77.理想と現実はだいぶ違うから
《アイスライク・サプライズモール》B1F
──【かまくら】本部・裏口
《アイスライク・サプライズモール》を抜け、針葉樹林を突き進む。
時間が無いと言って、ライズはミカンを抱っこしつつ走る。
距離感バグってんでしょ。
「ライズっ! 説明っ!」
「この幼女は【Blueearth】三種の神器が一つ【キャッスルビルダー】において"最強"の称号を掲げる女、ミカンだ」
「は、はい。《最強の建城師》ミカンさんですよー。なにとぞ、よしなに」
「サラッととんでもない経歴をお出しになるんじゃないわよ」
「言っとくがミカンの経歴の話でこのレベルでビビると最終的に泡吐いてひっくり返るからな。めちゃくちゃロックだぞこの御仁」
「へ、へいよー……ちぇけら?」
は?
かわいいが?
「こんな可愛い子に秘密なんてあるの? 男でも驚かないわよ」
「監禁と殺人未遂で【アルカトラズ】に捕まって投獄されました」
「えええええええ」
「前科山盛りの犯罪者だ。今は【かまくら】に所属しているが、監査役は今は【マツバキングダム】だが、元々は【真紅道】のギルドマスターが直々に監視していたそうだ」
「てかそもそも3ヶ月の投獄期間を空けておきながら最前線まで自力で辿り着き【真紅道】に参入していたバケモンだ。どうやって登り詰めたんだ?」
「サブジョブが解放されても【キャッスルビルダー】は引く手数多でしたのでー。のらりくらりと用心棒をしながら、ちらちらと」
ロックというかヤバい。そしてそんな人って分かって見てもただの可愛い子にしか見えないの何なの?
「……っていうか監禁と殺人未遂で3ヶ月なの?」
確かアゲハは殺人未遂で1年投獄。色々と余罪もあっただろうけど……。
「そりゃ被害者が減刑求めたからな。観察処分だったのを逆にミカンの申し出で3ヶ月まで伸びた形だ」
「監禁されて殺人未遂まで持ってかれた被害者がなんで庇うのよ。そいつ変人ね」
「俺だぞ」
「アンタ自分を殺しかけた奴を抱っこしてんの!?」
ライズの方がよっぽどロックよ!てか馬鹿!
「わ、私のことより今はリンリンちゃんですよー……!
ほら、着きましたです」
……前方にそびえ立つは、ゾンビとか出てきそうな西洋風の洋館。おどろおどろしいんだけど、何これ。
「私の作った仮拠点です。リンリンちゃんは中にいます。は、はやくー!」
「わかったわかった」
既に空いたままの扉を抜けると、そこには──!
「幾つもの夜が明けても! やはり俺には貴女しかいない!
どうかこの愛を受け取って欲しい!」
「……」
──白金の鎧の男が、鎧甲冑に告白していた。
爆音で。仰々しく。恥ずかしげも無く。
「……なにやってんだお前」
「ん! おおライズさん! 直接会うのは一年ぶりだ!
私は依然変わりなく健在だよ!【真紅道】団長のグレンだ!」
うるさい。限りなくうるさい。
真っ赤な髪は──人間なのに──炎のように燃え上がる、文字通りの熱血漢。
「おおミカンさん! 暫くぶりだね!」
「お久しぶりです団長。しかし乙女の居城に不法侵入とは如何なものです?」
ミカンちゃんはライズから降ろしてもらって、ライズとマツバを盾にして話す。……助けを求めたのは、1人じゃ心細かったのかな?
「それは勿論その通りだ! だから今日もドアの前から会話だけだと思っていたのだが、ドアが開いたので! 歓迎されたと考えたのだが!」
「……リンリンちゃん、チャットでSOS投げてきたけど……開けたのリンリンちゃんですよね? なんでです?」
「……ごめんなさいぃ……」
どこからともなく、か細い声が響く。
随分と可愛らしい高い声だけど……。
──グレンの前にあった甲冑が、鉄音立てて動き出す。
グレンのそれとは対照的な、漆黒に金の差し色が入った──無骨な全身鎧。
「……あの、ずっと、グレンさんは来てくれてますから……せめて、屋根の下には入れようと、思ってぇ……」
「優しい。でもリンリン、"無敵要塞"が聞いて呆れます。よりによってこんな狼に開門するなんて」
「手厳しい! 狼は【飢餓の爪傭兵団】の方だが!」
「か弱い女の子にとっては畏怖の対象だと言っているのです、はい。同情誘って侵入するのは王道ですか? 犯罪者から言わせてもらいますが、変に大義名分掲げてる分タチが悪いと言わざるを得ません、です」
「ぐ! ……すまない。舞い上がっていた……」
なんか何もしなくても論破したんだけどミカンちゃん強。
トップランカーの団長様もタジタジね。
……それで、そこに立ってる全身鎧がリンリン──"無敵要塞"の二つ名を持つ、可愛い声の持ち主?
「礼儀を欠いた! 恥ずべき非道だ! すまん!
だがその上で! 俺は君に惚れたんだリンリン! どうか一思いに振ってくれ!」
「ぁ、ぁぅ……」
「強要を、するなと、言っています! ……ミカンさんは怒りました。団長はクリックの雄大なる白き大地に包まれて頭を冷やすのです!
──【建築】! 【人間大砲】!」
瞬きの時間すら必要無く。グレンの全身を筒が包むと、そのまま大砲となり──
「いってらっしゃいです! 発射!」
「またくるよー!」
──光となって、グレンはどこかへ吹き飛んだ。
──《冒険者ミカンに"敵対行動ペナルティ"を科します。24時間、この階層からの転移を禁じます》──
「……これでよし、です。リンリン、無事です?」
「ご、ごめんなさいミカンちゃん。わたしのせいで、わたしのせいでぇ」
ちいさなミカンちゃんを抱えるリンリン。鎧の分体格が大きく見えるのもあるだろうけど、結構身長がある。そりゃアイコ程じゃないけど……下手な男より大きいんじゃない?
「……ライズさん。ミカンさんからのお願いです。
グレンをなんとかして欲しいのです」
ミカンちゃんの顔は、随分と疲れていた。そんなにストーカーまがいのアプローチを受けてるのならそりゃ疲れるだろうけど……。
「押しの強い男は苦手そうだもんな。わかった。グレンのストーカー行為は俺とクローバーで大人の話し合いだな……」
「ん? あぁいえ、そうではなく。……そうですね。この辺りの説明が必要ですね。姫様王子様。【かまくら】極秘情報を【夜明けの月】と共有しますです。申し訳ありませんが客間で休んでお待ち頂ければ」
「いや、俺たちはここで失礼する。それより軽率にペナルティを受けてくれたが、24時間以内に《拠点防衛戦》が始まる可能性は否定できない。明日か明後日には来るはずだ。その辺大丈夫か? お前無くして《拠点防衛戦》は……」
ゴトン。
マツバの前に、王様を模した彫刻が落ちる。
落下の衝撃で首がもげてる……。
「ミカンさんの行動順位。1にリンリン、2に【かまくら】。3.4が有象無象で、5がミカンさんです。異論は許しますが、ミカンさんの罪状に"殺人"が増えるだけですよー」
……【エリアルーラー】ではないのだから、突然彫刻を出現させるなんて出来ないと思うけど。
【キャッスルビルダー】で、ここはそのミカンちゃんが作り出した洋館の内部。
一瞬でどんなものも建造できるって事なら、多少は納得できるけど。
それよりも、あまりに"慣れた"目をしてるのが怖い。グレゴリウスもややビビってる。
「……わかった。ではここで失礼する」
「ミカンちゃんさま、ご機嫌遊ばせですわ〜!」
二人が出て行って、ミカンちゃんが指を回すと扉が一人でに閉じる。
「……お願いっていうのは、そっちではなく、こっちなのです。
リンリン。お客さんの前で顔も見せないつもりですか?」
「ぅ……は、はいぃ」
ミカンちゃんに詰められて、観念したようにリンリンは兜を外す。
──深い青のストレートヘア。泣き潤んでいるタレ目は、どこか嗜虐心を掻き立てる。
間違いなく美人美女の部類。だけど──なんでか、紅潮してる。
「……り、リンリンですぅ。ウォリアー系第3職【フォートレス】……《最強の重要塞》の称号を承っていますぅ……。
元【真紅道】、今はミカンちゃんと一緒に【かまくら】に在籍している、しがない負け犬ですぅ……」
もじもじと自信無さげに。ミカンちゃん同様に恥ずかしがり屋で怖がり……?
だけど、なんか違う。違和感は徐々に確信へ。
「わ……わたしなんかのために、グレンさんが、ミカンちゃんが、【夜明けの月】の皆さんが来てくれて、心配してくれて……。
ふへへ。ふへへへへへへへへへ。
わたしなんかの、わたしみたいなカスのためにぃ! ふへへへへ!
情けなさ過ぎて気持ち良くなっちゃいますぅ!」
鎧を軋ませるほど強く自分を抱きしめて、嬉しいのか悲しいのかわかんないけど、尋常じゃない。
ライズもこれには後退り。
アイコはまだ様子見みたい。まぁ動けないわよね。
ミカンは大きな、大〜きなため息を長く一息。
「自己評価が地獄より低い、自傷レベルの自虐家。ドの過ぎたドMのド変態。それがクリックの英雄の正体なのです。
ミカンさんの依頼は、このド変態の正体を悟らせる事無くグレンを諦めさせてほしいのです。
グレンは悲しい事にこれが初恋なのです。正体が発覚すれば性癖も女性観も粉々に粉砕され、女性不信になり階層攻略に影響が出てしまいますです。どころか、お付きのフレイムやバーナードと仲良ししてしまう可能性も……!」
「そ……それは気の毒ね」
「ある種【真紅道】の危機なのです。しかしリンリンがこうである事は誰にも知らぬ極秘情報。解決に難儀していたのです」
「でもなんであたし達に教えたのよ。ハッキリ言って手伝う理由無くない?」
「仕方がないのです。ライズを抱えているというのはこう言う事なのです。
最前線の事情に明るい、セカンドにすら到達していない特異な存在。面倒事を抱えたまま闇に葬るにはおあつらえ向きなのです」
怖い。
見た目以外何も可愛く無い!ってか性格が割とアングラというか、覚悟決まりすぎなのよ。
「葬るは冗談にしても、手っ取り早い話が拉致して欲しいのです。リンリンを」
「ふぇ、ミカンちゃん……!?」
ガンガンとリンリンさんの鎧を叩くミカンちゃん。ちょっと気持ち良さそうなリンリンさん。
「ライズさんが私を勧誘した時から考えていたのです。私は犯罪者故にまだ【夜明けの月】には参加できません。印象が悪くなっちゃいますです。
ですがリンリンを預けるのなら、ライズさんは信頼できます。どうぞ持っていって下さいです」
「ミ、ミカンちゃん、見捨てないでぇ……」
「捨てます。いい加減自立してほしいのです。ミカンさんは守る事は出来ますがニートさせるために囲っているのでは無いのです」
「ミカンママぁ……」
「ママは厳しいのです。ほらほらライズ。持ってけです」
ちっちゃい体躯でリンリンさんを蹴っ飛ばす。ミカンちゃん1人でもグレン追い払えたんじゃないの?
「……うーん。願っても無い話だな。唯一の懸念点は【真紅道】と敵対する可能性がある事か」
「ギルドマスターの個人的な感情でそこまで行く? 誠実なギルドなんでしょ【真紅道】って」
「恋は盲目と言うだろ? ……兎角、クリックに来て何もかもこちらに都合良く話が進みすぎてる。少しギルドで話を纏めたい。日を改めてもいいか?」
「それはもう。良ければここに住みますです?」
「一応王子への義理もある。少なくとも今日は《アイスライク・サプライズモール》のホテルに泊まるよ。そろそろウチのお姫様達も我慢の限界だ」
ライズがあたしとアイコを見る。なるほど、お見通しなわけ。催促の視線が露骨すぎたかしら。
「ミカンにリンリンさん。うちの連中を案内してやってくれないか? 初見だと迷子になるだろあそこ」
「……そうですね。行きますよリンリン。その鎧脱げば誰にもバレませんから。ほらはよ脱げ脱げです」
「人前に出るの恥ずかしいよぉ……視線で気持ち良くなっちゃうぅ……」
「じゃかぁしいです。脱げ。引きこもりを飼うほど優しく無いですよミカンさんは」
ミカンちゃんとリンリンさんがゴタゴタしている内に、ライズが耳打ちしてくる。
(あんま深く考えないで普通に遊んでくれ。要するにリンリンに友達作って欲しいって話だ。ミカンも壁作りがちだしな……)
……仕方ないわね。うん、仕方ない。
頼まれちゃ仕方ないわよねー!
「ちょっくら遊んできますか。ブティックは何階?」
「メアリーちゃん、パンフレット貰っておきましたよ。見ましょう」
「ふはは。無駄遣いはあんまりするなよ財布番。趣味楽しみは無駄遣いと思わないタチだが。俺も遊びに行く」
……なんだかんだ、みんな楽しみにしてるじゃないの。
〜【夜明けの月】は今日も仲良し⑤〜
《ジョージと各メンバーの絡み》
・ライズ
まだまだ子供。大人の男として頑張っている子供。なんというか、頑張ってるなぁと思う。
メアリーがリミッター解除不要な作戦を起案するのに対し、ライズはリミッター解除込みで負担を最小にする作戦を立てるタイプ。
何でも挑戦する姿勢を評価している。リミッター解除は当然できなかったが。
・メアリー
娘と同世代の現代っ子。実は引き篭もりの箱入りお嬢であるメアリーはあんまり参考になっていないが、娘と再開した際のプレゼント選びはメアリーを参考にしている。
基本的にはリーダーとして扱う。組織に属する事に慣れているジョージは、優秀なリーダーならば年齢も経験も気にしない。
それはそれとして、彼女に"娘"を感じてしまうのは実の娘に対して不誠実ではないかと無駄に悩んでいる。
・ゴースト
個人的にかなり興味のある"電脳生命体"。
かつてよく実験された"最強の人類を複製できるのか"問題の一つの答えなのではないかと思っている。
自分の動きをプログラム化してインストールできたら化けるかもしれないと連日稽古場で訓練しているが、どうやら動きをインストールするような機能が無い事が発覚した。普通の女の子じゃあないか。ごめんね。
なんとなく、妻の面影を感じる。偶にでいいから和装してほしい。
・アイコ
次世代"譲二"と名高い現代の理想の肉体。現実でも関わりがあり、その肉体がそのまま【Blueearth】に来ているのなら【Blueearth】での"最強"になる素質はあると思っている。
本来なら自分がやらなくてはならない"暴力による制圧"を年下の彼女に任せるのは不本意ではあるが、少しでも自分に近付いてもらうよう連日稽古場で修行している。
割と一緒に行動する事も多いが、ドロシーに悪いので日中は意図的に離れている。
・ドロシー
異様なる"超集中能力"がドロシーの精神に負担となる事がわかっているので、狙撃関連しながらこっそり矯正中。能力も使い方次第だが、このまま放置すると現実なら廃人になりかねないと判断。当然、ちゃんと然るべき使い方をすれば身体に負担はかからない。
"理解癖"や"なりきり"に伴う超集中は譲二が現在利用している"リミッター解除"の一種であると診断。使い方を間違えれば倒れてしまう。使い方を教えるために自分も試してみたりする。だがあくまでドロシーの心理的背景に基づく特殊技能なので、再現まではできなかった。
心理的余裕が必要そうだったので日中はよく一緒に休憩する。二人で団子食べたりする。
・クローバー
ゲーマーとしての"最強"。最近は肉体訓練を志願されたので、よく稽古場で相手している。
代わりにゲーム的な技術知識を教わっている。ゲームは好きな方だがそこまでのガチ知識は無かったので助かっている。
ジョージの前では純粋に知識を蓄えようとしている誠実な姿しか見せていないので、真面目な子だと思っている。
 




