86.絶氷の監獄
──◇──
『緊急放送、緊急放送!
第31階層に"呪竜の手先"の出現情報あり! 《拠点防衛戦》を発令します!
【かまくら】に登録した参加者はウィンドウから参加表明をする事で直接31階層に参加できます!
繰り返します、緊急放送、緊急放送──』
──◇──
──11:15
《アイスライク・サプライズモール》
B5F フードコート
「──ライズ! どうなってんのよ!」
「来たか。《拠点防衛戦》参加前に一旦【夜明けの月】で合流するって決めといて良かったな」
《拠点防衛戦》開始と同時に既に31階層にいたメアリー達が戻ってきた。ミカンとリンリンと、なんかアクの強い連中を引き連れて。
「【夜明けの月】は全員揃ったな。そっちはどうする?」
「【マツバキングダム】は基本的に普段と変わらぬ対応だ。特攻隊長グレゴリウスが総指揮として動いている。【かまくら】"壁班"と共に先程現地入りした」
「【草の根】も今動ける面子は準備して待機させてマス」
本当に急ぎの召集なので集合場所は《アイスライク・サプライズモール》ならどこからでも見えるこのB5Fのフードコートのど真ん中。各主要ギルドの代表が今ここに集まっている。
「【象牙の塔】クリック代表のコトハギです。私以外で動けるメンバーは可能な限り《拠点防衛戦》に参加させました。今日は【大賢者】が多いですので、"壁班"込みならば範囲魔法で人数差を埋められるかと……」
「【マッドハット】代表のスズ=シロナだよ!!!
済まないけれどまだ準備が行き届いてない!!! うちのメンバーに可能な限りアイテム持たせて《拠点防衛戦》に持ち込む作戦は早くとも明日のつもりだった!!!! ちと早すぎないかい!?」
そう、早すぎる。
1週間に1〜2回の《拠点防衛戦》。大体4〜5日くらいの周期だったが、今回は僅か3日。色々と計画がズレ込んだ。
次の《拠点防衛戦》で色々実験しようと考えていたが……出鼻を挫かれたな。
「……アイテムの準備が追い付いていない以上長引かせるわけにはいかない。イエティと合流せず、従来通り3時間の時間切れを待つ! いいかマツバ?」
「わかった。ミカン、リンリン。今恐らく31階層は混乱している。安定と信頼のシンボルが欲しい。先行してくれ」
「わかりましたです。リンリンちゃん、行けますね?」
頷く鎧。クリックの《拠点防衛戦》の風物詩扱いされるほど見事な砦を築き上げるミカンに、"無敵要塞"の名で生ける伝説となっているリンリン。二人の存在が指揮に繋がるのは間違い無い。
「これがスフィアーロッドからの腹いせだったらウケるなライズ。変わった事といえば俺が奴を撃退した事しかないと思うんだが?」
「いや、前回初めてイエティと接触した事が原因かもしれない。どちらにせよ今回は後手だ。イエティと接して検証するという作業は、そのまま《拠点防衛戦》の延長にも繋がる。ただでさえ突然の《拠点防衛戦》、3時間持つかどうかも怪しいぞ」
──正直、いるメンバーの質は物凄く高い。セカンドから降りてきた傭兵はゴロゴロいるし、【象牙の塔】の本拠地があるから現役魔法使いも定期的に参加する。フリーズ階層の推奨レベルが50〜75なのに対して、レベル100〜130くらいの冒険者が多数彷徨いているんだ。凄い面子だ。
それは何よりも【Blueearth】黎明期からずっと続く《拠点防衛戦》に原因があるわけだが、つまりはレベルの問題ではないんだ。
"最強"のクローバーで言えば、秒間1000発の射撃という戦法は長期戦に向いてない。本気を出せば数分で弾切れになるのだから。極端な例ではあるが、全ての武器に武器耐久値があるあたり誰でも抱える問題だ。【Blueearth】において長期戦というのは基本的に不利なんだ。
つまりクリックの《拠点防衛戦》は参加者全員に無理な長期戦を強いるクソ仕様。なんの準備も出来ていない状況では挑む事すらできない。
「そういう訳で【夜明けの月】も出るぞ。フツーに《拠点防衛戦》をするだけだ。ガッツリ経験値稼いでこい」
今これ以上できる事も無いし。切り替えて楽しむとしよう。
──◇──
《拠点防衛戦》開始より3時間8分──防衛成功。
「わたくしがいれば楽勝ですわー!」
「むしろ何で前回いなかったんすか」
「やかましいですわー! デコピンするわよ」
「またペナルティくらうぞ姫」
──◇──
《アイスライク・サプライズモール》
B1F【かまくら】大会議室
「そういう訳で無事《拠点防衛戦》は失敗したんだが」
またしても会議室。3時間どっぷり戦闘漬けだったが、会議メンバーはここしばらくデスクワークだったからか気分よく暴走していた。疲労感も見られない。気分転換大事。
今回の会議は【かまくら】受付嬢のミーヤさんが数名新顔を引き連れてきた。
「現在フリーズ階層を攻略中のギルドの中で、特に踏破寸前だった方々です」
「【黄金の帆】のゾーンズだ。突然の呼び出しにビビり散らかしているんだが、何か気に障ったか俺ら」
「【ゴッドガード】のキタキタです。命だけは勘弁してください」
「【金時塔】のサワラ。もしかして《拠点防衛戦》に参加しないとペナルティとかあったのか」
全員もれなく緊張している。仕方ないか。ここにはクリックの有権者が勢ぞろいだもんな。
「別に取って食うわけじゃないから安心してくれ。単純に現状の確認がしたかったんだ。
君たちは前々回の《拠点防衛戦》終了後に攻略を開始し、先の《拠点防衛戦》開始に伴いここまで戻された。それぞれどこの階層まで進んでいたか教えてほしい」
「【黄金の帆】はこの中じゃフリーズ階層に詳しい方だ。いよいよってもんで本腰入れて出港したが……28階層到達したくらいで呼び戻された」
「【ゴッドガード】は今回は捨てのつもりでしたので。24階層でアウトでした。一回拠点に戻ったりもしましたので……」
「【金時塔】は26階層。私達はライダー系が多いんで、移動速度には自信あったんだが。慣れない道だと進みが遅い。もしもう一日猶予があったとしても無理だったと思う」
この情報が一番欲しかった。
元よりフリーズ階層の攻略はぶっつけ本番が主流。事前に調査しようにも4~5日毎に引き戻しが発生するんだから、後半の階層の事前調査はしにくいしデータが残りにくい。みんな急いで進むからな。
「よくわかった。ありがとう。つまりは現状、第40階層未到達の冒険者は先に進む術を失った事になるな」
猶予3日で、慣れている【黄金の帆】でさえ到達できなかった。元々日程がカツカツだったが、これは完全に無理になったと思っていいだろう。
「現在《拠点防衛戦》に参加せず攻略を優先している冒険者も、必然的に《拠点防衛戦》に協力せざるを得なくなったわけだ」
「ううむ……特に【黄金の帆】の方々は長らく《拠点防衛戦》に参加頂いていた。満を持しての出航に邪魔が入り申し訳ない」
「マツバさんが謝るこったぁないですって。チャンスは幾らでも……ああ、無いのか。このままだと」
「そういう事。あくまで自由意志だが……協力してくれると助かる」
「わかった。他の攻略待機勢にも事情説明してくるぜ。《拠点防衛戦》の参加を控えて攻略準備してる奴ら、それなりにいるんだよ。一応顔は広い方なんでね」
「【ゴッドガード】は鍛冶ギルドです。先の階層で商業を拡大させようと思っていましたが、腹を決めました。今回の一件が終わるまで【かまくら】所属の《拠点防衛戦》専属鍛冶屋として働きます。テナントについてご相談を……」
「【金時塔】は……この状況を見る限り、ライダー系としての役割を求められていますか。詳細を伺いたく」
流石にここまで来るギルドのリーダー達だ。理解力があって助かる。
「奇しくも俺たちが抱えている問題の一つである"人数"が解決しようとしている。後の問題は"品質"と"福利厚生"ってとこか。この辺はもう考えがある。明日には来てくれるはずだ」
こうなれば人脈も金も惜しみなく大人げなく使い倒してやる。俺にやりたい放題させたらどうなるか思い知らせてやる。
──◇──
【夜明けの月】のログハウス
10号室(メアリーの自室)
「流石に7人だとちょっと狭いから気を付けてよね。画面が見にくい人いる?」
「女の子の部屋とかおじさんには敷居が高いぞ。俺外で待ってるって」
「ここメアリーの部屋に見せかけた【夜明けの月】の秘密の部屋だから気にするな」
【夜明けの月】メンバー7人でメアリーのパソコンの画面をのぞき込む。
今回の目的は久しぶりにあの人との通信だ。
『……はい。こちらからは見えてますよー。お久しぶりです。天地調です』
ゲームマスター天地調。今回の《拠点防衛戦》の解決を依頼してきた張本人。
最近めっきり見かけなくなった丸いもちもちの魔物"まんまるぽてまる君"を抱えている。
「現状の擦り合わせがしたい。天地調側から見て、3日間隔での《拠点防衛戦》はバグか仕様か」
『……限りなく不健全で致命的ですが、仕様の範囲内です。これがバグならば解消できるのですが、仕様の範囲内である以上は無理な修正は逆にバグを呼んでしまいます』
「仕様なら原因が知りたい。今後感覚が狭まる事はあるのか?」
『恐らくはこれ以上狭まる事はありません。
……【NewWorld】を【Blueearth】へと書き換える際、セキュリティは拠点階層に、対ウィルス用プログラムはレイドボスに書き換わりました。《拠点防衛戦》は【NewWorld】にとって正常な挙動をむりやりゲーム化したものです。ルガンダのように完全に攻略法を抑えて無力化しているのもまた健全な挙動の一種であるといえます。
《拠点防衛戦》は決められたプログラムの一環で、レイドボスがその存在を保つための挙動です。しかし発生条件がそもそもランダムである場合は、イコール外部からの干渉で無理やり発生条件を満たす事が出来ます。ウィードのテンペストクローが強制発生したのがいい例ですね』
「だがあれはバグによるテクスチャの変更だった。今回はバグじゃないんだろ?」
『はい。今回は発生条件の方が好き勝手動いている形になりますね。
クリック《拠点防衛戦》はイエティ王が誘拐している間は頻繁に発生しますが、その頻度には定型はありません。恐らくはレイドボス──スフィアーロッド自身が操作しています』
「レイドボス自身が?」
色々と気になる情報が出てきたが……気になるのはそこだ。レイドボスに自我でもあるのか?
『本来はプログラムに従うだけですが、大量のデータを吸収した結果として"データ整理の挙動"が"自我"までダウングレードした個体もいます。今回はスフィアーロッドがそうです。
スフィアーロッドはイエティ王を抱えている限り《拠点防衛戦》の開催時期を操作する事ができます。連日連夜となれば流石にバグですので現在の3日間隔が限界でしょうが、よくここまで隠し通したものです』
「じゃあ交渉とかできないの?」
『内部データを動かす手段を持っているだけです。彼は人間に興味ありませんから、常に私を殺す方法しか考えてませんよ。少なくとも発声メカニズムを組んで会話するだけの労力を割くような子ではありません』
自我を持ったと言っても、それで俺たちと会話するかは別問題ってことか。
そうなると目的は──
「天地調抹殺が目的なら、単純にバグ側の増強が目的か? 突然の挙動をバグと誤認させて自ら除去される事で逆にバグの強度を高めるとか」
「テンペストクローの一件からして、バグを利用してる奴がいるかもしれないのよね。そいつ関係してるのかしら」
「だとしても今回は気にする必要無いぞ。もし喧嘩売ってくるなら対処するが」
「スフィアーロッドの挙動が正規のものなら、解決策までちゃんと立てているからだね?
こっちは真っ当に《拠点防衛戦》を解消するだけで良くなるわけだ」
「あー。バグかどうかの確認ってのはそういう訳ね。確かにクリア条件がバグってないって所だけわかればそれで十分だわな」
元より解決手段は準備している。一番怖いのは全部終わった後にちゃぶ台返しされる事だ。
正規の挙動なら気にする事は無い。
『こちらではバグの発生に目を光らせておきます。【夜明けの月】は気兼ねなく攻略に走って下さい』
「わかった。任せた」
あとはメアリーのメンタルケアとして姉妹で世間話でもしてもらうとして、他のメンバーは部屋を出る。
「対策ってどうするんですか? 人数は解決しても、一週間以上続く《拠点防衛戦》を賄うアイテムとか……」
「よくぞ聞いてくれたドロシー。ふふふ。明日の朝になれば理解できるぞぉ」
「……あ、はい」
「今"理解"したな?」
「ごめんなさい。うっきうきのライズさんが可愛くて」
ぐぬぅ。中学生くらいの子に見抜かれるのは何度経験しても恥ずかしいな。
まあいい。あいつらなら今抱えている問題を全てまるっと解決してくれるだろうさ。
──◇──
──翌朝
《アイスライク・サプライズモール》
1F 南西出入口
クリックに降り立つは純白。全身が白く胡散臭い、その男。
隣に立つはサングラスの似合う、黒髪セミロングの笑顔が怖い美女。
「はいどうも【井戸端報道】局長のバロンです! 面白い企画があると聞いて伺いました!」
「Hi.少年! 【マッドハット】GMのセリアンだとも。金には興味が無いが面白い話があるって?」
──お祭り騒ぎが始まる。
~ジョブ紹介【幻想絵筆】~
《寄稿:【バッドマックス】プリティ☆メロン》
漢の花道に色は無し。
されど染めるは人の業。
【バッドマックス】プリティ☆メロンだ。
今日は希少ジョブ【幻想絵筆】について説明させてもらうぜ……。
クリエイター系第3職【幻想絵筆】。サポート性能が高く、戦闘には向いて無ェな……。
フィールドというキャンバスに"色"をぶちまけ、"作品"をぶち上げる。それが漢ってもんだ。
・アビリティ
・"フリーパレット"
自身の周囲に"色"を展開するぜ。これを原料に芸術を作るんで残量には注意する必要がある。
"色"は風景や魔物、魔法から抜き出す事ができる。同じ色でも入手難易度によってグレードが変わっていくぜ。
・スキル
・【芸術彫像】
彫像……高さのある物質を描き上げるスキルだ。使用した色によって特殊効果が付与される。
使い方は様々だ。攻撃する彫像、魔物を引き寄せる彫像……組み合わせさえ把握できれば柔軟に使い分けできる。
・【芸術絵画】
地面に描いた現象を具現化する。青一色なら湖になり相手を落とす……といった感じだな。
こちらは強力ながら広い範囲への書き込みと大量の"色"を消費する必要がある。
基本的にはこちらの完成を狙いつつ【芸術彫像】で敵を妨害する戦術となる。
・【パレットバーン】
やけくそ"色"射出攻撃。非推奨。マジでピンチになった時の緊急攻撃にしか使えない。
威力はカスだし"色"は使い切るし、本当にいいことないからつかうな。




