99.ワープ王手VS盤破壊
【第31階層フリーズ:永遠雪原】
「マックスが上げた花火が目印だ! まだ起きてるよなフレイム!」
「勿論! まだまだ行くぜ俺は!」
39階層突入から36時間。フレイムは無休で俺達を運んでくれている。
だがまだだ。ショートカットを駆使しても、クローバーが二回も時間を稼いでも……スフィアーロッドは遂に追いついてしまった。
「31階層を横断するまで、この真後ろのバカから逃げ切れるか!?」
「後ろにグレン団長が立っている! スフィアーロッドからの直接的な干渉は防げるだろうが、魔物の数が多い!」
本来は31階層にいないような、これまでの階層から引っ張ってきた多種多様な魔物がごった返す。本当に形振り構わないなスフィアーロッド。
「もう少し距離があれば【建築】で壁なりなんなり建てられますが、資材が足りませんです。足止めトラップが限界。区画壁まで行けば一気に資材補給できますが!」
「なんにせよ接近しすぎって事か。ゴースト。絶対に馬車から落ちるなよ」
丸一日寝そべっていたウルフは立ち上がり、後ろのスフィアーロッドではなく正面を見る。
【飢餓の爪傭兵団】も【真紅道】もこちらに向かって走ってくれているが──まだまだ距離がある。
「どうするかね。ちょっと間に合わなさそうだが」
《左右から囲め魔物共! この騎士は我が相手する!》
「多人数相手すぎるな! ウルフ! 同時に降りるか?」
「まだダメだ。引き分けにするにしてもパフォーマンスの内だ。もうちょっと観客のいる所まで行かなきゃならんだろ」
「そうも言ってられるか!」
ウルフとグレンが共にいるのは、トップランカー二大ギルドのどちらが《イエティ王奪還戦》を勝利するかというパフォーマンスだからだ。どっちかが勝てば禍根が残る事を分かっていて、二人はどこかのタイミングで引き分けを狙っていた。
その際華を持たせるならマツバという話になったのだが……どうにも後一手足りない。
遂にはグレンの防御を突破した魔物が馬車の左右に近付いて来て──
「【チェンジ】」
聞き覚えのある魔法の名前に、つい馬車から顔を出す。
まだ辿り着かないほどの距離にいた筈の連中が、空から降ってきた。
「ぬぬぅ、やってくれるな! 而して広範囲魔法の即効性ならば【大賢者】の管轄よ! ──【テンペスト】!」
「何がなにやらラッキーだぜ! さぁぶっ飛ばして!ぶっ潰す! 【キャノン:ファイヤワークス】!」
大竜巻と巨大花火が魔物を蹴散らす。
【象牙の塔】の火力バカ、ブックカバー。そして【バッドマックス】の喧嘩バカ、マックス。
それだけじゃない。【象牙の塔】はアザリや【大賢者】部隊数名が、【バッドマックス】【飢餓の爪傭兵団】【真紅道】……。
「げ。お前かよ」
ウルフの嫌そうな声に振り向くと、いつの間にか派手な金のドレスの女王が馬車の中に佇んでいた。
「傍観決め込んでたのによ。重役出勤とは偉いもんだな【至高帝国】"無座の女王"ダイヤさんよぉ!」
「【至高帝国】──!」
気品溢れる佇まいに思わず息を飲む。
ただ視線だけで心臓を射抜かれるような力強い瞳。黄金のドレスが霞むほどの存在感。
一切の情報が公開されていない【至高帝国】のマジシャン担当──ダイヤ。
どうにも言葉が出なくて固まってしまったが、それを見かねたダイヤが口を開いて──
「うっせーし。ちゃんと呼んであげたからさっさと行けし、駄犬と熱血バカ」
……なんか思ったのと違う!
「──”最強の測定者”【エリアルーラー】の大天才ダイヤ。慈悲と気紛れに感謝する」
「うっせ。【夜明けの月】への義理立てだし。協力はもうしないから」
しっしっと手で鬱陶しそうに二大ボスを払うダイヤ。
ウルフとグレンは小さくため息を吐いて、外を見る。
「野郎共! この木偶の坊を吹っ飛ばせ!」
「あいあいよー。俺っちに任せなぃ!」
【真紅道】のフレアの【建築】によって地面から飛び上げられた"雪化粧"。
アザリの槍は"雪化粧"と、その先のスフィアーロッドに狙いを定める。
「準備完了。お前はもう"純無属性"だぜぃ!」
【ジオマスター】の本領。"純無属性"判定の相手への攻撃は超強化され、そのダメージは周囲の敵にも通じる──
「撃ち抜くぜ!【スターレイン・スラスト】!」
スフィアーロッドまで直線を駆ける流星。
竜の胸元で炸裂し──僅かに巨躯を吹き飛ばす!
《ヌゥ……!》
「今です! 【建築】!」
スフィアーロッドと馬車の間に隙間が生まれた事で、ミカンはすぐさまに小さな壁を複数枚建築。
左右に旋回している魔物に合わせて、左右へとグレンとウルフが飛び降りる。
「【飢餓の爪傭兵団】! 西の魔物を皆殺しだァ!」
「【真紅道】! 東を受け持つぞ! イエティ王はマツバ氏に託した!」
《おのれ……!》
「【バッドマックス】は正面突破だ! 壁をブチ破ったスフィアーロッドをボコボコにすんぞ!」
「では吾輩は全陣営を同時に見てやろう。これぞ大魔法の神髄である!」
それぞれが役割を瞬時に判断して分担する。やっと馬車と魔物に距離が生まれた。
「……んじゃ、あーしの仕事は終わったからアイス食って帰るわ」
「あ、どうも」
なんというかどこまでも軽いダイヤに翻弄されるが……しかしなかなか信じられない荒業をした。
【エリアルーラー】は理論上100mを1秒で移動できる高速移動が可能だ。だが所詮は机上の空論。座標の把握に加えて転移する空間同士が同じサイズでなければならず、空間の6面には物質が挟まってはならない。
つまりダイヤは数十名の冒険者を順繰りに【チェンジ】しまくって高速空中移動していたわけだが……とても暗算でできるような計算量では無いはずだ。そもそもうちの天才であるメアリーでさえまだ使いこなしてはいないのに、この人は一体どうやって……。
「あ、そうだ。いるんでしょクローバー。どこよ」
「あいつは脱落したよ。今頃フードコートで飯でも食ってるんじゃないかなぁ」
「ダッサ。……えっと、クローバー馬鹿だけど良い奴だから。仲良くしたげねーと許さないかんね」
それだけ言い残して《イエティ王奪還戦》からリタイアするダイヤ。
どうやら仲間想いのいいギルドみたいだ。
……本当に何でクビになったんだクローバー。
──◇──
我の力が弱まっていく。
否。発生と同時にそこにあった"色"の力であったが。
我は呪氷の叛竜。失ったモノを求め、違うモノで埋めようとする愚かな竜。
メイドレの”色”を求めイエティ王を誘拐するも、”色”は得られず永遠にイエティから追われ続ける滑稽な死体。
それが我の与えられた役割。
──耐えられるか!
なぜ我に自我が芽生えてしまったのか。怨敵に逆らう事も出来ず、永遠に滑稽を晒す事しかできぬ生き地獄を味わわなければならぬのか!
テンペストクローよ。人間に何を見たかは知らんが、貴様の思いは我とは変わりないのだろう。
我が憎むべきバグに託すように、貴様は人間に託したのか。
我はそこまで捨てきれん。人間に与するなぞあり得ない。
ここにきて人間共の質が上がっている。憎きクローバーほどではないが、圧倒的な力を持つ個人が複数いる。
奪い返すは厳しいか。ならば──
──全てを壊すか。
そうとも。何が"色"か。イエティ王か。
本分を思い出せ。我は【NewWorld】防衛セキュリティシステム"クリック"のウィルスバスター。
いかんな。自我の影響か? 本来成すべき事を蔑ろにしていた。
チャンスはまだある。我がスフィアーロッドである限り。
故に成そう。我はスフィアーロッドなどではないのだから。
──◇──
【第31階層フリーズ:永遠雪原】
スフィアーロッドの交戦域から抜け出し、フレイムの馬車で雪原を駆ける。
「平坦な階層一つにつき大体5時間。俺達はそのペースで走ってきた!
問題はスフィアーロッドの速度だ。奴は本拠点を破壊してから3時間程度で1階層を抜けている!」
「毎階層2時間分詰められていたわけか。各本拠点の妨害やクローバー、それに一部階層でのショートカットが無かったらとっくに追いつかれていたな」
ちなみに1階層5時間はのハイペース。徒歩半日とは言うが10時間ほどで、魔物に騎乗していても野生の魔物の妨害があればその分遅くなる。それを1日半ぶっ通しで走っているのだから流石はプロだ。
「問題なのはスフィアーロッドの速度だ! こっちより遥かに大きいのも要因ではあるが、あまりに速すぎる! この《拠点防衛戦》ではそういうルールなんだろうな!」
「スフィアーロッドの咆哮により発生する網目状の衝撃波。これが物質破壊と即死の性質を持つ。クローバーさんのおかげで回避可能である事は周知されたが、一体どれだけの人が回避できるか」
「突破自体はされちゃうと思います。問題はコレをどこまで運ぶかです」
道中散々話した問題がソレだ。39階層でゴーストがイエティ王を救出した際のアナウンスは──
──────
『冒険者ゴーストにより、イエティ王の解放に成功しました!』
『冒険者はイエティ王を30階層まで送り届けて下さい』
──────
「普段の《拠点防衛戦》では30階層行き転移ゲートは死んでるんだよな?」
「ああ。だがおかしい事では無いな。なにせ《拠点防衛戦》だ。本来は30階層で開催されてもおかしくない」
《拠点防衛戦》の開催階層は割と様々だが──一つ懸念がある。
【Blueearth】ではイベント中は該当階層を封鎖して、コピーした階層の方でイベントを進行する。だからイベント中に破壊したものはイベント後に修復される──ように見える。実際は元の階層に戻ってるだけだが。
例えばドーランの《拠点防衛戦》中はイベント期間中第10階層から出入りする事はできない。イベント開始時にドーランにいる冒険者がコピー階層へ転移するわけだ。
ここでの《拠点防衛戦》では31~39階層全域がコピー階層だ。(これは天地調からの報告で確認済)
実際《イエティ王奪還戦》期間中はひっきりなしに冒険者たちが第30階層に出入りしている。つまり第30階層は本階層だ。
転移できたとして、影響はどうなる?
早い話が──天地調に、冒険者に、【Blueearth】に悪意を抱くスフィアーロッドが本命の拠点階層に来るって事になるんだよな?
「ライズさん達はまた何か俺のわからない事で悩んでいそうだな」
「あー……悪いなマツバ。思えばお前の管轄だった《拠点防衛戦》を無茶苦茶にしたもんだ」
「何を言う。そもそも俺が依頼したんだろ。気にする事は無い」
流石は天下に轟く《アイスライク・サプライズモール》オーナー。
出会って以来、マツバはずっとフリーズ階層について考え続けている。
……だからこそ心苦しいが。
「なぁマツバ。《アイスライク・サプライズモール》は31階層行き転移ゲートに被せるように作っているよな?」
「ああ。転移ゲートを囲っておけば冒険者の客層が厚くなるからな。前にも言ったが、俺の自慢だ」
「……マツバは理解してて目を反らしてますですよ。ビシっと言っていいです」
ミカンも、フレイムも。というか全員薄々感付いているが。
「……多分ぶっ壊れるよな《アイスライク・サプライズモール》。スフィアーロッドが転移したら」
「……ほら、イベント中に起きた損失はイベント後に復旧されるだろう?」
「……………………そうだな! そうそう!」
「あーライズさんその反応はダメなんだな!? うおおおお一縷の望みがああああ!!!!」
すまんマツバ。
お前の自慢、多分粉々になる。
~《イエティ王奪還戦》脱落組~
《イエティ王奪還戦》5日目
──19:12
【コントレイル】エンブラエル脱落
【ダーククラウド】キャミィ脱落
「お帰りなさい御両人。ゆっくり休んで──」
「そんな暇は無い! バロン。"放牧場"は南西出入口だったか?」
「え? ああはい」
「行くぞエンブラエル!」
「あいよー!」
帰還するなり【井戸端報道】の局長が何か言っていたが、今はそれどころではない。
エンブラエルに抱きかかえられ《アイスライク・サプライズモール》を突っ切る。
「HPの尽きた飼育魔物は"放牧場"に戻っている筈だ。連中が戻ってくるまでに万全の状態まで回復させるぞ!」
「OK。キャミィは【ドラゴンブラッド】の血を使い切ってるよな。動かなければ回復も早いだろ、運ぶぜ」
「助かる。肩に担いだ方が楽じゃないか?」
「か弱いお前を運ぶのにそれじゃ色気が無いだろ。お姫様抱っこさせてくれよ」
時間勝負だ。フレイムが爆走すれば一日半もかからない。エンブラエルの銀竜も私の血も、全快に間に合うかどうかだ。
なのでお互い最高効率で動く。今はギルドが違うが元は同士。阿吽の呼吸だ。
周囲から黄色い悲鳴が聞こえてくるが。
実はまんざらでもない。
どうせ運ばれるならお姫様だっこされたいし、エンブラエルもしたいのだろう。
……乙女らしいと揶揄されるが、実際乙女なんだが。"鬼教官"だの何だのと言われるのは遺憾である。
──20:01
無所属:バルバチョフ脱落
──20:22
無所属:カズハ脱落
【草の根】スワン脱落
──B5Fフードコート
「麿は一度寝るでおじゃる」
「そうねぇ。お姉ちゃん達はもう少しお喋りしてるわ」
「ここからは皆帰ってくるだろうからね。お出迎えしてあげないと」
ただでさえ人気がある二人であるが、最後にド派手に魅せてくれたからか野次馬だらけである。
ファンサービスも欠かさない人気者でおじゃる。清き心を持つ彼女らであれば当然である。
……麿が人気無いのは慣れている。色物はひっそり消えるとするのでおじゃる。
「バルバチョフちゃん! また明日、B4Fで!」
「寝坊は許されないよ。宜しくね」
……わざわざ声を掛けるでないわ。やれやれ。
「貴様らこそ。夜更かしは美容の大敵であるぞよ」
──21:20
第38階層防衛部隊 脱落
【夜明けの月】メアリー 脱落
──【かまくら】特設実況席
「あれ、クローバーは?」
「何か生き残ってますよ。ほら」
バロンの指す先──中継モニターにはクローバーが一人で廃墟に立っていた。
「えぇ……あれ避けられるの? 全部ぶっ壊されたんだけど」
「いやぁ"最強"ですなぁ。とはいえそのうち戻ってきますからここで待っていては?」
バロンなりの気遣いみたいね。くるしゅうない。
実際今あたし一人っきりだし。寂しくないけどね。嘘。心細くて死にそう。
「流石のクローバーと言えどもアレを耐えきるとは思えませんからねぇ」
「そうね。どのくらいもつか楽しみね。誰か戻ってくるまで待つとするかしら」
《イエティ王奪還戦》6日目
──1:45
第37階層防衛部隊 脱落
【夜明けの月】アイコ 脱落
「お疲れ様ですー……あら」
「おおアイコさん。こちら手土産です」
帰って見ればメアリーちゃんがデスクに突っ伏して寝ています。
「クローバー氏が粘ってしまったので帰るに帰れず、待ちぼうけて眠ってしまいまして」
「あはは……ありがとうございます。引き取りますね」
起こさないようにメアリーちゃんをだっこして、一度ホテルに戻りましょう。
クローバーさんがスフィアーロッドの肩に乗って来た時は裏切りかと疑われてて少し面白かったですねー。
──8:31
【夜明けの月】クローバー 脱落
「あれ、出迎えなし?」




