第8話 新事実
「いよお、お疲れ」メアリーの遺体を外に運び出すモース達について行くと、一人の兵士が声をモースに声をかけてくる。頭が少し寂しくなった、チョビ髭を生やした四十代程の男だ。
「フロスト! 詰め所に詰めてるんじゃなかったのか」モースが尋ねる。
「お前さんこそ、ずいぶん幼い娘を連れて歩いてるじゃあねえか。趣味が変わったのか?」と笑えない冗談を言ってくる。
「馬鹿、ブライアント・フォーサイス伯爵のご令嬢だぞ」
「マーガレットです。父の部下のお仕事に興味があって、無理を言って付いてきたの」
「こりゃ失礼しました。いやあ、しかしこんな小さい頃からお父様の仕事に興味を持たれるっていうのは良い事ですぜ、お嬢様」
「何かあったのか?」モースがフロストに聞く。
「いやあ、詰め所でヒルズ子爵夫人の遺体検分やらヒルズ子爵の使者とのやり取りで色々分かってな・・・。知らせてやろうと思って来たわけよ」少し疲れた様子でフロストは話す。
「そいつは、ご苦労だったな。で、何が分かったんだ?」
「遺体の胃の内容物はあまり消化されてなかった。昼食後あまり時間が経ってないところで殺されたって所だな。それとな・・・」フロストはモースの近くに寄って周りの目を気にしながら小声で話し出した。
「不倫!?」エドガーが驚いて思わず大きな声を出す。
「静かに」モースがエドガーの口を塞ぐ。
「ヒルズ子爵家の使いの話だと、夫婦仲は結婚当初からあまり良くなくって今回の事があってもヒルズ子爵はあまり悲しんでいないんだとさ。おまけに以前から愛人関係の女がいて、そちらと結婚できると逆に喜んでいる様子もあるとか。で、その愛人を作った理由っていうのが、どうやら結婚当初からエレーナ・ヒルズ子爵夫人には他に男がいるっていう噂が絶えなかった事かららしい」
そんな噂だけで愛人を作るか? 胸糞が悪い。
「しかしなんでそんな事に・・・」エドガーが納得いかない様子でモースに聞く。
「クルス男爵家は、家格は低いが元はアストレリア王国創設の頃からある名家でな。しかし、領土が辺鄙なところにある上に不作が続いて貧乏生活が続いていたんだと。そこで娘のエレーナの結婚相手にはとにかく金持ちをって事で探していたらヒルズ子爵が手を挙げたらしい」
はぁ、とエドガーが相槌を打つと「もう一つ胸糞が悪い事があってな。」モースが続ける。
「エレーナ子爵夫人には当時付き合っていた男がいて、結婚の約束までしていたそうだ。ところがその男には金がなくて、2人は泣く泣く別れたとのことだ」
「噂の出所ってそこ?」側で聞いていた私が尋ねると「そういう事だ。お嬢ちゃんも結婚するときには気を付けなよ」とモースは言った。余計なお世話だよ。
「家を守るために結婚したのに、愛の無い結婚生活に疲れて不倫したと? だとしたら、その不倫相手がエレーナ子爵夫人を殺害した可能性もあるって事か」エドガーが言う。
「その噂の不倫相手っていうのは誰だ?」
「その噂の彼が、今日の客の中にいる」モースが驚くべき事実を口にする。
「誰だ!」エドガーが驚いて聞く。
「ジャック・シモンズ子爵だ」モースがニヤリと笑って答えた。
「お疲れの所申し訳ありません、シモンズ子爵。この度は、我々の要望をお聞き頂きありがとうございます」エドガーは相手の機嫌を害さない様に話し始める。
「いえ、死人が二人も出たという事ですし、ご協力できる事は何でも協力させて貰いますよ」そうジャック・シモンズ子爵は言った。理知的な雰囲気を漂わせ黒髪の整った髪型をした背の高い人だ。着ている服も良く整っている。
「ありがとうございます。それでは早速お聞きしたいのですが、今日一日のあなたの動きをお聞きしたいのですが」
「こちらには朝九時半過ぎに到着しました。その後場所を二階のオリバーの書斎に移して会議をしていました。十時くらいから休憩を挟んで一時間半程度ですかね。昼食後は食後に果実酒を嗜みながら午前からの会合の議題であった事について少し纏めていました」
「それは一人で?」
「いや、ここの広間のテーブルを借りてシュターケン侯爵と意見を交えながら纏めていました」
「纏めていた内容について、お話し頂けませんか?」
するとシモンズ子爵は「いや、それは・・・。まだ公にできる内容ではないので・・・」なんとも歯切れが悪い様子で言う。
モースはここで「少し違う事を聞いてもよろしいですか? 今日、この屋敷でお亡くなりになった方がヒルズ子爵夫人だという事はご存じでしたか?」
するとシモンズ子爵は暗い顔をして「はい、エレーナが地下室で刺されたという事はオリバーから聞きました。犯人について、もう目星は付いているのですか?」
モースは頭をかきながら「いや、目下調査中です。それともう一つ、今日の会合の参加者でおかしな行動をとっている方はおられませんでしたか?」
「それは、会合の参加者の中に犯人がいると疑っているという事ですか? いや私には誰もおかしな動きはしていなかったと思いますが」シモンズ子爵は中々鋭い返しをしてくる。
モースは肩をすくめて「いや、それは何とも言えないところで。あくまでも形式的に聞いているだけですよ。ありがとうございます。それと、ヒルズ夫人と最後に会われたのは・・・」
「・・・私とエレーナの過去の関係について、既にご存知の様ですね」シモンズ子爵は言った。
「ええ、まあ」モースはそう返す。
シモンズ子爵は、少し溜め息をついた後「確かに、若い頃私とエレーナは恋仲だった。しかし、ご存知の事情で一緒になる事は叶わなかった。お互い、納得して別れたのです。オリバーもその事はよく知っています。その後、私は宮廷務めで結果を出し今の財務補佐の仕事に就く事ができた。その頃に知り合った今の妻と知り合い結婚し子どもにも恵まれました。その事を我が事の様に祝ってくれたのもエレーナです」
そして少し暗い声で「宮廷内で私とエレーナの関係について邪推する声があるのも存じています。しかし、そういった声は無視する事で今までやって来ました。彼女とは今日ここで昼食の時に久々に会いました。それが最後になるとは思いませんでしたが」
どこの世界でもこんなドロドロした話ってあるんだな。そう思っていると「あまり子どもに聞かせる話では無いですね」とシモンズン子爵が私を見て言った。
「いや、すみません。お嬢様、ここは・・・」エドガーが言ってくる。
「ねえ、エレーナ様の事は今でも好きなの?」
二人の兵士が、ちょっとと言って慌てている横でシモンズ子爵は微笑み「お嬢さん。あなたも大人になれば分かる。事には時期があると言う事が。確かに若い頃の私とエレーナには情熱があった。しかし、今その情熱は冷めている。しかし、あなたの言う好きとは違う意味で私はエレーナの事が今でも好きだよ」その黒い瞳に深い悲しみを湛えながら言った。
「無礼な事を聞きました。お許し下さい」私はそう言うのがやっとだった。
「すいません、お嬢様そろそろ食堂の方に行ってもらえませんか。モースお嬢様を・・・」エドガーがそう言って私をゲストルームから追い出そうとする。
しかしモースは私を連れて行こうとせず、シモンズ子爵に「すいません、最後に一つだけ。夫人が死んだと聞いてどう思いました?」と聞いた。
それ今聞く? と思わずびっくりしたが、シモンズ子爵から返ってきたのは思いもよらない答えだった。
「正直、少しほっとしました。これから先、私と彼女の間を詮索される事は無くなるのだなと・・・」
左眼から耐えられなくなったのか、涙が一筋流れた。
「先程は今でも好きだと言っておきながら・・・。私は本当に自分勝手な男です・・・」