リスタート
ネクタイを締めて寝室の時計を見る。今から家を出れば問題なく予定時刻には間に合う。
前回の転職時に使用したものだったか、少しくたびれた革靴を立ったまま履く。
「いってらっっしゃい」
玄関先まで見送りに来た母親が眠そうな表情で見送ってくれた。
「行ってきますわ」
少しけだるく、うっとうしくも感じつつも、母親の気持ちにわずかに共感する思いも頭の中で混ぜながら重い扉を開いた。
外はもう春を過ぎた無味な空気をまとっていた。
根なし草っだった母親との生活の中でやっと長く生活の拠点にできる場所が、この街だった。
大学生になりたてのころからこの街で暮らしもう十年の歳月が経っていた。
その中でこの街も時代にそぐわぬ成長をしていき、知らぬ間ににぎやかな街へと変貌していった。
ただ、それは街だけではなかった。
「特急に乗ってから乗り換えか」
スマートフォンの乗り換え案内を確認した後、イヤホンに音楽を流す。
まだ体も頭も、ここ何年かの記憶を鮮明に覚えているようで、曲を聴くたび刺激が走った。
もう今までの生活には戻れないのだと言い聞かせる。
この感覚は未練という言葉が合っているのだろう。
いつか気づかないうちに思い出すことがないようにしたい。
進もう。
そう自分に言い聞かせて電車に乗り込んだ。