97.呪氷の叛竜スフィアーロッド
【第39階層フリーズ:孤高怪晴】
──スフィアーロッド交戦開始より3時間経過。
《ふははははは! 脆弱脆弱!》
《人間は愚か!》
《諦めるがいい!》
「だー! お前そんな生態してないだろ!」
自爆したスフィアーロッド。メアリーの【チェンジ】による転移のあり、脱落者は出なかったが──
──"呪氷の叛■ スフ■アーロッ■E" LV200
──"呪■の叛竜 ■フィ■ーロ■ドF" LV200
──"■氷の■竜 ス■ィアーロ■ドG" LV200
──"呪氷■■竜 ■フ■アー■ッドH" LV200
──"■氷の叛■ ス■ィア■■ッ■I" LV200
なぜか、増えた。
バラバラになった両腕、両足、胴体、両翼、首がそれぞれ再生し──というか、データを引き延ばしたというか。足りない部分はモザイクになってたりブレたりしてる──ともかく、5体の竜となった。ふざけんな。
「多分、レイドボスが不死身である事を利用して無理やり存在を拡張したわね。レイドボスが対ウィルス用攻性データだとするならコピーデータを扱える……のかもしれないわ」
「アリなのかそんなの!」
「限りなく無理に近いわ。少なくとも何らかのバグは出る。でもアイツは《拠点防衛戦》のギミックであり、今は《拠点防衛戦》の最中。お姉ちゃんがスフィアーロッドを無理に修正したら同じ場所にいるあたし達も消えちゃうかもしれないわ」
メアリーに飛んでくる攻撃を盾で受ける。8倍じゃ済まない量の魔物に、5体のレイドボス。動きが単調になってはいるが、前に進めない状況にはなっていた。
「テンペストクローの時にお姉ちゃんが階層丸ごと引っこ抜いたの、覚えてる?」
「ああ、バグを隔離して捕らえようとしたんだよな。……まさか」
「多分今も、39階層はお姉ちゃんの手で隔離されていると思う。増援は見込めないわ」
38階層組やマスカットたちの連絡がさっきから来ない。その可能性は大いにある。
ルガンダの《岩窟大掃除》の時にわかったが、イベント中は本来の階層は封鎖し、コピーした階層でイベントをやっている。今で言うならば本来の31~39階層は封鎖され、コピーデータの31~39階層に俺達はいる事になる。
さらに39階層でスフィアーロッドが大暴れしているものだからコピー39階層だけさらに隔離して、バグが他階層に伝播しないようにしているという訳か。
「だがそうなると困るな! このイベントはイエティ王を奪還したら31階層まで護衛しなくちゃいけないんだぞ!」
「耐久戦ね。お姉ちゃんがスフィアーロッドを何とかするまでこのままよ」
「……気が滅入るな。イエティ達が頑張ってくれているが、後1時間持たないと思うぞ。それに──」
「ライズ! 交代だ!」
《ぐああああ……おのれぇぇ》
スフィアーロッドE(かな?)が消滅し、クローバーが帰還。
分裂して以来、クローバーは凄まじい勢いで量産型スフィアーロッドを撃破し続けていた。が、戻って来たという事は──
「弾切れだ。ダメージ効率下げてアビリティを"在庫ヨシ!"に変えたんだが、流石に焼石に水だった!」
──────
アビリティ"在庫ヨシ!"
銃弾など消費攻撃アイテムが確立で消費されなくなる。
──────
「三時間お前の本気が出せたんだから充分だ! メアリーを頼む!」
「オーケー任せろ。【銃斧パワーヒット】なら近距離戦闘は可能だぜ。レベル差の暴力で護衛まではできる」
もしもの為に用意した武器──【銃斧パワーヒット】は、片手斧になる片手銃。その構造の代償としてめちゃくちゃ銃の命中率が下がるネタ装備だ。
「サブジョブで支援する! あいつら一体一体はそんなに強くないぞ!」
「ありがとな。行ってくる!」
最高戦力が失われたのは厳しいが──とにかく、待つしかない。
頼むぞ天才。なんとかしてくれ。
[クローバー]:
『俺離脱。こいつらそんなに強くない。あと同時に5体以上は出てこないみたいだ。グレン二体見ろ。できるよな?』
[グレン]:
『言ってくれる。無論だとも! "首"と"両足"は俺が受け持つ!』
[フレイム]:
『俺とマツバは両翼を見る!』
[バルバチョフ]:
『麿とキャミィ嬢は周囲殲滅でおじゃる。麿自体は暇ゆえに援護射撃を入れさせてもらうでおじゃる』
[エンブラエル]:
『両腕は俺とカズハで十分だが! さっきまでクローバーが単騎で見てた胴体はどうする!』
[スワン]:
『私が行くとも! ライズさん、ご一緒しても?』
「喜んで、だ! 【スイッチ】──【天国送り】!」
「共に踊ろうかライズ!【スイッチ】──【月詠神樂】【黄金牡丹】!」
スワンとはほぼ同時に、胴体のスフィアーロッドの出現位置で合流する。
「希少な【スイッチヒッター】……スワンが選ぶのは意外だったな。もっと見栄えのいいジョブもあるだろう」
「惚れた男がそうだった。理由はそれで十分だとも! さぁ胴体が蘇る! 君に合わせるよ」
「──本当、人気も頷けるイケメン加減だな!」
《愚か者共め。我は無限なれば!》
──"■氷■叛■ スフ■■ーロ■ドJ" LV200
執拗に復活するスフィアーロッド。もう名前すら崩壊していて読めなくなってきた。
奴は不死身だが無敵ではない。テンペストクローもミドガルズオルムも、倒す事自体はできる。一時的に撤退して復帰してくるだけで。
自身の身体を分解し、その不死身性を利用してむりやり増殖しているスフィアーロッド。本質的に死体であるからできた無茶なのかもしれないが、そも表示がバグってる時点で正規の能力ではない筈だ。代償かわからないが、復活する度に弱くはなっているようだ。
「目にも止まらぬ七連閃を目に焼き付けよ!【七星七夜】!」
「ぶちぬけ【デッドリーショット】!」
《ぐぐぐ……避けはせん! だがその程度で倒れる我では──》
【スイッチヒッター】には瞬間火力が無い。だがら両手銃一点集中スキル【デッドリーショット】を弾丸尽きるまでぶち込む──!
《我、我は──》
崩れる肉体を抑え、崩壊も再生も停止する。やっとか?
──────
[メアリー]:
『ライズ。お姉ちゃんがやったわ!』
──────
個人チャットが届く。流石は天才。いい落とし所を見つけたか。
《おお、おおお……体が引き寄せられる──!》
5体のスフィアーロッドはお互いに身を寄せ合い──元の一体へと合体した。
──"呪氷の叛竜 スフィアーロッド" LV200
《おのれ怨敵。おのれ冒険者。しかし我は万全なれば! まだ戦えるぞ──!!》
竜の咆哮。それと同時に。
遥か遠くの山が赫く輝く。
クリックで散々見た、メイドレ族の赫い髪の輝きが。
《馬鹿な──誰も向かっていない筈だ!》
狂い猛るスフィアーロッドは身を翻し、山──根城へと走り始める。
階層全体への通知が届き、俺達も状況を理解できた。
──────
『冒険者ゴーストにより、イエティ王の解放に成功しました!』
『冒険者はイエティ王を30階層まで送り届けて下さい』
──────
「動ける奴もイエティもスフィアーロッドを追え!」
「あたぼうぞ! 禁断の6柱召喚でおじゃるー!!」
《なぜだ、なぜだ! 消えたはずだ貴様は!》
自我を持ったレイドボスの、なんと情けないことか。見てて気分が良い。
「スワン。向こうのカズハと合流してくれ。俺も──」
「いや、ライズさんは残らなくていいだろう。しっかり最後まで凱旋してほしいな」
「──そうか。悪い」
第一陣と第二陣の役割。俺もそこに収まる予定だったが──スワンに言われたなら仕方ない。
まずはメアリーと合流だな。転移ゲートまで急いで戻ろう。
──◇──
なぜだなぜだなぜだ!
"データロスト"は成功した!【Blueearth】から追放したはずだ!
……否。アラートを切っていた我の落ち度。
"データロスト"は単体限定なのに、ロストしたのは二名であった!
《関係ない! イエティ王ごと叩き潰してくれる!》
洞窟から出てきたメイドレよろしく給仕服の女! その手に抱える小さな"凍った種火"こそイエティ王!
《ここで貴様を潰せばそれで元通りよ! 消えよ──》
走る勢いそのままに、山を崩す勢いで爪を振りかぶり──
「舐めてんじゃねぇぞ死体野郎」
──身に覚えのある翠の風が視界の端にちらつく。
狼の唸り声。一口で首を噛み千切られんとする恐怖。
《テンペストクロー……!》
「何言ってんだ。俺ぁ──」
我の首を狩らんとするは矮小なる人間。だが、その短剣は彼奴の牙。
「【飢餓の爪傭兵団】総頭目! ウルフ様だ! その身に刻め!【狼王轟嵐】!」
荒れ狂う嵐のように。首から胴体へ、胴体から足先へと斬撃が刻まれ降りる。
ただのダメージではない。これはレイドボスの力!
テンペストクローめ。彼奴は自我があったのか! この人間に力を授けたというのか!何故!
いやさ最も多くの人間が溜まるアドレの配属! 膨大なデータにより自我が生まれるのならば自明!
違う! 今はそうではない!
「あぁ? なんか効いてんなオイ! ならもう一度喰らえよ──【王の簒奪】!」
《我の何を奪うというのか! 愚かにも王を名乗る矮小な──》
「盗めはしねぇよ。ガラクタしか無いだろうからな」
【盗賊王】のスキル【王の簒奪】は──欲しい物を物理的に引き寄せる。
強制移動ができないレイドボス相手には──本人が移動する!
即ち、ウルフの飛行!
「そーれもう一回だ。傷口に刃を塗り込め!【狼王轟嵐】!」
《それはシャレにならん! やめよ──アアアアア!!!!》
痛い!
テンペストクローめが何を思ってこやつに力を授けたかは知らんが、恐らくは偶然!
だがレイドボスの攻性データは即ちワクチンとなり我の存在と反発する!
なんという偶然! 我は昔からあのガバガバセキュリティドッグ嫌いであった!
ええいこれ以上この人間に構ってられん!雪道と森林では我から逃れることはできん──
「【建築】──"大陸橋"!」
「迎えに来たぜ! 乗りなお嬢さん!」
我の横を通るように、森を越えるように。大きな橋が赤いライダーの通り道を築き上げていた。
さながらかぼちゃの馬車。これなら舞踏会に間に合うわ!ってバカ!
《しゃらくさい! 橋毎叩き潰して──》
「そうはさせないぜ!」
「もう少し遊んでもらおうか駄竜!」
ええいうっとおしい飛竜共め!
血染めの竜に至っては我の血ではないか!腹立たしいわ退け退けぇい!
「んじゃぁウィニングランだな! ウルフも乗ったな? 飛ばすぜ!」
六本脚の神馬に曳かれて赫の炎が遠ざかる。
いかん。あれを追うは我の存在理由!
《待てい! 我の"色"を返せ!》
体格差は全てに勝る。飛竜使いを一蹴し身を翻す。ここからは我は本当の無敵となる。その代わり一定速度以上は出せないが──無敵を捨てさえすれば速度を出せる! ルール外ではあるが!
「さっきまでより速いな!まだ隠し玉があったのかよ!」
「ひょほほ! ここが正念場でおじゃる! 行けぃ悪魔よ!」
「イエティも追いついた! 半分はここに残って戦う! 半分は王をまもれー!」
ここに来て数物が追いついてきたか! 我が身を食い止める悪魔とイエティ共! 馬鹿め速度が落ちれば無敵だぞ我は!
《追え我の眷属共! 皆殺しにせよ!》
"アイスエイジワイバーン"を中心に、とにかく速度の出せる魔物を操る。地上の魔物はもう橋の上までは来れん。
──◇──
「お姉ちゃんから連絡。38階層と繋げてくれたって。これでちゃんと逃げられるわ」
「おっし。じゃあ逃げるぞ」
ログが流れてくる。ウルフとゴーストが生きていたのは良かったけど……。
「キャミィとエンブラエルは脱落か。耐久値と火力が異常だな。多分王を奪うとスフィアーロッドはステージギミック化するんだと思う。倒す倒さないって問題じゃ無くなるな」
ここからも見える、山ほどのサイズはあるスフィアーロッド。フレイムさんの操舵でこっちに走ってくるのは見える。皆がスフィアーロッドと魔物の群れを抑えているから全速力で向かって来てる。
「あたしも一回戻るわ。後は任せたわよ」
「おう。クリックでまた会おうな」
「はーい。アンタはちゃんと最後まで送り届けなさいよ」
色々計画とはズレたけど……ここからは計画通り。全力のバケツリレーが始まる。
──◇──
「ねぇねぇスワンちゃん。ライズ君のどこが好きなの?」
「存在全てかな。あの人のように【Blueearth】を引っ張っていきたくて、漁夫の利を得て【草の根】なんて立ち上げたけど……。この通り、レベル上限解放手段の一つも見つけられない粗忽者だ。
せっかく尊敬していたライズさんと会っても、大した成果も見せられず。不甲斐ないね」
「そんなことないよ! スワンちゃんが頑張ってる事、お姉ちゃんも皆もよーくわかってるもの!」
「ありがとう。でもやはり一番好きな人に褒めて欲しいよ」
「ライズ君、スワンちゃんの発見した情報はアドレで休眠してた時も目を通してたってさ」
「……本当?」
「ほーんと。面と向かって褒めるのは恥ずかしいって言ってたよ。終わったらお姉ちゃん、後押ししてあげる!」
「嬉しいね。俄然やる気が湧いてきた」
鳴り響く土震。
スフィアーロッドが陸橋を崩しながら激進してくる。
「ライズ君の報告によると、無敵らしいね」
「そのようだ。だが追い越されては追いつけない。私達のような陸路組ではね」
「つまり本気でいいって事だね」
カズハさんは妖刀【厚雲灰河】と【分陀利】を構える。
呪いを喰う呪いは真紅の妖刀【厚雲灰河】だが、蒼刃の妖刀【分陀利】は際限なく命を捧げ力へと変換する呪いを持つ。
【厚雲灰河】によって食われた【分陀利】の発動コストで支払えるHPはカズハさん10人分。本来の性能の10倍の呪いをカズハさんは一瞬だけ得られる。
「【スイッチ】──【血染めのビッグ・バリスタ】」
私もまた同様に。
自らの命を捧げ威力を高める大弓を呼び出し、全てのHPを捧げる。この弓から手を離した瞬間、私は死ぬ。
願わくば、私の輝きをライズさんが見てくれたならば。
「【怨魂一閃】二ツ重ねて四連閃──【燕返し】!」
「赫に染まりし一撃を──【デッドリーショット】!」
スフィアーロッドの身が──のけ反った。
やった。ちゃんと追い返せるじゃないか。
後は頼むよ、私の王子様。
~語る程ではない第一陣二陣の裏話~
・マツバ
実は失敗すると分かっていてもスフィアーロッドを【調教】してみたくて鞭をこっそり持ってきたが、同様の事をしようとしたフレイムを咎めてしまったので38階層のチェストに置いてきた。
・グレン
実は転移ゲートを狙われたく無かったので、じりじりと戦場を前進させ初期地点より低い位置までズラしていた。結果ミカンが陸橋を作り下と上で魔物を分断できた。
・フレイム
実はマツバの"ホワイトルーク"はまだマツバが新人冒険者だった時に知り合ってプレゼントした、セカンド階層に生息する白竜の幼体。
・キャミィ
実は最近他人を乗せて飛んでばかりいるので体温が恋しい。道中休憩時は女性陣の誰かと一緒に寝ていたが、それが"鬼教官の個人指導"だと誤解され悪評が拡大している。
・エンブラエル
実は居眠り運転常習犯。銀竜がエンブラエルを世話している。一人だけ不眠不休で働いていると言われたりしているが、実は今回一番長時間睡眠している。
・ウルフ
実は最初飛び出したのは真っ先にルートを外れて森の中から迂回しようとしたから。グレンを信用しているので一切事前に相談していない。
・スワン
実は【スイッチヒッター】になったのはライズに憧れているからだが、【月詠神楽】をメイン武器にしているのは偶然(当時のライズは【月詠神楽】を持っていたがそこまでメインに据えて使っていなかった)。ライズも【月詠神楽】を使ってると知った時は内心めちゃくちゃ嬉しかった。
・バルバチョフ
実は【月面飛行】脱退時に使用を禁じられた未発表悪魔を多数抱えているが、そもそも【デビルサモナー】が少なすぎてバレて困らないので堂々と使っている。というか普段使い倒している"やぎちゃふ"がそれでおじゃる。
・カズハ
実は回復魔法で自分を回復しないという拘りがあり、妖刀のHP吸収効果だけで乗り切っている。この戦闘中最後まで回復をしていなかった。
・ミカン
実は【建築】には資材を消費するので、インベントリは資材だらけ。武器すら持っていない。
・ライズ
実はゴーストとウルフがロストした後最初に転移ゲートに飛び込んだ。メアリーはそれを止める為に第二陣を引き連れて突入したので、本当に怒られるべきはこいつ。
・クローバー
実は今回は複数体を相手する事を想定してオートロックオン機能を外していた。多人数相手だとロックオンが取っ散らかってクリティカルが途切れてしまうので、自前のゲームセンスでマニュアルロックオンしていた。
・ゴースト
実は最初ウルフと一緒に巻き込まれたのはウルフから■■■■■■■■の気配が■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■//no.date
※この文章は削除修正済です
 




