63.大穴、抜け穴、落とし穴
──《巌窟大掃除》2日目。
外敵を排除しきった21階層の【飢餓の爪傭兵団】がポイントを稼ぎ始め、累計1500Pで1位に。
クローバーは撃破数を大幅に下げたものの、そもそもの累計1000ポイントが高すぎて3位に。
【バレルロード】はランキング落ち、【夜明けの月】は依然としてランク外である。
……凄い雑に考えれば4日目の累計ポイントは3500程になるはずだが、これを超えるだけのポイントを稼げるのかは割と博打だ。
──《巌窟大掃除》3日目。
──8:00
【第25階層ケイヴ:穴蜘蛛の巣窟】
四方八方に穴の空いた、風穴だらけの巌窟。
穴は通路であり、家であり、大きく開いた口である。
穴を選び、穴を避け、穴から逃げねば道は無く。
しかして穴にしか道もないのである。
「プリステラがチームから外れたわ。これでウチは3人チームになって、クローバーを受け入れられるようになった」
せっかくだからと合同で朝食をしていると、スカーレットから報告が上がった。
【マツバキングダム】のプリンセス・グレゴリウスと相打ちになったか、あるいは生き残りドロシーあたりが介錯したか。ゴーストから定期報告のチャットは届いているので、こっちのメンバーがやられてはいない事は確認できたが。
「これで条件は揃ったわ。【夜明けの月】と【バレルロード】、先に《ガーディアン・オブ・ロスト》を倒した方が勝ちよ」
「そのルールなんだが、一つ追記していいか?
なに、競争だってのにお互いを狙っちまう可能性があるなって思ったからよ。".お互いのリーダーに対する危害は俺が止める"ってなどうよ」
クローバーからの提言は今更ではあるが納得できる。
ここまで仲良くやってきたが、1対1の競争なら相手を蹴落とせば勝ち確一等賞。これはクローバー的にはつまらないのだろう。
"楽しく競争する"事が主体になる。……小狡い事を考える俺やメアリーには厳しいルールだ。
「──さて、この階層だが。単純にどっかの穴が次の階層に繋がっているわけだが……それを利用して、ハズレの穴に魔物が潜んでいる」
フェイが手榴弾をおもむろに穴に投げ込むと──爆発と共に穴いっぱいのサイズの大蜘蛛が飛び出してきた。
──【スキャン】情報──
《スパイダー:ケイヴホール》
LV42
弱点:火
耐性:地
無効:毒
吸収:毒
text:
大穴の奥に巣を作り、穴に入った獲物を襲う大蜘蛛。
1人分の通路に現れるため、接近戦では苦戦する。穴で待ち伏せしている時に遠距離攻撃を受けると穴から飛び出してくる。
糸を吐く能力を失ったが、猛毒を蓄えるようになり、離れた距離でも毒を吐いて攻撃してくる。
──────────────
「フォレストにいた《スパイダー:スカイフラワー》と似たようなもんね。これが穴の数だけいんの?」
「全部が全部じゃないがな。そしてやりやがったなあいつ」
フェイが当然のように片っ端の穴に爆弾を投げ入れて、続々と《スパイダー:ケイヴホール》を外に出す。なんかのんびりしてたらめちゃくちゃわんさか出てきた。
地上の異常に気付いた他の穴蜘蛛も、最早爆撃される前から続々と出てくる。いつの間にか囲まれていた。
【バレルロード】はこれまたいつの間にか、高いところに移動していた。
「んじゃ、お先ぃ!」
「あーやったわねスカーレット! ……火の魔法は使えないのよね。どうするのライズ」
「次の階層へ繋がる穴は固定だ。だから先に行ったんだろうなぁ」
「言ってる場合か!」
「あっははは。どうする【夜明けの月】〜」
クローバーも残っているのは良かった。貴重な戦力だ。
「無論、出し抜く手は考えてある。妖怪と呼ばれた俺の捜索能力を舐めるなよ。作戦会議だ」
──◇──
【第23階層ケイヴ:緑の地底湖】
──side:チーム"夜明けの月B"
log.
プリステラと共にプリンセス・グレゴリウス率いるチーム"特攻隊"を撃破。23階層の《クリアサーペント》を恐れてか、22階層までの【飢餓の爪傭兵団】から逃れて来る冒険者はほとんどいません。
我々チーム"夜明けの月B"の仕事はここで陣取り、先に進んだ"夜明けの月A"の作戦の障害を排除する事。
「──来ましたね。そこで止まって下さい! もう射程圏内になりますよ」
ドロシーが【サテライトキャノン】の準備に入ります。
この"夜明けの月B"では指揮能力が高いドロシーをリーダーとして設定しています。私はもとより、アイコも指揮には自信が無いとのこと。
現れるは──チーム"胡蝶の夢"。アゲハ率いる【金の斧】のチーム。
第21階層で交戦後、ここまで追い付いたようです。
「無理に威嚇してかわちいね。射程範囲くらい勉強済みだよ! ここまででしょ?」
「それに発射待機も出来ないでしょう。発動まで10秒ほどのラグがありますから、私の弓と馬ならその間で射程圏内まで詰め寄る事は可能ですよ」
アイアン8、ナシノツブテ、タツタダ。全員との間に確執は──無い模様。心理的な隙があればまだ優位が取れたのですが。
「【サテライトキャノン】は再発動までめっちゃ時間かかるからねぇ。空撃ちできないよねぇ」
「──ここで睨み合いしてもポイントにはなりませんよ。引き返したらどうですか?」
「アゲハちゃん達はね、ポイントはもうどうでもいいの。
もう完全に【飢餓の爪傭兵団】に敵対しちゃってるようなもんだからね、【夜明けの月】」
鞭を地に叩き付けるアゲハ。ペットの《グリーンホール》"黒蛍"への合図。
しかし射程圏外。まだこちらの足元までは届かない。
「──ウチは仕事はきっちり殺る女だよ。例えもう【金の斧】にいられなくても、まだ【飢餓の爪傭兵団】傘下のアゲハちゃんだから。
覚悟しな【夜明けの月】! ここで仕留める!」
「──アイコさん、ゴーストさんを飛ばして!」
突進してくるアゲハ。ドロシーは【サテライトキャノン】を準備しながら指示を出す。
地上は"黒蛍"が潜伏している。完全地上戦しか出来ないアイコは足を掬われる。
故に空中戦。ドロシーの判断は素早く的確。
アイコが組んだ手に足を乗せ──空中へ投げ出される。
skill:【襲牙】は直線の突進攻撃。空中ならば自由角度の攻撃移動が可能。
「action:skill:【襲牙】──」
「──いらっしゃーい」
嗤うアゲハ。
自身の真下に潜伏させた"黒蛍"が姿を現す。
──自己犠牲の道連れ作戦!
「ストっちが1番危険なんよ。ウチとデートしようぜ!」
突進をその身で受け、私を抱擁するアゲハ。
回避は不可。全身を拘束されれば大掛かりなスキルは発動できない。
──作戦負け。
「ドロシー。後は頼みます」
緑の闇に、視界が落ちる。
──◇──
【第25階層ケイヴ:穴蜘蛛の巣窟】
「【セット】!──【チェンジ】!」
《スパイダー:ケイヴホール》の数が多すぎて詠唱する暇が無い。そんな時に活躍する新技術をあたしは生み出した。
座標登録の難しい【エリアルーラー】だけど、自身を中心として上下方向なら登録は容易い。だから自身を真上──空中に投げ出す。
【チェンジ】によって発生する落下ダメージは0になる。これはつまり、安全圏に避難しつつ詠唱時間を確保できるという事。
移動しながらの詠唱だから魔法そのものの座標登録も大変だけど、慣れればどんな環境でも詠唱ができる。
──こんなふうにね!
「──【風花雪月】!」
氷の花で穴蜘蛛を一斉に氷漬け。上級魔法といえど弱点でもなければ一網打尽とはいかないけど──
「【スイッチ】──【生き血を啜るデモンアクス】!」
ライズは意外と混戦に弱い。それこそ囲まれてから【武器旋回】で周囲を薙ぎ倒すとかくらいしか出来ないけど──一箇所に固めれば話は別。
グレッグさんで見慣れた大斧を振り上げ──
「──【バーンアックス】!」
爆砕の振り下ろし。火属性の範囲攻撃に、ライズのレベルに、武器の性能。穴蜘蛛は耐えられず、今度こそ一網打尽。
そしてあたしは背中から着地。痛くないけどダサいから今度ジョージとアイコに受け身を教わろう。
一瞬の暇を補うため、MP回復のポーションを割って頭から被る。飲むより早い。見た目アレだけど。
「ジョージ! 見つけた!?」
「いやまだだ。ライズ君、本当に3匹潜んでいる穴はあるのか? 今は最大2匹、7箇所だ!」
ライズの作戦。
それは──階層のショートカット。
──────
『これは非公表だが、一つの穴に3匹の穴蜘蛛が同居してるパターンがある。この穴は一つ階層を飛ばして一気に27階層に飛べる。これを探すぞ』
『っていってももう結構な数が出てるけどどうすんのよ』
『一応、どれがどの穴から出たかは覚えているよ。数えればいいんだな?』
──────
ライズのインチキと、ジョージの化け物フィジカルが成す地獄のコンビネーション。
クローバーは少し離れた所で穴蜘蛛と戯れているけど、相変わらずド派手なクリティカル演出で光まくってるから場所がすぐわかる。
「本当に確実にあるのかねー、3匹の巣。【草の根】からもそんな報告聞いた事ないぜ?」
「そりゃ俺が確定で次の階層に行く穴を広めたからなぁ。俺抜きでも見つけて欲しいとは思うが、どうにもまだ誰も気付いていないらしい! 嘆かわしいなぁ!」
なお、そんな隠し道を隠していたのは"忘れていたから"らしい。本当にコイツはもう。
「──3匹目の出現を確認! 見つけたぞライズ君!」
「っし! メアリー! お前から先にジョージの方に【チェンジ】で移動して倒しとけ! 俺はクローバーと徒歩で行く!」
「もう【セット】済よ──【チェンジ】!」
発見したジョージ本人は既に該当の穴の前に到達している。
ジョージの隣に転移して着地する──けど、異様にデカい穴蜘蛛ね。
──《スパイダー:ケイヴホール》LV55
ケイヴ階層ってよくてレベル50くらいじゃなかったかしら。レアエネミーでもないのに。
「さぁやるぞメアリー君。準備はいいか?」
「──当然」
ジョージが薄紫と紅の刃、【ヴィオ・ラ・カメリア】を抜く。事前にライズから、3匹目は恐らくブラックルーチンがかけられていて【調教】は出来ないと言われているから、片手剣で戦う必要がある。
「無理しないでよジョージ」
「任せたまえ。それに今は新たな戦術も可能だ」
ジョージの背後の崖から、3匹の《スパイダー:ケイヴホール》が飛び出す。
敵じゃない。ジョージが【ビーストテイマー】に昇格した事で操れるようになった【調教】済の味方だ。
ジョージは1匹の背に乗ったあと、その勢いで空中に飛び上がる。
残り2匹はあたしの護衛のつもりみたいね。存分に詠唱させてもらうわ。
大穴蜘蛛が甲高い奇声を上げると、周囲の穴蜘蛛が寄り集まった。味方を操る力があるわけね。
「【セット】──流石に手伝うわよ!」
空中に飛び出したジョージを狙って無数の毒液が噴出される。
でも目視でジョージの飛び出す速度を見てるから、数瞬後のジョージの位置座標は計算で把握できるわよ!
「【チェンジ】!」
ジョージは消え、毒液が虚空に衝突。
【チェンジ】先は──大穴蜘蛛の最後!
「っと、ここか。では失礼。【兜割り】!」
斬撃系の振り下ろし攻撃。ジョージ単体の攻撃力は低い方だけど、無防備な背後からの攻撃はクリティカル判定になっているようね。
「振り向かせないわよ。【アイススパイク】!」
威力では無く性能を見る事。ブックカバーさんからの教えの一つ。
大穴蜘蛛の足を凍らせて移動を止める。ジョージのために隙を作れば、後はどうとでもなる。
ジョージは大穴蜘蛛の上に乗る。動けない以上、もう受けるしかない。
「さらばだ。一撃で倒せなくて済まないな」
──高速で、何度も、その片手剣を突き立てる。
火力が低くても倒れるまで切ればいい。なんとも暴力的な発想だけど、効果的ね。
こうして大穴蜘蛛を倒した頃、ライズとクローバーが到着した。
「よし、穴に飛び込め! まだ他の蜘蛛はわんさかいるぞ!」
「休む暇もないわね。行くわよジョージ!」
ジョージの手を引いて、穴に飛び込む。
──って、縦穴じゃないの!
落下してから気付いたけど、これダメージあるのかしら。
〜【夜明けの月】食事番付〜
【Blueearth】での食事は材料があればほぼ自動で作れるけど、完成の確立とかおいしさとかレパートリーは料理スキルに影響される。
その辺無視してマニュアルで作る事もできるが、たいていえらい事になる。
1位:ライズ
めちゃくちゃ美味しいし失敗しない。
普通に料理スキルが馬鹿高い。探究欲の賜物。
「睡眠と飯と風呂は心を豊かにするからな。手は抜かないぞ。
ちなみにマニュアルではできないからな。現実じゃそこまで手の込んだもん作ってないし」
「単純に試行回数が多いだけじゃない。美味しいけどなんか悔しいわ」
2位:ドロシー
料理にこだわりアリ。見栄えとか気にする余裕があるレベル。
「ライズさんの言う、心を豊かにするというのは同感です。結構悲惨だったエルフ派時代も、食卓が彩られてると嬉しいと思いまして、ちょっと飾り切りとかマニュアルでやったりしました。
考えてみればマニュアル操作について考え始めたのは料理がきっかけかも。"神の奇跡"も料理が無ければ生まれなかったかもしれませんね」
「人参で鳳凰作るのはちょっとって言わないと思うの」
3位:ゴースト
オートもマニュアルも完璧。むしろマニュアルの方が正確に作れるまであるが、オートの方がスキルアップにも時短にもなるのでオート操作で料理スキルを鍛えている。
「Yes:料理番は率先してやっています。少しでもスキルを高めたいので。
あと、ライズの負担を減らしたいとも思っています」
「むっっっっちゃ良い子。これウチの子よ。見て見て」
4位:ジョージ
妻に先立たれたから娘の弁当を作れるようになるまで猛特訓した。本人はサバイバル料理でもいいが、環境が安定するなら普通に料理する。
「まぁ俺が忙しすぎて結局弁当は殆ど作ってやれなかったがね。家政婦さんを雇うという発想にもっと早く至っていればよかったよ。
妻にも食べて欲しかったなぁ。一度くらい一緒に厨房に立てばよかった」
「いちいちよぉ! 泣かせるんじゃねぇよ! みんなで一緒に作ってご飯食べるぞオラァ!」
5位:メアリー
料理ガチ初心者。オート操作の恩恵を受ける。
「オート操作でも難しいわ。料理って凄いのね。
自動生成ロボットのお世話になってたから作り方とかわかんないし。でもこれから覚えていくわよ」
「うんうん。向上心があって何より。変にアレンジしようとしないし物分かりの良い子だよお前は」
6位:アイコ
オート操作が匙を投げる。おにぎりを使っていたら岩石ができる。
「う〜〜〜ん、私は厨房に立たない方がいいですね。食材も包丁もまな板も壊してしまうので」
「哀しいモンスターかよ……」




