73.心に残る棘と咎
──10:25
【第24階層ケイヴ:静寂の廃墟】突破
──13:54
【第25階層ケイヴ:穴蜘蛛の巣窟】突破
──17:26
【第26階層ケイヴ: 虹結晶の洞窟】
「唯一飛ばした階層だから初めて来るけど綺麗なもんねぇ」
多種多様な色の結晶が洞窟を彩る。年頃の少女が好きそうなスポットだ。
「だが気を付けろよメアリー。この階層は結晶に隠れる魔物だらけだからな」
「はーい。じゃあここもさっさと済ませますか。クローバーは相変わらずソロだとして……ナンバンさんはドロシーとアイコと組んでちょうだい」
「ンわかりましたァ!」
元気のいい返事。だが……
(……うちの二大カウンセラーを付けてんのはどういう?)
(ナンバンさんにゃ世話になってるからね。お礼よ)
メアリーもメアリーでよく観察してるなぁ。
まぁナンバンさんが思い悩んでるのは俺でも見てわかるくらいだったからな。後は二人に任せるか。
──◇──
──26階層で攻略する事数時間。
【サテライトキャノン】をぶっ放す訳にも行かないので、昔のように両手銃で普通に支援狙撃をしています。
とはいっても分身・隠密する高速アタッカーのタルタルナンバンさんと、その速度を自前で再現できるアイコさんなので……支援狙撃は難しいのですが。
「……ナンバンさん。依頼再受注しましょう。一旦休憩です」
「はァい! 只今ァ!」
高速で帰還するナンバンさん、そして同着するアイコさん。
……明らかに焦っている。何かを狙っているんじゃなくて、"役に立たなくてはならない"といった類の強迫観念?
ナンバンさんについてはフォレストでのデスマーチで"理解"している。その心に秘めた葛藤も、もう僕は知ってる。
……けど、"理解"している体で話すのは良くない。言ってもない事を他人に言われて知ったような口で話されるのは不快ですよね。
「タルタルナンバンちゃん。攻略への執着を断ち切るって言ってましたよね」
切り出したのはアイコさん。ナンバンさんの隣に座って、お茶を差し出す。
「……はい。ちゃんと記者一筋で行こうと思うんです。
冒険者との兼業が出来るほど器用じゃないですし。ソロでなんてとても出来ないのに、誰かと組むのはもうこりごりです」
ナンバンさんは──お風呂で女性陣には公表したらしいが──恐らく、チーム分裂に巻き込まれて攻略を断念したタイプの冒険者。
ライズさんがそうだったらしいですが、その手の人はもう一度チームを組もうとしても上手くいかないパターンが多いです。ナンバンさんもその一人なんでしょう。
ですが──
「【夜明けの月】とのデスマーチは、攻略に執着する程に楽しかったんですか?」
「……はい。初めて経験するキツさでしたけど、どうやらウチは攻略が好きだったみたいで。
でも。もう遅いじゃないですか。ギルドが分裂して、そのどっちも見限って、【井戸端報道】に就職して。
……今更"やっぱり攻略したい"なんて言えませんよ」
そんな事ない、とは言えない。
だってナンバンさん自身が悩んでいるから。
無責任に外から言葉を投げられない。だって何を悩んでいるのか、僕はわかるから。
アイコさんがあえて慰めず、僕の方を見る。
試すとかそういうのではなく、「やってみる?」という提案程度の眼差し。
なんとか、言葉を捻り出す。
その人の苦しみを理解した上で、言葉を選ばなくてはならない。僕が苦手としていて──僕ができないといけないこと。
「……多分、ナンバンさんは。そこまで攻略は好きじゃ無いと思いますよ」
「はぇ?」
「いえ、ちょっと違うか……攻略そのものは本題じゃないと、思います。
仲が良かった友達と一緒に過ごすのが楽しかったのでは……?」
ナンバンさんもライズさんも、本質的にはそこなんだ。
攻略そのものじゃなくて、かつての仲間と過ごした日々の方が忘れられなくて。
「分裂したギルドは、第30階層で【飢餓の爪傭兵団】に吸収されているんですよね?
……未練を断つというならば、かつての仲間に顔合わせした方がいいと思います。多分ここでは、執着に決着はつけられません」
「ドロシーさん……でもぉ」
「まぁまぁ、お友達に会ってからでも遅くはないという事です。勿論、タルタルナンバンちゃんが会いたくないと言うならこのままでもいいですが……きっと、すっきりしませんよ。辛かったら私も一緒に行きますよ?」
「ふぐぅ。……そうですね。どこかで向き合わなくてはいけない問題でした。目を逸らしてはいけませんよね」
項垂れるナンバンさん。
言葉を間違えて……は……いなさそうだ。傷付いてはいない。内心気付いていた事を言語化されて呑み込めたんだろう。
「ナンバンさんは【井戸端報道】でも最近話題です。向こうもナンバンさんの事を把握してくれていると思いますよ」
「……そう、ですね。攻略の未練と言うなれば、せめてクリックに残った皆には筋を遠さなくては。
ありがとうございます、アイコさん。ドロシーさん」
「あまり無理してはダメですよ。今すぐする必要はありませんから。時間を置いてからでも大丈夫ですよ。
無理して何でも清算しなくては、決着つけなくては……と思い悩む必要はありません。何をしてもしなくても時間は流れますから。もっと気楽に構えましょう」
「おかぁさァん……」
最終的にバブってしまった……。
カウンセリングならアイコさんには敵いませんね。
……思い悩む必要無い、決着も清算も必要無い。
それは僕も思いますし、アイコさんも本心から思っているのでしょう。
……ライズさん。ずっとずっと、過去に囚われている僕達の恩人。
"理解"すればするほど、複雑で重苦しい心が見えてくるライズさん。アイコさんも僕も、あの人を救いたいと思っている。
ライズさんがどこまで、いつ、自覚できるのか。それを待つしか出来ないのがもどかしい……。
──◇──
「譲二……ジョージさん」
「ん、どうしたねエリバ君」
エリバ君とペアで魔物討伐にあたる。
俺は片手剣【ヴィオ・ラ・カメリア】を使い倒し武器熟練度を上げ、ダメージ倍率を上げなくてはならない。マニュアル操作ばかりしていると熟練度が上がらないので、こうしてチマチマ戦うしかない訳だ。
「まさか【Blueearth】に来るとは思いませんでした。無事に辿り着けて何よりです」
「エリバ君こそ。瞳も君も、そこまでゲーム好きだったか? あまり年頃の娘の趣味に首を突っ込むものではないと思っていたが、あの日ほどその事を後悔した事はないよ」
「まぁまぁ。無事に合流できましたから。
……瞳ちゃんと僕は、一般応募枠です。クラスメイトみんなで応募していたら偶然当たったので、折角だからと。それだけなので、気に病まないで下さい」
……エリバ君は、ちょっとだけ特殊な家庭事情を抱えていた。
──カルト宗教【星守のゆりかご】。
"地上に舞い降りた神の子の名の下に地球を守る"というイカれた宗教だ。何がイカれてるかって、金儲けしてるわけでも国家転覆を狙うわけでもなかった所だ。
会費もお布施も無し。教義は"共に過ごす事"と"祈りを捧げる事"のみ。
何が目的だったかは今となってはわからないが──最低なのは、自らの子供を巻き込んだ事だ。
教祖の女は自らの息子を"神の子"と祀り立てるためだけに、当時6歳の息子の陰茎を切断し、暴力を伴う洗脳教育で性自認を潰し、自らの子供である繋がり戸籍も血縁も、記録から削除した。
強制突入した時にはもう終わっていた。教団員32名中、教祖を含めた25名は餓死。6名は心身喪失、大きな後遺症を患っている。
──最後に取り残された"神の子"が、エリバ君だ。
後に事情も息子の存在も知らない血縁上の父親が判明し、責任を持って育てるとの事だったのでそれ以降は父子家庭で、名前も経歴も隠して過ごしている。
木原家のお父さんはかなりやり手の実業家で、初めて会う自分の息子であるエリバ君から目を離さないように在宅勤務で働いていた。事件の縁と同年代の子供がいる事から、俺の娘の面倒もよく見てくれて……とにかくそういう縁で俺はエリバ君と知り合いなんだ。
「……そういえば、股間の方はどうなってるんだ?」
「生えてます。物心ついた頃から無かったので、記憶を取り戻して以来へんな感じがします」
「それは……いい事なのかは俺にはわからないな」
「僕はあってもなくても変わりませんけどね。あ、瞳ちゃんに手出しなんてしませんからね?」
「ははは。その可能性を今の今まで一切考慮していなんだ。ここで落としておこうか」
「ご容赦を。さしもの僕も2回目は耐えられませんよ」
……これでいて心の強い良い子なんだエリバ君は。娘の親友がエリバ君で本当に良かった。
だが、それでも。【Blueearth】で出会ってしまった以上は気になってしまう事がある。
「……時に。【Blueearth】への一般応募枠には天知調による操作が入ったものもあるとか。
現実があまりにも辛く険しい人を救いたいと、天知調は言っていたよ。
……エリバ君。本当は苦しかったりするかい?」
実の肉親が目の前で餓死する所を看取らなければならなかった君が、
傷痕だらけで救出時は両足を折られていた君が、
救出した俺に対して、涙一つ流さなかった君が。
真っ当に育って、自身の境遇を悲観どころか愚痴る事もせず。
まっすぐに育つ事ができた、君が。
本当は、心の底では、現実を恨んでいるのではないか。
……それくらいの権利はあろうに、そうあってほしいとさえ俺は思っているのか。
こんな事、思っていても本人に聞くべき事ではないと、聞いてから気付いてしまった。
「──最初は人格壊されていたので恨む妬むなんてありませんでした。今に至るまでそういう辛さを感じなかったのは瞳ちゃんのおかげですね。あの子のマイペースさには救われてますよ」
今や背丈も抜かされて、またも目線を合わせるためにしゃがむエリバ君。
「子供ってのは楽しく遊ぶもんです。思ってるより親の事なんて考えないものではないですか?
僕でさえ、親のことを恨んだり呪ったりしていませんよ」
──俺が何を考えていたのか、エリバ君にはわかっているのだろう。恥ずかしい事だ。
「……それより瞳ちゃんです。彼女、記憶は戻ってませんので。出会って早々に飛びついたりしないで下さいね譲二さん」
「んぐぅ……善処する」
滑川管理官に声掛けそうになったりと、その辺は自分でも怪しいと思っている。
……だが、娘には記憶が無いのか。それもそうだ。記憶があったら【ダーククラウド】に入ってるだろうし、そうなれば俺は【夜明けの月】を裏切って【ダーククラウド】に入るし、その事を黙っていた天知調を許さないと思う。
「ところでどうしてそんなに小さくなったんですか?」
「あれ、天知調から説明無かったか」
「ハヤテくらいしかゲームマスターとはコンタクト取っていないので。現実の記憶があれど、天知調の存在自体眉唾物でしたから」
「それは意外だな。
……ん? ではファーストコンタクトで俺の正体を見抜いたのは自力か? この姿の理由はわからないが、俺であるということはわかったと?」
「そりゃあわかりますよ。ガワが違う程度で貴方を見間違えるはずがないでしょう」
……いやはや、さすがだな。
〜【夜明けの月】は今日も仲良し②〜
《メアリーと各メンバーの絡み》
・ライズ
やり取りは熟年夫婦。メアリー側からすると頼り甲斐のある兄。あまり入れ込むと良くないと思って距離を取っているが、これはライズだからではなく誰にでも。家族以外とコミュニケーションを取った経験が少なく、他人との距離の詰め方がわからない。
・ゴースト
愛娘。基本データは拾い物なので、何かバグが起きないか定期的に検診している。元データが天知調製なのでブラックボックスが多く、あまり野放しにしたくない。
超過保護。できれば単独行動させたくないけど、束縛しすぎるのも物扱いみたいで嫌だなぁ、と葛藤中。
・アイコ
ドロシーのゴスロリファッションから、ファッションセンスを感じ取り意気投合。定期的にショッピングに出かける、服のセンスが合うお姉ちゃん扱い。
元より妹っ子なメアリーはかなり甘え上手。
【朝露連合】のブティックに依頼して、アイコでも着られるオーバーサイズの服を特注している。いつかサプライズで渡したい。
・ドロシー
可愛い弟にして最強兵器。言動と内心が大きく剥離しているメアリーは、ドロシーの能力の危険性や強大性をよく理解している。
ドロシーが自分の"理解癖"で思い詰めているが、いやいやそれ使い方によっちゃすげぇ武器なのよ。あたしが試しにアンタを使ってあげるから自信持ちなさい。って感じに物扱いしている。
・ジョージ
家族大好きなパパは人類の宝。
それはそれとして肉体は女の子だからおしゃれしなさい。現在の腕出し脚出し甚平スタイルは、最初(肌面積増やして触覚判定増やすため)下着で出ようとするジョージをメアリーが必死で止め、一晩でコーディネートしたもの。あれ以来ジョージの服装を管理している。
・クローバー
ライズが頼り甲斐のある兄なら、クローバーはどうしようもない兄。稀に一緒に夜食食べたり料理に無駄にトッピング付けたりする、わるい兄。
ライズと違ってちゃんとギルドマスター扱いしてくれるので、応えるべく頑張る。ちゃんと部下扱いもする。




