父のこと。②
さて、ここでひとつ、父らしいエピソードをはさみます。
施設の自室から入院先へは救急車で向かったのだそうですが、身内の誰かが付き添う必要があるとケアマネさんに言われ、義妹(弟の奥さん)が付き添ってくれることに。
父はここ数日間の上がったり下がったりする熱に翻弄され、くたくただったはずです。
熱が高い時には顎の辺りが痙攣していた、という状況だったとも、ケアマネさんから聞いています。
しかし父は父。
どんなに病んでいても本質は変わりません。
かつて私がエッセイで、愛と揶揄を込めて
『腹黒くはないけど、悪童』な少年
夏目漱石の『坊っちゃん』の主人公から、インテリ部分を大さじ二杯ほど引き、ワイルドさと柄の悪さを各大さじ一杯ほど足した感じ
と描写したように、誰に対しても(特に目下の身内、あるいは煩わしいことを言ってくる他人へ)基本エラソーな態度を取る、マイルドヤンキーならぬマイルドジャイアン、な男。
70歳を過ぎようが80歳を過ぎようが、この部分は変わりません。
もっとも、ウチの旦那や義妹に対しては遠慮があるのでしょう、彼なりに気を遣っていたようです。
少なくとも、マイルドジャイアニズムを発揮することはなかったのです。
そんな風に、我が子の配偶者に対して猫をかぶっていた父ですが、病気で気力体力共に落ち、猫をかぶり続けるのも辛くなったのでしょう。
救急車が来て、救急隊員から
「お名前をフルネームで教えて下さい」
と、父は問われたのだそう。
(おそらく問うこと自体はルーティン)
しかし彼は、超ご機嫌斜めな声で、
「ナンデそんなん、言わなアカンねん!」
と、ごねたのだそうです。
いやナンデって、そういう規則だし。
あー、まあその、患者の取り違えとかを防ぐ意味から始まった規則でしょうけどね。
そんな(ツマラン)ことでごねられても、救急隊員の方、困りますよ?
でも彼は
「そんな、ナンデいちいちアホみたいに、名前、言わなアカンねん」
とおかんむりだったのだそう(笑)。
いや~、別にいいじゃん。名前くらい言おうよお父さん。
そこそこ高い熱がある割に、アンタ元気だね~。
話を聞いてまず、私はのん気な感じでそう思いましたが、次に、義妹はちょっと驚いたのではないかと、少々心配になりました。
義妹にとって父は多分、『口数の少ない、穏やかな義父(借りてきた猫状態ですので)』だという印象……ではないかと思います。
娘の私からすれば、それこそ草・草・大草原といえる猫かぶりな印象ですが、穏かな(笑)義父がつまらないことで本気で怒る姿に、彼女は驚いていたのでは?と。
まあ義妹も、弟から普段の父(すなわちマイルドジャイアンな本性)を聞いてはいたでしょうが。
唯一、父が矜持を保ったのは。
マイルドジャイアンぶりを発揮したのが、義妹に対してではなかった、というところでしょうか?
わざわざ時間を繰り合わせ、彼のために付き添いに来てくれたお嫁さんへ、最後の最後に嫌な思いをさせなかったのは、大変良かったと思います。
お父さん、グッジョブ!
ギリギリ晩節を汚さなかった、のですから、大変、賢かったです!