56.メアリー奥義「売り言葉に買い言葉」
「「入れてあげてもいいわよ!」」
出鼻を挫かれた。
違う。スカーレットとあたしは同時にクローバーさんを勧誘した。
──ここで名乗りを挙げたら【飢餓の爪傭兵団】と敵対する事になる。各階層で雇える傭兵はあたし達【夜明けの月】のレベリングの性質上、かなり重要。ここでの敵対は避けたかったわ。
対してクローバーに名前を売る方は、別に必須じゃない。ここで戦い方の一つでも覚えられれば儲け物。
なんだけど。
そうなるとどうなっちゃうかまで分かるから、阻止しないといけないのよね。
たった1人だけ【飢餓の爪傭兵団】と敵対する事を恐れないおばかさんがいるのよ。
「──ん、メアリー。あんたは辞めときなさいよ。クローバーは【バレルロード】が預かるわ」
【真紅道】の姫、スカーレット。
【飢餓の爪傭兵団】と敵対している【真紅道】側に立つスカーレットが、【飢餓の爪傭兵団】にビビるわけない。だから先手を取ろうとしたのに、まさかの同時になっちゃったわね。
「いーやあたしが預かるわ。何故ならあんた達は既に4人じゃないの。こっちは6人。3人3人で別れるつもりだったし」
「んぐっ。人数調整くらい何とでもなるわよ。そうじゃなくて、ここで手を挙げたら【飢餓の爪傭兵団】に狙われるってわかってないの?」
「わかってますけどー? こちとら元大幹部のサティスに土付けてんのよ。元より狙われるだけの理由はあるわ。覚悟の上よ」
「まぁまぁその辺にしといてくれーい」
間に割って入ったのは渦中のクローバーさん。
絶対にあたし達には触れないように注意しながら割り込んできた。
「よくわかった。モテるのは嬉しいが、これじゃ埒が開かないな。
じゃあイベント最終日に俺が気に入った方に入るってのはどうだ?」
確かに、このルールなら途中参加は可能。だとするならクローバーさんの一存で決めた方が禍根が残らないわよね。
「あたしはいいわよ」
「こっちも。じゃあ対決ね。負けないわよ【夜明けの月】」
──なんとか、勝負という形で落ち着いた。【飢餓の爪傭兵団】はこっちをどう見てるかしら……。
──◇──
《ホテル丸儲け》【夜明けの月】の部屋
「うーーーーん……。
まぁ、良くやった! 偉いぞメアリー」
「いつも通り素直に罵倒しなさいよ」
「普段そんなに酷いか俺。
本心だよ。【飢餓の爪傭兵団】に狙われるようになったにしても、『上等だいつでもかかってこい駄犬共』とか煽ったりしなかったろ。あくまでこっちに非があるかのような言い方ならまだ敵対まで持っていかないと思うぞ」
珍しくライズが、まぁ色々と複雑そうに褒めてくれた。
そうよね。手放しに喜べる状況ではないものね。
「search:クローバーはサティスにより再び姿を隠しました。次の出現はevent:《巌窟大掃除》の開始時と予測されます」
「目標は依然として優勝、だな?
クローバー君にとって仲間になりたいと思えるようにポイントを稼がなくてはいけない。どうすればいい? 初代優勝者」
「おう。多少ルールが変わってるから、俺の時のやり方と──俺の憶測を、まず聞いてほしい。その情報を踏まえてメアリーが策を練ってくれ」
いつになく真剣なライズ。
あたしを認めるようになってきたわよね。いい傾向だわ。
……あたしも、応えられるように頑張らないとね。
──◇──
「──こんなところかしら。まだあたしのわからない情報もあるけど」
ライズの話を聞いて、その上で予測できる事を算出。
それらの対策を踏まえた1番太いルートを、全員に説明した。
「……それはもう作戦ってより予言の域だな。本当にそんな事になるか?」
「この作戦はライズの憶測が合ってる事を前提に組んでるわ。それに計画の節々は経験者の知見が必要よ。どう? 現実的?」
「……まぁそうだな。俺とジョージとメアリーで組めばいけると思う」
「最終的にクローバー君を受け入れる枠が必要だから、それでいいんじゃないか?」
作戦は全て、あくまであたしの想像で構築されている。一応柔軟に対応するつもりだけど、上手くいくかしら。
「大丈夫だメアリー。ドーランでの作戦だって完璧に読めてただろ。この作戦は上手くいくぞ。
さて、そうしたら後はジョブだな。天体観測に行くぞー」
──切り替え。
レベル50になったドロシーを【サテライトガンナー】に昇格させるため、星の見える1番高い場所に行く必要がある。
「アドレは侵入禁止のアドレ王宮。攻略階層は時間が足りない。ルガンダは地底。消去法だな」
──◇──
【第10階層 大樹都市ドーラン】
【葉光】旧ドリアード王家《向天神殿》跡地
大樹の葉の上、かつての神殿。
既に解体が決まり、現在は【朝露連合】の会議室として運用している。
──ライズさんが事前に連絡していた様で、到着するなりダミーさんとベルさんが迎えてくれました。
「人が色々と動こうとしてる時に貴重な労働力を持っていくなんて良い度胸じゃない」
「ライズさんには一応伝えておきますが、こちらで預かってます。会おうと思えば会えますが?」
ダミーさんが濁しているのは、クローバーさんの事だ。
サティスさん預かりとなった事で雲隠れしていたけど、サティスさん経由で調べられて【朝露連合】に目を付けた連中も多いみたいで。誰が聞いてるかもわからないので、隠語で会話している。
「いや、これ以上迷惑はかけられない。今日は神殿に用がある」
「ええ。伺っております。どうぞこちらへ」
案内された神殿は半壊してるけど、上に登るには充分な頑丈さを残していた。
僕はクアドラさんから預かったチケットを空に掲げると──
「お、アレか」
真上に、銀に輝く円盤が。
同時に光が降りてきて──僕だけ宙に浮く。
「あ、わ、わ、行ってきます」
「コノカさんは昼頃戻ったって言ってたな。朝には戻ってこい」
ライズさんは冗談半分、僕への期待半分でそう言う。
少し嬉しい。僕を認めてくれてるわけだから。
──イベントは明後日の昼から。【サテライトガンナー】への転職を素早く済ませれば、それだけ調整の時間を確保できる。
がんばろう。がんばって……クアドラさんに追いつかなきゃ。
──◇──
──翌朝。
【第20階層 地底都市ルガンダ】
《ホテル丸儲け》ロビー朝食会場
「ただいま戻りました」
「はっっっっっや」
バイキングに来たらもうドロシーがいた。
早すぎない? 一晩で習得したのか?
……服装はいつものゴスロリ女装だが、耳にインカム付けてるな。これが【サテライトガンナー】の装備か。
「ジョブ昇格試験が、宇宙人との意思疎通だったんです。言語は最後までわかりませんでしたけど、何を言いたいかはわかりましたから……」
それは……臆病なコノカさんには厳しい試練だったろうな。
しかし"観察癖"末恐ろしいな。対人においてのみ発揮されるけど、読心と翻訳って凄い能力だぞ。現代は天知調発明の《屈強!バベルタワー》によって全言語自動翻訳が為されているが。
相手が何を考えるかを理解するというのは、例えばドロシーの気遣い上手にも出ているのだろう。あるいは言葉要らずの指示が可能になるかもしれない。
前線から離れた後衛職において最適な人材だ。超長距離狙撃能力──《神の奇跡》の方がオマケとなりかけてるな。
とりあえずパンケーキを口に詰めてあげよう。えらいぞ。
「ふぁ」
「よく頑張ったな。メープルシロップと生クリームたっぷりのワッフルをあげよう」
「まむまむ……ありがとうございまふ」
「夜通しで疲れてるだろ。今日は休むか?」
「現実より徹夜のダメージは軽減されてます。今日はこのまま第3職の調整をして、明日の本番に備えたいです」
「無理するなよ。生クリーム大福をあげよう」
「ライズさん甘いの好きなんですか?」
「んにゃマスコミ餌付け用だったんだけど余っちゃってな。年頃の娘さんにロールパン一つじゃ無骨すぎるかなーって用意したんだが多すぎた」
無論、お残しは許さない。誰も来なかったらちゃんと自分で食べるつもりだったが。
「ンおはようございますライズさァン!」
「ほらきた。とりあえずどら焼きをあげよう」
「もぐもぐ」
このようにマスコミは黙らせるのだ。
──◇──
【第21階層ケイヴ:カミサマの通り道】
「【バレルロード】【夜明けの月】合同訓練を開始するわ!」
昨日の今日で元気溌剌スカーレット。
コノカとドロシー、二人の新人【サテライトガンナー】を抱えたあたし達は、明日のイベントに向けて合同トレーニングをする事になった。
「イベントじゃ敵同士だけど、それはそれ。今日はよろしくねメアリー」
「そういう合理主義、嫌いじゃないわスカーレット」
ここ数日で、スカーレットとは気が合う……似てると思った。イベントが終わっても良好な関係を築きたいわね。
「んで、早速だけど。やっぱり目玉は【サテライトキャノン】よね。今の二人ならどのくらいの規模になるのか。早速試してみましょう。ライズー」
「あいよー。【スイッチ】── 【宙より深き蒼】」
海月の盾を取り出すライズ。練習は効率的に。
「的はライズよ。前回のクアドラさんとのレベリングで、【サテライトキャノン】は魔法に近い物理魔法混合の無属性攻撃と判明してるわ。魔法部分は《ジャストレジスト》で無効化できるから気にせずぶち込みなさい」
「いや、ジャストガード失敗したら死ぬのでは!?」
「だからついでに【サテライトキャノン】のジャストガードタイミングを模索するのよ。コノカさんとドロシーにはあたしがデバフ魔法掛けて火力落とすから殺すつもりで狙いなさい」
「貴重な経験だ。どんどんこい!」
……提案したのはライズなのよね。こうやってあのイカれた知識を蓄えてるのだと思うと納得だけど。
「ふぇ……あ、あの。や、やります。よろしくお願いします!」
コノカさんが前に出る。長い黒髪は目元を隠してるけど、あたしくらい背が低いと下から可愛い目が見える。美人ね。
コノカさんは右耳のインカムに触れて、座標登録のために両手銃を左手でライズに向ける。あくまで照準登録のためだが、スタイリッシュな立ち方になったわね。
「──っ、わわっ、……こ、このっ」
何かに翻弄されている様で、慌てながらもあの赤い円が出現──クアドラさんのそれとは違い、サイズが小さいが……何より、サイズが広がったり縮んだり安定してない。
「っ、【サテライトキャノン】!」
「よしこい!」
天井を透過して振り下ろされる、光の柱。
ライズには直撃したけど──ライズ1人分くらいの、極細のレーザー。詠唱時間は10秒ほど。
「《ジャストレジスト》は失敗したが……ダメージはそんなに無いな。これが熟練度の問題か、他に要因があるのか」
「コノカ、大丈夫?」
へたりこむコノカさんにスカーレットが駆けつける。スカーレットの頭を撫でてコノカさんは立ち上がった。
「うん、大丈夫だよ。
……威力と範囲は、私の技量不足です。原因は座標の不一致。
詠唱開始と同時に、決められた範囲の円ぴったりに手動で円を重ねるようなイメージが浮かんできました。恐らく、詠唱時間中に2つの円が一致していた時間の長さで威力と範囲が決まるんだと、思います」
攻撃範囲である円がブレていたのは、手動で座標を一致させようとしてたからなのね。じゃあクアドラさんは──
「──クアドラさんの円は、一切ブレなかった。つまり最初から最後まで、完全一致の最高火力を維持できたって事、ですね」
「やってみてわかりました……。アレができるのならクアドラさんが最前線で引く手数多なのも納得です。
レベルとかステータス以前に、技量と感覚が重要です。もっと練習が必要ですね……」
順番を交代させて、ドロシーの手番。
撃つ直前までコノカさんと感覚について擦り合わせをしてるけど、コノカさんが離れた。本番ね。
──◇──
──クアドラさんを観察したのはたった1日。
僕の"理解"は、その人の行動を深く観察し、行動原理を把握する所が第一段階。"どう動くか"がわかって、それから"何を思っているか"まで繋がる。
人間観察能力。自分を隠そうとする人の心は読みにくい。多分メンタルトレーニングとかしてるジョージさんとかは、未だに"理解"まで到達できていない。
クアドラさんは自分でも自分を理解していない、隠し事ナシのタイプだったのでかなり"理解"が進んだ、と思う。
だから──我ながらキモいけど──僕はクアドラさんになれる。
知識経験まではムリ。そこまでは"理解"の範疇を超えてる。
でも、この目で4回、【サテライトキャノン】を発射するクアドラさんを観察した。
"理解"が進んだコノカさんの【サテライトキャノン】も見た。感覚もできるだけ詳細に聞いた。
いける。
多分クアドラさんなら、こんな感覚で──
……っ、出た。僕に見える円。
指定した座標──ライズさんを中心に赤い円。そこより離れた位置に、黄色い円。こっちが僕が操作する円だ。
初めて見た。否。
わたしはクアドラ。
いつものように、座標を捉える。
いつものように、光の奔流を叩き落とす。
いつものように、敵を殲滅する。
「──【サテライトキャノン】」
──あっ、ライズさん大丈夫かな。
──◇──
──クアドラさんのそれとは少し範囲が小さかったが、明らかに格の違う巨大光線。
発射と同時にドロシーが倒れる。ライズよりこっちが心配ね!
「ゴースト! ライズ任せたわ」
「answer:お任せ下さい」
「ドロシー! 大丈夫!?」
コノカさんもそうだけど、【サテライトキャノン】は精神の消耗が激しいみたい。【Blueearth】において精神の消耗はステータスに反映されないからわからないけど、歴然としたダメージよ。
仰向けに倒れるドロシー。コノカさんの時より明らかに消耗してる。
「……75%……って、ところです、ね……。
かなり無理したんですが……僕のクアドラさんだと、こんなものかぁ……」
「なんかキショい事言ってるわね。アンタ何やった?」
「……クアドラさんに、なりきってみました……。
やった事はありませんけど……出来るかな、って……。
……でも実際は遠く及ばないです、ね」
なんか変な謙遜してるけど、そりゃそうよ。実際は初めての経験だし。
そんなことよりも、コノカさんでほぼ失敗してる初【サテライトキャノン】で7割近い完成度を叩き出してる事は相当ヤバいわ。
「アンタ今、凄い事したのよ。アレ見てみなさいよ」
アレ──瀕死のライズに指をさす。
「《ジャストレジスト》に盛大に失敗した愚か者よ。デバフ掛けてコレなんだから、実質アンタはライズ倒せるのよ。わかる?」
「……よかったぁ。ライズさん、多分ガード不可って分かっててやってるから、死んでなくてよかったです」
「──は? ガード不可? そうなの?」
「いえ、わかりませんけど……ライズさんがそう思ってる顔なので」
ゴーストの回復を受けたライズが駆け寄ってくる。
……この距離でも読心できるの? マジで?
「盾が壊れた。練習はここまでだ。よくやったなドロシー」
「……えへへぇ。褒められちゃいました」
読心。翻訳通訳。行動予測。
そこに加えて、実質的な専門技術の盗用。未経験の動作勘の獲得。
ドロシーって、一般人よね?
お姉ちゃんやジョージみたいに、どっかトンでる逸般人よね。
「メアリーは俺の心配してくれ」
「アンタはジャスガ不可と知っててこの練習案を立てた容疑が掛かってるわ。後で査問会よ」
「なんてこったい」
~ベル社長観察記録~
《記録:元【井戸端報道】記者:パンナコッタ》
ドーランから飛び出し、【Blueearth】全土の商業を支配せんとする【朝露連合】。
その第一隊になぜか選ばれてしまった。パンナコッタです。【井戸端報道】からは除名されました。
「ごめんなさいねパンナコッタさん。遠慮はできないから逃げたかったら言いなさい」
──ギルドマスター ベル
クリエイター系第2職【鍛冶師】
レベル36
「ちゃんと逃がしてあげるんだよね?」
──サブマスター サティス
ウォリアー系第3職【サムライ】
レベル130
現在はこの3名。攻略を進めるのなら有力な人材が必要だ。メンバー集めの必要がある。
「何人か目星は付けてるわ。勧誘するわよ」
──◇──
【ダイナマイツ】ギルドハウス
「いやァ、俺ァ駄目だ。ドーラン【飢餓】傘下の頭だぞ。抜けられねンだわ」
ギルドハウスに突入するや否や無骨にボンバさんを勧誘。そして一蹴。
「とはいえ、ライズの手伝いにゃァ違いねェ。工面しよう」
と、適当にギルドハウスを見回すボンバ氏。
「おォいた。レン! こっち来い」
「っス。どうかしたっスか?」
「お前卒業。ベル社長を手伝え」
「サティスさんに協力すんのマズくないっスか?」
「じゃあ【飢餓】に入らなけりゃよくね?」
「そっすね。世話になったアイザックさんにお手紙送ってくるっス」
すごいトントン拍子に話が進んでいく。
そんなのでいいのか。
「サティス中心で高速レベリングするとして、脚は私ね。魔法と遠距離が必要ね。パンナコッタさんは何だっけ」
「ヒーラー系第3職【ドクター】です。アイテムによる回復支援と、デバフ耐性付与が可能です」
「んじゃ回復の要になるわね。あとは……まあいいわ。基本はこのメンバーで、成り行きで追加していきましょう」
随分と適当というか、階層攻略を舐めてないか?
……と、思っていたが。その後の異様なレベリング作業で、舐めていたのは自分だったと後悔するのであった。




