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第11話 捜査再開

 「どう思う?」レギウス公爵が部屋を出た後、エドガーがモースに聞いた。

 「動機は絞られたと思う。不倫か横領事件の隠蔽か、もしくは両方か」

 確かに。給気口の下で盗み聞きしていた私も思った。しかし、せっかくファンタジーの世界に来て魔法とか冒険とか夢のある話ではなく、不倫だとか横領だとかドロドロした話で振り回されるなんて!

 そういうの、狭い日本だけで十分よ!

 「誰だ!」その時茂みの外で声がした。屋敷の外を見回っていた兵士がいた様だ。

 「やべ」そう言ってマシューが声のした方の反対側の茂みから逃げ出す。

 私もそれに続いた。


 二人して屋敷の中に入り食堂に戻った。食堂にはゾフィとロジーしかいなかった。そして、ゾフィはロジーの胸に顔を埋めて泣いていた。

 「何? ゾフィどうしたの?」私が驚いて聞くと、ゾフィは「マーガレット様。エレーナ叔母様に叔父様以外に他の男性がいたって本当なんですか?」と聞いてきた。

 「誰がそんな事を! ゾフィ、まだそうと決まったわけじゃ・・・」

 「いや、周りの大人達がいっていたぜ。お前の叔母さんは、誰とでも寝る様な女だったてな」マシューが言った。

 アンタ、それをゾフィに言ったの! マシューの言葉を聞いてゾフィはワッと声を上げて更に泣き出した。私の中で押さえていた何かが切れた。

 次の瞬間、私は拳でマシューの左頬を殴っていた。一瞬何が起こったか理解できない様な顔をマシューはしたが、次の瞬間「テメエ! 何しやがる!」そう言って私の髪を鷲掴みにして引っ張ってきた。私は引っ張られるままに顔を腕に近づけ、髪を鷲掴みにしている腕に思いっきり噛みついてやった。

 「痛え!」マシューは噛みついている私を引き剥がそうとしたのか、もう片方の手で私の髪を違う方向に引っ張ってくる。しかし、私はそんな事には気も止めず、そのまま体をマシューに預ける様にして彼の体を床に転がした。そして、兄の影響で観ていた格闘技の技の見様見真似でマシューに馬乗りになると、彼の顔を上から殴りつけた。

 「――ゾフィ様って、何事だこりゃ」そう言ってモースが食堂に入って来た。そして、マシューに馬乗りになっている私を引き剥がした。

 「お嬢ちゃん、何があったんだい」モースがそう尋ねてくる。

 「マシューのヤツがゾフィに酷い事言って、それで・・・」私はそう言いながら感情が抑えられなくなり、泣き出してしまった。

 「ゾフィが叔母さんの事好きだってこいつは知っているのに、その叔母さんの事を悪く言うような事を・・・」ダメだ、分かっていても感情が抑えられない。泣くのが止められない。

 モースはその場の様子を見てある程度状況を把握したのか、まずマシューに「とりあえずお前さん、広間に親父さんがいるからそっちに行ってろ。それとロジーさん、悪いんですけど応接間で男爵がゾフィお嬢さんを待っているので、そちらにゾフィお嬢さんを連れて行ってもらっても良いですか? お話を聞かないといけないので」

 「分かりました。その、マーガレット様は?」

 「俺が外に連れて行って、少し頭を冷やして差し上げますので」モースがそう言うと「分かりました。よろしくお願いします」そう言ってロジーはゾフィと一緒に食堂を出て行った。次にマシューが逃げる様に食堂を出て行く。

 「さて、お嬢ちゃん。行こうか」私はモースに言われるままに食堂から玄関に向かった。


 「少し落ち着いたかい」モースが尋ねてくる。

 「ありがとう。大分落ち着いた」私は渡された濡れタオルで顔を拭きながら言った。私とモースは、玄関を出た馬車止めの更に先にある石段に揃って腰掛けていた。

 「気に入らない事があっても、手を出したらダメだろう?」コイツにしてはまともな事を言うなと思いながら「分かってる。マシューには後で謝っておく」と返した。

 本当は顔も見たくもないけど!

 「それで、どうなの? 犯人は分かったの?」私がそう聞くとモースは頭をかきながら「――悪い答えられないな」と言う。

 「三十万ゴールドの事?」

 「なぜそれを?」

 「あの部屋、床材が薄くて床下から外まで話が漏れやすいのよね。もちろん、聞いた内容は喋らないわよ、フォーサイス家の名にかけて」とエドガーの真似をしてやった。

 モースはハァと溜め息をついて「頼むよ。人がもう何人も死んでるんだ。お嬢ちゃんもそのうちの一人に加わる可能性だってあるんだ。気を付けてくれよ」と言う。

 「分かった。でさ・・・」私はこんな基本的な事を聞くのも何かなと思いつつ「三十万ゴールドって大金なの?」と聞いた。

 モースはポカンと口を開けた後「いや、それを聞くかい。貴族様っていうのはそんな事も気にせずに生きていらっしゃるんだなぁ」と皮肉混じりに言ってきた。自分でも馬鹿な質問してるのは分かってる。でもマーガレットの知識に、その辺の事がまるで無いから聞くしかないじゃん!

 「まあ、大体銀貨百枚で金貨一枚が相場だから・・・」

 「ちょっと待って。銀貨百枚の価値が分からない。今って銀貨何枚くらいで一ヶ月生活できるの?」

 「うーん、確かに今物価が上がっているから一ヶ月銀貨十六枚でも厳しいか。一家六人でなんだかんだ言って二十枚は飛んで行ってしまうもんなあ」

 そこで、銀貨一枚一万円と仮にしよう。だから金貨一枚百万円。一ゴールド=金貨が百万円で×三十万だから・・・三兆円? あってるよね? 正直金額が思ったより大きすぎて想像が付かない。

 「三十万ゴールド? 何か景気の良い話してるな。俺も混ぜてくれよ」と突然背後から声がした。モースの同僚、フロストだ。

 「で、なんの話だい?」

 「な、何でもない!」モースと私の声が重なって答える。

 「なんだよ。俺だけ仲間はずれか? 冷たいな」フロストがそう言いながらモースの横の石段に腰掛ける。

 「まぁいいや。メアリーの家族に遺体の確認と話を聞いてきたぜ。娘が突然死んだので、悲しみよりも驚きの方が大きかったみたいだった。何も話を聞けなかった。ただ、とんでもない物をメアリーが持っていてな・・・」

 「何だ?」

 「それが、金貨なんだ。一枚履いていた靴下の中に隠す様に持っていた」私とモースは思わず顔を合わせる。

 「何でそんな大金を?」私が聞くとフロストは「分からん。こっちでも家族に渡すかどうか迷っているところでな・・・」

 「とりあえず、そのまま預かっておいてくれ。出所が分からない物を下手に渡すのはまずい」モースが言うとフロストは頷いた。

 「それで、ヒルズ夫人についてなんだがピーターのヤツが街中で聞き回った所によると、他に男がいたのは事実らしい」マジか。ゾフィがまた悲しむ。あの娘の耳には入れたくない話だ。

 「相手は?」

 「そこまでは分からなかった。ただ、旦那以外の男であるのは間違いないそうだ」モースはそれを聞くと額に手を付けて何か考え出した。  

 「メアリーについては調べなかったのか?」

 フロストはニヤリと笑って「そこら辺は抜かりないぜ。ピーターのヤツがついでに調べてくれた。で、実はメアリーにも男がいた事が分かった。数ヶ月前から付き合っているらしい」

 「どんなヤツだ」

 「それはこの数時間じゃさすがにな・・・。ただ金回りはかなり良いやつでメアリーの生活も少し派手になった様子だったとのことだ」

 モースは話を聞くとしばらく黙り込んだ。そしておもむろに「分かった。ピーターのヤツには礼を言っておいてくれ」と言った。

 「おう、分かった。じゃあ頑張れよ。お嬢さん、それじゃ・・・」フロストが立ち上がってクルス男爵邸の外門から出て行く。

 それを見送った後でモースがおもむろに「終わったな」と呟いた。

 「何でそうなるの!」私は思わず叫んだ。

 「いや正直この事件、もう少し時間があればなんとかなると思うんだが、いかんせん時間が足りなすぎる」そう言ってモースは庭先の木々を眺める。日が陰って木々の作る陰も少し長めになってきている。

 「時間?」

 「俺たちと公爵の話を聞いていたんなら分かると思うが、公爵はこの話を表に出したくない様子なんだ。エドガーも迷っているが、最終的に公爵の意向には逆らうわけにはいかないだろう。そうすると、調査はここで中断。俺たちは撤収って事になる」

 「そんなことさせないわよ! お父様に掛け合っても・・・」

 「しかし事が事だけにな。いくら伯爵様でも国家機密に関する事となると中止という判断をする可能性が高い」

 あ、そー言う事言うんだ。冗談じゃない。ゾフィに疑いがかかったままで事件をうやむやにしようなんて私が許さない。この事件、絶対に解決してみせる!

 「聞きたいんだけど、この事件って間違いなくあの四人の客の中に犯人がいるって事で良いのよね?」

 「だからそれもまだ断定できない。ただゾフィお嬢ちゃんである可能性は限りなく低いって事だ」

 「アンタ、そこだけは揺るがないわね。何か根拠があるの?」

 「根拠はある。ヒルズ夫人の殺され方だ」

 「殺され方?」

 「あのナイフで傷口を塞いで血が出ない様にする刺し方、あれは特殊な刺し方で俺もフロストから聞いた話なんだが、何でも古い暗殺術が元になっている剣術に由来する物なんだ。俺は直接見た事はないが、フロストは実際に戦場で何回か見たという話だ。胸を刺す角度に秘密があるらしい」

 「戦争って、フロストって戦争に行ってるの?」

 「あのなあ、お嬢ちゃん。この国は十年程前までは南方の諸国と戦争してたんだぜ。ロゼワール公国となんて、大きな衝突があった後しばらく後に和解が成立してまだ八年も経ってない・・・ってそうか、お嬢ちゃんは小さかったから覚えていないか」

 「――モース、アンタも戦争に行ったの?」正直想像がつかない。

 「行ったぜ。まあ、後方の伝令とか補給係しかしなかったから、直接戦ってはいないが、フロストのヤツは十代の頃から二十回以上戦争に出て生きて帰ったから大したもんだよな。『不死身のフロスト』なんて言われているんだ」

 「それがゾフィがエレーナ様を刺したはずがないって根拠なんだ。でもさ、それなら戦争に行った事がある人でその剣術を使える人に限定すれば犯人を特定できるんじゃ?」

 「それが今日の客、いや恐らくこの国の貴族様達は全員そうだ」

 え・・・どういう事?

 「何でも『高貴たる物の義務』とやらで、国王をはじめこの国の特権階級の連中はほぼ全員戦争に行っている。そうなると、必然的に戦場で必要な武術を学ぶ。その中には当然、今回の殺人で使われた殺人剣も含まれる」

 マジか・・・。

 「それじゃ、誰がエレーナ叔母様を殺したかを・・・」

 「そう、特定できない」モースは言った。何それ! 完全に行き詰まってる!

 「メアリー毒殺の方は・・・」

 「それも、この館に毒物をどうにか持ち込まなければならない。だがどうやって持ち込んだか、毒の種類についても今の所調べようがない。大体、どうやってメアリーのコップに毒を入れたのかも分からない。正直、八方塞がりだ」モースは頭をかかえて言う。

 私は絶望感に襲われた。このままだと、ゾフィに対する疑いは晴れない。捜査がここで打ち切られたとする。そのまま時間が経った事を理由に、ろくに調べもせずにゾフィを犯人として捕まえる可能性が今のままだと高い。ここは何としてもゾフィが犯人でない事を示すためにも真犯人を捕まえないと!

 「ここで弱気になっていてもどうしようもないわ。何でも良い、証拠を集めるの!」

 「どうやって?」モースが聴いてきた。

 「そう、全ての基本は現場にあり! もう一度現場を一から調べるの! 捜査に行き詰まったら、何度でも現場に立ち返る『現場百編』よ!」

 「『現場百編』? 聞いた事無いぜ」


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