54.掟破りのサムライ"アシュラ"
──《最強》。
【Blueearth】にてただ一人に与えられた、有無を言わさぬ絶対の称号。
だがその情報は【井戸端報道】によって極限まで秘匿されている。
その存在そのものが極秘情報。トップランカーにおいては、どんな情報であれ値千金。闇ルートではとんでもない値段で取引されるレベルだ。
最強ともなれば格が違う。例えば、もし、"最強"を自称する者が【飢餓の爪傭兵団】傘下の前に現れたら?
偽物ならば粛清。本物ならば最前線の【至高帝国】へ本隊が【ギルド決闘】を申し込むだろう。"最強"不在のチャンスを逃すはずがない。
だからナメローは困った。目の前で"最強"を自称するこの男に。だってどっちに転んでもイベントの邪魔になる。
本当に偶然だけど、"最強"を知る元トップランカーで元上司のサティスがいた事が、更にナメローを追い詰める。
──結果が、確定してしまう。
嘘であれ、事実であれ。
むしろ「僕今は【飢餓】抜けたから」みたいな返事であって欲しかったろうに、その幻想は崩された。
だってサティスの愕然とする表情が、雄弁に語っていたから。
「そいつの名前はクローバー。
トップランカー【至高帝国】の一員にして、【Blueearth】最強の冒険者だ」
覚悟が必要だ。
今回のイベントをきっかけに、【Blueearth】は大きな分岐点を突破する事となるだろう。
"最強"が、【飢餓の爪傭兵団】の目の前で堂々と、自身の存在を公表したのだ。
「あー、あれ? 名乗るのマズかったかねサティス」
「当然だよ馬鹿! 今すぐ最前線に戻れ! 戦争が起きるぞ!」
「そっかー。でもな、俺帰れねぇんだわ。どうしようか」
「どうしようもクソも……あぁ、なんで僕がキミの面倒を見ないといけないんだよ!」
面倒事となると慣れたものか、サティスがテキパキ取り仕切り始める。流石はトップランカーの問題児共のまとめ役だっただけはある。
「とりあえずクローバーは僕が預かる。本番までは僕と行動。できないなら最前線まで戻る事。いいね?」
「うん。頼むわサティス」
「はいはいどうも!
ナメロー君! 参加自体は取り消せないと思う。クローバーが参加する事を本隊に連絡して。戦争になるから本人の身柄は行方不明ってことで処理した方がいいよ」
「相わかりやした。公表は?」
「それ以上は僕の指示できる限界を超えてる。このイベントの主催はナメロー君と、その頭である【飢餓の爪傭兵団】だ。その辺りは好きにするといい。
けど、間違えたらすぐ戦争になるから。君はよく理解してる人だと思うけど、一応細心の注意をはらってね」
「では早速私は報告に。 ライズさん。忙しなくて申し訳ない」
「あ、おう」
バタバタと慌ただしく、サティスもナメローも渦中のクローバーも消えた。
俺とドロシーは目を見合わせる。
二人同時に、呟くように言葉が出た。
「「──《掟破りのサムライ"アシュラ"》」」
──◇──
《ホテル丸儲け》【夜明けの月】の部屋
「緊・急・会議ーー!」
【夜明けの月】全員集合。ジョージをベッドに横にして、ホワイトボードを召喚。
「クアドラさんでも大概だったけど、マジの"最強"が来るなんてね。サティスさんの時もそうだったけど、最前線にいる人の情報一つだけで命を狙われるレベルなんでしょ? もはやテロじゃない?」
「あそこまで大々的に堂々と来れば、理不尽に狙われる人もいないだろうな。そういう判断だったのかはわからないが……とにかく。緊急会議だ」
まずはおさらい。
俺たち【夜明けの月】は、最前線を走るトップランカーの動きを止めることでゲームマスターとの直接交渉権を得ようとしている。
トップランカー3ギルドを同時に相手取るのは難しいので、【ギルド決闘】を一つずつ申し込んで撃破していくスタイルとする。
そして相手に【ギルド決闘】を受理してもらえるよう、見返りとして【夜明けの月】のメンバーが引き抜きたくなる程に優秀でなくてはならない。
「最初に【真紅道】、次に【飢餓の爪傭兵団】、最後に未知数の【至高帝国】と戦うつもりだった。が、ここで状況が変わるかもしれない」
「全く情報の無かった【至高帝国】の、しかも最強戦力がこんなところに登場したからね」
「これはかなり重要な案件だ。が、それだけじゃないぞ!」
「そうです!」
ぴょこっと頭を出すドロシー。このメンバーでこの事を理解しているのが俺たち二人だけというのは不思議なくらいだが。
「さっき言ってた《掟破りのサムライ"アシュラ"》ってやつ? それなんなのよ」
「よくぞ聞いてくれた。
クローバーの正体、それこそが《掟破りのサムライ"アシュラ"》。伝説を作り上げた《世界最強のゲーマー》だ」
──◇──
現実世界換算7年前。
世界一有名な格闘ゲームの世界大会が行われた。
ゲーム名は【オクトパスブロー8】、通称オクブロ。
日本初の伝統ある格闘ゲームである同作は、ナンバリングタイトル8作目として特に力を入れた作品だった。過去作やスピンオフ作品、アニメオリジナルキャラクターからホームページの案内キャラまで。オクブロに関わった全てのキャラクター総勢58キャラ全てを参戦させたとんでもないゲームだ。
毎年恒例のオクブロ世界大会。その年のはギネス記録も狙っていた。会場は確かラスベガスだったよな?
「はい。トーナメントの参加者も従来32名だったところを64名にして一試合分増やしていました」
……ドロシーは当時7〜8才だと思うんだが。詳しいな。
ともかく。問題は、オクブロ世界大会にあったとあるジンクスだ。
"日本が作り、アメリカが勝つ"
日本初のこのゲームは、しかし過去一度たりとも日本が世界大会優勝を持ち帰った事はない。
実際この年も日本の代表者は(窓口2倍なのに)僅か3名しかいなかった。それでも歴史的快挙だ。1人も出場できない年だってザラにあったからな。
で、そのうち2人──片方は当時最も強いと言われていた日本代表、通称【サムライ】が、一回戦敗退。
最後の1人の肩に、"日本"が乗っかった。
遂に決勝戦。対戦相手は前年度チャンピオンにして4冠持ちのアメリカ代表"キング・ブラマンテ"。操作キャラクターはオクブロ3以降のナンバリングタイトルの主人公の闇堕ち形態【ダーク・マサカド】。あまりに多すぎるコマンドを持つ、"格ゲーが上手い奴しか使えない"タイプの強キャラ。
対するはここまで奇跡的に残っていた日本代表の"アシュラ"(日本の決勝進出は4年ぶり3回目)。操作キャラクターはオクブロのスピンオフ漫画に登場し、【ダーク・マサカド】を治療した狂気の医者【ハッピーラックモンスター】。その登場シーン脅威の3コマ。格ゲーにおいてタブーとも言える、"運要素の塊"の外道キャラクター。オンライン対戦なら冷やかしと思われて切断されるまである、使い勝手とかそれ以前のネタキャラ。
──そして事件が起きる。
中継越しに響き渡る歓声。あるいは怒号。悲鳴。
武人同士の戦いにエンタメは不要と言わんばかりの一刀両断!
決勝戦の試合時間は狂気の3分切り!
圧勝という言葉すら生ぬるい、絶対的な勝利。
運を味方にした? いや、運も不運も武器にした。絶対王者を下した日本人は、かくしてこう呼ばれる。
──掟破りのサムライ"アシュラ"。
その名は檜佐木宗一。当時18才。
──◇──
「というわけだ。俺もそこまでゲーマーってわけじゃないが、ゲームを嗜んだ事のある奴なら顔も名前も知れ渡ってる文句なしの《最強のゲーマー》だ」
「あのあと檜佐木さんは動画配信やメディア露出を始め、トップインフルエンサーの一人にまで登り詰めます。【Blueearth】の広報もされましたね」
「説明どーも。めっちゃくちゃ熱意が伝わったわ」
「俺はVRゲームが流行してから一度共演した事があったな。最強vs最強とか銘打って。俺がゲーム機壊してお蔵入りになったっけ」
後ろの方でまた最強ネットワークの情報が出てるぅ。
……《最強の女性》、《最強の人類》に続いて《最強のゲーマー》ね。とんでもない奴ばっかり出てくるわね。
まぁ【Blueearth】の規模を考えたらいてもおかしくないとは思うけど。記憶なくても尚最強なんて流石ね。
「なお、優勝に使用したキャラ【ハッピーラックモンスター】はとてつもない運ゲーキャラだったので檜佐木さんの実力を疑問視する声が多数上がりましたが、その後配信による有名ゲーマーとの対戦や、半年感覚で前年度チャンプ"キング・ブラマンテ"からの挑戦で実力を発揮し解決しています」
「うん。そんでゲーマーコンビはどう思ってるの?」
「「あの人が相手なら勝てるわけがない!」」
なるほど理解。
「なんで黎明期に影も形もなかったのか全くわからんが、そりゃ最強だわって実力者だ。ぶっちゃけ相手したくない。
なので方針として、ここで仲良くなっておく!
今後の攻略でまかり間違っても妨害されないよう全力で媚び売って、最後の最後【至高帝国】と決着を付けるまでは仲良くしたい」
「凄まじく逃げ腰ね。そんなヤバいの?」
「ヤバい。いつかは倒さなくちゃいけない相手だが、今敵対すれば滅びる。たった一人でトップランカーの抑止力になってるような奴だぞ。とにかく今回のイベントは荒れるだろうな」
「同じイベントに参加して勝てば注目はしてくれるわよね。或いは景品を譲るとか。目下目標は打倒クローバー! でいいかしら?」
「恐れ多いが、そうなるな」
うんうんと頷くライズ。優勝経験アリのライズがいるなら、勝てない事もないかしら。
……今回、過去一でライズが興奮してたわね。
ゲームはそれなりにやってきてたみたいね。少しでも齧ってる人なら知ってるらしいけど、少なくともあそこまで熱弁できる程度にはゲーム好きなわけね。
……いや、世界最新のゲームなんだからやってる人は大体ゲーマーか。知らないあたしの方が少数派よね。
──◇──
ギルド【金の斧】緊急対策バックヤード
【飢餓の爪傭兵団】の各階層参加ギルドへの連絡用として購入・支給されたモニターには、既に何名かの代表の顔が写っている。
【金の斧】からは私と、見習い研修としてアゲハちゃん。変な事言わないようにと釘を刺しておきましたが、既に緊張して黙っているようで何より。
『──ぁー、アー。遅れちまってすンません。ドーラン担当【ダイナマイツ】ボンバ。ここに』
『緊急開催につき、傘下ギルドの出席は任意としている。時間に間に合うよう努力してもらって感謝するぞボンバ』
仕切り役は【飢餓の爪傭兵団】本隊、三大幹部の1人"絶対王権"キング.J.J。傘下ギルドは7割ほどが参加しているか。
隣にはかつての教え子、《最強の復讐者》ファルシュ君もいる。
『ゆーてオジキからの召集やからね。世話んなった連中は多いでー。キングが呼んだらこうもいかへんとちゃう?』
『じゃかぁしいファルシュ。定刻だ。情報は緊急連絡で回したメッセージの通りだが……ナメロー。説明を頼む』
「はい。今回の一件──【至高帝国】《最強の冒険者》クローバーのイベント参戦は事実です。私は直接お会いした事はありませんが、偶然いたサティスさんのお墨付きです」
『またあいつか。
……最前線でも確認が取れた。間違い無くそこにいるのはクローバーだ。
我々本隊はこれより【至高帝国】に対する【ギルド決闘】の申請へと向かう。故に、だ』
『オジキにゃクローバーの拘束をお願いします。イベント参加するってんなら好都合やね』
……最前線に戻られると困る。だがサティスさんと話していたクローバーさんはイベント参加に前向きだった様子。ここは問題無さそうだ。
『そして、何が目的かは知らんがクローバーを勝たせるな。これは【飢餓の爪傭兵団】の威信を賭けた戦いだ。
本隊は全面戦争の可能性もあるから参加できんが、ミッドウェイ支部やエンジュ支部の者を派遣しても良い』
「……うーん。意見宜しいか」
『無論。ルガンダに明るいのは貴殿だ。忌憚なき意見を求む』
高圧的と恐れられるキングさんだが、これでいて話のわかる人だ。こっちとしても話やすくて助かる。
「ルガンダのイベントには、そこまでのレベルは必要ありません。無闇に高レベルの冒険者を集めると少々参加者が萎縮してしまうかと。質より数が求められるイベントですね」
『ならウチが回そうか』
手を挙げたのは私も一目置く若き獅子──第30階層担当、【マツバキングダム】GMマツバさん。
ファーコートの逆立つ鬣は若くして王者の貫禄を醸し出している。
『次の防衛戦まで時間はある。突発対応だとしても半分で充分だ。30人。うちの姫を先頭にして送る。足りるか?』
「ウチの30と合わせて60……そうですね。経営側である【飢餓の爪傭兵団】としての参加はこの辺りが限界かと思います」
『んぅ……そうだな。運営がレベルと数の暴力でイベントを荒らすのはナシか。
では頼むぞナメロー。あと……』
「ええ。わかっています」
「クローバーに手を貸す者は、今後一生【飢餓の爪傭兵団】に追われる事となる。警告は抜かりなく済ませておきますよ」
……うん。これは重要。
【飢餓の爪傭兵団】にしてもクローバーさんにしても、このゴタゴタに乗じて騒動を広げないようにしなくてはならない。代紋掲げて追い払うくらいはしましょうや。
(……ギルマス。ライズっち大丈夫かな)
アゲハちゃんが小声で耳打ちする。
うん。あの人はまぁ、何とかしますよ。
ほっといてもいらん事する人です。ほっときましょう。
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《寄稿:【金の斧】ナシノツブテ》
本稿ではルガンダで展開する冒険者用商店の紹介をします。
・冒険者ギルド【金の斧】
先ずはこちら、民間クエストの受付である【飢餓の爪傭兵団】としてのギルドハウスです。
民間クエスト、あるいは傭兵業依頼。ルガンダの道案内もしています。
・大衆酒場
【金の斧】の真横に併設されている酒場です。
原住民のドワーフさん向けに開かれてはいますが、冒険者も利用可能です。
座敷になっており、ドワーフさんと相席でも視線が合うように設計しております。
人気商品はドワーフ用のおつまみ《ガーネットナッツ》。人間では食べられませんのでご注意を。
・冒険者用高級宿《ホテル丸儲け》
ルガンダで1番高いホテルです。高さも、値段も。
商店街正面に建設された当ホテルに宿泊された方は、商店街で購入した商品を自室へ無料で届けるサービスを受けられます。
・鍛冶屋【架け橋】
ナメローさんによって集められた優秀な【鍛治師】15名による鍛治ギルドです。
装備強化の依頼は最前線からも来る程の腕前。これほど洗練された腕を持つ【鍛治師】は最前線にも少なくといいます。
元はナメローさんが立ち上げたこのギルドも、今は【金の斧】経営のため後任に譲る形にはなりました。
しかし、極稀にですがナメローさん自身が槌を握る事もあるとか。
・《ルガンダイベント運営会議館》
ドワーフ族長の住居でもあります、ルガンダの端に建てられた巨大な家屋。一階が丸ごと大会議室となっています。
永劫のドワーフと冒険者の有効を願ってナメローさんがプレゼントしました。
イベントの際の受付などにも使われています。




