94.呉越同舟
【第33階層フリーズ:流氷渡島】
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荒れる海は胎動する。
勇を以って氷に乗り、
勇を以って氷を渡る。
道は前に作り、後ろには残らない。
故に退路は無く。唯進むのみ。
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眼前には海。流氷がけっこうな速度で流され続けている氷海。
流氷に擬態した魔物もいるが、いずれにせよ長時間は同じ足場を利用できない。一定時間で沈む仕組みになっている。
次々と流氷を渡って進む階層なのだが……。
「海路部隊と空路部隊で別れるぞ。海路部隊はイエティ達で、空路部隊は物資運送だ。ジョージが確保した"アイスエイジワイバーン"も数匹いるからライダー系・遠距離攻撃持ちは空路部隊へ。俺が空路部隊の指揮を執る。陸路はライズに任せる」
「わかった。ゴルバチョフも空路部隊に行ってくれ。俺は【天国送り】で海面飛行は可能だが、その手の流氷を無視できるメンバーはどのくらいいる?」
立ち止まる事はできない。33階層仮拠点のメンバーを残し、メンバーを二班に分ける。
空路部隊にはドロシーとメアリー、クローバーを。俺は指揮のため海上から単独行動。アイコとゴーストはペアにして完全陸路。カズハを完全陸路部隊の隊長に据えて出発した。
「空中には"弾丸トビペンギン"が飛んでくる場合がある! 空路部隊は常に警戒を怠るなよ!」
「また頭悪そうな名前ねぇ」
"弾丸トビペンギン"とは、33階層の流氷を無視して移動しようとする者へのお仕置きモンスター。海から弾丸のように飛び上がり空中ショートカットしようとする者を撃墜する海のスナイパー。
ちなみに海面を浮いて移動する俺も標的である。
「逆に言えばこの階層での妨害はそのくらいだ。問題は海路部隊だな」
常に足場が悪い中で、複数同時発生するレアエネミー"ハウリングホエール""キングオルカ"を相手しなくてはならない。例によって従来の8倍の出現率だ。
「おうコラ指揮官オラ! 海上移動用スーパーモンスターマシンできたぞオイ!」
長いリーゼントで俺の肩を叩くは黄金のリーゼント携えしチンピラ──【草の根】第60階層支部長ヘロン。そしてクリック支部長のエンテも。
二人の後ろには、海上に浮かぶ足場と呼ぶべきか。それを支える二匹のアメンボ。
「【ビーストテイマー】と【エンジニア】の合作よォ!機械生物"アクアシーカー"は【エンジニア】によって改造が可能!」
「【コントレイル】の花形である飛行空母を海上版に仕立ててみました。イエティさん5人くらいはショートカットできそうデス」
【エンジニア】による機械改造。応用して機械生物を改造できる事を発見したのが【コントレイル】GMマスタング。【コントレイル】の飛行拠点といえば代名詞のようなもんだが、それを見様見真似で再現できるのはなかなかの実力だ。
そもそもエンテさんは俺が資材を提供したとはいえ、初見で最高難易度のアイテムを作成できたくらいには熟練度が高い。あーエンジニアも欲しいなぁ。こういう時便利だなぁ。
「ヘロン。海上を移動できる機械生物は二匹が限界か?」
「もう1セット作れるぜ。"弾丸トビペンギン"対策の護衛付きならこの階層の輸送はいくらか楽になるはずだ」
頼もしいな。これでここが最前線でなければ、イエティによる海上輸送がかなり楽になるはずだ。
──今はここが最前線だが。
「"ハウリングホエール"が出ました! 低レベル班は回避して先行ってね! この程度お姉ちゃん一人で倒せちゃうから!」
流氷移動班のカズハは妖刀二振り──【厚雲灰河】と【分陀利】を構え──
「【二刀一閃】!──重ねて二連【燕返し】!」
二刀流【サムライ】の十八番、神速の四連撃で巨大クジラを一蹴。
常に呪われながら戦うカズハは、レベルに対して火力が相当高い。最前線に並ぶ火力だ。
「ライズさん見て下さーい」
「ん? うわアイコ何で海上にいるんだ。アレか、右足が沈む前に左足を……」
「それ私じゃできませんよ。【仙人】の力みたいです。浮けました」
浮けましたってお前……。
そういえばエリバはやや浮いていたが。聞くになかなか集中力を使うらしい。アイコならできてもおかしくないな。そのうち空中飛んで戦ったりしないだろうな。
「……ん。来るぞアイコ。海中にも意識向けろ」
「はい。蒼の"仙力"を網状に潜水させています。そしてひっかかったのがこちらです」
ざぱぁと海中から蒼い網を引き揚げると、"弾丸トビペンギン"が大漁。
「action:skill:【リベンジブラスト】」
そして無慈悲にゴーストによって消し炭にされる。
──要領が良すぎて俺の出る幕がない……。
──◇──
「同士カンゴル! 会いたかったぞー!」
「うおん! イエティ再開のハグ! 人間にしてはならないぞ!」
「何故! 感謝のハグをしたい!」
「人間死んでしまう! ハグは全てが終わってから!」
「いや終わってからも控えてくれ。死んじゃうから」
34階層への転移ゲート前──33階層本拠点候補地。
33階層のイエティとも合流し、毛玉同士の熱烈なハグを鑑賞する。
一見するとほほえましいというより相撲だが、これで消耗したメイドレの炎の加護を分け合って回復しているらしい。割と重要な事してるな。
「33階層代表、しっかりと務めさせて頂きます。アイコさんをお願いしますライズさん」
「任せろ。ドロシーこそ……一人で大丈夫か? 気の知れた奴の一人でもいた方がいいと思うが」
ドロシーは……最近はその性質を利用してばかりだが、根底として人間不信だ。
あくまで性質を利用して色々してきただけで、別にその辺の問題が解決しているわけじゃない(し、解決する必要があるとも思っていない)。効率優先で人員配置をしたのは問題だったかもしれない……。
「大丈夫ですよライズさん。よく接する予定のメンバーは"理解"済です。僕の事情で邪魔はしたくないです」
「……なんかお前ら立派になっちゃったなぁ。俺泣きそうだよ」
「メアリー!!!!! ライズ泣くってよ!!!!!!」
「待てこらクローバー!!!!!」
──◇──
【第34階層フリーズ:雪山行軍】
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白の世界は天へと逆立ち、吹雪く世界が視界を潰す。
反り立つ坂路は頭を上げよ。天から降るは霰のみならず。
転がる雪玉。落雪注意。
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「この階層でペースを落として補給待ちだ。交代で休んでくれ」
34階層はただ坂道になっただけの31階層みたいな構造で、上から雪だるまを転がしてくるやべぇ小鬼さえいなければ大した脅威も無い比較的安全な階層だ。休憩するならこのあたりだろう。
……出現率8倍の影響で雪崩みたいに雪玉が転がって来ているが。
人数も減ってきた。【夜明けの月】用の簡易小屋も休憩員用へと解放し、それぞれが何とかして休憩している。
さっきキャミィとメアリーが仲良くイエティに抱っこされて寝ていた。高級な羽毛布団が如き寝心地らしい。いいなぁ。
俺はバルバチョフの簡易会議室で対策会議だ。
「グレンとミカンは……明日か明後日かくらいだな。各拠点をミカンが整備しながらだから時間がかかる。とはいえ間に合うっちゃ間に合うだろうが」
「我々もここからはペースが落ちるだろうな。1日2階層が限度だ。明日は36階層まで行ければ御の字だな」
現状の作戦では、38階層後半に本拠点を設営した後に第一陣を39階層に投げ入れる形になる。明後日に38階層に到達するなら三日後が本番か。
「丸一日戦い詰めていたけど、輸送ルートが早くに確保したからかそこまで消耗はしていないね。順調じゃないか」
『31階層も大盛り上がりです! 【飢餓の爪傭兵団】と【真紅道】が常駐してもらえるようになりましたから、4倍の敵も対応できていますよ! 私の判断の賜物ですね!』
「マスカットの処罰は全部終わってからな」
『ひぃん……』
通信先で哀しそうにしているが自業自得だ。被害になっていないのは、皆が皆マスカットを信用していなかったからに過ぎない。どうせ何かやるだろう事はわかっていたが、まさか【飢餓の爪傭兵団】を呼び出すとは……。
「とにかく。この程度の妨害ならそこまでは被害が無い。さっさと迎えに行こうぜイエティ王」
「そうだな。じゃぁ会議はここまで。俺は討伐側に合流してくる」
「あんま張り切りすぎるなよマツバー」
──◇──
《イエティ王奪還戦》1日目
C班D班:最前線部隊
【第34階層フリーズ:雪山行軍】到達
同階層入口に仮拠点設置完了
D班:グレン・ミカン班
【第32階層フリーズ:氷山肋骨】本拠点完工
──◇──
《イエティ王奪還戦》2日目
C班D班:最前線部隊
【第34階層フリーズ:雪山行軍】本拠点設営完了
代表【草の根】ヘロンによる拠点防衛開始
【第35階層フリーズ:地烈山顎】本拠点設営完了
代表【草の根】エンテによる拠点防衛開始
D班:グレン・ミカン班
【第34階層フリーズ:雪山行軍】本拠点完工
──◇──
《イエティ王奪還戦》3日目
──8:00
【第31階層フリーズ:永遠雪原】
早朝、魔物犇めく第1区画に虹色花火が炸裂する。
「おはようございまぁぁぁぁぁす!!!!!
始まったぜ!【マッドマックス】の大演目!
"24時間耐久喧嘩祭り"開催じゃぁぁぁあぁ!!!」
ドカンドカンと騒がしく、GMマックスさんが登壇する。
二日通し詰めて戦ってきた参加者たちも、元気な声に綺麗な花火を見て気分上昇士気向上。ここは流石の盛り上げ大将ですね。
ここしばらくの湿気た【バッドマックス】にやきもきしていたセカンドランカーもちらほら見受けられます。人徳があるというか、存在が派手ですよねマックスの大兄貴は。
現在31階層は7区画に分断されています。パフォーマンス会場である第1区画、【真紅道】が耐久している第3区画、【飢餓の爪傭兵団】が耐久している第5区画。そして【かまくら】が誇る"無敵要塞"が魔物を捌き続けている第7区画。4区画がプロの手で独占状態にあるので、一般参加者の負担は実質半分以下。従来の《拠点防衛戦》の4倍の魔物が来ていようと、従来の倍以上の人数が参加しているのでトントンどころか余裕まであります。
「マスカットちゃん! そろそろ休憩した方がいいよ」
「いやいや【バッドマックス】の大花火ですよ。実況中継やったらぁですよ!」
「そのくらい俺たちでもできるから。もう48時間労働してんよ。おまえらー座長をす巻きにすっぞー」
「あいあいさー」
団員に囲まれてむりやり布団で巻かれてバックヤードに投げ捨てられる。ひどい。これが座長に対する仕打ちですかー!
演出の火力間違えて爆発するようなアンタ達を信用できるわけないじゃないですかー!
……すやぁ。
──◇──
【第35階層フリーズ:地烈山顎】
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巨大な渓谷には蜘蛛糸の橋が渡る。
過酷な環境から逃げ出した隙間には、臆病者を狙う獣が住まう。
地熱も風も、白の世界では弱肉強食だ。
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──【真紅道】フレイムさんの黒神馬"スレイプニル"に引かれ、ミカンさんは現在凄いメンバーで移動中です。
脱退した【真紅道】の団長グレン。そして【真紅道】入団前に散々スカウトしてきた【飢餓の爪傭兵団】の総頭目ウルフ。ピリピリを予想していましたが……。
「やべぇグレン。クワイエットが用意してくれた弁当が底を尽きた」
「なんと。丸二日持ったから無限に出てくるのかと思ったが、底があったのか」
「お前ら食いすぎなんだよ。ちょっとその辺で肉調達してくるぜ」
「まぁ待てウルフ。こっちで用意してある食料がある。ここまで二日分浮かせてもらったのだからこっちを食ってくれ」
「さんきゅー。おおローストビーフだ。肉肉ー」
……なんか凄く仲良しです。
「ミカンさんもどうぞ。フレイムはどうする?」
「34階層ん時に食い貯めたっす!35階層は運転に集中したいんで!」
「どうもです。……何か、仲良しですね。ミカンさんがいた頃はもうちょっとギスギスしてませんでしたか?」
「いつだったっけミカンさんが抜けたの」
「ミラクリース防衛戦の後だろ。抜けた隙を狙って【ギルド決闘】を散々仕掛けたし。90階層だ」
「ああー……そりゃ変わりように驚いただろうね」
もはや慣れ親しんだ兄弟のように隣に座る両ギルドのマスター。ボッコボコに殴り合っていた頃を知っている身としては信じられないです。
「あの頃は……【三日月】による79階層突破手段に発見に、レベル上限解放手段の発見。多くのギルドが同じスタートラインにならんでヨーイドンだったからね! とにかく先頭に立つために必死だったよ」
「まさか【三日月】が解散するとは思ってなかったからよ。多少階層の探索がおざなりでも大丈夫と高を括ってたんだよ。その結果が戦争状態だったが」
ここでも【三日月】解散の余波が出ています。現在攻略が停滞している事も同様に。
「そのうち【至高帝国】に追いつかれて喧嘩がしにくくなった。やがて野生の魔物が強くなりすぎて情報共有を余儀なくされた。そして遂に各ギルドだけの力では対処できなくなって、トップランカー同士で協力するようになった」
「トップランカーを纏め上げて最強のギルドにする夢はあるが、【真紅道】を追い出したいなんて思わねぇ。俺の部下にしてやるくらいの感覚だな今は」
「そして俺もウルフも我が強いから未だにギルドは別れたままなんだよな! 正直【トップランカー連合】みたいなもんだな!」
「殺し合うし奪い合うが、それはそれとして仲良しだぜ!」
うーんなかなか丸くなったものです。
……環境が人を変える。そういう事もあるでしょう。
ミカンさんは変わる事ができたのでしょうか。あの日から──。
~【真紅道】重役リスト~
《とある裏ギルドのメモ帳》
【真紅道】の重役の情報を入手した。
とはいってもこちらは基本公表しているが……。
尚、現在攻略中の【バレルロード】スカーレットは【真紅道】の創立者だが、ここを人質に取ろうとすると【真紅道】がマジ切れしてボコボコにされるため絶対に誘拐とかしない事。
・団長"王道"グレン
ウォリアー系第3職【聖騎士】
・"最強の聖騎士"の称号を持つ、【真紅道】最高戦力。
特筆すべきはその耐久力。殴れる【フォートレス】、あるいは【フォートレス】並みの耐久のある【グラディエーター】とでも言った方が理解できるほどに、奴単体だけジョブの完成度が何段階か違う。
戦闘において奴が倒れる様を見た者はおらず、ウワサレベルだが【至高帝国】の"最強"を相手にしてさえ立ったまま敗北したとか、時間切れまで粘ったとかいった逸話が出回っている。
正面から勝つのは難しいが、常在戦場の信条からか不意打ちも成功しない。
もし奴を倒したいなら数十名で囲んで……それでも耐えきって反撃されるだろうが、あるいは。
・"ブリーダー"フレイム
サモナー系第3職【ビーストテイマー】
・"最強の獣操者"の称号を持つ。生粋の魔物コレクターで、魔物研究のエキスパート。
なかなか従えさせられないレアエネミーすら何体か従えており、保有している魔物の戦力は未知数。
【ビーストテイマー】の奥義の都合上、最も恐ろしい【ビーストテイマー】は間違いなく奴。
交戦する場合はいかに魔物と奴を引き離すかがカギとなるだろう。
・"鉄仮面"フレア
クリエイター系第3職【キャッスルビルダー】
最強の称号こそないが、"動的な建築"の技術は卓越しており、戦場においては普通の【キャッスルビルダー】より厄介だと評価されている。
冷徹な女だが、可愛いものが好きで甘いものが好き。好きな色は桃色。だがこれらは堂々と公表しているので弱みにはならない。強すぎるだろ。
・"宮廷魔女"アピー
マジシャン系第3職【呪術師】
・最前線に引きこもっているので情報が少ないが、恐らく"最強の呪術師"である【真紅道】のサブギルドマスター。
情報がほぼ公開されていないため報告はk上で終了とする。
・"無言実行"バーナード
ウォリアー系第3職【ヴァイキング】
【真紅道】の影の番長と名高い処刑人。我々にとって天敵。
王道を行く【真紅道】に都合の悪い存在を影から抹殺する掃除屋。
正直相手したくない。闇ギルドより容赦無い。
奴が見えない=暗躍していると考え、警戒するべき。




