68.旅立ち:高貴なる者、狡知なる者
【第20階層 地底都市ルガンダ】
「ライズさん!」
「うおっドロシー。よく見失わなかったな」
同じ階層のどこかへワープさせる魔物──アゲハのペット"黒蛍"。
野生の場合はその階層のスタートラインまで飛ばされるが、【調教】した場合はある程度の距離制限がかかり、【ライダー】系ならばその位置をある程度操作できるようだ。
……いや、前回俺とジョージを同じ場所に飛ばしてしまったあたり、事前に設定する必要があるのか?
ともかく、【夜明けの月】は全員合流できた。
「ゴーストさんの視野範囲でしたので。これ以上は後援もバレてしまいそうでしたから合流しました」
「ナイス判断。"神の奇跡"は使えば使うほどバレるリスクが上がるからな。このまま逃げるぞ──」
「止まれクローバー!」
轟。王の一喝。
21階層への転移ゲートに立ち塞がるのは、大柄な王様。
「──キング.J.J。【飢餓の爪傭兵団】の大幹部がわざわざ出迎えか?」
「うむ。相手が相手だからな。王は礼儀に厳しいのだ」
【飢餓の爪傭兵団】の前衛。【聖騎士】として高い完成度を誇る、鉄壁の王。
トップランカーでも最高位。さっきのファルシュも上澄み中の上澄みだが……。
「フリーなのであろう。ならば【飢餓の爪傭兵団】に入れクローバー。そこな負け犬とつるむなど我が許さん」
負け犬だとぉ〜〜〜?
それはそう。
メアリーはカチンときているが、今のは【夜明けの月】じゃなくて俺宛の暴言だしな。殴るべき時が来たら率先して殴らせてもらおう。
「【飢餓の爪傭兵団】つまんない。やだ」
「ふん。断る権利など貴様にはない。何を企んでいるかは知らんが、貴様が"最強"足り得たのは【至高帝国】という環境にあったからに過ぎん。そちらのギルドに合わせて7対7で【ギルド決闘】といこうか?」
クローバーが単体性能最強なのは間違い無い。だが勿論多人数相手で確実に勝てるというわけでは無い。【至高帝国】はギルドメンバー僅か4名という異常な少数先鋭だが、それによって【ギルド決闘】の上限を4人とする事が出来た。
対して今の【夜明けの月】は7名。しかも最前線基準ならクローバー以外は戦力外の雑魚だ。
まぁ武器と立ち回りで俺、後はレベル関係ないアイコとジョージはいい勝負できるかもだが……まぁ負けるわな。
「──【ギルド決闘】は双方の合意がいるでしょうが。あたしを通しなさいよ」
前に出たのはメアリー。隣にゴーストを置いてはいるが、足が震えてる。それを俺より先に気付いたドロシーがゴーストの逆側でメアリーを支えた。
「ふん。お飾りの小娘が一丁前に王様面をしおって。身に余るであろう。
我は折り紙上手だ。王冠くらいなら折ってやろう」
「舐めてんじゃないわよ王様気取りの下っ端野郎。"キング"が"幹部"とか名前が泣いてるわよ」
「──なんだと?」
舌戦を挑んだ時点でお前の負けだ。
が、マズい。キング.J.Jはブックカバー以上にキレやすいし、ブックカバー以上に大人気ない。"絶対王権"なんてカッコよく言ってるが、つまりは短気なガキ大将だ。
キング.J.Jが当然のように、一切の抵抗も呵責も無く、剣を抜き、振り下ろす。
「不敬」
──頭イカれてんのか。
受ければ即死。守ればペナルティ。だがせめて、俺がペナルティを負えばいい。俺は後でも合流できる──
「──【一閃】」
神速の抜刀術。キング.J.Jの剣を弾き飛ばすは──侍。
「貴様、サティス──」
「返す刀で【燕返し】!」
「ぬわ! 止まれぃ!」
【サムライ】専用、返りの太刀。
サティスは当然のようにキング.J.Jを袈裟斬りにする。
──《冒険者キング.J.Jに"敵対行動ペナルティ"を科します。24時間、この階層からの転移を禁じます》──
──《冒険者サティスに"敵対行動ペナルティ"を科します。24時間、この階層からの転移を禁じます》──
「誰も応戦してないね、ライズ。クローバー止めた?」
サティスの刀【瑜伽振鈴】の鈴が鳴る。
納刀は戦闘終了ではなく、次の抜刀の宣言だ。暗にそう言っている。サティスはキング.J.Jを冷酷に睨んだ。
「──ああ。誰もペナルティは負ってない。助かったよサティス」
「よろしい。それよりまた犠牲になろうとしたねライズ。君背負いすぎだよ。もっと女の子とデートしなさい。余裕が無さすぎ」
「心に染みる名言だ。ベルにも聞かせよう」
「ごめんなさい」
──正直、危なかった。
相手の攻撃に間に合ってしまうアイコ、ジョージ、クローバー。俺が前に出なければこいつらが先に動いてた。そうなればまた丸一日ペナルティでルガンダに拘束されてしまう。
「貴様、今更何をしに来た裏切り者!」
「ちゃんと手続きして辞めたでしょ。勝手に裏切り者扱いするなよ馬鹿」
派生していない【一閃】とはいえ、過剰強化した【瑜伽振鈴】2連撃を受けてもピンピンしているキング.J.J。だからこそ【燕返し】まで平気で使ったのだろうが。
「何のつもりだサティス。その負け犬に何の価値がある」
「何ってお前を助けてあげたんだよ。旧知の中だろ?」
「何を訳のわからん事を──」
「──失礼……。どいてもらえるか……キング.J.J」
キング.J.Jの背後──転移ゲートから、一人の男が現れる。
黒髪で目元を隠した、赤コートの青年。腰には剣を差し──背中には、大砲を背負っている。
「──バーナード。【真紅道】が何の用か。あと我に道を開けろとは不敬だ」
【飢餓の爪傭兵団】と同じく最前線を走るトップランカー【真紅道】。バーナードはその一員だ。俺も少しは知っている。
相変わらず噛み付くキング.J.Jを面倒に思ったのか、バーナードは大きく溜息。
「……ならこのままでいい……聞け。
……我らが姫の意向により、【真紅道】は【夜明けの月】及びクローバーと和平を結ぶ! これは【飢餓の爪傭兵団】とも公表同意した案件である!
……どこかの誰かは、勝手に飛び出して聞いてないだろうがな」
「んなっ……」
「……和平というよりは、クローバーが【夜明けの月】へ参入する事を支持する、一方的な宣言だ。これよりクローバーへの無理な引き抜きを行うなれば、【真紅道】を相手すると同義。
……よかったな王様。このままじゃアンタ、最前線に帰る頃には戦争になってたぞ……?」
バーナードはキング.J.Jを押しのけてメアリーの前に到着。書状を手渡して、跪く。
キング.J.Jはわなわなと震えているが、しかし受け入れたのだろう。不服そうに腕を組んで黙ってしまった。
「あ、えっと……」
「遅いわよ私の騎士バーナード」
背後から現れたのは──ナメローと、【バレルロード】の面々。スカーレットはいつもの感じとはまた違う──高圧的で為政者たりえる風格を漂わせていた。
「【夜明けの月】は私の友。今回の一件では結果的には【バレルロード】は敗北している。
勝者には賞賛を。無粋な野良犬など我が覇道には不要ですわ」
「……はっ。心得ております」
キング.J.Jすら怯む、本物の王者。有無を言わさないワガママも、従わさせずして何が姫か。
「──メアリー。今回の余興は楽しかったわ。私達は第40階層へ戻ります。疾く馳せ参じなさい?」
「ええ。楽しみにしてなさい。きっとドラドの土も美味しいわよ。あたしは舐めた事ないけどね」
「ふふっ。ぬかせ平民。
どうせ人手も足りてないのでしょう? 第30階層まではバーナードを使いなさい。いいわねバーナード」
「……仰せのままに」
いいのか。
予想以上にお姫様ってか女王してるなスカーレット。フェイもプリステラも無駄口一つ叩いてないし。
「ああ、そちらの平民は下がっていいわよ。ルガンダの陰鬱な空気でも吸って心を洗いなさいな」
「──覚えておけよ神輿の姫君。神輿ごと叩き折り引き摺り回す。泣き濡れた貴様の顔には泥が映えるだろうな!」
捨て台詞を残してゲートへと向かうキング.J.Jだが──転移できないぞ。ペナルティ中なんだから。
「キング君。子供に言っていい言葉ではないな」
──静かに、静かに立っていたナメローが、遂に動いた。
キング.J.Jでさえ動けずにいる──マル暴刑事の、本物の威圧。
「せっかくペナルティで1日過ごすんだろう? かつてのように語ろうじゃァないか……なァ?」
「……遠慮シマス」
「なんか言ったか?」
「……っ良かろう! 付き合ってやろう! ナメローさ、ナメロー! ……さん!」
うわぁ凄い痛ましい。
そのままナメローさんに引き摺られて行くキング.J.Jの瞳は、最低限の矜持を守れた充実感と、全てを諦めた虚無が混在していた……。
「……さて、ガタガタになったが……おめでとう【夜明けの月】。そんで早速約束の人を連れてきたよ」
「んぇ……サティスさんと約束してたっけぇ?」
緊張が解けてゴーストにもたれかかるメアリー。頑張ったよお前。でもビビりながら煽るの控えな?
「アイコの昇格先の話だよ。そのままデスマーチにも参加してくれるってさ」
……そういえば約束したな。あのジョブの知り合いがいるとかなんとか。
奥から現れたのは──
「どうも皆さん! 【井戸端報道】新人記者の! タルタルナンバンですゥ! また密着取材させて下さいお願いします!」
──いやお前じゃない!
いつの間にか紛れ込んでいた女忍者ナンバン。
そういえばルガンダにいたな。なんかマスコミ少なくて忘れてた。
「んライズさァン! 今、ウチの事忘れてたって思いましたよねェ!
それもその筈! 【夜明けの月】の皆さんの為に、【井戸端報道】には"ウチ一人だけが密着取材する事になった"と伝えていましたのでェ! ルガンダ常駐の記者を除けばウチ一人なのでェす!」
……そんな事してたのか。
正直、【井戸端報道】に囲まれて取材攻撃は避けたかったから助かった。クローバーなんて歩く特ダネだ。
「なので、ここで密着取材を断られたらウチは終わりなのでェ! どうかァ! ライズ様、メアリー様! どうかァァァ!」
「いや助かるけどさ。どうしてそこまでしてくれるのよ」
実際、一度デスマーチに参加しているナンバンは即戦力だ。レベルより慣れの方が優先だし。
だがメアリーの言う通り、これは少し……ナンバンが不利すぎると思う。綱渡りすぎるだろ。
「……ウチ、多分これで終わりなんです。リタイアしたの第30階層なんで、次のデスマーチからはお手伝いできないんです。
先に進む人とは、もう会えない。ウチの友達も、先に行って以来会ってないです。その時は仕方ないって思ってました。でも、やっぱり……寂しい、です」
ぺこりと、深々と頭を下げるナンバン。
「最後のお手伝い、させて下さい。攻略への執着、ここで断ち切らせて下さい。どうか、お願いします」
……ナンバンにも事情があるのだろうが、そうか。諦めるためか。
そういうのもあるのだろうな。メアリーを見ると──まぁ、断るわけないな。そういう目をしてる。
「じゃあさっさと準備しなさい。あと一人待ってるんだから」
「──はい! 最後の密着取材、お願いしますゥ!」
随分の懐かれたものだ。うんうん、一種の友情だな。
──メアリーが言うまで忘れてた。あと一人いるんだった。
「──あ、もういいですか?」
奥で空気を読んでいた人が、申し訳なさそうに前に出る。
「──お久しぶりです、譲二さん」
──最初は、独特なイントネーション。
次に、目を見開き動揺するジョージの顔で、確信した。
目の前の中性的な顔立ちのソイツは、細めた目でジョージを見つめる。
「君は──エリバ君か!?」
「はい。木原エリバです。覚えてくれていましたか、譲二さん」
──思い出している、筈が無い。
俺たち以外に、現実の記憶を持っている奴、なんて──
「僕はエリバ。【ダーククラウド】というギルドに参加しています──ハヤテさんの部下です」
~魔物図鑑~
《ジョージの魔物観察記録》
今回はケイヴワーム系列。
ケイヴ階層に生息するケイヴワームはいくつかの段階を踏んで巨大化しているようだ。
フォーマルな《ケイヴワーム》から、地底湖に生息する《クリアサーペント》、縦穴の生息する《ストームブレスホール》、最後に《ミドガルズオルム》と成長していく。
・《ケイヴワーム》
ケイヴ全域に生息する巨大ミミズのような存在だが、まだ岩盤を食い破る事ができないため地表に生息している。
そのため外皮が多少の硬度を持っている。人が座っても潰れない程度の強度だ。
か弱い存在だが、その肉は極端に不味いため魔物も襲わない。唯一の外敵は、魔物を自動で処分する機械兵だ。
・《クリアサーペント》
直径1.5mないくらいのサイズで、長さはこの段階でもう測定不能。
地底湖の底、水で緩んだ岩盤を削り食べる訓練をしているだけで、水生生物へ進化したわけではない。
まだ肉体を維持できるほどの量の岩盤は食べられず、近くを通る魔物を丸呑みして捕食している。
人間も襲う。近い生物を襲う事しかしないが、確実に仕留めるため足場を積極的に狙うような知能を見せる。
・《ストームブレスホール》
直径4mはあろう巨体。ここまでくると岩盤を食べられるようになり、他の生物を襲う事は無くなる。
縦穴の壁をはみながら、肉体の強度がサイズに追いつくまで休眠しているとされている。
時たま体を伸ばして縦穴へ頭を出し、"げっぷ"する。これが追い返しの理屈なのだろう。
・《ミドガルズオルム》
最終形態。直径6mはあろう巨体が縦横無尽に暴れ狂う様は災害の類に見える。
延々と続く胴体は頑丈な表皮によって守られており、ダメージ判定が無い。体というより床や壁だ。
顔面にしかダメージ判定が無く、狂暴凶悪な筋肉の塊と正面衝突しなくてはならない。
ケイヴワームが討伐されれば激昂し冒険者と敵対するが、普段は正面に立たなければ襲われる事は無いらしい。
・総括
かなり生き物らしい行動原理で動いており、頑丈すぎて普通では削れない岩盤を唯一食べる事が出来るという食の独占もまた、動物の進化として妥当なものだ。
しかし《ミドガルズオルム》まで成長したものは一匹のみ。
恐らく《ストームブレスホール》が休眠しているのは、《ミドガルズオルム》が死亡した時に代わりに動く"ストック"だからなのだろう。
岩盤を砕く《ミドガルズオルム》の役割はケイヴにとって必要不可欠のもので、その役割が失われないように進化したのだろう。
総じて、《ケイヴワーム》という種の永遠の繁栄を願ったシステムが組まれており、生存競争においてケイヴ階層の頂点に君臨しているのも納得な存在だ。
 




