第10話 エドモント・レギウス公爵
部屋の中はしばらく静寂に包まれた。「国家機密・・・」エドガーが苦々しく声を絞り出す。
「ま、向こうさんがそう言っている以上、仕方あるまい」モースが言った。
「しかしだな、こうまで『国家機密』で証言を拒否されたら捜査が進まん。いつまで経っても犯人にたどり着けない。子どもの使いだぞ、これじゃ」エドガーは相当いらだっている様子だ。
「そういう態度は次の相手には出すなよ。なんせ超が付く大物だからな」モースがたしなめる。
大物? 一体誰の事?
「分かってる」エドガーの声が緊張しているのが分かった。
「宰相閣下なんて、本来俺達の様な一兵卒じゃお目にかかる事すらできないからな」
「お疲れの所申し訳ありません、レギウス宰相。私・・・」
「ああ、ウェンストン家のエドガー君だね、知っているよ。そう緊張しないで楽にしたまえ」エドモント・レギウス公爵は場を和ませる様な声で話し始めた。
「君のお父上とは先の南方諸国との戦争で何度か同じ釜の飯を食った仲だ。いつも息子達の自慢をしていた。よく覚えているよ」
「こ、光栄です閣下・・・」エドガーは既に感激して声も震えている。
「それで、何から話せば良い?」公爵が尋ねてきた。
「はい、実はこの館で起こった事件について拝聴したく・・・」
「はは、そうかしこまらないで。今日一日の動きで良いのかな?」公爵は隣にいるのであろうモースにも声をかけた様だ。
「よろしいですか?」モースが聞く。
「うむ、まず十時過ぎだったな。この館に到着したのが。それから、ここ応接間で少し過ごした後で広間に呼ばれたのでそこで少し皆が来るのを待って、全員揃った所で二階に上がって会議をした。その後は食事をしてから男爵と三十分程話をして、腹ごなしに少し館の中をぶらついていた所、例の騒ぎに巻き込まれたわけだ。こんな感じだったと思うが」公爵はざっくりと話した。
「失礼、その事を証明できる方は・・・」モースが突っ込んで聞く。
「そうだな、実はいない。男爵と昼食後に話を少しした事は本人に話を聞いていれば分かる事だが、聞いていないかね」
「ええ、皆さんお話しづらい事がお有りの様でして・・・」モースが嘆く。
「なるほど」少し笑いを含んだ口調で公爵は言った。
「さすが、私の見込んだ者達だ。皆、一様に口が堅いと見える」
「それほど重要な事で?」
モースが尋ねると公爵は「うむ、女王陛下自ら私への指示でね。私も含めて財務に関する調査を今日いるメンバーで行う事になったんだ」
「・・・それは、私共に話しても良い内容で?」
「本来なら話せない内容だね。しかし二人も人が死んでいるとなると、そう言ってもいられないだろう」
そして公爵は少し声の圧を上げて「もちろん、君たちを信用して話す内容だ。この事は時を見て公表する予定だが今はその時期ではない。それまで秘密を守ってもらえるかな?」
「ウェンストン家の名にかけて」とエドガーは言う。
モースは「ま、口は堅い方だと自負していますのでご安心を」と言った。
「それでは話そう。実はここ三年で使途不明の金が国庫から消えている事が分かったのだ。総額にしておよそ三十万ゴールド」給気口の下で、一緒に盗み聞きしていたマシューがヒューと口笛を吹く。
「何?」と聞くと「すっげえ大金」と言う。私の方はというとその価値がピンとこない。日本円でいくらぐらいだ?
「えー、三十万ですか・・・。えーっと確か去年の国家予算が・・・」
「およそ一千万ゴールド。三年で何者かの手により一年間の国家予算の約三%が消えたということだ」
何か大事になってきた。
「皆の口が堅くなるのも分かるだろう? もちろんここに集まって貰った者以外にも内偵に当たっている者がいた。しかし、最近それらの者が揃って行方不明になった。何者かに消された可能性が高い」
「なるほど、今日の会合はその事について今後の対策を話し合う場と言う事ですか」モースが言う。
「その通りだ。財務局主任補佐のシモンズ子爵、そして財務局主任のクルス男爵と局長のシュターケン侯爵、宮廷に顔が利くと言う事でレッドフォード殿に集まって貰った。この四人を中心にして調査チームを作って事に当たろうというのが私の考えだった」
「だった?」モースが聞く。
「うむ。この館に来てから死人が二人も出たという事を考えると、無関係とは思えなくてな・・・。私が甘かったと言う他ない。三十万ゴールドの件は更に慎重に真相を探らねばと思っていたところだ」
「機密が漏れていたと? しかし、そんな事をしたら消えた三十万ゴールドもそれをちょろまかした連中も永遠に出てこないのでは?」
「その通りだ。そこでお願いなのだが、ここで人が死んだという事の報告を少しで良いのでずらしてもらえないか? 横領の件が解決してからこの事件の事を明らかにしてもらいたい。もちろん二人の遺族には王家から謝礼を存分にはずむ。どうだ?」
「――上司に相談しても?」エドガーが尋ねる。
「生真面目な男なんだな、君は。わかった。フォーサイス伯爵には私の方から直接頼んでおこう。それで良いかな?」話はここで終わりかの様に公爵は言った。
「しかし三年でそんな額が消えてる事が今まで分からなかったなんてねえ」
「まったくその通りだ。無能共の首を全員へし折ってやりたい気分だ」公爵が物騒な事を言う。
「さて、私から話せる事は以上だ。他に聞きたい事はあるかね?」公爵が二人に聞いてきた。
「いえ、私からは特に・・・」エドガーがそういうのを遮りモースが「そういえば今日はお一人で? 護衛の一人も付けずに?」と聞いた。
「話し合う内容があまり人に聞かれたくない内容だからね。加えて私にはこれがある」ここでカチャと音がする。
「なるほど、下手な護衛よりご自身の方が頼りになると」モースが言った。
「その通りだ。若かりし頃、伊達に戦場を駈けずり回った訳ではない」公爵の自信に満ちた声が聞こえた。