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BlueEarth 〜攻略=世界征服〜  作者: まとかな
城下町アドレ/ウィード階層
8/507

8.夜空、三日月は雲に隠れて


【第0階層 城下町アドレ】

雑貨屋【すずらん】

──ライズの仮部屋(【すずらん】倉庫)


本日も無事、それぞれの目標を終えて帰宅。

メアリーは目標通りのレベル上げ、属性適正上げ、そして【決闘】による対人訓練。

ゴーストはメアリーの補佐をしながらサブジョブの昇格準備と、第2階層以降の様子見。

俺はメアリーとゴーストの育成方針に沿ったアイテムの収集。

前線組に目をつけられていない今のうちにできる準備は済ませておきたい。さりとて、今日も夜はお勉強の時間だ。


「今回はウィード階層を攻略するに当たっての話だ」


「今レンが攻略してるんだし、一人でもなんとかなるのよね?」


「そうだ。正直レベルとアイテムと情報さえあれば攻略は難しくない。というか俺とゴーストがいる以上は攻略だけならしばらくは楽勝だ。問題は、いかに効率良くお前を鍛えるかだ」


【Blueearth】の基本的な攻略は以下の通り。

①拠点階層で住民クエストやイベントに参加し経験値を積む

②王国クエストで攻略階層に出入りし、攻略階層に慣らす

③本腰入れて攻略階層へ……


この内、①に当たる拠点階層のクエストを【飢餓の爪傭兵団】が独占、あるいは周囲に睨みを効かせているためにレベル上げがままならないというのが現状だ。

俺達はこれを利用して、②と③を一体化……階層攻略しながらクエストも攻略する事で他の冒険者より早く前線に追い着く、という計画だ。


「で、今やってる通りだが、クエストをこなすなら10人は必要だ。狙いがバレれば協力してくれる連中も少なくなるから身内で固めたい。各階層で冒険者をヘッドハンティングする形になるな」


「まぁ、そうなるわよね。問題は……」


「記憶の件をどうするか、だな」


俺達の目標の前提として、「この世界がゲームで、天知調の世界征服計画の真っ只中にある」という事実が俺達しかわかってないという問題がある。

その前提があった上で、最前線の攻略を止めて、ゲームマスター天知調との交渉権を得る。それが作戦だ。


「あんたに使ったリモコンは残ってるわ。お姉ちゃんは許可してくれるみたいね。多分、無差別に使いまくったら流石に規制されるだろうけど」


記憶を復活させるリモコン。あれ直接頭にぶっ刺すスタイルなのは如何なものか。ともかく、手段は残されているのは助かるが……


「だがなぁ……俺だから良かったが、さっきまで疑問も持たずに生きてきたこの世界がゲームでしたー、ってのは結構ビビる話だ。記憶も混乱するし、それに……」


「思い出したくない子もいるでしょうね。思い出した上であたし達に協力するかって言うとねぇ」


【Blueearth】は、超天才天知調と最大のゲーム会社【TOINDO】の共同開発。公式からの招待枠と一般応募枠を足しても数千人程度しかプレイしていない。

例えば【TOINDO】の社員を引けば、天知調に騙されたような形なので協力は得られると思う。だがあるいは、天知調の思想に賛同するタイプを引けばアウトだ。仲間にはならないし、記憶というこちらのアドバンテージを獲得した冒険者を野に放つ事になる。


「表向きには最前線を目指す階層攻略ギルドってことにして……だが目的が最前線の妨害だからな」


「ウソで行けば、その内疑われるわよね。記憶を取り戻した上で協力してくれるような奴……」


「こっちが弱味を握って従わせる奴隷スタイル、恩を売って従わせる恩返しスタイル、世界征服をちらつかせて一枚噛ませる共謀スタイルってとこか」


「……ねぇ、その共謀スタイルさ、ベルはダメなわけ? 結構アリっぽそうだけど」


「ダメだ」


「即答ね」


……まぁ、これは付き合いの長さ故の理解だが。

既に聞いた事があるからな。


「ベルはもうアドレから出ないし、誰のギルドにも入らない。だとさ」


「何かあったパターンなわけね」


「詳しくは聞かなかったがな。特に理由が無ければ不干渉ってのが俺たちの暗黙の了解なんでね」


「不明瞭な関係ねー。同居してんのに冷たいわ」


「冷たいから置いてもらってるんだよ。ベルは商人として俺達に協力してもらうまでが限度だ」


というか、商人という人種と悪巧みしても出し抜かれる気しかしない。アレは一介のゲームプレイヤーには荷が重すぎる代物だ。3日で乗っ取られるまである。


「んー、例えばアドレだと……モーリンとかは?」


「あいつなら【祝福の花束】から抜けても問題無いだろうな。そもそも来るもの拒まず去る者追わずがあそこの鉄則だ。が、モーリンはダメだ」


「えー、どーして」


「本人も言っているが、ジョブと戦闘スタイルが噛み合って無い。魔法主体の【魔法剣士】は安定こそするが基本【ウィッチ】の下位互換と言わざるを得ない。もちろん追求すれば独自の強さを得るだろうが、お前と役割が被る」


「あー……そうかもしれないけど、48レベルは魅力的じゃない?」


「レベルはそんなに関係ないな。なんせ俺達が本格的に戦うのは最前線に辿り着いてからで、それまでは正攻法で階層を攻略する。お前だってレベルだけならそのうち俺に追いつくぞ。序盤楽するって話なら俺とゴーストで十分だ」


それに、モーリンは現状で満足してるタイプだしな。

わざわざ巻き込むのも悪い。あいつなりの幸せを掴んでいるんだから。


「あー、そっか。他には……アイザックは?」


「……まぁ、もし【蒼天】が解散したりすればアリだな。本人に向上心があって理知的で、多分記憶を思い出させても協力してくれるタイプだ。遠距離物理攻撃の枠も空いてる」


というか、アドレでの本命はアイザックだったんだよ。ここで何とかしてアイザックを落としておきたかったからわざわざレンの育成を提案しに行ったんだよな。

この段階で俺以外の記憶復活組を1人くらい確保して今後の方針の参考にしたかったし、実際昨日まではそうなるように動いていたんだけどな。


「……だが、そのチャンスをさっき逃したところだ」


俺のせいでな。おバカ。俺のバカ。偽善者。ヘタレ。ムッツリ。


「とにかく、アドレの冒険者は戦闘が苦手だったり何かワケありだったりで計画を共にするのは難しい。最低限、自力で階層攻略できる実力が欲しいってワケだ」


「なるほどね……じゃあやっぱりドーランまではこの三人で行かないといけないんだ」


俺のせいで少しだけハードモードにしちゃったのは、口には出さない。メアリーにしこたま煽られる気がするから。

詫びに明日はケーキでも買ってあげよう。ゲーム世界ながら嗜好品の出来が凄い。本当に高いケーキがちゃんと美味しいんだこの世界は。よくわからんがイチゴのショートケーキとかで喜ぶだろメアリーは。


「一つの階層を進むのに大体半日として、ぶっ通しで4日半かかる計算だな。お前のレベルアップを考えると出発はそう遠くない話だ。俺は明日からギルド立ち上げの準備を始める」


「ん、了解。じゃああたしは寝るわー。また明日」


「おう、おやすみ」


睡眠すら、ステータスに影響しない。

だがやはり、ふかふかの布団で眠る心地よさは現実据え置きなのだ。俺も睡眠の心地よさだけは避けられない。

俺のベッドはメアリーとゴーストに取られているが。部屋広くしたのにベッド増設してないからね。

ソファで寝るのも慣れてきたし。別にいいけどね!




──◇──




──雑貨屋【すずらん】


今日も今日とて、帳簿と睨めっこ。

雑貨の売上はイマイチ(皆無)だけど、ウチはあくまで雑貨屋。

商人として、ちゃんと商品の補充は欠かさない。

……我ながら未練がましい。

本気で商売したいなら表通りに出ればいいのに、こんな裏通りで冒険者向けの鍛冶屋をしてて。

そのくせまだ商人としての椅子を残したくて、一般向けに雑貨屋なんか営んでるなんて。


ふと、階段を降りてくる音。上の階には偏屈な男の部屋しかない。最近は更に2人オマケが付いてきたけど。


「……何か用?」


降りてきたのはオマケの片方、私と同じ無表情の美人、ゴースト。


「question:ベルはちゃんと寝ているのですか?」


「寝てるわよ。遅く寝て早く起きるだけ」


「そうですか」


「……で、何の用よ」


この子は見た目に反して素直で……うん、いい子。悪い子ではない。わざわざ階段を降りてまで世間話をしに来る子じゃないと思うのだけど。


「ベルはライズと仲が良く見えます」


「ただの同居人で、ビジネスパートナーってだけよ」


「ですが、アドレで一番心を開いているように見えます」


「アイツが? あたしに?」


「answer:お互いに」


突然ボディブローをぶち込むんじゃないわよ。

多少は。……多少は、そう見えるかもしれないけど。


「……ま、必然的にそうなるわよ。ほぼ他人と関わらない様に生きてるんだから。アイツも私も。

……もう寝るわ。アンタもさっさと寝なさい」


「……母親とはこういった存在なのでしょうか」


「知らないわよ。ほら寝た寝た」


「はい。おやすみなさい、ベル」


言いたい事だけ言って、ゴーストは帰っていった。何なのよ。


──母親、ね。


「……どこかのバカ共は元気にやってるかしら」


遠い遠い、昔の記憶。

アドレを徘徊する変態(ライズ)を横目に、攻略を始めた頃の思い出。

──私の枷。



『女を口説くな。無駄に威嚇すんな。アンタら置いてくわよ』


『あっはっは。ベルがいないと僕達はダメかもしれないね』


『いるから大丈夫だろ。ほら次の作戦を教えろよベル』


『調子乗んな。捨てるわよ』



──捨てられたのは私の方だけどね。


「……アホくさ。元気に決まってるじゃないの」




──◇──




【第1階層ウィード:始まりの平原】


今日も今日とて、地獄の周回作業中。

と言っても流石に慣れてきた。今日はグレッグさんが手伝ってくれている。


「グレッグってどうしてここにいるの?」


「あら突然ねぇ」


【生き血を啜るデモンアクス】を地に刺し、それを背もたれにして腕を組んで休むグレッグさん。めっちゃ渋かっこいい。


「ライズとかモーリンとかも上から降りてきたわけだからそういうことかなって思ってたけど、ライズやモーリンより早くアドレに帰ってたんでしょ? 二人ともアドレに帰ってすぐ【祝福の花束】に入ったって言ってたし」


「なんてこと無いわよぉ。ただ戻ったのが早かっただけ。アタシは最初期の最前線で階層攻略してたのよ。ライズちゃんは同期だったけど動くの遅かったからアタシとは被らなかったわねぇ。モーリンはアタシが【祝福の花束】開いてから攻略始めたのよ」


単純にアドレに戻るのが早かったから、というわけね。

グレッグさんは過去に思いを馳せるように天を仰ぐ。目の彫りが深すぎて目が見えねぇ。


「……当時は今みたいに色々整備されてなかったから苦戦したのよぉ。最前線に遅れを取った冒険者は、やがて後ろに続く冒険者のために力を尽くすことになる。アタシもそうだったってだけよ」


「そうなんだ……ねぇ、グレッグが階層を辞めたのはどこの階層?」


「30階層くらいね」


近っ。

え、だってグレッグさんレベル74だったよね?


「ちょっとお勉強しましょっか。魔物とある程度レベル差が出たら経験値が凄く少なくなるのよ。だから各階層で目安になるレベルがあるの。

アドレは大体20レベルくらいが限度ね。次の第10階層(ドーラン)で35、次の第20階層(ルガンダ)で50、その次の第30階層(クリック)で75ってところかしら。クリックは特別レベルが上がりやすいけど、その次からは大体10ずつ、その内5ずつしか上がらなくなるらしいわ」


「へー……」


意外とレベルのインフレが早い。

ゴーストのレベルを99にしたのはなんとなくその辺りが最高値だと思ってたからなんだけど、これは結構早くゴーストに並んじゃうわね。


「ちなみに、今冒険者の最高レベルは150よ。ライズちゃんが上限解放の手段を発見したから良かったけど、元々の最高レベルは100だったのよぉ?」


「え、ライズが?」


「けっこう凄いのよライズちゃん。アタシは早々に攻略辞めちゃったけど、あの時代に攻略してた冒険者じゃ色んな意味で知らない人はいなかったんだから」


……ライズのウワサは、結構色んな人から聞く。

アドレに布教にきてた【象牙の塔】の人とか、求人募集に【祝福の花束】に顔出しに来る営業マンみたいな前線の人とかがチラホラ話をしてるのを聞き耳立てたことがある。


『第0階層といえば……あの妖怪が降りているとか。底舐めが本当の底に落ちるとはな。大人しくしていればいいのだが』


『ライズ……あの男はグレッグ殿では手に余るやもしれません。グレッグ殿に危害を加えるようならば御連絡を。いつでも無償で買い取ります故……』


『ひひひ……そこのお嬢さん。お身近のライズさんの情報はいかがでして? 今なら格安……あぁ逃げないで自警団呼ばないで! ……撤退!』


なんかライズは自己評価低いけど、ぶっちゃけ監視されてるわよね。グレッグさんもそれ知ってるからこそ【祝福の花束】に囲っているのよね多分。

ライズはこの計画でよく「序盤の警戒されてない内にどうこうする」って言うけど、警戒されてないなんてあるのかしら。


「つまりね、ライズちゃんやゴーストちゃんがいるからって安心できるわけじゃないのよ。レベル150勢に目を付けられたら危険よ。早く追いついてあげて、ライズちゃんを支えてあげてね?

ライズちゃん、あれでいて抜けてるところあるからねぇ」


「……うん、わかった」


計画の発案もライズだし、準備も指示もライズがしてくれてるけど。

甘えてばかりじゃいられない。気を引き締めて……また地獄の周回作業に戻るのでした。




──◇──





──その夜

【第0階層 城下町アドレ】

雑貨屋【すずらん】

──ライズの仮部屋(【すずらん】倉庫)


「今日はそれぞれの育成方針と陣形の話だ」


元俺のベッドで並んで話を聞くゴーストとメアリー。かわいい。


「俺は【スイッチヒッター】……全ての武器を使い分ける事で前衛でタンクとアタッカーを担う。特に今のメンバーではタンクがいないから、しばらくはこの形だな。

他にタンク役がいたり、ゴーストでも受け切れる程度の相手なら中衛まで引いて前衛と後衛をサポートする。俺の本来の適正は中衛だからな」


「本来は前衛カウントしないで、中衛から戦況を俯瞰して弱い点を補強するのがいいのね?」


三人ギルドの時の陣営だ。特に予想外の敵が背後から奇襲した場合に強い。


「まぁ何でもできると思え。但し魔法攻撃はできないが。育成方針は現状維持だな。俺の方針は……」


・武器の性能で能力値を底上げするため、武器の強化あるいはより強い武器を手早く入手したい。ので、手に入れたアイテムは基本俺を通してほしい。

・アイテム鑑定もできるので、魔導書とかも一度回してほしい。そのうち呪いのアイテムとか出てくるから鑑定は必須になってくるし。

・仲間を選べる状況なら前衛のタンクが欲しい。だが基本的には何でもできるので、あくまで願望程度。


「前衛のタンク不足が今の欠点ってことね。わかったわ」


「強い前衛といえば……第30階層(クリック)に良質な前衛の傭兵がいるらしい。グレッグもあそこで伝説になったが、とにかく前衛が必要な階層なんだよ。確保するならそこだな」


レベル1から始めたメアリーを引き連れる以上、道中でスカウトする冒険者にはそこまでレベルには頓着しない。

それより信頼できるかの方が重要だ。数を見るなら【飢餓の爪傭兵団】を雇うのも考えている。


「次は……ゴーストだな」


「Yes:私は【リベンジャー】……双剣による接近戦と、中距離まで届く魔法攻撃【リベンジブラスト】が可能です」


「完全に物理に特化する【リベンジャー】は多く、【リベンジブラスト】を選ばない冒険者は多い。俺もその方が良いと思ってたが、サブジョブに【ヒーラー】を選んだなら話が変わってくる」


サブジョブによる補正はステータスにも影響する。その影響は元のステータスが低いもの程大きくなる。物理特化の【リベンジャー】に【ヒーラー】の魔法攻撃力補正はかなり強く影響していた。


「【リベンジャー】は本来前衛固定のアタッカーだ。が、機動力を活かして中衛に下がり【ヒーラー】として回復や補助に回る事もできる2面体制でいく。現状は俺と交代して前衛と中衛を行き来するスタイルだな。

序盤は前線でHPを調整しながら火力で押して、中盤は中衛に引いて支援。終盤はまた前衛に戻って大暴れってとこだな。複雑な陣営移動は避けるべきだが、俺がいるから大丈夫だ」


・【リベンジャー】として前衛、【ヒーラー】として中衛を行き来するスタイルだが、メンバーが増えるまで本領発揮は控える

・HP管理の兼ね合いで事故死が多発する。自動蘇生アイテムの確保と、仲間も蘇生アイテムの携帯が必須。

・総じて戦況をかき乱すトリックスター要因。一気に押して早期撃破が基本の【リベンジャー】特有のタゲ集中も逆手に取り、実質的なヘイト役も担う事になる。


「で、メアリーな。完全後衛。ここまでの俺たちが位置をウロウロしてたからアレだが、普通は一箇所に陣取るのが基本だ」


「そりゃそうね」


「で、後衛で攻撃魔法を乱射するだけ。ちゃんと属性は絞ってるな?」


「アンタに言われた通り、闇属性と氷属性の2種類に絞ったわよ。覚えた魔法はこんな感じね……」


・氷属性

【アイスショット】

【フリーズ】

【アイススパイク】

・闇属性

【ドレイン】

【メンタルブレイク】

【ガードブレイク】


お、結構覚えたな。

魔術書があれば魔法スキルは使えるが、習得するためには熟練度を鍛えないといけないんだが。物覚えがいいな。

……天才ハッカーだったっけそういえば。地頭が良いんだな。


「で、何で属性絞るの? 色んな属性使えた方がよくない?」


「まず属性ってだけなら魔法じゃなくても武器やスキルで使い分けられる。魔法攻撃ならゴーストの【リベンジブラスト】が無属性で使いやすいから、無理して全属性をメアリーが使う必要はないって事だ。

後は将来的な話になるが……なんやかんやで今全属性を網羅するより、特化した方が得するんだよ。それより重要なのは闇属性だ。なぜなら……」


「対人戦の【マジシャン】ミラーマッチになった時、相手の魔法防御力を下げる【メンタルブレイク】があるから?」


「……正解」


こいつ賢い。でもいつもみたいにドヤ顔でふふーん顔しないで当たり前みたいに言われると普段よりムカつくな。


「で、レベル20になったから第2職昇格だな。攻撃魔法特化の【ウィッチ】でいいんだったよな?」


「そうね。【魔法剣士】は今の布陣に求められてないし無理だし、【ウィッチ】か【エンチャンター】かってのは攻撃か支援かって話よね。【決闘】の可能性を考慮すると攻撃の方が良いと思ったわ」


「よろしい。じゃ、明日は転職。それとレベリングな。レベル25になったらギルド設立、そんで出発だ」


「いよいよね」


「ああ、いよいよだ。俺の見立てじゃ三日後だな。よし、今日はお開き」


「ん。ゴースト、寝るわよ」


「answer:了解。装備を【もこもこ羊さんパジャマ】に変更します」


「いつ買ったのよそれ」


慣れた流れで眠る準備をする二人。

……刻一刻と、旅立ちの日が近付く。


「……ちょっと散歩してくる。先に寝とけ」


窓の外に見えた三日月がふと気になって、外に出る。




──◇──




三日月に照らされて、夜の街を歩く。

あと数日で、俺は階層攻略を再開する事になる。

1年間逃げていた階層攻略に。


ゲームマスターにお願いされて始まった。

準備も何もかも、ノリノリで進めた。

同時に思っていた事がある。


──なんだ。結構簡単に復帰するんじゃん。


【決闘】に負けて、【三日月】を解散して、デュークに目を付けられて、アドレまで逃げ帰って。

グレッグに拾われて【祝福の花束】に連名して、ベルの【すずらん】に転がり込んで。

ただひたすら、攻略から逃げて落ちていたのに。

復帰するのはアッサリだった。


──都合のいい言い訳が欲しかっただけじゃないのか?


「うるせぇな……」


「あっ、ご、ごめんなさい」


……うん?

隣を見ると、見覚えのある天才。

天知調が半泣きで立っていた。


「調さん!? え、なんでここに」


「その、私は一応どこにでも出られますので……」


「いや、そうじゃなくて。あー、俺に何か用でも?」


独り言が勘違いして捉えられたかもしれん。

そうでなくとも夜の往来で美女を泣かせたとあれば風評が怖い。

そしてなによりこの人はゲームマスターにして巨悪のラスボス。機嫌を損ねたらマズイ。背筋が凍る!


「えっと……真理恵ちゃんと仲良くしてくれて、ありがとうございます。何か足りない物とか、ありますか?」


「あなたから貰ったらチートと同意義なんで……」


「あ、はい、そうですね……」


……会話が途切れる。

そもそも何となしの散歩なんだから、行き先などなく。

調さんも俺に着いてくるだけだ。このままじゃ街から出てしまう。


「……あー、聞きたいんですが」


「はい?」


「やっぱり俺にはあなたが世界征服を企てるような人には見えないんですが」


それ自体は本心。その発明が悪用される事こそあれ、天才天知調の発明は常に平和の為だった。

……あるいは、この世界征服こそが平和に繋がるとあれば納得はできるが。それを「世界征服」と称して悪役気取るような人じゃないと思うんだよなぁ。


「ふふ、私も思ってもいませんでした」


かわいい。

はにかむ調さんかわいい。

褒められ慣れてないハズがないのに慣れてなさそうなのかわいい。


「……メアリーのためですかね? あなたの目的を阻止せんとするメアリーを放置する理由が無い」


「あぅ……やはり説明無しに保護者代わりをしてもらっている手前……教えるが道理ですかね。

わかりました。ここまで教えるつもりは無かったのですが、少しだけ教えてあげます。

まず、世界征服の理由ですが……私が【New World】の全権を支配して、全世界の機密データを後ろ盾に世界征服して全人類電脳化を円滑に進めるのが目的です」


さらっと言ってますけども。

全人類電脳化自体は、30年後決行が国連により発表され、全世界全国が合意した案件だ。まぁ色々利権とか絡む話だし、天知調が主体で進めるのであればそれほどの時間は要らないという判断か。


「いつだって私の発明には命の危機と隣り合わせでした。発明の危険ではなく、私の危険です。

既に私という存在を野放しにするだけで世界には有益でも諸国には害毒となっているようです。過ぎたる個の力ほど恐ろしいものはないですからね。

私と家族……真理恵ちゃんは早い段階で日本国籍を捨て、独立国家扱いで国連と連盟し、圧縮空間で外界との接触を可能な限り絶ってきました。

安全のためです。外を出歩けば暗殺ならまだしも、乱暴な国から兵器が()()されかねないので。

なので私は最初に電脳世界計画を発案したのです。それを効率よく進行する為に、世界に有益な発明を小出しして、諸国を釣りながら【New Word】を作らせたのです」


……言葉もない。想像を絶する話だ。

その叡智はいつだって、家族を守るために使われていたのか。


「とはいえ【New World】の原型も私の発明なので、【Blueearth】による乗っ取りも出来レースなんです。……今は、私の知能によって生まれてしまったバグとの格闘の方が主流ですね。

とにかく、世界征服というのは私の本懐とも言える……最終計画です。これで私と私の家族は誰にも矛を向けられる事なく、海底のスキマに隠れる必要もなく……一般人と同様に、安心して眠る事ができるんです」


悲しい話だが、調さんの目には感情が映っていないように見えた。

全てを見透かす叡智は、悲しみさえシュミレートできてしまうのか。現状の悲しみは、どれくらい過去に予測できて処理してしまったのだろうか。


「真理恵ちゃんは近いうちに【Blueearth】に呼ぶつもりでした。でも、まさか自力でハッキングして突入してくるなんて思わなかった。あの子、発明より理解が強いと言うか……誰かが歩んだ道であれば最適化して最速で歩けるタイプです。ハッキングも、多分わたしのデスクの【Blueearth】発明書を流し読みしてできたんだと思います。別ベクトルで天才なんですよ真理恵ちゃんは」


「惚気では?」


「うふふふふ。のろけちゃってます。真理恵ちゃんかわいいので」


凄い楽しそうだが。

つまりは世界征服は既定路線。安全な世界を自ら作り出すためのもので。

……無理してラスボスエミュしてるのは、大好きな妹と遊びたいだけだな。


「……安心した。懸念してたような事はしない人だな、あなたは」


「懸念ですか? あぁ、無理矢理デリートしたり、交渉のテーブルをひっくり返したりはしませんよ。真理恵ちゃんもライズさんも等しく私の【Blueearth】の庇護下にあります。ちゃんとゲームマスターとして公平に取り組みますよ」


さらっとこっちの最終目標を看破された。

兎角、口約束ではあるが……最低限の安全は確保できた訳だ。


「あと一つ聞いていいですか?」


「はい?」


「何故俺に声を?」


「………………少しだけ、妬いちゃったので。真理恵ちゃんと一緒にいる貴方に」


……公平に務める方でよかった。

場合によっては嫉妬の炎でBANされる可能性すらあったろ。

〜【マジシャン】とその上位ジョブについて〜

《寄稿:【象牙の塔】ブックカバー》


諸君、ご機嫌麗しゅう。

気高く高名たる叡智の集光【象牙の塔】がサブマスター。吾輩こそがブックカバーである。

ブックカバーは名前である。何か問題でも?


本稿は至高にして絶対たるジョブ【マジシャン】についての基本的な説明を記したものである。

より詳細に聞きたいという有望たる者は是非【象牙の塔】へ。説明会も実施しているのである。


まず最初に。とても重要な事を説明する。

それは、マジシャン全てが全属性の魔法を使い熟せる訳では無い、という事である。

無論、魔導書を使用すればどの属性の魔法も使う事ができるというのは正しい。しかし属性適正は個人によるものである。突貫の魔法なぞアテにはならぬ。

確かに黎明期は未知の魔物に有効な属性を見極めるために全属性所持の【マジシャン】は重宝したが、現代においては専門属性を伸ばしたエキスパートタイプの【マジシャン】が主流である。サブジョブもあるが故、一つのジョブで全属性を担う事の価値は薄れておる。

……が! それでも全属性を使い熟したいという熱血愚昧なる諸氏は! 是非【マジシャン】をメインジョブとする事を強くお勧めするのである!

理由は後述する。兎角、まずは第2職について説明しよう。



《【マジシャン】第2職》

・【ウィッチ/ウィザード】

正統にして王道。攻撃魔法を使う後衛職である。メインとするのであれば遠距離戦闘を覚悟しなくてはならないが、決してメインで使えないジョブではない事は吾輩が保証しよう。

ソロで攻略するのであれば最もサブジョブに向いていると言えよう。

前述しているが、習得するならば属性は絞った方がいい。序盤で適正を稼ぎやすいのは風・地属性なので、そこに通りの良い光か闇を足した3属性を特化させる形が最も堅実である。


・【魔法剣士】

剣を取り近接戦闘が可能になったジョブである。メインジョブには向いており、ソロ攻略における適正は高い。一転してサブジョブ適正は皆無である。メインが近接戦闘ジョブならサブジョブを【ウィッチ/ウィザード】にするだけで実質【魔法剣士】である。

だが、器用貧乏と言うつもりはない。特に近接戦で魔法を放つ事が出来るのはこの系列にのみ許された戦法である。しっかりと立ち回りを考えれば優秀なジョブなのだ。

つまりは玄人向けとも言える。サブジョブが存在する現代においてこれを選ぶべきかは熟考の余地があるな。


・《エンチャンター》

バフやデバフを使う補助特化ジョブである。ギルドやパーティに属しているのなら悪くない選択肢であるが、単体での攻略は厳しくなる点は考慮せねばならん。

ヒーラー系列のサブジョブとして選ぶと非常に強いシナジーを形成する。向こうはバフの本場と言えるので相性が良いのだ。



《【マジシャン】第3職》

・【大賢者】

【ウィッチ/ウィザード】から昇格した天に見初められし史上のジョブである!!!

特に関係は無いが、【象牙の塔】において吾輩が代表として研究しているジョブである。

このジョブの真髄こそは昇格時に獲得せし至高のスキル【魔術の真髄】である!

その効果即ち「魔法使用時のみ属性適正の統一」である。つまり全ての属性魔法を、自身の最高値で放つ事が可能!

全属性の魔法を使う事ができる唯一のジョブなのである!

……唯一では、ないのである。

誠に遺憾だが。【魔術の真髄】を得られるジョブはもう一つあったのである。

後述する。誠に不服だが。


・【エリアルーラー】

【ウィッチ/ウィザード】から昇格する二つ目のジョブである。かなり特殊なジョブで、【象牙の塔】でも未だ研究中である。即ち、空間を支配するジョブ。

空間の入れ替えによるワープを可能とし、空間魔法という6属性に囚われない魔法が使用可能になる。

一見強いジョブに見えるが、これがまぁクセの強いジョブで……ハッキリ言って実用的とは言い難い。

だが現在、このジョブの者がトップランカーにいる事も事実である。使いこなせば爆発力のあるジョブと言えよう。


・【ロストスペル】

【ウィッチ/ウィザード】より昇格。

……遺憾ながら、【大賢者】同様のスキル【魔術の真髄】を得られる第2のジョブである。

超広範囲にして大規模の専用魔法を下品に撒き散らす下劣なジョブである。品がない!

……大変不服ながら、現在では世界最強の【マジシャン】にして【象牙の塔】最強の冒険者も、このジョブである。

しかし! 理想に目が眩む諸氏よ! このジョブはそう簡単なものではないのである!

まず昇格条件が厳しく、そして昇格後も専用魔法の習得に苦労するという二重苦のジョブなのだ!

実際、そもそもこのジョブになれた者自体が少ない。【象牙の塔】でも一桁程度の人数しかおらなんだ。

故に! 皆は! 【大賢者】にしよう!

吾輩が手厚くサポートするのである!


・【マジックブレイド】

【魔法剣士】より昇格したジョブである。

正統進化である。特徴としては魔力の剣を生成できるようになり、武器を用意する必要が無くなった。

……まぁ、武器はちゃんと高性能なものを購入した方がいいので、基本的には強くなった【魔法剣士】である。

使い勝手が変わらないのも利点の一つではあるな。


・【呪術師】

【エンチャンター】から昇格したジョブである。

特にデバフに特化している他、特殊なデバフ【呪い】を扱う事ができるようになる。

呪いのアイテムを解呪できるのはヒーラー系の上位職とコレだけである為、前線ではそういった面で役立つ事もあるな。

ただ、【呪い】はかなり扱いが危険なもので、間違えて呪われる【呪術師】も少なくない。覚悟が必要なジョブである。


・【ジオマスター】

【エンチャンター】より昇格する、超難解なジョブである。近年発見された希少ジョブである。

万物に宿る属性を調整し、【純無属性】と呼ばれる状態に調整して敵からの攻撃を無効化する……らしい。

【象牙の塔】にて吾輩に並ぶ「三賢人」が一人が研究しているジョブだが、今の所成果は無い。

奴の事であるから近いうちに革新的な使い方を見出すであろうが、現時点では評価自体ができぬ。


本稿で紹介したもの以外にもジョブは存在する。ほかのジョブについて知りたい諸氏は是非【象牙の塔】の門を叩いて欲しい。

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