83.目が滑る履歴書
【第31階層フリーズ:永遠雪原】
「ミカンさんです。本日は【夜明けの月】のレベリング作業に協力しますですよー」
ライズとクローバーと入れ替わるように、リンリンとミカンと合流。
今日の協力メンバーは現地集合との事だったけど……どこにいるやら。
地平線がわからない白雪の世界は、数多くの冒険者たちで埋め尽くされていた。
そしてミカンの隣に人間サイズの3つの黒い箱。何これ。
「驚いたです? イベントでもないのにここまで冒険者だらけなのは第1階層以来かと思うのです」
「確かにすごい人数ね……。一週間ないくらいの頻度で《拠点防衛戦》が始まるせいで後半の階層に出稼ぎに行けないからみんな31階層に集中してるのね」
「むぅ……お利巧さんです。
その通り。少なくとも39階層のフロアボスを悠々突破できるレベルと装備と足を確保しなくてはフリーズを突破する事はできないのです」
……そもそも階層攻略ってめちゃくちゃ厳しいわよね。9階層ぶっ続けで進む事自体しんどいのに、階層移動条件があったり、そもそも1階層あたり半日かかるだだっ広さだったり……。
普通は最短4日半かかる攻略が、このクリックでは中断をくらう可能性がある。足が必要だけど、陸海万能移動兵器"まりも壱号"でさえ活動が困難な極寒の環境。簡単には移動できないって事。
「しかして【夜明けの月】は最高戦力2名を欠いており、ミカンさんもリンリンちゃんも戦闘は苦手なのです。のでので、残る3人はしっかりと戦力を確保しましたですよー。どぞどぞー」
ミカンが指を鳴らすと黒い箱が開く。
……ずっとここで待ってたの?
箱の中から現れた3人。
刀を二振り携えた優しそうな美人さん、平安貴族、女装おじさん。
……もう一度箱に閉じ込めてくれない? 後半のやつ。
「じゃあお姉さんからいくわね? 【夜明けの月】のみなさんこんにちわー。今はフリーの傭兵の、カズハお姉ちゃんです。よろしくね?」
「カズハお姉ちゃんはかつて【真紅道】に在籍し、独立後セカンド階層で傭兵をしていた世話焼きお姉ちゃんです。最近はクリックでお手伝いをしてもらってますです」
「ジョブは【サムライ】よー。ポジションは前衛でタンクも火力もできるけど……今回は"無敵要塞"ちゃんがいるから、心置きなく前衛でいけるわね。
メアリーちゃんがリーダー? 私達の覚えてるスキルとアビリティと装備品のリスト、用意したんだけど必要かしらー?」
有能オブ有能。挨拶代わりにハグしてくるからそのリスト見えないけど。
……さぁ、一番の安牌を切って、声を掛ける事も恐ろしい二名が残る。なんで無言で突っ立ってるのよ平安貴族と女装おじさん。迫力がやばい。
「……麿はバルバチョフ。サモナー系第3職【デビルサモナー】の元【月面飛行】である。今はしがない傭兵として雇われておるが、このメンバーでは最もレベルが高い。敬意を持って接せよ」
「俺ァ……現役セカンドランカー【バッドマックス】の一員、プリティ☆メロンだ。まぁ仲間からはダンディと呼ばれているが、呼び名に興味は無ェ。好きに呼びな。
ジョブはクリエイター系第3職【幻想絵筆】だ。まァ……良い縁になるといいな」
「待ってツッコミが追いきれない」
見た目から中身までツッコミ所が多すぎる。カズハさんの資料に目を通したいし、少しだけ時間が欲しいわ。
「そちの様な変態のせいでめありゐ殿が困っておじゃるでごじゃるぞ」
「どう考えてもテメェだろ原因は……。ジタバタするんじゃねぇやスカートが捲れちまうだろォ」
「ミカンちゃん、人選大丈夫?」
「うーーーーーん能力は評価してますので」
「人付き合い考えよ? お姉ちゃん心配よ」
「貴様が一番ヤバいのであるぞ異常"姉"強要不審者。それが原因でセカンドから追放されておろう」
「どんな鉄人でも甘く溶かしちまう魔性の傭兵……【飢餓の爪傭兵団】でさえ囲い込む事を諦めた"無敵の傭兵"。こうして対峙するだけでブルっちまうぜ……」
「反抗的な弟達ねー。あっちでおはなししましょうね?」
「単独行動は! 良くないのでおじゃる!」
「ご容赦を姉上! せめて妹にしてくれェ!」
……頭痛いわ。
──◇──
──────────
パーティ 10/10 ▼[レベル順]
【デビサモ: バルバチョフ:145】
【サムライ: カズハ:138】
【アーティ:プリティ☆メロン:130】
【フォート: リンリン:128】
【キャッス: ミカン:127】
【リベンジ: ゴースト: 99】
【仙人 : アイコ: 55】
【エリアル: メアリー: 55】
【ビースト: ジョージ: 55】
【サテライ: ドロシー: 55】
──────────
「……はい、リストの確認は終わったけど……ちょっと読んだだけじゃわからない所があったんだけどいい?」
「おおぅ……既に麿たちの見た目への言及を諦めておる。こやつデキるな」
「もうツッコミ切れないから諦めてるのよ。まずはバルバチョフさん。なんで両手銃持ってるの」
「麿の【ドラグノフ・ナガン+28】は美しかろう。お気に入りであるぞ」
「お気に入りなら仕方ないわね。なんで両手銃装備してんのかを聞いてるんだけど」
「サモナー系列は多くが第2職で【ライダー】へと転向して行く故、【デビルサモナー】は希少で知名度が足りぬ。麿は《最強の悪魔使》の称号を持っておるが、そも麿以外の【デビルサモナー】と逢うた事が無い。つまりはそちが知らずとも是非も無し。
回答は委細単純、サブジョブが【ガンナー】であるからでおじゃる。麿を使う際は"意思疎通の取れる兵隊"と"狙撃手たる麿"を別々に運用できると考えるがよい」
白塗りの顔で物騒な両手銃構えて山羊頭の悪魔が影から生えてる平安貴族。受け答えが割とマトモなのがバグるわね。
「わかったわ。じゃあ次にプリティ☆メロンさん。【幻想絵筆】って初見なんだけど……資料を見る限り、前衛って扱いでいいの?」
「まァ近いな……アートの有効範囲が限られるからな。かなり特殊な暴れ馬だ。基本的は陣形に依らず自由にさせてくれるか? 一度見たら何となく分かってくれると思うぜ。後俺ァ仲間からダンディと呼ばれているぜ」
「わかったわ。初戦では陣形に組み込まないから、あたしに魅せてよねプリメロさん。一発で理解してみせるわ」
「……ふっ。手強い嬢ちゃんだぜ」
パッツパツの白のワンピースに麦わら帽子。グラサン葉巻髭ダルマ。そしてでっかい筆。
白のワンピが汚れるわよ。いやそこじゃないでしょツッコミ所は。
「……それで最後。カズハさん」
「お姉ちゃんって呼んでほしいな」
「お姉ちゃんはもう……じゃなくて。えっと……そうね。カズハお姉ちゃん」
満足そうに微笑むカズハさん。呼び方変えなかったら何されるのかしら。
……お姉ちゃんはいるって言いそうになったけど、【Blueearth】の都合上兄弟姉妹親子なんて存在しないものね。変に認識バグらせたら危ないわ。カズハさんは姉を自称するけど……血縁的な意味は無いわよね。多分無意識。
「このプロフィールって……」
「信じられんかもしれぬが、この女は自らを呪いながら戦うというイカれた女子なのでおじゃる」
「まァ感染するタイプの呪いは使って無ェから……ヒーラーが解呪しないように注意すれば良いだけだな」
「search:カズハの永続デバフ項目は……"継続ダメージ""敵注目度上昇""移動速度低下""攻撃射程範囲減少"。呪い装備による特殊アビリティは4つです」
ゴーストの調査は貰った資料にある通り。
特殊アビリティ……決められた枠数の中でカスタムする普通のアビリティの他にも、そのジョブや装備をしていると強制的に付けられるアビリティがある。それはカスタム枠とは別枠で設定されてるけど、所謂"呪い"もその別枠に入るアビリティとして扱われてる。
「この妖刀【厚雲灰河】の呪い"赫き妖刀の顎"は継続ダメージを受けるデメリットと、他の呪いを食べちゃう効果があるの。それで他の呪いのデメリットを軽減してるのよー。
継続ダメージ自体を軽減して継続回復するアクセサリーを付けてるから、基本的にデメリットは無いのよ」
なるほど。呪いのデメリットを帳消しにできるならアビリティ枠を大幅に増加させているようなもんなのね。賢い。
「うーん、後はミカンとリンリンも実戦じゃ初めましてなのよね。かなり特殊な人が多いけど……上手く陣形組めるかしら」
「……【キャッスルビルダー】と【フォートレス】の組み合わせはですね、どんな環境どんな人数でも戦える無敵のコンビなのです。それもここにいるのはそれぞれの"最強"。我々の強さをお見せしましょうです」
ミカンがふんすふんすと鼻を鳴らして、リンリンの背中をコンコン叩く。かわいい。
リンリンは一言も発さずに頷き前進。……人見知りなのよねリンリン。ドMなのがバレてないどころか、鎧の中身すら都市伝説になってるレベルの謎の人扱いみたいだけど。
「ではさっそく。【建築】!」
ミカンがちっちゃな指を鳴らすと、地面から次々壁が築き上がり──あたし達の足元も、土台がせり上がって高く見やすい位置まで上昇する。
上から見ると、半径100mいっぱいに迷路のような壁が展開されていた。
中央にはそれなりに広いスペースがあるけど……。
リンリンは少し北の方の通路に陣取ってる。
「今回は北のみを解放してますが、魔物が四方にいる場合はそっちも解放して、迷路に沿って移動させて必ずリンリンとぶつかるようになっていますです。
リンリン──【フォートレス】は魔物誘導係です。ノックバックで狙いの魔物を左右の脇道に投げて、そこから【キャッスルビルダー】が迷路誘導で各戦闘員へ割り振りますです。今回は単体火力の高いカズハお姉ちゃんとゴーストちゃんで各個撃破してください」
「了解。お姉ちゃんは右に行くわねー」
「consent:左の通路を担当します」
カズハさんとゴーストが迷路に降り立って、リンリンが横に流した魔物を一体一体撃破していく。
「範囲攻撃は中央広場です。リンリンが引きつけて中央まで行けば、ドロシーちゃんの【サテライトキャノン】やメアリーちゃんの魔法で一網打尽なのです」
「なるほどね。敵が何体でもどんな環境でもこうやって同じ環境で戦えるわけね。ズルいわね【キャッスルビルダー】」
「普通は壁一枚作るのも練習が必要なのです。曲線の壁を一枚作れれば一流。ミカンさんは洋館も城もなんのそのな超一流なのです。今回は見やすいよう天井を空けてますですけど、普段は遠距離攻撃対策に屋根を作ります」
[リンリン]:
『魔物数が多ければ壁内の皆さんの準備が整うまで私が粘ります。態勢が整うまで何時間でも耐えてみせます。それが【フォートレス】の役目です』
チャット投げてくる余裕すらあるのね。
自分の有利な環境を無理やり作る事ができる、これが三種の神器【キャッスルビルダー】ってこと。
「どうです? リーダーメアリーちゃん。わたしは優秀でしょう?」
ふふんと胸を反らすミカン。かわいい。撫でてやる。
……でも、今ミカンが言った言葉は気にかかるわね。
つまりは普通の【キャッスルビルダー】ではここまではできないと。そりゃミカンが欲しくなるわ。
「でもミカン、こんなに強かったら勧誘されたりしないの?」
「されるですよ。郊外に住んでるのもそのためです。
でも誘ってくるのは命知らずか世間知らずだけです。ランカーはみんな、ミカンさんが籠城してるってわかれば諦めます。それこそグレンでもないと踏み込めないです」
「そうよね。じゃあなんで最初、助けを求めたの?」
ふんすふんすと賑やかに自慢げな表情がピタリと止む。
──変だったと思ったのは、あの解決策。グレンを吹き飛ばす大砲を作れるのなら、自分の領域である洋館から出て、いるかどうかもわからないライズに助けを求めたのは、なんでなのか。
「……尻尾切りなのです。ライズはミカンさんとリンリンを攫うつもりでした。先手を打って、勧誘どころじゃない状況を作りたかったのです」
やっぱり打算か。
ライズはこの辺の機微に疎いけど、あたしはわかるわ。
……本当に、あの時ドロシーがいなくてよかったわ。お互いに全ての計画が破綻するところだった。
「そもそもなんで攻略を辞めたのか、聞いていい?」
「いいです。リンリンを逃がす為です。リンリンが辛そうにしていたので、仲良く逃げたのです」
「仲いいのね。でもミカンは、最悪リンリンが【夜明けの月】に行ってもいいって考えてるわよね?」
「……そうなのです。それにはグレンが障害になるから、そこの掃除もお願いしたのです」
「わかったわ」
ドロシーほど鋭くないけど、あたしだって結構わかる方なんだから。
ミカンの頭をわしゃわしゃと撫でまわす。手触りがいい。
「【夜明けの月】は犯罪者だろうと迎え入れる悪の組織よ。何悩んでるかは知らないけど、気持ちに整理が付いたらいつでも言いなさい。誘拐してでも歓迎してあげる」
「……んん。リーダーメアリーは男前なのです。とりあえずはリンリンを拉致してくださいな」
ミカンとライズに何があったのか知らないけど、リンリンを託して自分も……と思う程度の関係と信頼があるのね。
さて、ドロシーには悪いけど……もらいますか、リンリン。
~《アイスライク・サプライズモール》紹介②~
《寄稿:【マツバキングダム】ギルドマスター マツバ》
前回に引き続き《アイスライク・サプライズモール》の紹介だ
・2F
ゲームセンターなどアトラクションが設置されている。ゲームセンターではハイスコアを達成すると景品が出るので、どのジャンルでもTOP5にランクインしたなら南の景品交換所へどうぞ。
東はギャンブルエリアなので、ご利用は計画的に。
・3F
衣類等のブティック区画だ。《アイスライク・サプライズモール》での商業シェア最大の【マッドハット】クリック代表のスズ=シロナ氏も、服飾店【TITAN】を経営している。
高級アクセサリーショップ【ミッドターミナル】には、【マッドハット】がセカンド階層で収集した超高級アクセサリーがたくさん並んでいる。眺めるのも悪くないと思うが……まあ、値段が、な。
・4F
フロア全域が【象牙の塔】による書店となっている。魔導書から雑誌新聞まで紙ならば何でも売っていると評判だ。
セカンドランカー【象牙の塔】の魔法研究施設でもある。マジシャン系ならばギルドに入らなくても見学・講義参加可とされているので、マジシャン系ジョブの方はぜひご利用頂きたい。
・5F
クリック常駐ギルド用のレンタルスペースを設置している。階層探求ギルド【草の根】や戦う喫茶店【喫茶シャムネコ】の本店といった、セカンドランカーで有名なギルドも多く利用されている。
但し【喫茶シャムネコ】は喫茶店としては解放されていない、物置だ。あいつらいつになったら喫茶店経営に本腰入れるんだ。




