79.ページが破れた分厚い本
《アイスライク・サプライズモール》
1F 宿泊区画──最高級ホテル《コールドスリープ》
──【夜明けの月】の部屋
「たでーまぁー」
「遅いわよライズ。これで全員ね」
随分とへろへろで帰ってきたライズ。実際は結構みんな同着ではあるけど。そろそろツッコミ入れたいところね。
「んじゃあ聞くけど。ゴースト組はなんで全員メイド服なのよ」
クリックに到着するや否や誘拐されたゴースト、それを追ったドロシーとジョージまでメイド服なのは何故なのか。
ドロシーは普段のゴスロリ女装とあまり変わらないのに恥ずかしそうなのはなぜなのか。ジョージはなんで堂々としているのか。
「answer:クリック到着と同時にメイドレ族数名からメイド喫茶【萌え萌えQ.E.D.】のヘルプを頼まれました。特殊イベントであると判断し、ドロシーとジョージと共に参加しました」
「恐らく未知のイベントだが、ライズ君たちは別件があったろう。未知のエリアで他人に囲まれている以上、人員をある程度分散し遊撃部隊は必要と判断した」
「なぜか僕たちも巻き込まれてメイド服で接客させられました……。
クエストは本題に入る前に失敗扱いです。【萌え萌えQ.E.D.】が一時的に封鎖されてしまいましたので」
「えっ」
「わかったわ。特に情報無しね」
ライズがこの世の終わりみたいな顔してるけど無視して進行するわよ。
遊撃部隊といえば、そんなこと言ってた奴がいたわね。
「クローバーは?」
「すごく遊んだ。たのしかったです」
「よかったわね」
「いや、ちゃんと調査もしたぞ。《拠点防衛戦》の勇士レッドキャップ君と友達になった。レベリングで最低3人は頭数がいるだろ?」
……ゲームに巻き込んだ挙句、無理やり約束を取り付けたともとれるけど。
まあクローバーなりに考えての行動なら評価しないとね。
「……助かるわ。えらい。
次はあたしとアイコね。【マッドハット】のクリック支店長スズ=シロナと会ったわ。ここから先ずっと、商業は【マッドハット】管轄なのよね? 特段波風立てないようにしたけど」
「普通に"ショッピング楽しかった"でいいんだぞ。今日はそこまで構える必要はないし」
「うるさいわね。アンタはどうせメイド喫茶にでも行ってたんでしょ。趣味に文句は言わないけどさ、ほどほどにしなさいよ」
「いや、今日は【草の根】に顔出して情報収集してきた。その辺話したいが、全員時間あるか?」
……何……だと。
あたしだけではない。全員、ライズがメイド喫茶に行っていると信じて疑っていないみたい。
「風邪か? ライズ」
「酷いな。ってかドロシーならわかるだろ」
「いえ、心を読んだ上でびっくりしています」
「ライズさん偉い偉い」
「撫でるなアイコ。そんなにおかしいか?」
うーん控えめに言って天変地異。
でも、言われてみれば《拠点防衛戦》の解決だなんて、探索捜索の本舞台。こっちの方がわくわくしてたのかもしれないわね。
「じゃあまずはおさらいな。
第30階層での《拠点防衛戦》は単純な構成だ。【第31階層フリーズ:永遠雪原】に大量に出現する魔物がクリックに向かって突撃してくるから、時間いっぱい耐え凌ぐってやつだ。
周期は完全不定期。およそ一週間に1~2回くらいの超ハイペースだ。普通は一か月に一度あるかどうかってところだから異常だ。
大体3時間程度で終わる超短期決戦である事から、クリックの《拠点防衛戦》はそういうものだと思われていたが……天地調の依頼によって、ここの《拠点防衛戦》は常に失敗し続けていた事が判明した」
そもそも《拠点防衛戦》がどうやって発生するのか。
第0階層では嵐の夜に、明け方まで発生。およそ一か月に一度くらい。
第10階層は発生条件まではわからないけど、迫害種族側が決起一週間前には教えてくれる。ドーラン地上【土落】から始まり、迫害種族が撤退宣言するまで続く。
第20階層では《ケイヴワーム》の討伐数に依存。レイドボスの《ミドガルズオルム》の位置自体がどんどん近づいて、21階層まで来たら《拠点防衛戦》開始になるらしい。
これらと比べると第30階層は、発生原因は不明。期間は3時間程度。そして、失敗し続けている。
「例えばルガンダでミドガルズオルムに襲われて、撃退に失敗したみたいな感じかしら。ミドガルズオルム自身はまだ21階層に居座ってるから、また時間を空けずして襲撃されている……みたいな」
「ほーん。つまりは《拠点防衛戦》発生条件は満たしていて、本来はこの3時間の内に何かをしなくちゃならないと。それが誰もできないから失敗し続けているわけだ。
クリックは《拠点防衛戦》が最も有名な場所だぜ。そりゃあもう凄い数の先人が……それこそライズさえ経験してる。見逃しなんてあるのかねぇ」
クローバーの意見もごもっとも。
曰く、クリックの《拠点防衛戦》は黎明期から変わっていないという。当時のライズも見逃したって事よね。
「そこは天地調の言うように、バグが関わっているんだろうな。思えば黎明期から異常だった。本来想定していた発生条件がバグって達成されているんだろう。3時間しかない《拠点防衛戦》なんじゃなくて、条件未達成だから3時間で終わってしまった、というのが正しいな」
「ふむ。その条件を探る必要があるんだね?」
「幸い、ここはセカンドランカーやら元トップランカーがごろごろいる魔境だ。討伐系の難易度は低い。
故に改めて【夜明けの月】の目標を定めるぞ」
──────
・《拠点防衛戦》の解決
・リンリンの勧誘
・グレンの恋愛問題の解決
・いつものレベリング
・第2職の解放
──────
「こんなもんだな。グレンの件はミカンから頼まれたってのもあるし……ちゃんと解決しないと後々面倒になりかねない」
律儀にそんな……なんて思ったけど、あの感じで見るとリンリンはかなりミカンに依存してるっぽいし。諸々解決しないといけなさそうね。
「……そういえば、【象牙の塔】も本店はここにある。メアリーは一度は顔出すようにブックカバーに言われたろ?」
「そうね。【エリアルーラー】の資料を頂くためにちょっと寄ってくわ」
現在セカンドランカーとして攻略中の【象牙の塔】はいないけど、マジシャン系列の知識の宝物庫。是非とも顔出ししたいと思っていたのよね。
「ついにサブジョブですね。とはいえ定番の【鍛冶師】も【ライダー】も既にいますけれど……」
「ギルドで活動する場合はサブジョブに今言ったものを誰かが担当するのが定番だが、【鍛冶師】と【ビーストテイマー】がいるからな。気兼ねなく好きなサブジョブを付けてくれ」
「ちなみに"最強"な俺のサブジョブは【エンチャンター】。通常攻撃の火力補助のためのバフデバフ目的な」
サブジョブ。もう一つのジョブ。あたしもちゃんと考えないとね。
「明日はまだ準備だ。メアリーは【象牙の塔】本店に行って【エリアルーラー】の情報を受け取ってくれ」
「そういえばここに本拠地があるって言ってたわね。了解」
……少しだけ、少しだけ忘れてたわ。
「クローバー。メアリーの護衛頼んでいいか? サブジョブがマジシャン系ならいい情報が手に入ると思うんだが」
「おっけ。ギルドマスターの護衛役、しかと務めさせていただくぜ」
「エスコートよろしくね」
……珍しい組み合わせになったわね。クローバーは結構しっかりしてるから問題ないけど。
「俺は引き続き《拠点防衛戦》の情報収集。攻略階層に出たら足が必要になりからジョージが欲しい」
「相わかった。……"まりも壱号"は雪の大地でも動けるのかな」
「question:ライズ。私は何をしましょうか」
「今日のクエストの続きを試してくれ。腐っても未発見クエストだ。報酬が何か興味ある」
「consents:指示を受理。……ドロシーは一緒に行きますか?」
「うあー、流石にご勘弁を。僕は"神の奇跡"の仕込みと、尾行してる人を"理解"してみます。上手くいけば包囲網まで把握できるかも……」
「では私はドロシーちゃんに付きますね。久しぶりに一緒ですねー」
……人数はいるけど、単独行動はしない。
一応ここは【マツバキングダム】……【飢餓の爪傭兵団】の領地。敵対してるっちゃしてるし、注意するに越した事はない。
……それに、あたしとアイコだけしか思ってない事だけど。
ドロシーとリンリンを合わせちゃいけないと思うから。誘導お願いねアイコ。
──◇──
──翌朝。
ライズからの指示でちょっと早めにホテルを出て、あたしとクローバーはモール内を歩いていた。
「しかし【象牙の塔】かぁ。俺いると面倒な事になると思うんだよなぁ」
「どうして?」
「んー……あんま口外する事じゃないな。ちゃんと【象牙の塔】着いたら説明するわ」
一応ね一応、と2丁拳銃をいつでも抜けるように歩くクローバー。拠点階層で警戒態勢敷いてるのは相当よね。
──◇──
《アイスライク・サプライズモール》
4F 書店【象牙の塔】
……書店というか、大図書館。
4F丸々1フロアと5Fのギルドスペースをぶち抜いて作られた、本の世界。
ギルドとしての【象牙の塔】の受付を探していると……。
「おぉ〜い。メアリーちゃーん」
「ルミナスさん! 久しぶり!」
声を掛けてくれたのは、かつて【第0階層 アドレ城下町】でライズとブックカバーさんが決闘した時に世話になったルミナスさん。
本来はブックカバーさんの部下で、セカンド階層をバリバリに攻略してるハズなんだけれど……?
「ブックカバーさんから指令を受けたの。今【象牙の塔】は【月面飛行】と揉めててね〜。ちょっと暇だったのよ〜」
出会い頭にハグされて動けない。この人抱きつき癖があるんだった。
あたしを抱きしめたままルミナスさんはクローバーに気付き──少し嫌な顔をした。
「……貴方がクローバーさんですか〜。初めまして〜」
「初めましてとは思えない表情だな。嫌な事あったら言った方がスッキリするぜ?」
「んん〜……クローバーさんは悪くないのですよ〜。これは私が悪いですね。礼を欠きました。申し訳ありません」
クローバーに嫌な顔をしたけど、クローバー自身を嫌っているわけじゃなさそう。ドロシーじゃないから心なんて読めないけど。
「えっとですね〜、クローバーさんは〜──」
「──へいへいちょい待ちルミナスちゃん。誰に聞かれるともわからねーじゃん?」
ルミナスさんの言葉を遮ったのは──書店に似つかわしく無い、長槍を担いだ細身のスキンヘッド。紫の魔法衣を纏った……なんか変な人。
「──アザリさん! 申し訳ございません」
「んーんー。そうじゃないじゃんよ。とりあえず俺の研究所おいで。他人に聞かせるわけにもいかんでしょーよ」
──◇──
《関係者以外立入禁止》の先、バックヤードの更に先。
外の森林に繋がる非常出口近くに、その研究所はあった。
ノートにペンを走らせるように、恐らく槍で刻んだ文字の数々は壁に刻まれている。
平積みになった本の山は、几帳面なのかそうでないのかズレ一つなく真っ直ぐ積み立てられていて。
「──改めまして。ようこそ【象牙の塔】魔法研究フロア最奥! 三賢者が一柱アザリ様の【ジオマスター】研究教室へ!」
三賢者。
【象牙の塔】が抱える3人の、マジシャン系第3職を極めた賢人。全員がそのジョブ最強の称号を抱えているらしい。
1人は【ロストスペル】の人で、全マジシャン系列ひっくるめての"最強"らしい。
1人は【大賢者】のブックカバーさん。その強さも凄さも事あるごとに見てきた。
そして最後が、【ジオマスター】の賢者。ブックカバーさんから聞いたけど、想像より……魔法使いの見た目じゃないわね。
「先ずは俺っちより優先すべきはブックカバーの要件だぁな。ルミナスちゃん」
「はい。メアリーちゃん、これが【象牙の塔】が記録してる【エリアルーラー】の研究資料よ〜」
「はい。ありがとう」
ブックカバーさんから約束してもらっていたとはいえ、こう簡単に手に入ると少し拍子抜けね。
それで、ルミナスさんが今も少し複雑そうな表情をしているのは?
「──まぁルミナスちゃんの考える事もわかるぜぃ。だって【エリアルーラー】の事ならクローバーに聞けばいいじゃんよ」
「……え?」
「俺っちの研究室には俺が許可した奴しか入れない。聞き耳も無し。そして俺っちとルミナスちゃんは個人的付き合いでその事は知ってるぜぃ。言えよクローバー」
クローバーはアザリさんの言葉を信じてはいないみたい。まだ銃を抜ける姿勢のままだし。
仕方ないのでクローバーの手にあたしの手を乗せる。つまり、言いなさいって事よ。
クローバーは小さくため息一つ。でも笑ってあたしの頭を撫でる。
「──【至高帝国】の一員、ダイヤは……元【象牙の塔】で、"最強"の【エリアルーラー】だ。
【象牙の塔】に資料が無いのはダイヤが持ち逃げしたからだよ」
~【満月】回遊記:ルガンダ編2「狂気の鍛冶師」~
《記録:【満月】記録員パンナコッタ》
前回のあらすじ。
ルガンダでの鍛冶商業権利を得るため【金の斧】ナメロー氏に直接交渉した【満月】。
辛くも鍛冶権は確保したが、条件としてアゲハという団員を探す事になった。
「残念だったっスね社長。でも命があっただけマシっスよ!」
第一回の交渉は……商人ではない私の目には、敗北に映った。
【朝露連合】の商業の目玉となる強化武器。その土台作りとして必要な"ルガンダ製"のブランドの確保。
叶うならばルガンダの鍛冶ギルド【架け橋】の吸収、あるいは技術の入手。
最良は【金の斧】との技術提携、あるいは合併吸収。しかし。
最後に残されたのは、隔離された鍛冶場による鍛冶のみの作業許可。
一度ルガンダから外に出さないと商売できない制約により"ルガンダ製"のブランドも機能しない。
隔離されているので【架け橋】はおろかドワーフの技術も手に入らない。
結果残ったのは、ちょっと広くて使いにくい鍛冶場。しかも建設費の半分近くを負担しなくてはならない。
惨敗では無いかもしれないが、敗北ではあるだろう。
コミュニケーション能力が絶望的な卑屈陰湿なベル社長だが、長らくルガンダの商業を支配しているナメロー氏には敵わなかった。
そんな中堂々と地雷を踏み抜きに行くベルに感心する。墓は立ててあげるわ。
「何言ってんの。考えうる限り最良の成果よ」
強がり。とは思えない。
普段通り。ナメロー氏に威圧されていた時のように、フォレスト階層を攻略していた時のように。
見た目の愛らしさからは考えられない冷徹で残酷な無表情。
「最良っていうと、【金の斧】を吸収する事じゃないのかい?」
「まだ出始めの私達と手を組むわけないでしょ。出来ない事は選択肢に入れちゃダメよ。
私の狙いは、ただひたすらに鍛冶ができる環境を作る事よ。それにはルガンダが一番手っ取り早いってだけ。
ルガンダは鍛冶大国よ。材料も燃料も破格の超格安。商業不可の制約も、小賢しい馬鹿の小遣い稼ぎの抑制になるわ。
元より品質も知名度も【架け橋】に劣っている段階で下手なもの売れないわよ」
目的はただ良質な【鍛冶師】を育成するだけという事なのか。
……サティス氏の狂気の産物【瑜伽振鈴+88】、ライズの異常性を世界に知らしめた【朧朔夜+128】。
ベル社長やライズがひたすらに鍛冶した結果生み出された武器だが、二人とも【鍛冶師】。第3職に昇格はしていない(ライズはサブジョブなので当然だが)。
つまり、強化成功率はレベルではなく鍛冶の回数。ひたすらに鍛冶さえすれば優秀な【鍛冶師】はできるという事、だが。
「いるんですか。売る事もせず、ひたすらに鍛冶をするような奇特な人が」
ライズや社長のような狂気を皆が皆もっているわけがない。それに二人は武器を強化する目的ありきで鍛冶をしていただろうが、ここでの該当者はそれもできない。
そんな変人いるのか。と思っていたが、ベル社長は指を振って一言。
「元【鶴亀連合】幹部、鍛冶屋【珊瑚商】GM ハゼ。あの変態なら条件を満たすわ」
……かつて【朝露連合】と敵対し、敗れ、現在はベル社長の雑貨屋【すずらん】に吸収されたギルド【珊瑚商】。
その構造は異端。たった一人の【鍛冶師】が生み出した武器を、他の従業員が販売するという歪極まりないワンマン商会。
そんな歪極まりない態勢で、ハゼは【鶴亀連合】の幹部にまで登りつめた。
「あいつ、元は【架け橋】だったらしいし。一人で静かに鍛冶できるって聞けば泣いて喜ぶわよ。早速連絡しましょう」
いやいやそんな馬鹿な。大商会【鶴亀連合】の幹部がそんな。
そう思っていたのだが。
『誰とも喋らなくていいのか! 売るとか買うとか考えなくていいのか!
ぜひやらせてくれ! 一生ついていくぞベル社長!』
うそやん。
感激のあまり涙まで流しているぞこの人間ドワーフ。
「誰とも関わらずひたすら狂ったように鍛冶しろ」って言われてるんだが。
考え方によっては拷問の部類なのだが。
「ほらね。あとはアゲハって子を探すだけよ。パンナコッタ。何か情報ある?」
唖然としていたが、私はこれでも元【井戸端報道】。情報は【金の斧】を出た段階で収集していた。
「アゲハ。【金の斧】に在籍している【ビーストテイマー】ですね。愛称は盛り上げ隊長。
前向きで明るく、それでいて思慮深く計算高いハイスペックさで人気は高い様子。
しかし先日の《岩窟大掃除》にてPK専門の闇ギルド【暗夜鎌鼬】の旧メンバーである事が判明。
当時の名前は"ドクガ"。周辺の魔物を利用したPK行為の発案者で、【アルカトラズ】投獄1年の前科持ちです」
割と有名人だ。【井戸端報道】の取材にも前向きに対応して頂いたので社内での評判もいい。かわいいし。
「ふんふん。そういう事ね。
じゃあ罠張って待ち伏せね」
なぜそうなるのか。
基本的に外道なのは何とかならないんですか社長。




