第12話 現場検証
「なんにもない・・・」私は地下室を一通り調べてそう呟いた。
「そりゃねえ、最初入った時にも一応調べたんだが、こんなもんでしたよ」モースが横で言う。
地下室は、男爵邸の倉庫で色々な物が置かれている。酒瓶・昔の書物の束・農機具等、様々な物がある。どれも古い物で埃をかぶっていないのは、中身の入った酒瓶ぐらいだ。
「足跡とかなかったの?」私がそうモースに聞くとモースは首をかしげながら「まあ小さな足跡は沢山あったが、それは恐らくゾフィお嬢さんの物だろうな。他に目立ってこれはという物は何もなかった」
私は期待を裏切られてがっかりした。犯人が何か持ち物でも落としていてくれたらと思ったのだ。
「ゾフィは、ここで目を覚まして驚いたのでしょうね。広範囲に足跡があった」クルス男爵もランタンで照らしながら言う。そう、地下室は男爵と魔法の鍵がないと開かない。事情を話して同行してもらっているのだ。
「男爵、地下室に入ったときに何か違和感を覚えませんでしたか?」私が男爵に聞くが男爵は「いや、何も。正直エレーナに気を取られてそういった事は考えられなかったですから」
だよね、普通そうだよね。いきなり自分の妹が死んでいるところを見せられたら、普通はそうなる。私は、エレーナ叔母様が倒れていた辺りに行ってみた。今でもあのときの光景が目に浮かぶ。こんな暗い部屋に一人で冷たい床に寝かされて、さぞ無念だっただろうなそう思うと自然に跪き両手を組んで祈っていた。
「お嬢ちゃん・・・」
「・・・ありがとう。エレーナの事を祈ってくれて」クルス男爵が言う。
「さ、もう良いだろう。そろそろ行こうか」モースが私を促す。
「分かった。行こう」私はそう言うと立ち上がり地下室を出た。私たちが扉から出た後、地下室の鍵がカチリと音を立てて自動で閉まった。
埃を払いながら、私は次にどこを見れば良いかを考えた。すると、男爵が「失礼、少し書斎に寄っても良いですか? 忘れ物をした物で」と言った。
「ああ構いませんよ。何だったら少し見せて頂いても? 凶器のナイフが置いてあったんですよね?」モースが言う。
「良いですとも。是非見てください」男爵はそう言いながら二階へと上がって行く。私とモースもそれに続く。
書斎は、大きな応接室みたいな感じだった。大きな机が部屋の奥にあり、その前に小さなテーブルとそれを両方から挟む様に三人掛けのソファーが置かれている。ここで午前中に会議が行われた様だ。
書斎の壁の一角に諸刃の剣や針状の剣、そしてナイフが数本飾られている。そしてその中に一カ所、何も置いていない剣置きがある。
「ここに凶器のナイフが置いてあったと」モースが言った。
「そうです。正直もう少し厳重に管理しておけば良かったと後悔しています」男爵が悔しそうに言う。私は壁に並んだ刃物の数々を見ていてふと思った。少し小さな、私でも使えそうなナイフも飾られている。
「何で犯人はこの小さなナイフを使わなかったのかしら? これを使えば、ゾフィが刺したって言っても自然に見えたと思うけど」
「そのナイフは投擲用なんですよ。投げて相手の足を止めるのが主な目的でね。実際そこまで殺傷能力はないんです」男爵が説明してくれる。そして書斎の中を見渡して「失礼。忘れ物がない様なので、違う部屋を見ても?」と言った。
「ええ構いませんよ」モースがそう言うと、男爵は大きな机の後ろの壁に向かって魔法の鍵をかざし「開け」と言った。すると壁の一部がカチリという音を立ててこちら側に開いた。
「え、隠し扉ってもう一つあったんですか?」私が驚いていると男爵は「ええ、ここと地下室の二カ所にあるんです。まあ、書斎の奥の部屋は金庫も置いてあるのでこちらの方が重要なんですが」そう言って中に入って行き眼鏡を持って出てきた「ありました。公爵とお話をした時に忘れてしまった様だ」
「失礼、昼の時三十分程姿が見えなかったというのは、こちらで公爵とお話をされていたからなんですか?」モースが尋ねる。
「ええ公爵から大事な話があるからと人目に付かない所で話がしたいと言う事だったので、こちらの隠し部屋で話をしたんです」
「その話の内容は?」モースが突っ込むと「失礼、実は・・・」クルス男爵は言いよどむ。
「大丈夫です。例の話はレギウス公爵から聞いています。そして頭の痛い事に、こちらのお嬢さんもそれを聴いてしまって」モースは私の方をチラリと見て言う。
「そうでしたか。それは弱りましたね」クルス男爵はそう言った。
「まぁ、そういう事なら。詳細は濁しますが今回の件で私にリーダーをやって欲しいとの事でした。他の人間にはその事をあまり知られたくないとの事で」
「それだけの話? もっと重要な話かと思ったわ」私は思わず突っ込んだ。
「まあ、私もそう思ったのですが、あの方に言われると断れなくて」クルス男爵が申し訳なさそうに言う。
「ずいぶんと圧の強い方の様ですね」
「同感です。でもあれくらいでなければ一国の宰相など務まりませんよ」クルス男爵は言った。
「そう言えば伺えなかったのですが、シュターケン侯爵はいつもああいった感じの方で?」モースはクルス男爵に聞いた。
「そうですね、普段から周りへの当たりの強い方です。ですがああ見えてご家族には大切にされているんですよ。特に奥様にはまったく頭が上がらない様ですね」
へー、そうなんだ。想像がつかないな。
「じゃあ、浮気なんて・・・」
「まあまずされないのではないでしょうか」クルス男爵は言う。
「シモンズ子爵については・・・」
「彼こそそういった事はないと思います。生真面目な男ですし、今の家族を本当に大切にしている」クルス男爵は、ここで顔に暗い影を落として言った。
「若い頃のエレーナとの事は本当に悪い事をしたと思っています。ただあの頃は本当に我が家に余裕がなかった。ヒルズ子爵との婚約を進めなければ、我が家は一家離散していたでしょう。ただエレーナ一人に全てを背負わせてしまった事については今でも私は悔いています」
「エレーナ夫人はその事について言われた事は?」
「いえ、あまり詳しく聞いた事はないです。ですが、ヒルズ子爵の事は噂に聞いていましたし、夫婦関係はあまり上手くいっていない事も知っていました」
「ご存知でしたか」
「貴族社会は何だかんだで狭い社会です。愛人がいるらしいという事も私は聞いていました」
「そこまで聞いているなら、なぜエレーナ様を連れ戻さなかったの?」ここで私が尋ねる。
「ヒルズ子爵家は、王族とも関係がある家でね。もしここで離縁となると向こうにも面子があるし、その後のエレーナの人生を考えると私も中々踏み出せなかった」クルス男爵は暗い顔をして「しかし、殺されてしまうなんて・・・。私が勇気を持って彼女を家に連れ戻すべきだった・・・」
モースはここまで聞くと「分かりました。色々ありがとうございました。それとメアリーについてですが、最近男ができたらしいと言う事が街の方で聞き込みをして分かったのですが、その事についてはご存知でしたか?」
「いえ私は使用人個人の事については詮索しない方で、メアリーにそういう人がいたと言うのも今初めて聞きました」
「そうですか。何かお聞きできると良かったのですが。メアリーはずっと住み込みで働いているんですか?」
「いや、週五泊まり込みで週末は実家に帰っていますね。今回は会合があったので特別にお願いして働いてもらった次第です」
モースは少し考えた後「分かりました。ありがとうございました。それとメアリーの部屋も少し見せていただきたいのですが、構いませんか?」と私を少し見ながらクルス男爵に聞いた。
「それは構いませんよ。好きに見てください」クルス男爵は快諾してくれた。
「ありがとうございます」
「いえ、あまりお役に立てず申し訳ない」そう言ってクルス男爵は書斎から出ていった。
「良く私がメアリーの部屋も見たいって言い出すの分かったわね」私がそう言うと「なんとなくね。お嬢ちゃんのやりたい事は分かってきた」モースと私は揃って書斎を出た。
メアリーの部屋はこざっぱりしていてベッドと衣装ダンス、そして衣装ダンスと小さなテーブルしかなかった。私とモースは二手に分かれてメアリーの部屋を探したが、特に犯人につながる様な物は見つからなかった。
「ほんとに何もないわね」私はそう言ってベッドに腰掛ける。
「まあ、そうそう何か見つかるもんじゃ・・・ん?」
私の横に座ろうとしたモースが座ろうとして、またすぐに腰を上げる。
「どうしたの?」
「いや、何か堅い物がベッドの下に・・・」そう言ってモースがベッドのマットレスを持ち上げる。そこには三本の酒瓶があった。二本空で、一本は中身が半分以上残っている。
「シェリー酒?」モースが蓋を開けて中身を嗅いで言った。そして、首をかしげてしばらく何か考え出す。
「モース?」私が声をかけるとモースは酒瓶を元に戻し、メアリーの部屋を出て行った。
「ちょっと、どうしたのよ」私は慌ててモースの後を追う。
モースは階下に降りていき、食堂に入っていく。そして、食堂に置いている酒を手に取る。
「また飲む気?」私が聞くとそれには答えず、食堂にいるゾフィに「他にも酒はありますか?」と聞いた。
「お酒なら台所に料理に使うお酒が」ゾフィがそう言うと今度は台所に入って行き酒を探し出す。
「もー、何なの?」私が聞くと、台所の酒を見つけたモースがニヤリと笑う。
「お嬢ちゃん『現場百編』だったか。良い言葉だ。なるほど探してみるもんだな」そう言ってモースは私の頭を撫でた。
「何か分かったの?」私が聞いた瞬間「貴様が殺したんだろう!」という大声がリビングの方から響いた。