第14話 覚醒
その場にいた全員がガストンの方を向いた。
「他に怪しい者がいる?」エドガーがガストンに言った。
「そう! 要は地下室の扉を開けることができる者がいるということです。それは誰かというと・・・」
「誰なんです?」
「それは我が同僚で宮廷魔法使いの一人エスタークです。彼ならここの鍵だけではなく、ありとあらゆる魔法錠を解錠できるスキル『アンロック』を持っているのです。彼がこの事件に関与しているのは間違いない。おのれエスターク・・・このような事件を起こすとは。我が同僚ながら許せん!」
・・・なんか知らない人が出てきた。
「そういう事です。エスタークを捕らえるのです!」
「いやちょっと待ってください。なぜそのエスタークさんがここに来て二人を殺すんです?」エドガーは当然の疑問をガストンにぶつける。
「それは彼を捕らえて白状させればよいのです!」
「お話の途中申し訳ないが、エスターク殿は本日王都には居ません。というか三日程キャナル城に用があって王都から一昨日出立されています。昨日無事に着いたと魔法で伝えてこられました。あそこからだとどんなに急いでも二日はかかる。もしキャナル城に着いていなければ、キャナル城から異常を知らせる連絡が来ているはず」チャールズが言った。
・・・おい、早くも推理が破綻している。
「よし、分かった。彼ではなかった。だったら『西の森の魔女』ルーミーです。彼女がやったに違いない」
だったらって何? ていうかまた知らない人が出てきた。
「彼女は万物を毒物に変える『ポイズマ』というスキルを持っています。彼女なら水を毒に変えることも可能だ。彼女を・・・」
「お話の腰を折って悪いのですが・・・」今度はシモンズ子爵が声を上げる。
「我が家は彼女に良く薬を調合してもらうのですが、温暖な東海岸に太陽の陽を浴びに行くと言って一週間ほど前に彼女も王都を離れています。何でも一ヶ月は帰らないとのことで・・・」
うん、そうなるだろうなって知っていた。
私はモースに『そろそろ止めて』という目線を送る。このままだと際限なく容疑者が増える。
「――だったら、次は・・・」
「あーガストンさん。アンタが男爵親子を庇いたいのは分かった」ガストンの肩に手を置きながらモースが言う。
「しかしだ。アンタの論法だと全ての魔法を使える者を疑わなきゃならなくなる。となると、この場にいる者で魔法を使える者が一番怪しいと言うことになる。で、この場で一番魔法を使える人間はと言うと・・・」
「――そう、この場で魔法を一番使える人間はと言うと・・・って私か!」ガストンは今初めて気付いたのか絶句する。
「ち、違いますウェストン卿! 私ではない! 私には二人を殺す理由がない!」
アンタ、散々殺す理由がない人たちを容疑者にあげてなかった?
「分かっているってアンタじゃない事は」モースは言う。ここまで魔法を使える人間が怪しいなんて主張したら、自分が一番怪しい人間だって言っている様な物だ。そんな間抜けな人間が犯人な訳がない。
「で、結局誰を連れていけば良い?」チャールズが少し呆れた様子でエドガーに言う。
「ですから私です。私が・・・」
「止めなさいゾフィ! 私だ。私を連れて行け。私が二人を・・・」
「違います! 私が・・・」
しまった、ガストンの迷推理で場が混乱しただけで事態は何も変わっていない。むしろ男爵がゾフィを庇って罪を認めようとしている。このままだとプレシエンシアの予知が当たってしまう!
それだけはダメだ。何とか真犯人を見つけないと・・・。
真犯人? 誰が?
・・・ハッハッハ、さっぱり分からない。どこぞの大学教授の台詞じゃないが、マジで分からない!
考えてみれば私の前世は探偵でも女刑事でもなくただの保育士だよ?
そんな人間が何をどう推理すれば良いっていうの?
ていうか推理ってそもそもどうやるの?
あーもう! この世界には「あなたはアホですか」とか罵倒して謎を解いてくれる執事がいるわけでもないし、証拠を咥えて現れる猫なんか居るわけでもない(いや、むしろそんな人たちが居てほしい)誰でも良い、誰か私を助けて!
そんな事を考えていると突然前世のある記憶が蘇った。それは私が保育士になる前に大学で受けていたある講義の風景だった。『児童福祉論』の渡辺教授の講義だ。渡辺教授は初老の品の良い女性で優しく私たちに語りかける。
「良いですか皆さん。今から皆さんが受ける『児童福祉論』ですが、児童福祉全体を包括して論じている講義です。ですので皆さんには少し取っ付き辛く感じられるかもしれません。ですが、物事には捉え方という物があります。それは『虫の目・鳥の目・魚の目』という捉え方です。何の事かといいますと、文字通り虫・鳥・魚になったつもりで物事を見るという事です。例えば『虫の目』ですが物事を細かく見て理解するということ、そうですねこの講義では『児童福祉各論』の各章になりますね。次に『鳥の目』ですが、これは物事を俯瞰して全体像を捉える事を言います。これは『児童福祉総論』になります。最後に『魚の目』ですがこれは水の中を泳ぐ魚が水流を読んで泳ぐのを例えていいます。そうですね、今まで話してきた『虫の目・鳥の目』で見て理解してきた物を元にこうなるであろうと言う事を予測する『未来論』とでもいうのでしょうか。大学では『虫の目・鳥の目』までは学びますが、未来についてはあなたたちが大学を出て、現場で保育士になった時に実際の現場で見て確かめてください。それでは講義を始めます・・・」
そうだ『虫の目・鳥の目・魚の目』だ。事件を一から捉え直すんだ。まず事件を細かく見ていこう。私は今日一日何を見た?
私は今日一日見聞きしたことを細かく一つ一つ捉え直していく。その時、ある違和感に気付いた。そういえばあの人、なんであんな物を持っているの?
次の瞬間、今度は男爵邸の間取りが頭に浮かぶ。屋敷全体を俯瞰してみてある事に気付く。うん? この場所って、あの場所と重なる?
最後にもう一回事件を頭の中で追って行く。すると今回の被害者がどちらも女性である事に気付く。そう二人の女が同じ屋敷の中で死んだ。そう大事だったのはどちらも女性であるという事だ。一人は不倫をし、もう一人には最近男ができたという事。そして国庫の横領事件、メアリーが持っていた金貨、メアリーの部屋から出てきた酒瓶、それらの事が私の頭の中で一つの大きなつながりになる。そしてプレシエンシアの予知。そう、彼女の予知は重要なヒントだったんだ。真犯人の本当の狙いは別の所にあった。しかしある人の行動でそれが狂ってしまったのだ。だから今の状況がある。
私はここまで考えてからふと思ってしまった。この考えが間違っていたらどうしようと。しかしゾフィを救うには、ここで引くわけにはいかない。あの人の残された想いを叶えるためにも私は踏み出さなければならない!
「――私です。私が・・・」ゾフィが泣きそうな顔でリチャードに訴えかける。私はそんなゾフィをそっと抱きしめた。
「ゾフィ、大丈夫よ。あなた達が殺したんじゃないって事は分かっている。もう大丈夫よ・・・」
「――マーガレット様・・・」ゾフィは私の腕の中で大粒の涙をこぼして泣き出してしまった。
「エドガー、クルス男爵にはエレーナ様を殺す事はできなかったわ。それはなぜかと言うとクルス男爵の側には常に誰かがいたからよ。昼食後からエレーナ様が殺されているのを発見される時間までレギウス公爵にメアリー、そして私とロジーが一緒に行動していた。怪しいそぶりを見せたら誰かが気付いただろうし、実際そんな様子は私もロジーも見ていない」私の言葉にロジーも頷く。
「それじゃ誰が殺したって言うのです! 男爵にしかあの扉は開けられないっていうのに!」
「それがそうでもないのよ」私の言葉にエドガーの目が点になる。
「それを今から証明するわ。リチャード様、申し訳ありませんがもう少しお待ち頂けないでしょうか。それと、皆様には今から地下室まで来て頂けないでしょうか。面白い物をお見せできると思いますので」
私の言葉に従って、リチャードを除く全員が地下室に行こうとした。
「あ、待ってください男爵。あなたにはやってほしい事があるんです」私は男爵に耳打ちした。
男爵は怪訝そうな顔をして「なぜそんな事を?」と言った。