98.伝説の一週間
【第39階層フリーズ:孤高怪晴】
「ライズ! 乗れ!」
陸橋を走る黒神馬。馬車から手を伸ばしたグレンのおかげでスピードを落とさず乗車できた。
騎手はフレイム。グレンにウルフ、ゴーストにマツバ、そしてミカン。生き残りはこんなもんか。
「済まない。"ホワイトルーク"はやられた。俺も最後まで戦うつもりだったんだが」
「生き残ったところで置いてかれたらもう追い付けないさ。それにクリックの王子抜きで行くのも締まらないものだろう!」
マツバは39階層に入ってからずっと飛びっぱなしで、メンバーで最もレベルが低く戦闘に参加できない中で死線を潜りまくっていた。もう十分だ。ここで休憩してもらおう。
「作戦会議だ。ここにいるメンバーの内、マツバとグレンとウルフは31階層までぶっ続けていかなきゃならない。騎手としては"最強の獣操師"であるフレイム以上の適任はいないだろうからそこも変わらず。
ミカンの【建築】は色々とショートカットできるから必須だな」
「consent:私とライズは状況見合いで離脱も考慮するという事ですね」
「えー折角だからこのまま行こうぜ。神輿は賑やかな方が楽しいだろぉよ」
完全に脱力状態のウルフ。この状況でとんでもない大物っぷりだ。
「……まぁ状況次第な。で、それがイエティ王か」
「answer:はい。かなり小さいですが……」
ゴーストの手元には光る氷……炎が凍っている。
先日見に行った時はちゃんとイエティの形だったが。まぁ運搬に伴う都合と言われればそれまでか。
「もう安心だろぉ。ちょっと寝ようぜ」
《待てぇ人間ぅぅ!!!》
外から聞こえる呪竜の叫び。元気だなーオイ。
《満身創痍の貴様らを潰す事など容易い! 次の階層で首を洗って待っておれ──!》
「待つかバーカ! あばよ!」
完全にスフィアーロッドを舐めているウルフの煽りと共に、転移ゲートが起動する。
ここからが最後の勝負になるな。
──◇──
おのれ人間共。逃げようと無駄よ。貴様らが逃げる限りどこまでも我は追いかける!
イエティ王が30階層まで戻り、玉座にまで辿り着けば! 我は39階層に封印されてしまう!
ここまで強くなってしまった冒険者共なれば、もう二度とイエティ王を誘拐する事は叶わんだろう!
それだけは! それだけは許せん!
たとえ今回の件で我のデータが削除されようと! 代わりに据えられる我に惨めな思いをさせてなるものか!
さぁ38階層に辿り着いたぞ! 滅びよ人間──
【第38階層フリーズ:雪中模索】
「一斉放火ー!」
「おらぁぁぁぁぁぁ!!!」
《ふべらっ!》
転移直後に城壁を設置するな!
顔面からぶつかってしまったわ!
そしてやたらおる冒険者共! 人数が少ないと思えばこんなところに!
「任せたわクローバー。【チェンジ】!」
目の前、城壁の頂上に転移するは──忌々しき冒険者。
軽薄そうな笑みを浮かべた二丁拳銃使い──クローバー。
ここに砦があるという事は、撃ち尽くした弾丸は補充したのか。
「ようバカドラ。聞いたぜ。お前一定以上のダメージにはちゃんとのけ反るらしいな!」
いかん。我を幾度となく殺害せし不敬なる人間。こいつだけ正攻法で我を潰そうとしてるのおかしいだろ。
遠目に見えるは黒馬の馬車。いかん。届かん──
《我が眷属よ! 我が”色”を取り戻せ──》
「残弾尽きるまで付き合えよ! 喰らいな!」
──ここ最近さんざん見た光の本流が襲い掛かる──。
──◇──
【第38階層フリーズ:雪中模索】
「──さて、クローバーが暴れ倒してるから随分と余裕だな。ここらでお話といこうかね」
この階層は平坦ゆえに逃げやすいが、同時に追われやすい。クローバーが食い止めてくれているから安全ではあるが……。
「ゴーストとウルフ。お前らどうやって戻って来た」
何故かゴーストに膝枕されているウルフ。何故だ。羨ましすぎる。
「覚えてねーんだよなコレが。ただスフィアーロッド側も想定外っぽいのは見て取れたから、二人でさっさと略奪しに行ったんだよ」
「yes:ウルフは"連絡しない方が確実"と言いましたので私もそれに続きました。ウルフはイエティ王の位置を把握していませんでしたので私が」
確かにスフィアーロッドすら消えたと思い込んでいたからこそ楽に回収できたってのはわかる。
「本当に何が起きたかわからないんだな」
「疑うのは勝手だがよ。ゴーストから聞けばいいだろーがよ」
「answer:記憶領域に欠損が確認されます。どこかへ移動したようですが、戻るまでの記憶が外部的要因で消去されています」
うーむ。ゴーストが言うならそうなんだろう。ゴーストは嘘つかない。
「無事で何より。さって、ここからは一昼夜問わずの帰還劇だが。フレイムは大丈夫か?」
「無論! 各階層に補給拠点まであるんだ。弱音なんて死んでも吐けないな!」
「じゃ暇だから遊ぼうぜ。トランプ【建築】しろよミカン」
「ですです。ミカンさんも少し暇です」
「ウルフは本当に緊張感が無いな……」
奇怪なパーティになったもんだ。まさかここまで楽だとは思わなかったからなぁ。
──◇──
《イエティ王奪還戦》5日目
──22:12
第38階層本拠点壊滅。
スフィアーロッド【第38階層フリーズ:雪中模索】本拠点を突破。弾丸を撃ち尽くしたクローバーが肩から降りず、振り払う事を諦めそのまま進行開始。
──23:07
D班"イエティ王奪還部隊"【第37階層フリーズ:追憶凍土】本拠点に到達。
物資補給で15分滞在。代表アイコ率いるヒーラー部隊によって各位応急手当。
──◇──
《イエティ王奪還戦》6日目
──1:11
スフィアーロッド【第37階層フリーズ:追憶凍土】に到達。
【夜明けの月】アイコ率いる37階層部隊によりクローバーの回復と弾薬補給が完了。クローバーが再び食い止める。
──4:17
D班"イエティ王奪還部隊"【第36階層フリーズ:氷晶洞窟】到達。
騎乗魔物を”スパイダー:ヘルクライム”に変更し20分滞在。
──3:21
第37階層本拠点壊滅。
スフィアーロッド、相変わらずクローバーを撃破できず。
──6:34
スフィアーロッド【第36階層フリーズ:氷晶洞窟】到達。
【草の根】ヒョウ率いる第36階層部隊によってクローバーの弾薬補給が完了。
──9:09
D班"イエティ王奪還部隊"【第35階層フリーズ:地烈山顎】到達。
【草の根】エンテ考案の蜘蛛糸指揮逆バンジー装置により大幅にショートカット。
──8:31
第36階層本拠点壊滅。
スフィアーロッド、苦戦しつつも遂にクローバーを撃破。
──11:11
スフィアーロッド【第35階層フリーズ:地烈山顎】到達。
【草の根】エンテ率いる第35階層部隊による防衛開始。
──11:33
D班"イエティ王奪還部隊"【第34階層フリーズ:雪山行軍】到達。
騎乗魔物を”エンゼルスフィア”に変更し坂を滑走しショートカット。
──11:36
第35階層壊滅。
──14:02
D班"イエティ王奪還部隊"【第33階層フリーズ:流氷渡島】到達。
騎乗魔物を”スピンスピノイドサウルス”に変更し海路を進行。
──14:12
スフィアーロッド【第34階層フリーズ:雪山行軍】到達。
【草の根】ヘロン率いる第34階層部隊による防衛開始。
──14:40
第34階層本拠点壊滅。
──16:55
スフィアーロッド【第33階層フリーズ:流氷渡島】到達。
【夜明けの月】ドロシー率いる第33階層部隊による防衛開始。
──17:35
第33階層本拠点壊滅。
──18:56
"D班"イエティ王奪還部隊"【第32階層フリーズ:氷山肋骨】到達。
騎乗魔物を”スレイプニル”に戻し陸路移動開始。
──20:38
スフィアーロッド【第32階層フリーズ:氷山肋骨】到達。
【夜明けの月】ジョージ率いる第32階層部隊による防衛開始。
──21:01
第32階層本拠点壊滅。
──◇──
《イエティ王奪還戦》7日目
──0:00
"D班"イエティ王奪還部隊"【第31階層フリーズ:永遠雪原】到達。
スフィアーロッド【第31階層フリーズ:永遠雪原】到達。
──◇──
【第31階層フリーズ:永遠雪原】
一週間ひたすら来続けた魔物の群れが止んだ。
だがそれは終わりではない事は全員分かっていた。パフォーマンスも終了し、誰が言ったわけでもなく32階層の方へと歩く。
「お、【象牙の塔】三賢者様が二人もいるじゃねぇか。何日いるんだお前ら」
「喧しい。相変わらず品の無い顔だなマックスよ」
「秒で喧嘩売るじゃんオジキ。ここで喧嘩しないでほしいぜぃ」
【象牙の塔】のブックカバーとアザリ。気持ちはわかるがな。
最後の花火を上げるのは【バッドマックス】の仕事だぜ。
『どうやら本日が最終日となりそうです! 伝説を目の当たりにするチャンスです! 寝ている人は叩き起こしてー!』
マスカットの放送も三日間ぶっ通しだってのに全然疲れた様子が無いのは流石の司会力。奴もまた漢だな。
「……来ましたぜ兄貴」
地平線を埋め尽くす白──今までの量の比ではない大量の魔物。
赫い炎を携えた馬車が、まるで灯台のように場所を知らせる。
一瞬遅れて──氷晶の呪竜が現れる。
『──現れました! "呪氷の叛竜スフィアーロッド"と! 我らが待ちわびていた勇者達です!』
「野郎共! 打ち上げなァ!」
「「アイアイ!」」
とっておきの特大花火を打ち上げる。
戦いの狼煙、そして場所の合図だ。
「さあ行くぜ!《イエティ王奪還戦》ラストステージだ!」
──◇──
「連絡が取れる距離になったぜ! 各自指示を!」
「【飢餓の爪傭兵団】!全員いるよなぁ?俺の為に道を空けな!」
「【真紅道】!魔物の撃破より通路の確保だ!」
「グレゴリウス! 半端な連中は避難させておいたな?」
「"壁班"は第2・4・6区画を封鎖! 魔物をせき止めるです!」
「【夜明けの月】……は、俺達しか残ってないかぁ」
「question:私に何か指示しますか?」
「いやぁいいよ」
──◇──
【第30階層 氷結都市クリック】
《アイスライク・サプライズモール》
B5F フードコート
「追いつかれてるじゃないのよクローバー」
「いやぁけっこう頑張ったぜ俺」
一足先に脱落したあたしはアイコとクローバーと一緒に、一足先にフードコートで休憩していた。
「本拠点壊してきた時の凄い攻撃、あれクローバーさん二回回避したんですよね。凄いですよ」
「一回目はスフィアーロッド自身に乗ってたからな。二回目は一度見てたから何とかなった。三回目は凡ミスして喰らったが」
スフィアーロッドが各階層の本拠点を壊滅させた攻撃は、恐らくギミックの一部。つまり確定死亡の攻撃なんだろうけど、クローバーは二回も回避して各本拠点で一時間近く単独でスフィアーロッドを留まらせた。やっぱ化け物ね。
「メアリーさーん。ジョージさんが帰ってきました」
「やあやあ。振り落とされてしまったよ。情けない」
また化け物が増えたわ。
ジョージとドロシーがアイスクリームを手に合流。
ジョージは32階層を担当していたけど、またスフィアーロッドの確殺ギミック攻撃を平気で避けてた。クローバーのトラウマから大暴れしたスフィアーロッドに振り落とされてしまったのよね。
今日で7日になる深夜0時でも、《アイスライク・サプライズモール》は賑わっている。宿泊区画から次々人が出てくるわ。脱落した人もちゃんと決着までは見たいってことね。
「それで、天地調はなんと?」
「分身バグとか強制デリートとかの致命的なバグは対策済。もうスフィアーロッドは普通のレイドボスなんだってさ。それはそれとしてお仕置きするみたいだけど」
今回の事の発端はお姉ちゃんからの依頼。バグの解消。
色々あったけど、正直現段階で達成していると言ってもいい。後は最後の詰めだけね。
「おおここにおったか【夜明けの月】よ」
聞きなれた平安貴族の声。バルバチョフがのそっとやって来た。
「どうじゃ? 折角だから特等席に行かんか」
「特等席?」
見ると、カズハさんやキャミィさん……第一陣と第二陣の脱落メンバーが揃い踏み。
「ほれほれ。数時間はあろうが、あの面子が揃っておればアッと言う間に終わってしまうかもしれんでおじゃるー」
「え、何々? どこ行くのよ」
「ゴールテープ誰か持っとるかー?」
「クラッカーもいるわよね。お姉ちゃん買ってくるわ!」
「俺達は竜を出入口に待たせてる。早く来てくれよー!」
ばたばたと足早に去る一同。
……なんなのよ?
〜その日、竜を魅た〜
《マツバの隠し書き》
竜が好きだ。
だってカッコいいだろ。ライダー仲間のフレイムから【竜騎士】の存在を教えられたらすぐ獲得条件を確認したさ。
誰だって心から欲しいものなんてもんは、自分じゃ手に入れられないと確信してるものだ。
俺は竜に憧れて、竜を従えたかった。
あの絶対的な力を、威風堂々たる姿を従えたかった。
俺にはなにも無い。
背丈が無いから服と態度でデカく見せるしか無い。
戦闘センスが無いから魔物を従えるしかない。
虚飾。空虚なる伽藍堂。
だからこそ俺は、巨大で美しい氷の竜に魅せられた。
欲しい。
クリックに居座るようになって。
その竜が手に入れられない事を知った。
そこで切り替えられるほど賢くは無く。
意地になってクリックに定住する事にした。
"欲しい"は"見ていたい"に変わって。
そして──憧れていたソレが、もはや竜ですら無かった事を知った。
「マツバはしっかりしてるよ。いっぱいの"成功"の中にいて、でも自分の望む"成功"しか見てないから"失敗"してるって思いこんでるんだよ。ウチにおいでよ。毎日パーティで楽しいよ?」
"失敗"の山に埋もれて、失敗を押し固めて無理矢理"成功"に押し通したマスカットが言う事ではない。
ない事はないのか? 俺とて失敗ばかり重ねているのだから。
何も残らない。何も成せない。
空虚な王は、気付けば玉座に縛られていた。
だが。
虚飾の何が悪いか。
「過去とかどうでもいいですわ。ワタクシは今、お姫様ですもの!」
狂犬が着飾って馬子にも衣裳だ。お前は都合良く犯罪歴から逃げるな。
あまりにも割に合わない買い物だった。これもまた失敗だった。
狂犬二匹を宥めて、本物の姫様と分け合った。何を見たか、あるいは分かたれた相方の気を引きたかったのか。俺が引き取った狂犬は突然お姫様ごっこを始めた。
無駄の多い……というか無駄しかない女だ。
そんな無駄な拾い物をしたおかげで【マツバキングダム】は盛況したが。
俺がこれまでやってきた無駄は、滑稽な努力は。
価値が無いなどという事は無い。
虚ろなる竜の死骸。スフィアーロッド。
お前が喋り、生き汚い様を見るのは楽しい。
驕り、欺き、努力し、失敗しても諦められない。
その汚さは人間だ。その弱さは俺だ。
良かった。
俺のように情けない呪いの死骸よ。
もうお前は欲しくないが、遠目で見て楽しむ事にしよう。
失敗だらけの縁と共に。
 




