88.雪の祭りに大玉花火
【第30階層 氷結都市クリック】
《アイスライク・サプライズモール》
B1F【かまくら】会議室
『でわでわ! 只今より《イエティ王奪還戦》パフォーマンスタイム受付を開設します!
事前抽選番号の順にお呼び致しますので、それまでは《アイスライク・サプライズモール》でお買い物を楽しんでくださーい』
【パーティハウス】マスカットによる、前線ギルドへの呼びかけ。
《イエティ王奪還戦》での中弛みを解消するための、前線ギルドによるパフォーマンスタイム。僅か一日だったが、【パーティハウス】と【井戸端報道】の拡散力を以てすれば容易いものか。結構な人数が会議室に集まっていた。
『尚、本日は特例措置として【アルカトラズ】《拿捕》の輩の皆さんに警備させて頂いておりまーす。クリック階層内では喧嘩の無いようお願いしますね!』
セカンドランカー以降はギルド数が少ない分、ギルド間の抗争も激しい。間違いが起きないよう事前準備したのはデュ……バロンからの進言だ。
「……で、俺必要か? こっちはマスカットに任せたいんだが」
審査員はマスカットに、オーナーのマツバ、【井戸端報道】局長バロン、【草の根】クリック支部長エンテさん、そして俺。いらないだろ俺。
「いえいえまさか! ライズさんの名前で呼び込みかけてますので。しっかり顔通しお願いしますね」
「初耳なんだが」
「こういうところあるんだマスカットは。今からでもクビにしよう。もう用済みだろう」
「マツバこらー!」
「うっとおしい絡むな」
けんけんごうごう。仲良しで良い事だ。
「少しよいか、ライズ殿」
最初の一人が来る前に声をかけたのは、ここ数日顔見知りになった平安貴族。両手銃【ドラグノフ・ナガン】を抜き身で持ち歩いているあたり、この後メアリーと合流してくれるのだろう。すごく助かっている。
「一応既知の間柄ゆえ【月面飛行】に連絡はしたが、不参加との事でおじゃる。すまんの」
「いや構わない。辞めたギルドだろうに気遣い痛み入る」
「メアリー嬢には世話になっておる。この程度どうという事は無い。それに……そちにも借りがあるのでおじゃる」
「ん? ……ああアンタもか。気にしないでいいのによー」
「勝手な押し付けでおじゃる。埋め合わせとして麿は護衛班に付くでおじゃる。さらばじゃ」
ほほほ、と笑いながら会議室を出るバルバチョフ。
元【月面飛行】のメンバーだ。文句無しの大当たりだな。
「……顔が広いな」
「良くも悪くもな。多分悪い部分がこの面接で出ると思うぞ」
「ではそろそろ及びしましょうか。エントリーナンバー1番の方ー!」
──◇──
──エントリーNo.1 【バッドマックス】
「失礼するぜ」
入室してきたのは女装おじさんプリティ☆メロン。と、もう一人──
「……そのしょぼくれてるの、マックスか? 随分と萎れたなオイ」
「ぁ? おう、ライズのバカか。何してんだオメー」
かつて俺が【三日月】で活動していた頃、それはもうよく喧嘩した相手──【バッドマックス】のGMマックス。うるさくてデカくて派手で……どこか目が離せない所から"大玉花火"の通り名がついた男だったが。
派手な花火柄の法被を羽織るお祭り大将は、項垂れてどこか小さく見える。
「審査員だよバーカ。ちゃんと媚売れ。不採用にするぞ」
「んだとバカ。殴るぞ」
「やってみろバカ」
「兄貴。流石に名乗りが先です」
喧嘩腰なのは相変わらずだが、やはり本調子ではないな。かつてならこの段階で拳が出てもおかしくない。
「……セカンドランカー【バッドマックス】大将のマックスだ。今回はプリメロの推薦で来たが……パフォーマンスだっけか?」
「えぇえぇ! 喧嘩屋と名高い"大玉花火"の力を魅せて頂きたく! 【バッドマックス】様は今回の大本命でございますー!」
調子のいいマスカットだが、それでもマックスの心は動かないようだ。
本来なら気に入った女だと襲うか、媚が気に入らないなら老若男女問わずぶん殴りに行くのだろうが。
「……あぁー……そりゃいいな。ここで最後の大花火といくか」
「おや、それはもしや引退宣言ですか? 黎明期から今に至るまでその名を輝かせ続けていた【バッドマックス】が?」
「おめーらが派手に吹聴したんだろーがよー。"【バッドマックス】が新入りギルド【ダーククラウド】に惨敗"ってよー」
「……うぅん、まぁ兄貴がこうなっちまった原因の一つではありますが。ありゃ露悪的すぎる、【ダーククラウド】自体は当時新しいギルドだったが、メンバーは当時の前線メンバーばかり。GMに至っては……」
「ごちゃごちゃいうんじゃぁねぇやプリメロ。……俺ぁよ、今プリメロが言った事を一片でも思っちまった。そこからもう攻略だなんだって気分にもなれなくってよぉ……」
【井戸端報道】が結成されて、よくスキャンダルがすっぱ抜かれては【井戸端報道】にカチコミに行ってそれを報道されていたお騒がせ大将が大人しいもんだ。
……見るに堪えないな。
「ハヤテに負けたのか。そりゃ仕方ないな。お前らは一度も【三日月】に勝てた事ないもんな」
「……あ?」
「妥当な末路だなぁオイ。【飢餓の爪傭兵団】にも【真紅道】にも【象牙の塔】にも置いてかれて、あっという間にセカンドランカーか。果てには寄せ集めの【ダーククラウド】にも負けちまったわけだ。所詮【バッドマックス】はその程度って事だな」
「んだとコラ! 喧嘩売ってるな?」
お、立ち上がった。割と見え見えの挑発だがプリメロは理解してくれているみたいで嫌な顔はしていない。よかった。ごめんね成り行きでギルド馬鹿にして。
でもこの馬鹿は自分より仲間を馬鹿にされた方が許せないタチだからよ。
「温まってきたじゃねーかバカ。さっさと表出ろ。【決闘】するぞ。
今のお前なら俺でも勝てるぜ」
「言うじゃねぇかドロップアウトの湿気野郎! ぶっ殺す!」
──◇──
──【決闘】終了
──勝者:【バッドマックス】マックス
──◇──
「ボロボロに負けたぜ!」
「何がしてぇんだよテメェは!」
いやぁ負けた負けた。正直ワンチャンあると思ってたが普通に負けた。
結構色んなギルドがクリックに来ている中で注目を浴びたが……まぁ、多少はマシになったか?
会議室に戻って、改めて面接だ。
「調子戻ってきたじゃんバカ。絶対リベンジしに行くからセカンド階層で待ってろよな」
「……お前、それ言うために負けたのか? バカか?」
「あーそうそう。わざと負けたんだよ。勝ったと思ったかバカめ」
「いや絶対実力負けだろ! もう一度やるかオイ!」
「兄貴、そのへんで……」
バカが珍しくセンチメンタルになってるからって周りは甘やかしすぎだ。
こいつなんて適当に風吹けば燃えるんだよ。煽れ煽れ。
「……おいマスコミ。前言撤回だ。【バッドマックス】はこのイベントから再点火だ!
人売り屋!3日目以降どこでもいいから丸一日分の出演権を買うぜ! 【バッドマックス】のパフォーマンスは"24時間耐久喧嘩祭"だ!」
「おお素晴らしい! あとその人聞きの悪い呼び名はお止め下さい!……しかし初日とか言わないんですね」
「いや文字面のインパクトはデケぇが飽きるだろ24時間耐久。最初はいろんなギルドのパフォーマンスで熱狂させて、中弛みしそうなあたりで渋い耐久ってなもんよ」
「おお冷静ー……。ただのバカではセカンドで頭張れませんからねぇ」
「るっせぇぞマスコミ。派手にアピールしろよ。文字面を活かすのかテメェらの分野だろ」
うんうん。
なんで俺はこいつを助けちゃったのか。このまま解散してくれればライバルが減るのになぁ。
メアリーには内緒にしよう。
──◇──
──エントリーNo.2 【真紅道】
「来たよ! ライズさん!」
ドアを開け放つは団長グレン。こいつこんなにフットワーク軽かったか?
「団長直々かい。いいのか最前線」
「【飢餓の爪傭兵団】からの打診があってね。攻略は探索班以外はお休みだ。連中もこっちに協力するつもりらしいよ。
【真紅道】としては下位階層へのアピールは【パーティハウス】に限らず積極的に行っている。【飢餓】に数で劣る我々はこういうチャンスを逃してはならないからね。無論今回も参加させて頂きたい!」
現在のトップランカーが直面している問題として、冒険者レベルの上限150を突破できない点がある。
野良の魔物でさえ150レベルを突破している。たった一匹の雑魚を倒すのに数人がかりもザラだとか。
既にトップランカー3ギルド【飢餓の爪傭兵団】【真紅道】【至高帝国】は手を取り合って攻略しているが……隙あらば【ギルド決闘】にて互いを奪い合い、我こそがトップランカーたらんと争っている。
……本来トップランカーはセカンド階層へと突入して以降【飢餓の爪傭兵団】【真紅道】の2強だった。というよりは【真紅道】とその他精鋭のソロランカーだったと言うべきか。【飢餓の爪傭兵団】は総頭目ウルフと参謀サティスによる寄せ集め集団。その看板を背負うだけで色んな恩恵を受けられるので、殆どのソロランカーは【真紅道】に出し抜かれないよう【飢餓の爪傭兵団】に下った。そうして二大派閥になり、【真紅道】を吸収したがる【飢餓の爪傭兵団】、それに応じて防衛する【真紅道】……という形になっていたのだが。
そんなことばっかりしているうちに【至高帝国】が追いついて両成敗。三大派閥になってしまったというわけだ。グレン自身は現状の協力体制には満足しているようだが、仲間からは不満も上がってしまうだろう。ガス抜きにはちょうどいいと思っているのかもな。
「俺は護衛班についてイエティ王を奪還したいが、パフォーマンスには俺が必要だ! 一応これでも【真紅道】の顔役なので!
だから俺の出演するパフォーマンスは初日にして、終了次第ライズさん達を追う形にしたい! うちのフレイムなら合流までそうかからないはずだ!」
「序盤にトップランカーのパフォーマンスは盛り上がるな。いいんじゃないかマスカット」
「ですね! 初日は特に割高ですが【真紅道】ならば容易く支払えるでしょう!」
うーん商魂たくましい。
「……そういえばバーナードはどうしたんだ? こういう交渉事なら来ると思ったんだが」
「しばらく休暇だよ! 本人が珍しく休暇欲しいなんて言うから満場一致で休暇をプレゼントしたさ!
……そういえばライズさん! "ディスカバリーボーナス"について聞きたいな!」
「今度暇があったらな」
いらんとこ突いちゃったかもしれん。
バーナードが色々情報を持ち帰ってただろうにやたら大人しいと思ったら、忘れてただけかい。
──◇──
──エントリーNo.3【ダーククラウド】
「エリバです。代表して来ました」
「ナイス判断だエリバ」
ギルド名を聞いた瞬間にバロンが俺をぐるぐる巻きに拘束してくれたが、ちゃんとハヤテは来ていないようだ。
「んじゃあ面接を始める。【ダーククラウド】も人材不足か?」
「こちらからのスカウト式なので募集はかけませんが……【至高帝国】ほど秘匿にするつもりもありませんので、知名度を上げようと思いまして」
「ライズさんそのままでいいのか」
まぁまだハヤテが出てくる可能性は否定できない。
……【ダーククラウド】はスカウト式。全員が全員記憶持ちではないらしいが、やはり勧誘の基準は記憶を戻してもいいかどうか……って所なのだろうか。
正直ハヤテの人を見る目は微妙だ。俺を引き当てた事を慧眼と褒める奴はいないだろう。あるいは、曲者を誘き寄せてしまう習性でもあるのか。
「最近の攻略速度には目を見張るものがあります。新進気鋭のギルドとしての注目株ですねぇ」
「しかし色んなギルドから引き抜きを繰り返しているとも聞く。仲間にとってはかつての古巣もここには集っているだろう。うちの階層で揉め事は起こさないでほしいが……」
「こちらのアピール不足ですね。【ダーククラウド】は確かに他ギルドから移籍した方も多いですが、各ギルド合意の上で、本人の意思で移動していますよ。むしろギルド同士仲良くやっています」
これまではハヤテが【ダーククラウド】を率いているとは思ってなかったので改めて【井戸端報道】の新聞を再精査したが、どうやら頻繁に他ギルドから引き抜いているようだ。恐らくは記憶関係での勧誘なのだろう。ハヤテは纏め役としての力こそあれ、勧誘に積極的な魅力と言うか……カリスマ力にようなものはそこまで無かったと思う。勧誘上手がいるのだろうか。
「あとライズさん。うちのハヤテから伝言です。"ボクの部屋の本棚の上から三段目左から三冊目の資料ちょうだい"だそうです」
「ちゃんと自分で取りに来い」
「”……って言うだろうけど、会ったら殺し合いになっちゃうでしょうが”だそうです」
「ちっ。わかったわかった。後で渡すから待っててくれエリバ」
「別居してる夫婦みたいな会話ですね!」
やかまし。
~【夜明けの月】だるだる会話~
《ライズとメアリーの昼下がり》
「あのさぁライズ」
「どうしたよ」
「お姉ちゃんってナイスバディよね」
「そうだなぁ。才色兼備でファンも多かったよなぁ」
「あたしはもう【Blueearth】に来ちゃったから肉体の成長止まっちゃったのよね」
「そうなるな」
「つまりはあたしが本来どんな成長するかを観測する事は出来なくなったわけじゃない?」
「たしかにー」
「例えばナイスバディになるかならないかで言うとさ、遺伝子的にお姉ちゃんという実証がある以上はナイスバディになる論証はあって、逆にならない方には根拠も何もないわけ」
「シュレディンガーの猫?」
「つまり未来は不確定だけど限りなくナイスバディになる可能性が高いのでは?」
「そう……かなぁ」
「さらに言えば、もうあたしはナイスバディなのでは?」
「飛躍しすぎてない?」
「だめ?」
「ゴーストとアイコと並んでからもう一度言えるか?」
「うーん、二人なら肯定してくれそうね」
「甘やかされてるなぁ次女」
「明日からナイスバディメアリーと呼びなさい」
「貧相メアリーは今日で見納めか……」
「身体自体は変わってないわよ。あんまりすぎる呼び名はやめなさい」
「それはそうとそこまで貧相だとは思ってないぞ。ばいんばいんばっかに囲まれてるから麻痺してるだけだろ」
「きゃーえっち」
「ご容赦をー」
「……帰りますか」
「おう。今日の夕食は豆腐タワーだ」
「何それ聞いたことないんだけど」
「安心せい。高野豆腐だ」
「どう安心すればいいのよ」




