がする。


 でも、窓の外を見ても眩しいほどの晴れ。


 この水はどこを流れているのか気になるが、見つけられたことがない。

 ただ、今日は音が()()気がする。



 周りに気付かれないようにそっと教室を伺うが、国語教師が板書をしている音だけが響いて

 クラスメイト達は7割が真面目に移し、2割はぼーっと見ていて、1割は寝ていた。



 お昼後のこの時間、日差しも温かな教室で一定のリズムの板書の音が子守歌には最適なのは良く分かる。

 私自身、普段ならあくびをかみ殺している。




 この水音に気付くまでは。

 今は川のような、ちょっとシャワーにも似たサーっともザーとも聞こえる音が続いている。



 なんとなく、良い予感は、しない。

 止めた方がいい、自分にできることはない、と理屈ではなく思うがクラスを見る限り不審な行動をしている人はいない。

 強いて言うなら私自身が一番挙動不審だとは思うが、自分思い当たる節はないので、他を探してみる。



 授業の合間の15分休憩に廊下を歩き、音のする方向の確認だけした。

 自分のクラスよりも上階、どこかの教室っぽい事までは分かったので後は放課後だ。


 幸い、今日は部活動はない。

 この高校は1階に職員室や保健室、実習系の教室があり、2年は2階、3階に3年で1年は4階に教室がある。また4階には視聴覚室等もある。

 部室は部室棟が別で建物があるが、吹奏楽は音楽室、美術部は美術室で活動する。

 そして、合唱部と演劇部は体育館や音楽室を吹奏楽や室内競技系の運動部と順番にやり繰りしている。


 閑話休題(それはさておき)


 水の流れる音は放課後になった今も聞こえている。

 むしろ、音は大きくなっているように思う。


 じょぼじょぼじょぼと落ち、ザーッと流れる音は勢いを増している。

 少し、怖い。でも、確かめた方がいい、という予感が私を急き立て、探さないと、と使命感さえもある。


 水源?

 音の始まりを探して階段を登るが、3階ではなかった。もっと上だ。

 4階に上がり、近い気がする。


 視聴覚室に向かうフリをして、4階を何気なく歩く。

 端から端までゆっくり歩き、一際大きなぽちゃんと落ちる水音が聞こえた。

 そっとその教室を覗くと艶やかな黒髪の女生徒がいたので、躊躇いつつも声をかけようとした、その時…



 女生徒はこちらをくるりと振り返り、何とも言えない笑顔を浮かべた。

 そして、そのまま窓の方へと走って、()()()()()()()落ちて行った。


「ひっ…」


 嘘、と思うものの、女生徒はもう、居ない。

 引かれるように窓に近付こうとすると、誰かに腕を掴まれた。



「ねえ」

「ひゃあっ」



 掴まれるその時まで気配すら感じなかったので、驚きに腕を振り払いつつ振り返るとショートカットで茶髪の女生徒がいた。


「あの窓、近付かない方がいいわよ?」

「な、なんで…」


 動揺で頭が回らない。驚きすぎて、腰が抜けそうなほど動揺しているのに、目の前の女生徒は私をじろじろと見ている。


「緑って事は2年ね。なら、知らないかな。

 あそこはね3年前、当時あなたと同じ2年の女生徒が飛び降りて亡くなったの。感受性の強い女性だったみたいでね、ある時から音が聞こえるってノイローゼのようになったようよ?」

「っ…!!」

「…ふぅん、そっか。あなたも、聞こえるのね。

 なら、これは先輩からの忠告。他の人に聞こえない音は誘い。()()恵みだけど、優しいだけでは無いと覚えておきなさい。

 いい?この国の神様はみーんな優しくて、怖いのよ。

 神様の優しさなんて人間の都合のいい幻想だよ。私が言えるのはこれだけ、後はあなた次第。

 じゃあ、今日はさっさと帰る事ね。バイバイ」


 言うだけ言って、3年の先輩は去ってしまった。

 窓の方を見ると、日は既に沈み教室は暗くなっていた。足元に徐々に伸びてくる影が絡みついてきそうな不気味さを感じて、自分も急いで帰宅した。



 夜、お風呂に入っている時にやたらと水音が気になって怖くなったが、気にしないフリをした。

 大丈夫、これはシャワー。大丈夫、大丈夫、ダイジョウブ…。



 温かいお湯に浸かり、ほうっと息をつく。

 この瞬間が何よりも好きで、一日の終わりにお風呂でリラックス出来るのは至福の時間だ。思わず笑みになり、気が抜けて完全にリラックスしていた。



 ぽちゃん




 耳元でした水音にギクッとなったが、無視をした。



 ぽたん、ぽたん



 温かいお湯に浸かっていたはずなのに、寒気すらする。

 本能が、振り向くな、何も見るなと最大限にアラートを鳴らしている。



 ぽと、と、ととととと… ぽちゃん。

 水音は、徐々に近づいている。



 怖さに、両手で顔を覆い、暗闇の湯船の中で体育座りしながら耐える。

 心の中は恐怖でいっぱいで、水音が聞こえなくなるのをただただ待っていた。



 怖い、怖い、怖い、こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい…

 意識が全て恐怖に染められて身じろぎすらできない。



 どの位経ったのか、恐怖に塗り込められた時間は唐突に終わった。



「いつまでお風呂に入ってるの~?のぼせてない?」



 突然聞こえた母の声に様々な音が戻ってくる。

 恐怖に竦んでいて強張っている手足にも感覚が戻ってきた。



「もう出るとこーー」



 そう返事しつつ、急いで浴室から出ると身体は冷えきっていた。まるで冷水に長時間入っていたかのように。

 翌日、身体を冷やしたせいか、風邪をひいて熱を出してしまった。



「夏風邪なんて、災難だけどゆっくりしなさいね?ママはお仕事行っても大丈夫かしら?お粥とゼリーはあるから、何かあったらL〇NEしてね」



 フルタイムで働いている母が仕事に出る頃には熱のせいか眠ってしまった。


 一眠りして起きるとすっかり熱も下がっていたので、母が作っておいてくれたお粥を温めて食べた。

 温かい優しい味が染みる


 汗をかいていて気持ち悪かったが、シャワーは怖かったので汗ふきシートで過ごした。

 その日、母は自分を心配して早めに帰宅してくれたので、母の気配を感じながらさっとお風呂に入った。


 母に「流石高校生、回復力凄いわ」と笑われつつ明日は登校出来そうだと穏やかな気持ちで布団に入ったらいつの間にか眠っていた。

 やたらと泥臭い水の匂いが部屋に満ちてる気がする。



 空気を入れ替えようと思ったが、翌日は生憎の雨だった。

 何処もかしこも水音しかしない。



 学校に向かう途中、電車の中であの長い黒髪を見た気がした。が、気のせいだと言い聞かせた。

 何とかしなければ、と思うけれどどうすればいいのか分からない。



 死にたくない。

 初めて、自分は殺されるかもしれないのだと自覚してしまった。



 なんとかあの先輩に会いたくて、お昼休みは3階を探して回ったが見つからなかった。

 同じ部活の先輩に背格好を伝えると3-Cのカンナギユウコ先輩だと分かった。


 放課後訪ねてみる事にして、そこまではなるべく友人と居るようにした。一人になるのは怖かった。

 早く、放課後になって欲しくて、授業の内容はなにも入って来なかった。ただただ時間経過を耐えていた。


 ぽたん、ぽたん

 と、すぐ横で、今にも自分に水滴がかかりそうなくらい近い、水音が聞こえないようにしつつ。

 無限とも思える授業の時間をひたすらに息をひそめて耐える。


 チャイムの音がこんなに待ち遠しかったのは人生初かもしれない。

 チャイムと共に荷物も持たずにすぐ上の階の3-Cの教室をへ向かって走った。そして、3-Cの教室の中で友人たちと話している見覚えのある茶髪のショートカットの先輩の顔を見て思わず叫んでしまった。



「カンナギ先輩!」

「うん?ああ、あなたが私を探していたのね」

「お願いです!あの、私どうすればいいか…」

「分かった、じゃあ今日は吹奏楽部の活動はないから音楽室に行こうか。あそこは図書室の次に、水気禁止だから」



 無言でカンナギ先輩と共に音楽室に向かう。普段は音楽家の肖像画が気味悪く見えることもあるけれど、今はなによりも「音」がないことが安心だった。

 音楽室に着くと、何かを呟きながら音楽室の両方の扉と窓を確認していた。



「先輩?」

「うん、ちょっと待ってね。おまじない、みたいなもの」



 器用にウインクすると、先輩は扉に向かって手を合わせて何かを唱え始めた。

 先輩の声が静かに響き、日本語のようだけど半分も聞き取れないのに、なんとなく落ち着く。



「お待たせ。やっぱり、水で何かあったかな?」

「は、はい… え、なんで?」

「おーけー。じゃあ、まず改めて自己紹介から。私は(かんなぎ)裕子(ゆうこ)。巫女の巫の一字で『かんなぎ』、神様に仕える一族だよ。この国は様々な神様が信仰されて、神様たちが他の国よりもとっても人に近いの。

 それは良いことでもあり、時にトラブルにもなるから、私たちみたいな役割の仕事をしている人がいるの。次はあなたのことを聞かせてくれる?」

「ええと、澤井(さわい)音葉(おとは)です」

「なるほど…澤井さん、ご両親の地元ってどこかな?」

「両親ともに滋賀の出身だったはず、です」


「そっかぁ」と言ったまま、巫先輩は窓の外を睨んでいた。まるで視点の先になにかがあるように、何度もうなづいている。


「ねぇ、ご両親の実家の近くに小さめの神社とか無かったかしら?恐らく水神関係の…」


 それで思い出す、田舎のさびれた小さな神社。鳥居と小さな社しかない、なんとなく暗くて怖かった記憶が鮮明によみがえる。

 ぽつりと寂しい、人目につかないようにされているかのようで、周りの木々に埋もれるような小さな神社だった。



「すごく小さな、地元の人しか知らない神社がありました。お祖母ちゃんから昔は広い湖と水神様を祭る大きな神社があった、と良く聞きました」

「それっぽいねぇ。あなたを守るように小さな小さな水龍様がいるんだけど、この子の力だけだとこの水底に沈むヘドロのような悪意は抑えきれないみたい。ねえ、あなたは確か美術部よね?」

「はい…」

「じゃあ、画材はなんでもいいから蓮を描こうか」

「え?」

「蓮、あの水に咲くお花」

「は、はい。でも、なんで?」

「うーん、描いてみたら分かるよ。簡単でいいから今夜1枚描いて、明日見せて欲しいな。あ、そうそう、これは帰るまでのお守り。傘の柄にでも貼ってね」



 そう言われて貰ったシールには不思議な模様が描いてあった。それは文字のような蛇のような。模様を見ていると動き出しそうで、眩暈がする感じがしたので大人しく傘の柄に貼って帰ることにした。


 この時、私は気付かなかった。音楽室の閉められていたドアに無数の濡れた手の跡と、泥がこびりついていることに。




 その日は不思議と雨音は聞こえていても、怖いことはなかったが、帰宅したときに傘の柄に貼ったシールはなくなっていた。

 早速自室でスケッチブックを開いて蓮を描く。薄いピンクの花びらが優美に開く蓮と清廉な水面を。

 何故か心が落ち着いて、優しい香りの中、その日は眠りについた。



 翌朝も雨だったので、スケッチブックが濡れないように大ぶりの防水バッグに入れて登校した。昼休みに、学食の隅で巫先輩と待ち合わせをしていた。


「こんにちは、先輩」

「やあ、昨日より顔色はいいね。良かった。じゃあ、早速見せてくれるかな?」

「はい」



 スケッチブックを開いたとたん、吐き気と悲鳴を抑えるので精一杯だった。



「どぶのような、水の悪くなった匂い、そして蓮に絡みつく人の姿をした何か…。まあ、想定通りではあるけど、厄介だね」

「あ、あの…」

「うん、昨日描いたのは綺麗な蓮だったんでしょう?それがこんなにも汚され、花は散らされ改変されている。信じられないけど、これを描いた本人としてはこんなものを描いた記憶はないってとこかな」

「は、い…」

「私は心も読めなければ、特殊能力者でもないよ。ただね、経験上知っているだけ」

「……」

「とりあえず、蓮は毎日描いてね。7日、それで決着はつくんじゃないかな」



 なんとも煙に巻かれるような話だけど…それから、毎日蓮を描くようにした。

 部活でも、自宅でも。それは一輪だったり、複数だったり、その時々だけど蓮を描いているときは心が穏やかだった。


 授業中や通学の途中で「ぽたん、ぽたん」と聞こえ始めて、寒気がする時はノートの端やスマホのアプリで蓮を描いた。

 そして、恐ろしいことに描いた蓮は全て()()()に汚され、ものによっては無残に散らされていた。


 そんな日が3日ほど過ぎ、水音は悪化していた。



 ざぁーっと流れる水に追いかけられ、時に足を取られる。

 時に自分の後をちょろちょろと、水が流れてきている音がずっとしていた。


 あまりの怖さに先輩に会いに行くと、ここが過渡期だからと説明された。

 とは言え、向こうも焦れてきているので睡眠時間分、20分に1個、8時間睡眠なら24個の蓮を小さくて良いから描いて寝るように言われたので30個ほど描いて寝た。


 翌朝確認したスケッチブックの満開の蓮は全て恐ろしい形相のなにが絡みついていた。

 そして湖の底には恨めし気にこっちを睨む複数の視線が、本当に私を見ているように怖かった。


 けれど、安眠は出来ていたため体調は久々にスッキリしていた。

 4日目はそんな感じで大きな変化がなく過ぎたが、5日目は足を引っ張られる恐怖で飛び起きた。



 ゴーーッと大量の水を流すような、プールの水を抜く時のような音に巻き込まれ、飲み込まれるような恐怖だった。

 最近恒例となる先輩とのお昼で、今夜は逆に丁寧に一輪の美しい蓮を描くように言われた。


 大振りな、立派な蓮と周りに複数の蓮を描いて寝たところ、悲しい夢を見た。



 江戸よりも前だろうか、長い引きずるタイプの着物を着て、しくしくと泣く女性がいた。


 綺麗な人だったけど、白黒でノイズが入っている感じで良く見えないけど一生懸命何かを伝えようとしてくれいた。

 彼女の声は聞こえなかったけれども、泣き笑いでありがとうと言うようにポロポロと綺麗な涙を流しながら手を合わせて、頭を下げてくれた。


 そして、6日目になった。既に習慣となりつつある蓮を描く。先輩から、今夜は大ぶりの蓮を3つ、後は私の勘にお任せだと言われ10個ほどの蓮を描いた。



 ようやく7日目を迎えた。

 水音はほとんどしない。

 たまにぽとん、ぽとんと聞こえるくらいだ。



 お昼に会った先輩にも「大分スッキリしているね」と言われた。

 ただ、今夜が締めになるからなるべく丁寧に綺麗な蓮を描くように言われたので湖一面の蓮を描いた。我ながら良い出来栄えだと満足してベッドに入った。



 翌朝は久々に気持ちの良い晴れだった。

 蓮を描きためていたスケッチブックを持っていく準備をして、学校に向かう足取りも心なしか軽かった。

 お昼休みに巫先輩に会うのが楽しみだった。



 待ちかねたお昼休みのチャイムが鳴り、急いでスケッチブックと蓮を描いたノートを持って学食に行くと先輩が待っていてくれた。



「ふふ、きみが本当に嬉しそうで良かった。

 じゃあきみの集大成を見せてもらおうかな」


 そう言ってスケッチブックを開いた先輩は1枚1枚丁寧に見ていた。

 ノートも一通り見終わると、先輩はふう、とため息をついてようやく顔を上げた。



「本当にお疲れ様。これは凄いものだよ、きみの忍耐と画力も素晴らしいね。

 ただ、これ自体は供養した方が良いので私が貰ってもいいかな?」

「はい、お願いします」

「うん、承った。悲しい魂は供養により完全に浄化して空へと登れるだろう。

 さて、きみには何が起こっていたか知る権利があるけど、聞くかい?ただし、世の中には知らない方が良いと言うこともあるから、判断は任せるよ。私は強要したくはないんだ」

「えっと、良い話では無さそうですよね?」

「残念ながら」

「……知らないと、いけない気がするので。教えてください、先輩」

「おっけー、うん、きみは素直でいい子だね。

 じゃあ掻い摘んで話そうか」



 そこから先輩が教えてくれたのは祖父母の住む地域の話だった。

 あの地は昔は大きな湖あって水が氾濫しやすく定期的に災害が発生していて、龍神や水神が恐れ敬われていた。そして、災害を治めるため、定期的な贄が湖に捧げられていた。


 今では考えられないことだけれどと、荒ぶる神を鎮めるためには必要だと思われていたのだと言う。



「そしてね、きみの家は宮司の家なのよ。つまり、あの女性たちを湖に沈め、荒ぶる神を慰めていた一族の末裔がきみだね。

 きみ個人にはなにも罪は無いんだけど、よく言うじゃん?末代まで祟ってやる!的なアレ。

 湖は埋め立てられ、神社は寂れたけど、そこで亡くなった人達の無念はまだ残っていたんだ。それをきみは蓮で慰め、浄化を手伝ったの。

 実はね、きみの描いた蓮と彼女たちの数って一緒でね、なんの因果か百八あるんだよ。

 それできみも彼女たちも解放されたの。でもね、きみはお家せいか、ああいうものに好かれる傾向があるから、今日一日は気をつけて。

 特に知らない声は要注意だね。振り向いちゃダメだよ?ガラスや鏡越しに目を合わせるのは一番気をつけてね。

 お家に帰って早めに寝ることをオススメするよ。じゃあ、本当にお疲れ様」



 先輩から聞いた話が重すぎて、午後の授業は余り頭に入らなかった。

 私のご先祖様たちが、あんなにも多くの女性を生贄として殺していた、なんて実感をできるはずもなく、ただ酷いことをしていたんだと思うと苦しくなった。



 反面、終わったんだと思うと、正直ホッとした。長い、7日間だった。


 そんな明るい気持ちとは裏腹に夕方にはポツリポツリと小雨が降ってきたので急いで帰ることにした。

 電車の中でボーッと外を見るともなしに見ていた時、右肩をトントンとされた。


 …私はドア側に立っていて、後ろは高い板で座っている人も叩けないはず。

 まして、右肩はドア側でドアと自分の間は何も入る隙間は無い。



 一瞬にして血の気が引くが、先輩の言葉が思い出される。



「声をかけられても振り向いちゃダメだよ」



 肩トントンは声かけと同じだ、としか思えない。怖くて視線を下に向けスマホを付ける。

 何かしている振りをしなきゃ、と五月蝿い自分の心音を無視して無駄にSNSを開く。

 くだらない動画や漫画が非現実のようで面白く、ようやく落ち着いた。


 肩トントンも無くなった。

 ふう、と息をついて窓の外を見た。



 …長い黒髪の同じ制服を着た女生徒と目が合った。



 詳しく顔は見えないのに、目が、合った。

 彼女の口が裂けるようにニヤァと笑い、無意識に悲鳴をあげる。


 抵抗をする間もなく、私は窓の中に引きずり込まれていた。







 そして、彼女は消えた。

 帰宅途中の電車の中に通学用のバッグだけを残して。


 巫結子はとある晴れた日の放課後に4階の教室にいた。

 そして、ため息をついて何かを呟くと去っていった。


 結子が見ていた窓には、人影が2つあった。



「やっぱり、あの子は避けられなかったか…。残念。

 鏡面は水面、ガラスもまた水面と見立てる事が出来るから注意したんだけど、難しいね」



 こうして、一人の人間と引き換えにまた一つの話が生まれ、それに引き寄せられた第二の犠牲者で話は現実となり存在をアピールして行く。


 都市伝説、それはヒトが創る物語。

 そして、物語の登場人物は認識されたがっている。


 どうぞ、雨では無い日の水音にはご注意を。

 向こうからあなたが気付いてくれるのを待っている存在はいつも、そこに。




 完

読んでいただきありがとうございます!

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