87.収納術を学ぶくらいならデケェ箱を持ってこい
【第30階層 氷結都市クリック】にて、近日中に長期イベント《ドワーフ王奪還戦》が開催される事が【かまくら】より発表されました。
兼ねてより高頻度で開催されていた《拠点防衛戦》ですが、ここにきて大きな変化がありました。
何とこれまでの《拠点防衛戦》は前座でしかなく、その正体は39階層までイエティを護衛する長期クエストであった事が判明!
【かまくら】はこの新たな《拠点防衛戦》を《イエティ王奪還戦》と改め、現在協力者を募集しています。
参加者には【井戸端報道】と【マッドハット】が用意しました各種豪華報酬を贈与!
皆さま振るって御参加下さい!
募集要項は下記。
・31階層防衛班
レベル不問! 初心者歓迎!
鍛え抜かれた【かまくら】筆頭としたクリック経験者の手厚いサポート付き!
満足するまで魔物を討伐するだけの簡単なお仕事です!
・アイテム補給班
レベル不問! 初心者歓迎!
インベントリいっぱいにアイテムを抱えて指定のタイミングで《イエティ王奪還戦》に参加し、指定職員にアイテムを手渡すだけ!
想定時間30分程度ですが報酬を用意しています!
階層攻略が忙しいけどお金が欲しい!そんな人にピッタリです!
・イエティ護衛班・運搬/拠点設営
ライダー系・クリエイター系大歓迎!
イエティと共に39階層を目指す先陣のサポートと、各階層に設置する拠点の整備防衛・物資補給をお願いする事になります。
周辺の魔物の討伐さえすれば快適な拠点でゆっくりできるお仕事です!
・イエティ護衛班・本陣
セカンド階層到達以上推奨
完全未知な《イエティ王奪還戦》の本丸です。
応募者には厳正な審査の元に選定します。当選参加者には相応の報酬と名誉を贈与致します。
面接受付は【かまくら】特設会議室まで。
──◇──
【第10階層 大樹都市ドーラン】
《【土落】【ゴルタートル】回復薬工場》
「従業員を増加するのです! 【マッドハット】から大口の発注が来ています!
この祭りを同業他社の踏み台にさせてはなりません!【Blueearth】回復薬にカメヤマの印ありと知らしめるのです! ブランドと量で新進気鋭を轢き潰すのです!
作れ作れ作りなさい! 今我々は回復薬を作っているのではなく札束を作っているのです!」
「元社長めっちゃ張り切ってんなァ。どうなんよダミー閣下」
「うーん。ちゃんとリード付けておけば心強い商人なんですよねぇ」
──◇──
【第20階層 地底都市ルガンダ】
「ええ、はい。鍛冶ギルド【架け橋】も特殊依頼として請負いました。最近は武器が多く生産されるようになりまして……。格安で提供させて頂きます」
「ナメローさん。【マッドハット】からの依頼が……おや、対応中でしたか?」
「ああナシノツブテ君。……あぁいえ、今正式な文書が届いた所です。後はお任せを……バロンさん」
──◇──
【第30階層 氷結都市クリック】
《アイスライク・サプライズモール》
【かまくら】会議室
「そういう訳で広報・企画を【井戸端報道】に、物資支援を【マッドハット】に依頼した。【Blueearth】の冒険者は祭り大好きだからな。
あっちがシリアスならこっちはバカ騒ぎで対抗だ」
「いやはや楽しそうな企画! さっそくテナントをお貸し頂けて幸いです」
「天下の【井戸端報道】の局長様が来るとはな。ライズさんの人脈を侮っていた」
ふふん。俺自身は大して凄くないが、俺の知り合いは凄い奴ばっかりなんだぜ。
後ろからドロシーとメアリーに小突かれた。なんでよ。考えがバレたとしてもなんでよ。
「《イエティ王奪還戦》は大きく分けて4班構成だ。まずは普段通りに31階層を防衛する班。長期的な建城を考慮するとミカンとリンリンはここに配属するべきだな。長期間魔物の猛攻を耐える必要がある。
そこに加えてイエティと共に39階層を目指す攻略班。こっちはかなり戦力を偏らせる必要がある。雑魚に構ってられないからな」
「hum.そしてアイテムを補給するのが第3班という事かな少年。《拠点防衛戦》は一度参加すると出られないし、一度離脱すると参加できないわけだが……」
「一度きり、ただアイテムを持ち込むだけのバイトを雇う。ここが一番人数の欲しい所だ。報酬は破格すぎるくらいで頼む。そっから先は第4班の運搬担当へと移行だ。31階層防衛班は勿論の事、39階層までの各地で前線基地を建造・防衛してもらう。主に帰り道にリレー形式でイエティ王をクリックまで運搬する為だ。最初スフィアーロッドと対峙するメンバーが全滅したとしても、準備万全の待機勢がいれば護衛が途切れる事は無い」
消費アイテムは【朝露連合】、武器防具は【金の斧】。後は現地入りする鍛冶屋も欲しいな。【ゴッドゲート】には現場鍛冶屋として働いてもらおう。
「とにかく金を惜しむな。経済効果とか俺にはわからんが、損が出るなら俺が補填する。とにかく顧客を狂わせろ」
「しかし一週間以上も熱狂が続きますかねぇ。やがて疲弊していきますよ」
「その辺りも一応考慮してるつもりだ。が……まだ来ないのかアイツ」
「おっ待たせしましたー!」
ドアを喧しく開帳し、燕尾服の女性が玉乗りしながら乱入してくる。
「第40階層にてギルド紹介ギルド【パーティハウス】を経営しております、座長のマスカットです!
ライズさんの依頼とあれば喜んでご協力させて頂きます!」
「ライズさん。この守銭奴とは縁を切った方がいい」
「んだとこらーマツバー! アンタを【飢餓】に融通利かせたのは誰か言ってみなさいよー!」
「黙れ銭ゲバピエロ。いいかげん落ち着いたらどうだ忙しないやつめ」
「可愛くない! 兎にも角にも、長期イベント中だるみを危惧されてらっしゃると! お任せ下さい!」
ギルド紹介ギルド【パーティハウス】。40階層まで辿り着いた冒険者を、以降の階層を進むギルドに紹介する斡旋企業。
裏では人身売買しているなどといったウワサもあるが……微妙に有名人の俺なんかは、執拗につき纏わられる面倒の種でしかない。アドレ出発の時も襲撃されたな。
「31階層では常に魔物が大勢いるのですよね? ではセカンド以降のギルドのパフォーマンスタイムを導入しましょう! 実際うちを利用する前線ギルドの方々も有名所ばかりに新人が斡旋されていっていて、アピールの機会に飢えているギルドも少なくありませんから」
「なるほど。下位層は前線ギルドの強さを見る事が出来るし休憩にもなりますね。上位層はトップランカーに吸われがちな知名度を上げる事ができると。期間中1日数時間のみの拘束ならば攻略に忙しい上位層でも気楽に参加できますねぇ」
「提案相談はマスカットにお任せを! 【パーティハウス】の情報網連絡網を駆使して交渉して参りますとも!」
味方に引き込めば心強い。今回はこういう連中ばっかりだ。
とにかく参加するメリットを惜しんではいけない。変な所でケチれば平気で裏切るような奴が……まあ結構な数いる、と思う。
「募集期間の問題もあるだろうから本番は次々回かそれ以降だな。消費アイテム、武器防具、鍛冶屋、ライダー系の運搬担当、バイトの人数……それぞれに目標値を定めて管理するぞ」
バロンまで持ち出したのだから割と失敗はできない。しっかりとしなくては。
──◇──
──夜。
《アイスライク・サプライズモール》
5F屋外テラス
なんだかんだと会議をしていたらもうこんな時間だ。
ホテルへ戻る前に、少しだけテラスで休憩する。
「やりすぎでしょ。張り切りすぎよ」
「……おぉリーダー。お前も疲れた顔してるな。レベル上げ帰りか?」
「まあね。ベンチ、隣空けなさいよ。【グラトニーホール】のスープ貰ってきてるから」
当たり前に隣に座ってきて、湯気の立つオニオンスープを手渡してくる。
……普通に飲めば火傷しそうだ。とは思うものの……もうこのくらいの飲み物が現実ではどのくらい熱いのか思い出せない。
「多分、こんな雪景色ならもっと寒いんだろうな。現実だと」
「そりゃそう……あぁ、もう忘れたのね。記憶取り戻したって言ったって二年間この世界でやっていってるんだもの。忘れるわよねぇ。アンタ一気飲みしなさいよ。現実だと大惨事よ」
「そりゃ物珍しい……いや、珍しくなくなるんじゃないか? 天地調が成功してもお前が乗っ取っても、世界は電子データに移行するってのは決定だろ。こっちが常識になるんじゃないか」
「そういやそうねぇ」
温かいスープ。涼しいテラス。多分体感気温はかなり緩和されているんだろうが、もう忘れた。
こうした張本人に喧嘩売るんだよな【夜明けの月】は。例えば──今隣にいるメアリーの事を突然忘れたとして、それに気付かないような。そんなことが出来てしまう相手と戦おうとしている。
姉妹喧嘩にゃ規模がデカすぎるとは思うが。
「我らがリーダーはメンタルやられてるな? 何があったよ」
「んー……そこまで大した話じゃないわ。リンリンの事よ」
本人には言うつもりは無いが、メアリーは結構タフだ。外も中も。年相応の臆病な少女が年相応の生意気なガキの鎧を被っている感じなのに、どこか本質的に割り切る事ができるタイプだ。"凄く怖くてやりたく無いけど、それはそれとしてやらなくちゃいけない"みたいな決断をノータイムでするような……擦れた大人みたいな精神を持っている。
正直俺式レベリングでへばるようなタマじゃない。メアリーが疲れるとするなら、慣れてない人付き合いについてだろう。
「ドロシーからは仲間にするのを反対されたんだよな。どうするんだ」
「色々あって、仲間にしたいと思ってるわ。ミカンにも頼まれたし。でも……ドロシーの気持ちもわかるのよねー。
【Blueearth】の一般応募枠はお姉ちゃんの独断で拉致した子がいるって話、どっかで聞いたっけ?」
「おう。多分ドロシーがその枠だよな。爆速でアイコと出会えたから【Blueearth】ではマシな方だが……現実にいた頃はどうだったんだろうな。天知調が引き込むレベルだから碌なもんじゃないだろうけどさ」
──天知調による世界征服は、根源的には外敵のいない平和を求めたものだ。
かつてアドレで天知調と話した時、彼女は──
──────
『世界征服というのは私の本懐とも言える……最終計画です。
これで私と私の家族は誰にも矛を向けられる事なく、海底のスキマに隠れる必要もなく……一般人と同様に、安心して眠る事ができるんです』
──────
ただ家族と自分が安眠したかった、それだけで世界征服をする慈悲深く恐ろしい人。その慈悲深さが外に向けられているのが、操作された一般応募枠か。
「リンリンは多分……いやドロシーの"理解"が通ったから間違い無く、とんでもない過去を抱えている。それを【Blueearth】では忘れられている。
現状ミカンもいるし、本人としては苦しんでないわよね。でも【夜明けの月】に勧誘すれば記憶を思い出して、閉じ込めた過去が……ってね」
「クローバーの時にお前が言ったがな。記憶を戻させるのはお前のワガママなんだろ? 別に前言撤回したって怒りゃしないって」
「……あたしは、正義ではありたくないけど正しくはありたいのよ。
自分で言った事くらい出来るようになりたい。お姉ちゃんの、世界一の天才の妹に相応しい存在になりたい。
でも、それでも、この手でリンリンの心を壊すかも知らないって思うと、そんなワガママ今すぐ撤回しろって思っちゃう。……凡人だなー、あたし」
ぐおーっと両手を挙げて唸るメアリー。
これは質問ではない。回答は求められてない。メアリー自身のわがままをどう処理するか、本人の悩みだ。
「うーん悩ましいな。どっちにしても辛い……とかじゃなくて、ほぼ確実にやらない方がいいもんなぁ。メアリーのプライドが傷付くだけだもんな」
「そうなのよ。さっさと諦めればいいんだけどね」
「それでも悩んじまうんだよなぁ。人としては悪い考えなんだろうが共感できるわー」
「んー……慰めるの上手ねぇアンタ。そりゃモテるわ」
「えー、モテるか俺? それほどでも無くないか?」
「自覚無くて草。あーアホらしくなってきた。こんな悩み後回しでいいや。あたし悪の親玉だし」
「そうだそうだー。悪者らしく最低で行こうぜー」
なんかお互い疲れてるからかグダグダになってきた。
疲れてるときに考え事なんてするもんじゃないな。
「おー。……帰るわよライズ。添い寝してあげよっか」
「今日は男子会だから遠慮するわ。おいしい一品料理披露会なんだ」
「なにそれ面白そう。混ぜなさいよー」
「だーめだ男子会なんだ。男同士でしか語れない事もあるんだぞー」
「えー。でもジョージとドロシーいるなら半分女子じゃないの」
「だーんーしーかーいーでーすー」
~クリックの稼ぎ方~
《マツバの書き残し》
《拠点防衛戦》がかなり特殊な挙動をしているフリーズ階層では、色々と他の階層と異なる所が出てくるが……一番大きな違いは、稼ぎ方だろう。
ここでの稼ぎとは、定職を持たない階層攻略冒険者の話だ。セカンドランカー以降はギルド単位で副業をしている所も少なくないが、クリックに辿り着くあたりの冒険者は多くが攻略途中でその場その場での稼ぎに依存している。
そうなると最も安定して稼げるのは民間クエストだ。つまり【飢餓の爪傭兵団】傘下ギルドから仕事を受注する事。だが、この民間クエストの競争率が凄い。
なぜなら32階層以降の依頼の人気が無さすぎるから。クエスト中に《拠点防衛戦》が始まるとクリックまで強制送還されてしまうから、誰もが31階層のクエストか王国クエストを求める。
王国クエストも一々クリックの兵拠まで戻らないといけないのでやはり31階層の分が人気だ。この段階ではほとんどのギルドがBランクに到達しておらず、攻略階層中でのクエスト受注が出来ない。
そうなるとレベルの高い層がクエストを独占し、クリックに到達したばかりの層が辛くなる。これは【飢餓の爪傭兵団】の理念に反する。そも民間クエストの一部占領を危惧して生まれたのが【飢餓の爪傭兵団】の民間クエスト管理なのだから。俺は当時【飢餓】では無かったが、当時【飢餓】構成員だったマスカットが泣きついてきたので、解決策を考えることにした。
要するに別の稼ぎを提供すればいい。当時はメイドレ族の飲食店くらいしか店が無かったので、冒険者もメイドレ族も経営ができる複合商業施設を建設する事になった。つまりは《アイスライク・サプライズモール》の起源だ。
【マッドハット】【鶴亀連合】が最初のパトロンだった。やがて規模がデカくなるにつれて協力してくれるギルドも増え、名前に箔を付けるために【飢餓の爪傭兵団】傘下へと参入。マスカットは新たなシノギを思い付き独立したので、代わる形でクリック支部を請け負った。
当初は完全に冒険者用のバイト施設のつもりだったが、やがて"冬将軍"の引退と共に《拠点防衛戦》を管理しようとする者が現れた。これがやがて【かまくら】となる。
結局の所、クリックで稼がせるよりは好待遇格安で冒険者を支援し、さっさと出て行ってもらう形へと変異していった。お互いにwin-winだが、固定層が薄くなってしまう。
商売ができない冒険者はクリックを拠点にする事が難しくなる。すると、民間クエストを受注する人数が減った。そもそも固定冒険者自体が減ったからだ。おや。本来の問題は解決しているな?
という事にさっき気付いた。最近、今の俺のルーツについて考える事があったが……意外にも、俺は俺なりに直面した問題を解決しているらしい。
うむ。気分がいい。グレゴリウスでも誘って飯にでも行こう。あいつは黙ってればいい女なんだ。口を開けば野生のグリズリーだが。




