82.愛も恋も地図の上
【第30階層 氷結都市クリック】
《アイスライク・サプライズモール》B1F
【かまくら】本部奥 大会議室
「クリックの調査をしてきた【草の根】曰く、メイドレ族は誰かに仕えていると。だが王の存在は、王が玉座に座っていないと忘れてしまうそうだ」
「過去の文献と調査から、メイドレ族の存在はフリーズ階層における"安全地帯"であり"神域"。かなり過酷な環境のフリーズ階層において唯一の火であり熱。あらゆる魔物がクリックを求めて襲撃しているのだと思われていた。スフィアーロッドもその一つだという事だね」
「本当に王がいないならメイドレ族がクリックに居座る理由が無い。ちゃんと正当な王がいると思う。だが黎明期のクリック一番乗りであるグレンに確認を取ったが、間違いなく最初から玉座は空だった。
ここからは俺の憶測だが……本来のクリックの王は"イエティ"で、メイドレ族の炎を欲しがったスフィアーロッドが王を誘拐した。イエティたちは王を奪還すべく攻略階層へ出て、イエティ達が消えたクリックではメイドレ達の記憶からイエティの存在が抜け落ちる。
目的のメイドレ族たちがイエティを忘れた事で全然メイドレ族が従ってくれなくてスフィアーロッドの目的は破綻。今度は直接メイドレ族を拉致しようとした所で……冒険者が到着。こんな流れなんじゃないか」
……そして多分、バグというのは「最初から王が誘拐されている」という所だろう。本来は"王を狙うスフィアーロッド軍団を退けろ"みたいな話から、失敗して王が誘拐されたら"イエティと共に王を奪還せよ"って内容に変遷するのだろう。でなければあまりにも情報が無さすぎる。
「《拠点防衛戦》──改め、《イエティ王奪還戦》ってとこか。俺たち【夜明けの月】は【草の根】と共同でこのイベントの解決に動く。《拠点防衛戦》同盟諸氏につきましては、協力いただけると嬉しいのだが」
《アイスライク・サプライズモール》において、《拠点防衛戦》を管理するのは【かまくら】だ。ミカンからの許可は下りるだろうが、全体の意見とするなら【マツバキングダム】のマツバの一声が欲しい。
「もちろん【かまくら】は大賛成です。ミカンさんは【夜明けの月】に協力しますです。
攻略の指揮権は【かまくら】から【草の根】へ委託しましょうか」
「【マツバキングダム】としても異論無い。ここまできて【夜明けの月】を客扱いでは狼王が許しても俺が許せん。第30階層ギルド連合が全面的にバックアップすると約束しよう。
【夜明けの月】は管轄的には【草の根】のポジションに収まってもらう。今後どうするかは幹部会を挟んで各位に通達する」
一先ずは信頼を勝ち取れたな。好き勝手動くのに障害は無くなったか。
「一つよろしいか」
会議が終わろうとしているこのタイミングで、ここまで大人しかったグレンが立ち上がる。
「先の《拠点防衛戦》ではライズさんとスワンさんと共にイエティと接触したが……かなり多くの魔物に妨害された。無論私は問題なく蹴散らせる相手だが、フリーズ階層のレベルだと討伐は困難だろう。
故にこの私が《イエティ王奪還戦》に全面協力する!」
──この話は、こっそり根回ししていたものだ。上手くいくとは思ってなかった。
……代償は大きいが。
「故に! 《イエティ王奪還戦》を成功させた暁には! 親愛なるリンリン嬢!
どうか私の愛に返事を頂きたい! 無論、振って頂いて結構。答えを頂きたいのだ!」
うーん。ミカンからの視線が痛い。
仕方ないじゃん。もうここはスッパリ振ってもらって失恋しなきゃ話にならんのよ。
──◇──
──会議が終わり、次々と離席していく最中。ミカンに背中から羽交い絞めに遭う俺。普通におんぶだなこれ。
「ああは言ったものの、トップランカーとしての責務もある。連絡先を交換するから、次の《拠点防衛戦》──ならぬ《イエティ王奪還戦》の日程が決まれば教えてくれ!」
「おおう……トップランカーのギルドマスターの連絡先貰っちゃったよ」
「あとクローバー! 俺は地味に根に持つ男。面倒事起こしておいてのんびりスローライフなど許さんぞ! ちゃんと働きたまえ」
「働いてますー。さっさと帰れ社畜」
「ではさらば! リンリンさん、必ず勝利をお届けします! はっはっはっはっは!!!!」
うるさい。バーナードがかわいそうだ。
「火力必要なんだろぃ。【象牙の塔】もクリック在籍メンバーは全面協力だ。
セカンド攻略班も暇あったら頭出させるわ。イツァムナさんにゃ俺から一声かけとくぜぃ」
「とはいえ私達はいいかげん戻らなくてはならないので、一旦ここでお別れです。日程が決まれば私達にも教えてくださいね~。案外ブックカバーさんも来るかもです」
「いやいやブックカバーは自分ではいかないけど仲間を大勢向かわせる感じじゃないかぃルミナスちゃん」
「それ解釈一致~」
……思えばこの三人がいたにも関わらず、たった45分の延長で防衛失敗したんだよな。
色々と考えなくてはならない事が多そうだ。
「さてライズ。式場……じゃなくて、作戦会議室は【草の根】に設置するよ。私もセカンド階層での攻略があるのでこれで失礼するが……これは私の部屋の鍵だよ。好きに使ってくれ」
「ダメです隊長。ライン越えです」
「帰りますよ隊長。攻略組には迎えの連絡よこしましたから」
「隊長がいなければライズさんは歓迎しますんで。後で詳しくお話聞かせて下さい」
部下たちにわっしょいわっしょい運ばれるスワン。なかなか強いキャラだった。
……さて。後は【マツバキングダム】からだな。
「ライズさん。今【飢餓の爪傭兵団】本隊から正式な回答が出た。
"本件において【夜明けの月】からの協力の申し出を例外的に受理する。
敵対の撤回はしないので勘違いしないよう"……だと」
ふはは。協力の申し出だとさ。ブラウザあたりが都合良い受け取り方したな。
メアリーは……うん。別に怒ってないな。理解しているようで何より。
「改めて。協力に感謝する。【マツバキングダム】GMとして、《アイスライク・サプライズモール》オーナーとして、【夜明けの月】の身柄の安全は保障する。どうかその力を遺憾なく発揮してほしい」
「任せろ。……それはそうと【夜明けの月】だけで状況を整理したい。詳細会議は夕方でいいか?」
「了解した。最高級のルームサービスを向かわせよう。遅い昼食だが楽しんでくれ」
今回助かっているのはマツバの話の早さだ。【飢餓】関係の面倒事が無くなるだけで本当に話しやすい。
……そろそろドロシーも話をしたがってるし、俺も色々説明無く好き勝手してるからな。ホテルに戻ろう。
──◇──
《アイスライク・サプライズモール》1F
最高級ホテル《コールドスリープ》最上階VIPルーム
──【夜明けの月】専用ルーム
部屋の格が上がった。
ナメローは合理主義で職人相手の商売が上手だったが、マツバは顧客相手の商売が上手い。巨大なショッピングモールも清掃が行き届いているし、ホテルの設備や外観にも相当力を入れている。
……が、心配なのはドロシーだ。再開してからずっと元気が無い。
「リンリンと接触したのね。あたし達はドロシーほどの共感性は無いけど、会わせたらマズい気がしてた。アイコの静止を振りきってでも見たのよね? 何か結論出た?」
「……はい。端的に言うと……リンリンさんは、勧誘しない方がいいです。少なくとも僕は反対します」
「それは……リンリンがドMの変態だから?」
「そうではなく。いや半分そうです。とにかく僕は反対です」
【夜明けの月】のメンバーは各位が優れた能力を持っているが、アイコとドロシーの能力はかなり特異なもので、信用できるものだ。
アイコのカウンセリング能力は凄まじく、どんな相手でも心を開いてしまう……は言い過ぎか。だが、物理的にも精神的にも暴走を抑えられる力を持っているというのはかなり心強い。
ドロシーはさらに特異。"理解癖"を利用した高精度な読心。そのドロシーが反対するほどのものをリンリンは抱えている事になるのだが。
「誰を仲間にするかはメアリーが決定する。だがドロシーがここまで言うのは考慮してやれよ」
「そうね。状況次第にはなるけど、ドロシーの意見はちゃんと参考にするわ。
改めてだけど、ライズはどんな人材が必要だと思う?」
「まずは前衛──とりわけタンクだ。現状【夜明けの月】は前衛アタッカーは多いが、耐久する壁役がアイコと俺しかいない。タンク役は完全に前衛に縛られるから俺はあまりやりたくないし、アイコに頼りすぎると回復が間に合わない。専門のタンクが欲しい。
体験したと思うが、クリックにはありえん混戦を経験している優秀なタンクが大勢いる。なんたって二年間ずっと"耐えるだけ"の防衛戦をしてきたんだからな。リンリンでなくとも優秀なタンクは見つかるだろうな」
「リンリンさんは最前線に戻るつもりは無いと仰っていました。もしここで仲間にしなかったとして、今後の障害にはなりませんね」
「いや、グレンの告白が成功したら復帰しちゃわねぇ?」
「それは無い。グレン君はリンリン君を戦力として要求しているのではなく、一人の女性として告白しているそうだ。俺目線でだが、間違いないと思うよ」
ジョージの審美眼を疑うわけ無いだろ。
「それはそれとして、【夜明けの月】の方針についてだ。
俺が独断であれこれ決めちまった。その辺の話がしたい」
突然の《拠点防衛戦》で計画が随分と早まってしまった。数日に一度しかない《拠点防衛戦》なんで焦りすぎた感はある。
「今回の件は便宜上【夜明けの月】として動いたが……別に俺単体でも問題は無い。《ドワーフ王奪還戦》を俺が動いて、他は攻略に進むって事も可能だ。今は最高戦力であるクローバーを迎えているから戦力的にも問題は起きない」
「論外。こんなゴタゴタしてる状況で引き抜けるタンク役いないわよ。逆にきっちり問題を解決すれば英雄よあたし達は。仲間の3人4人すぐ集まると思うわ。
それに【夜明けの月】の名前に箔が付くでしょう? 正式にギルドの行動指針に組み込みましょうよ《ドワーフ王奪還戦》。
……あたし達を舐めすぎよライズ。もう全員第3職になったんだから多少は認めてよね」
「いやはや、途中参加の俺が言うのもなんだけど、毎回毎回何か騒ぎを起こすね【夜明けの月】は。さりとて分業にはなるだろう?」
ジョージがアイコの後ろからひょっこり顔を出す。隠れて見えなかった。
「先の《拠点防衛戦》にて発覚したが、"まりも壱号"はこの寒冷地帯では行動不可だ。新たなペットを確保しないといけない。俺とアイコ君、ドロシー君、メアリー君はいつも通りのレベル上げをするが、ゴースト君とクローバー君とライズ君は現段階でレベル上げをしなくてもいいだろう? この二班に分けるかい?」
「うーん……じゃあクローバーだけ俺に回してくれ。移動手段の"スメラギ"が必要になるかもしれない」
「yes:では私はマスターと共に行動します」
「男二人仲良く行こうぜライズ」
「"スメラギ"を間に挟んでくれ。むさくるしい」
配置は決まった。普段利用していた【飢餓の爪傭兵団】はもう使えないが、クリックには野良の傭兵が山ほどいる。何人か話はしておいたからレベリング班は人数少な目でも10人埋まるのはすぐだろう。
問題といえば──やはりミカンとリンリンだよな。
これは言ってないが……本当は、ミカンを脅してでも二人を仲間にしようと思っていたんだが。なかなか条件が厳しくなったなぁ。
──◇──
「ところでドロシー。リンリンを仲間にしない方がいいってのは、あたしに気遣っての事よね」
「う……そんなこと、ないですよー……」
「あんたは嘘が下手ねぇ。よく"神の奇跡"隠し通せたわね」
「無力な子供を装うのは得意です。実際無力な子供ですし」
「生意気言ってんなよお子様ー」
「撫でないでー……メアリーさんだって子供ですよ、【夜明けの月】のアベレージ的に」
「んなことないわ。ゴーストは1歳児だし、ジョージは肉体8歳くらいじゃない?」
「そこカウントするのズルいです!」
~《アイスライク・サプライズモール》紹介①~
《寄稿:【マツバキングダム】ギルドマスター マツバ》
今回は【第30階層 氷結都市クリック】に建つ冒険者の楽園、《アイスライク・サプライズモール》を紹介させてもらう。
位置はクリック北東端。転移ゲート・クリック王宮・《アイスライク・サプライズモール》を周回する雪ソリタクシーが無料で利用できるので是非ご利用頂きたい。クリックは拠点階層屈指の広さを誇るので移動手段は重要だ。
さて、《アイスライク・サプライズモール》についてだ。
【マツバキングダム】を中心に、複数のギルドによって成立している大型複合商業施設だ。
地面に半分埋まった楕円状になっていて、店舗は内部壁面に沿って展開している。
上は5F、下はB5Fの10フロア構造で、1Fは外部宿泊街と連結している。
各フロアの特徴を説明しよう。
・1F
南から西側にかけて広がる出入口には、アドレ兵拠と外部魔物放牧地の受付が設置されている。クリックに到達する頃に50レベルになった方はここで第3職へ昇格する事をお勧めする。
中央渡り廊下は南西入り口─北東宿泊街へ繋がっており、動く歩道となっている。北東側には色々と受付が集まっているのでまずはこちらを利用して頂きたい。
北東宿泊街には20以上のホテルを設置。ニーズに合わせた数の多さがウリだ。最高級ホテル【コールドスリープ】は《アイスライク・サプライズモール》5Fまで直通のエレベーターがあるので、買い物を楽しみたい方はぜひご利用頂きたい。
・B1F
北東部には外部31階層への転移ゲートと、《拠点防衛戦》統括委員会【かまくら】の受付がある。
ここで《拠点防衛戦》への参加表明を行うと《アイスライク・サプライズモール》全店舗で割引や特典が入るので、兎にも角にもまずは【かまくら】へ行って欲しい。
その他冒険者向けの武器防具屋や道具屋が多くある。道具でおすすめといえばやはり雑貨屋【ゴルタートル】だ。【マッドハット】が【朝露連合】から輸入し販売している"カメヤマ印のポーション"は店頭に並ぶと1時間持たず完売するほどの人気だ。
・B2F
整体・病院・ジムなど。【マツバキングダム】の事務所もあるので、民間クエストの受付と【飢餓の爪傭兵団】参加の相談はこちらにて。
また、《アイスライク・サプライズモール》テナント管理もこちらで行っています。商業進出のご相談も遠慮なく。
・B3F
こちらは冒険者向けの待機所・休憩所。フリースペース・レンタルスペースを多く設置している。
銭湯【雪花見】やお土産コーナーなど、あるいは出店が立ち並び、風呂上りにのんびり一周……といった楽しみ方もまた一興。
・B4F
飲食店舗、そしてクリック名物のメイド喫茶街。ここが一番混雑するので人酔いした場合は上の階で休憩すべし。
20店舗の人気メイド喫茶が犇めく激戦区。人気不動の一位【萌え萌えQ.E.D.】は北階段下りてすぐ。年中長蛇の列。最後尾はB3F方向へ伸びるようにしているのでご留意を。
・B5F
フードコート。最大の飲食スペース。大衆食堂【グラトニーホール】を始めとした有名美味な飲食チェーンが点在。特定の店舗に的を絞るのもいいが、ここでの"通"は食べ歩きだ。右手に中華左手に和食。食べ合わせなんて考慮しない好物欲張りセットで昼間から酒をあおったり……最高だろ?
2F以上は次回。




