第1話 転生悪役令嬢
悪役令嬢物のつもりで書きました。けど、筆が妙な方向に走って気付けばよく分からない物になっていました。どこにニーズがあるんだ・・・と思いますが、変化球だと思って読んでいただけると幸いです。
ある初夏の穏やかな日差し中、私は死んだ。
本当に突然の事だった。その日は三日程続いた鬱陶しい雨が止み『今日はみんなで公園遊びに行けるねー』と保育士だった私は、子ども園のみんなとお話して昼食を食べてお昼寝をさせた後、近くの公園にみんなで出かけている途中だった。公園遊びに行く私たちの列の中に、突然車が突っ込んで来たのだ。列の真ん中辺りで子ども達を引率していた私は子ども達を車から避難させるのに一杯一杯で、気付くと自分が車と壁の間に挟まれていた。頭の中でグシャリと何か砕ける様な音がして、やがてスイッチが切れる様に視界が暗転した。
次の瞬間私はベッドの上で目を覚ました。
夢? 私マーガレット・ブライアント・フォーサイス(十一歳)は、ベッドの中で汗ばんだ手を握りしめながら思った。
違う、夢ではない。前世の記憶ってヤツだ。前世での私の死ぬ瞬間の記憶だ。私は前世では日本人、吉河遙香(二十九歳独身 彼氏いない歴年齢の分だけ)で認定保育園の保育士だった。某県の都市部にある一軒家の実家暮らしで、家族構成は三十過ぎてまだ結婚していない兄のいる四人家族の長女だった。そして、今の自分はブライアント・フォーサイス家の一人娘、マーガレット・ブライアント・フォーサイス(長い名前!)アストレリア王国の伯爵令嬢。どうやら俗に言う『転生』というヤツをしたらしい。
何でこんな事を思い出したのかと言うと、マーガレット自身のいたずらのせいだ。
アストレリア王国のプリンセス養成女学校で、同級生のゾフィ・クラーク・クルス男爵令嬢(十歳)を落とし穴に嵌めようとして、その穴を想定以上に大きく掘りすぎてしまい、先に落とし穴に落ちた彼女を笑ってやろうと落とし穴の上に立った途端、足場の土が崩れ二人一緒に仲良く穴に落ちた際、私は落ち方が悪く頭から落ちてしまい額を打って気絶し、目覚めた時に自分の前世を思い出してしまったというわけだ。
で、転生した後の世界というのは剣あり魔法ありの中世ヨーロッパ風の世界『アストレリア王国』だ。
ラッキーな事には私は伯爵令嬢に生まれ変わったらしい。そして部屋の中を見て思う。贅沢な部屋! 前世の六畳一間の部屋とは違って子ども一人にこんな広い部屋がいるのって位の広さ(前世の職場だったこども園の集会室より広い)に、見るからに高そうだなーと思える絨毯をはじめとした調度品。ほんとにラッキーだ。これからは贅沢三昧な生活が待っている! と思った所でふと記憶の中に『ゾフィ』という名前と『いじめ』というキーワードが思い浮かぶ。これって何か記憶に引っかかるな。
そこで初めてあるゲームの事を思い出した。これって『キャンディデイト プリンセス』だ! 私が吉河遙香だった頃、子ども時代に何度も遊んだ恋愛シミュレーションロールプレイングゲームだ。
『キャンディデイト プリンセス』というゲームは、プリンセス養成女学校というプリンセス候補を育てる学園で主人公ゾフィ・クラーク・クルス男爵令嬢を育てて、最終的には王子様と結婚させるというゲームで、キャラデザが良くって特に主人公のゾフィが可愛かった!
このゲームのおかげで、私は可愛い女の子キャラ推しになったんだよね。そしてマーガレットというキャラは、悪役令嬢の位置付けキャラで主人公のプレイアブルキャラであるゾフィをいじめるだけいじめて、挙げ句ゲームの終盤でプリンセス選抜試験に主人公ゾフィに敗れ、その際に使った手段(替え玉受験)が悪質すぎるということで地方に追放されてしまう。で、そのまま大人しくしていれば良いものを同じく地方に飛ばされていた元王族の男と手を組んで反乱を起こし、敗れて王都で断頭台の露に消えるという救いようのないキャラだった・・・。
そうか、私ゲームの中のキャラクターに転生しちゃったのかー。しかもマーガレット(笑)・・・。
いや『キャラだった・・・』じゃない! (笑)じゃない! 今の私! マーガレットは今の私!
ベッド上に座り直し、慌てて私は計算する。あのゲームのプリンセス選抜試験は、ゾフィが成長して十六歳になった時に行われる。あの娘は確か私の一つ下だから、私は十七歳になる時に試験が行われる計算だ。と言うことはあと六年。六年間しか生きられないの?
嫌だ。人間に生まれ変わりしかも貴族の令嬢に生まれ変わったのは良いが、ゲーム内のキャラクターであと六年しか生きられないことが決定づけられているなんて、私が前世で何をしたっていうのだ。
しかし、考えてみるとまだ六年も時間があるという事だ。不治の病でもない私が選択を間違えなければ、六年後どころかその後も平和に生きながらえる可能性はあるはずだ。
と言うか、それしかないな。そこで今後の人生における生き延びる対策を考えてみた。
結論、ゾフィとの関係を改善する、彼女へのいじめをやめる、これ一択しかないということになった。
このゲーム、ゾフィをプリンセスにして王子様と結婚させるのが最終目的のゲームだから、その手助けもすれば、より生き延びる可能性も上がるはず!
ゲームのキャラクターの設定からしたら反則かもしれない。だけど、命がかかっているのにそんなこと言っていられるか!
ベッドであぐらをかきながらここまで考えて、私はベッドから降りる。ベッドの横に揃えて置いてあったスリッパを履きながら、部屋の隅の姿見に映った自分の身体を改めて見た。高級そうな純白の生地にレースの入ったパジャマを着た、ウェーブがかかった金髪に目元が若干吊り目の碧眼の少女がそこにはいた。十一歳という年齢にしては少し大人びた感じの美少女だ。
「あなた、何が不満であの娘をいじめたの」鏡の中の自分に問いかけてみる。鏡の中から返事はないが、昨日までのマーガレットの記憶が頭の中に蘇ってくる。伯爵家に生まれ、女らしく令嬢らしく礼儀正しく振る舞いなさいという周りからのプレッシャーに押し潰されそうになり、何時しかそこから逃れる様に周りのメイドやゾフィをいじめるようになった日々。
『違う、私はそうじゃないの。本当の私はそうじゃない。誰も私のことをわかってくれない。苦しいよ。誰か助けてよ!』
「本当に自分勝手な子」鏡の中の自分に対して私は言った。そりゃね、生まれは誰も選べない。だけどそれを理由にして、周りに当たり散らすのは違うと思う。
「けど良いわ、助けてあげる。私のやり方でね」自分の生まれや運命じみた物を呪いながら生きるのなんて、本当につまらない。自分の人生は自分で選択して悩んでこそ。その結果がどうあれ、何もしないまま自分の境遇を受け入れるっていうのは違うと思う。
「ここからは、私のターンよ!」そう言って私は部屋の扉を開けた