70.クローバーの記憶《苦痛すら楽しんで》
《【夜明けの月】のログハウス》12号室
ライズ、クローバー、ゴースト、ジョージ。そしてあたし。
【夜明けの月】メンバーでクローバーに割り当てる部屋に入り、内鍵を閉める。
「で、今度はどんな面白い話を聞かせてくれるんだ?」
「察しがいいわね」
これは、あたしが決めないといけない。
ライズとゴーストは両隣で支えてくれるけど──
「──クローバー。【夜明けの月】に加入するに当たって、例外なく全員。知らなくてはならない事があるわ」
「……"守らなくてはならない掟"とかじゃなくて"知らなくてはならない事"……まぁそれなら断るわけにはいかないわな。
適当なトコあるけどよ。俺、これでも俺なりに真剣だぜ。ギルドマスターの指示とあらば、拝聴致しましょう」
こちらの真剣度合いを把握してくれたのか、クローバーは胡座を解いて正座する。……結構育ちがいいのね。
ずっと"楽しさ"を最優先する性格だから少し不安だったけど、安心したわ。
「──では。まず【夜明けの月】の結成──【Blueearth】の真実から」
──◇──
「うん。うん……つまり、【Blueearth】はゲームで。最前線の攻略を止める事でゲームマスターを交渉のテーブルに引き摺り出すのが目的ってな訳か。
そんで俺が"最強のゲーマー"ってか。うーん……どうなんだソレは」
メアリーから聞いた話は、まだ信用できないレベルだ。
筋は通っているが、嘘だとしても筋が通る。
俺が曰く現実で"最強"だっていうのも、【Blueearth】において"最強"である俺に与える設定としちゃ妥当なもんだ。
「で、俺に記憶を取り戻させるかどうかを悩んでるって事か? 俺は別に記憶無しでもいいぜ」
我ながらだいぶ困った性格をしているとは思ってる。
"楽しい"が最優先すぎる。それで平気で裏切っちまうんだよな。【至高帝国】はずっと楽しかったから裏切りまでは行かなかったが、割と利敵行為してた気もする。
だからメアリー達が懸念してんのは、記憶の持ち逃げだろう。現実の記憶とやらが何なのかは半信半疑だが、特定の有利になる知識を持って逃げられたらたまったものじゃないよな。
だが、どうやら的外れだったようだ。メアリーはリモコンを俺に向ける。……リモコン? って何だっけか。
「違うわ。【夜明けの月】に入った以上は、例外なく記憶を思い出させる。それが決まりよ」
「いいのか? なんでそこまで」
「……何も思い出してないのに世界征服の片棒を担がせるわけにはいかないでしょ。あたしのワガママよ」
「俺を信用できないんだろ? だったら無理するなよ」
「やかましい。アンタね、絶対【夜明けの月】から逃がさないから。覚悟しなさいよ」
……強がりだ。
強がりなんだが、まぁワガママったのも本音か。
誠実であろうとしているのは、ここまでしなくては自分に価値が無いと思い込む自己評価の低さか。なんかしらのコンプレックスを抱えてるな。相当拗れてるやつ。
まぁいいか。
目を閉じる。
頭にリモコンがぬるりと入ってくる。
感触キモい。
──◇──
──
─
俺はゲームが好きだ。
でも"好き"だけじゃ人は生きていけないよな。
18歳の夏。学校で進路の話になった時、そう思った。
俺はけっこうなゲーマーだ。
でも、それで生きていくのは厳しいだろう。
そりゃゲームで生計を立ててる所謂プロゲーマーとかもいるが、ありゃ相当苦労する。娯楽と仕事は別物だ。
何より両親だ。
大手ゼネコンで働くビジネスマンの親父。
有名ファッションブランドの服飾デザイナーの母さん。
誇りだなんだと偉い事は言えないが、その2人に恥じない人生を歩みたい。人並みにそう思ってはいた。
だから、とりあえず就職して、ゲームは片手間でやればいい。楽しい範囲で楽しめば十分だ。
そう思ってた。本心だ。
「なんだ、就職したかったのか宗一」
「ゲーム以外で将来の夢を見つけたの?」
あんまりにも予想外の返しだった。
なんて事ない晩飯時に、珍しく3人家族全員揃ったものだから、「就職するならどんな仕事がいいか」なんてつい聞いてしまったんだが。
「もちろん、私達は宗一がどんな道を選んだとしても応援するぞ」
「就職してもゲームはできるものね」
それは俺もそう思っていた。
が、根本的に違う所があるようで。
「父さんは夢を諦めた。手堅く就職して趣味のスキーを片手間にやっていたが……足を悪くしてからは、趣味にも没頭できなくなったよ」
「お母さんは夢を叶えたわ。自分の好きな服を好きに売って最高だった。でも、好きな世界の裏には嫌な事がいっぱいあった。趣味だった頃ほど純粋に楽しめてないわね」
「「だから」」
「どの道を選んでも構わない。でも、絶対後悔して欲しくない。
叶うなら、お前の"楽しい"の輝きが衰えないような人生を歩んでほしい」
「あなたがやりたい事があるなら、周りの目なんて気にせず胸を張ってやりなさい。
それが最も苦しい道なのは私達がよく知ってるけれど……」
「それでも」
「輝くあなたを、見ていたいの」
後は知っての通り。
その半年後、ラスベガスで【オクトパスブロー8】の世界大会に参加した。
参加するために、【オクブロ8】を本気で遊んだ。
開催地まで行く道中にどんな美味い物があるのか、面白い場所があるのかとことん調べてたあの時間も楽しかった。
せっかく優勝するんだから、なんのキャラで遊ぼうか本気で考えた。
あの大会までの半年の準備期間はまだ覚えている。めっちゃ楽しかった。楽しんだ。
決勝戦、僅か3分の虐殺。
そう言われたが、その3分は最高に楽しかった。
誰もが目を疑った、その怪物の名は"アシュラ"。
【オクブロ8世界大会優勝は日本人!】
【サムライがラスベガスで魅せた!脅威の完勝!】
肌に刺さるほどの歓声が嬉しかった。
一瞬の駆け引きが楽しかった。
新聞に俺の顔が載って面白かった。
掟破りのサムライ"アシュラ"。
──檜佐木宗一。あん時は18歳だったな。
"好き"で生きるのは厳しい。
【オクブロ】で得た賞金と名声を活用して、最初はゲーム実況者としての配信を開始した。
機材は高価で良質なものを。ターゲット層の子供が憧れるような生活を。
弁護士・税理士は早めに確保。できる限り信用できる人を選ぶには、自分で探すしかない。
格ゲーだけでは窓口が狭い。実況・配信はあらゆるジャンルを幅広く。但し一度手を出したジャンルは定期的に触れる事。
案件や先行プレイは積極的に。だがコラボは相手を選んで慎重に。絡む人間が増えるほど、炎上被害の確率は上がる。
とにかく"ゲームに"誠実に。安心感をウリにする。
これからのゲーム業界がどう変わっても、唯一自分の人間性だけは不変の商品だから。
「あー、ゲームって楽しー!」
楽しめ。
"ゲームは楽しい"を忘れるな。
調査、世論、景気、権利。"楽しい"に付随してくる面倒事も全てを楽しめ。
誰が見ても──俺自身が見ても、最高のゲーム好きであれ。
自身を偽るなど論外。楽しく無いと思う事それ自体が許されない。
……多少気が乗らない事があれば、少し置いておいて気分転換だ。俺のメンタルを維持しろ。
つまらん現実の話には乗るな。だが乗らないために調べ知れ。
決して輝きを曇らせるな。
この命尽きるまで、"好き"で生きてやる!
─
──
──◇──
「……おはよう。どう?」
……美少女。
いやメアリーか。人となりを知ってるとバイアス掛かってたな。ガワは美少女だなこいつ。
「おう。思い出した。成功だ」
「ほんと? なんかキツい過去、思い出した?
……胸ぐら掴まれて怒鳴られる覚悟くらいは、してるんだけど」
倫理観が多少戻ったからか?
若い子がそんな覚悟しないでくれよ、って思っちまう。
……実際そうなった事があるんだな。それでも一番前に出てるんだな。
ぼやけた頭でメアリーを撫でようと手を伸ばし──もう片手でその手を弾く。
「え、どうしたの?」
「……………………コンプラ違反だなぁ。少女に肉体的接触はダメだ」
「……ぶふっ。良かったなメアリー。大勝ちだ」
ライズが笑って、メアリーの肩に手を乗せて──暗に下がれと、そう後へ引く。優しい連中ばっかりだな【夜明けの月】。
「ようこそクローバー。改めて、【夜明けの月】に協力してくれるか?」
「契約は守るぞ。なんたって俺は"最強のゲーマー"だからな。今後とも宜しくな、スポンサー殿」
【Blueearth】では随分と、"楽しむ"全開の俺が反映されてたな。
──さぁ、仕事だ。大人として恥ずかしくないように、全力で"楽しむ"としよう!
「まずは【Blueearth】がゲームであるにあたって……ダメージ計算式と内部ステータスの確認だな。今の俺の戦法が本当に最強なのか再考の余地はあるが、ルガンダの一件で世間一般に俺の戦術は広まった。もし新たな戦い方があったとして最前線まで温存しておきたいな。
あとドロシーに会わせてくれ。長距離狙撃について話を伺いたい。アレ俺でも出来っかな。一応フルダイブVRが流行った頃にアメリカでガチ狙撃訓練受けてきたから場合によっては俺も……」
「早い早い早い。温度差すごいなクローバー。
"最強"にリアル知識だけじゃなくって"社会人的自覚"と"大人の倫理観"まで付いてきて無敵か?」
「扱いやすくなっただろ。少なくともここで抜け出す程無責任ではいられなくなったぞ」
いや、"楽しい"最優先なのは変わらないがな。
大人として、エンターテイナーとして、全員が"楽しい"世界にしなくちゃな。
誰から見ても、俺が輝いているために。
──◇──
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ギルド名:【夜明けの月】
ギルドランク:A
ギルドマスター:メアリー
サブマスター:ライズ
ギルドメンバー:7名
メアリー LV52 【エリアルーラー】
ライズ LV115【スイッチヒッター】/【鍛治師】
ゴースト LV99 【リベンジャー】/【ヒーラー】
アイコ LV52 【仙人】
ドロシー LV51 【サテライトガンナー】
ジョージ LV52 【ビーストテイマー】
クローバーLV150【ラピッドシューター】/【エンチャンター】
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〜【仙人】への道〜
《エリバの書き残し》
ライズさんに頼まれましたが、【仙人】昇格って大変なんですよ。
まずそもそもの条件ですね。
人に危害を加えたりなんだったりと、悪行を重ねると資格が無くなります。この資格の基準がまぁ厳しくて、冒険者以外の住民を倒しちゃったりしたらもう終わりです。
資格を持つ人がいると拠点階層に仙人が出現するのですが……その出現条件が、恐らく全冒険者(あるいは同階層の冒険者?)全体の悪行を参照していそうなんです。
なので既に【到仙境】に辿り着いた事のある【仙人】の手引きがあった上で、本人に資格が無くてはそもそも【到仙境】に行く事ができません。
現代においてはもう一年以上【到仙境】へ案内する仙人が現れた事はありませんね。
さて、【到仙境】に到着しますとまず雲海を渡る事となります。こちらが最初の試練となり、罪の軽い者のみ渡る事ができるのです。
既存【仙人】経由で辿り着いただけの冒険者はここでリタイアします。
……まぁ当然、アイコさんは普通に渡れましたが。
続いて【到仙境】の仙人による実技試験です。4つのスキルを習得しなくては昇格できないのです。
基本となる【瞑想】、そこから生まれた3種の"仙力"を繰るのが【仙人】の戦法です。
即ち【瞑想の儀】【赫き炸裂の試練】【蒼き穿ちの試練】【翠の癒しの試練】の4つを突破しなくてはなりません。
【瞑想の儀】では、僅かな動きを感知して攻撃してくる聖獣の前で坐禅を組み1時間耐えなくてはなりません。
最も過酷とされる夜専用の聖獣《鵺鴉》が相手でしたが……アイコさんは微動だにしないし、《鵺鴉》が安心して熟睡までしていました。初めて見ましたよこんなの。
【赫き炸裂の試練】は近接攻撃を司る赫の"仙力"を獲得するための試練です。目隠しをした状態で何処からかくる攻撃を防御するという試練でしたが、初撃で攻撃用錫杖をへし折り試験官を場外へ投げ飛ばしたので秒で合格。
【蒼き穿ちの試練】は遠距離・遠隔攻撃を司る蒼の"仙力"を獲得するための試練です。力の流れを把握した投擲……要するに水切りですが。
対岸に直接石を投げて0回跳ねで終了。
【翠の癒しの試練】は回復・強化を司る翠の"仙力"を獲得するための試練です。毒を浴びた状態での長距離マラソンですね。
試験官置き去りにしてぶっちぎりゴールして終わりです。
……22時に始まった試練ですが、日を跨ぐ前に終わってしまいましたが!
本当は! すっごく大変なんですよ!
 




