51.肉食系女子が多すぎる
【第20階層 地底都市ルガンダ】
──拝啓、ハヤテこのやろう。
お前のせいで俺は今、命の危機です。
「ライズ。帰ってきてみれば、どういう事よ」
往来のど真ん中、【バレルロード】を引き連れて帰ってきたメアリーに問い詰められる。
俺は動けない。物理的に動けない。
──俺に抱きつく女が、俺をロックして動かさない。
「落ち着けメアリー。誤解だ」
「おや誤解なのかい少年? ワタシに抱かれてくれるって甘く囁いてくれたのは嘘だったかな?」
黒髪セミロングの眼鏡美女が、悪い顔で煽る。
俺の耳を噛むな。
「──ブランさん。それ貸して」
「構わん」
「構わん事ないよな!? それ冒険者特効! 即死武器だから!」
「おや、ワタシごと貫いてくれるのかな? これで一心同体だな少年」
「胴体とのお別れだ馬鹿やろう! 早く離れないと死ぬから! 俺もお前も!」
──追伸。
よく考えたら俺が悪いわ。ごめんハヤテ。
──◇──
〜数分前〜
「外出していいのか?」
「しても良いように私が同行しているんだ。ハヤテの位置も把握している。鉢合わせにならないようにするさ」
将棋、囲碁、リバーシなどなど……。定番のボドゲを遊び尽くしてブランが泣きそうだったので、気分転換に外出する事にした。
「いやぁしかし凄いなルガンダは。あの気難しいドワーフ達とここまで共存できるとは」
攻略が進むにつれて冒険者の総数は減っていく。それは各拠点に相応の魅力があってそこに定住するパターンも少なく無い。
だがルガンダはその点では魅力が薄い。ずっと鍛治ばかりする毛玉を相手取り、太陽光の届かない地底でずっと過ごすというのは難しいものだ。
それをここまで変えたのは、ここの支配人にして俺の旧友、ナメローの努力あっての事だ。
「ドーランと違って心配する事も無く、クリックと違って階層に異常も無い。【アルカトラズ】としては助かる話だ」
「はっはっは。流石はナメロー。天下の《拿捕》の輩をしてこの評価か。
で、やっぱクリックにはシステム上の不具合があるんだな?」
「情報漏洩につき自害する」
「止まれ止まれ止まれ止まれ! 俺が悪かった!」
ノータイムで白き劔を自らの首に突き立てようとするブラン。
判断が早すぎんだよ!
「軽い冗談だ。むしろマスターは【夜明けの月】に聞いてもらいたがっていた。往来でする話でも無いし、帰ったら話そう」
「悪い冗談だ。アンタに目の前で自害されたら、俺はもう美人がトラウマになるぞ」
「ふっ。女を悦ばせる天才か? 投獄するか」
「なぜぇ?」
他愛もない会話。ブランとは昔から地味に接点があったから……というか、経歴を考えればブラン誕生後の初仕事が俺だったのか。なんか不思議な感じだ。
「Hi.少年。デートかい? ワタシも混ぜてくれたまえよ」
突如。背後から声を掛けられて──振り向くと同時に正面から抱きしめられる。
俺よりは小柄だが、高いヒールによって首元に頭を乗せられる。抱きしめるというより、頸動脈を狙われているような恐怖。
──俺はこいつを知っている。
「最強最大の商業ギルド【マッドハット】ギルドマスター……セリアン。なんでここにいるんだよ」
「キミの前ではただのセリアンと呼んでほしいなァ。偶然見かけたから、挨拶のハグだとも」
「ブラン。たすけて」
「もしそのまま首を噛み千切ったりしたら冒険者同士の闘争として止めるぞ」
「事後行動は遅くないですかね?」
「つまりは黙認だね? このままdeepな事をしても?」
「風紀に反するのは宜しく無いが、そこを止める権利は無いな。だが劔を貴様らの首に当てたまま通報を待つ事はできる」
「残念だ。続きはホテルでだな」
「続かないから。要件を話せー」
セリアン。最強商会の大ボスにして、全盛期に俺に突然金を渡してきた、変な女。そう。変人だ。
最強の商人なのに商売に興味が無さそうなんだ。【マッドハット】を回しているのはサブマスターの方。こいつは前線で冒険者活動を楽しみながら、気の赴くままに好き放題している。
だが目下問題なのは縦セーター越しに感じる質量の暴力と温もりだ。なんでこんな変人に限ってスタイルいいんだよ。だれかたすけて。
「要件なんてないよ。ただ、いつだって少年に最初に目を付けるのはワタシだろう?
久しぶりに騒いだらしいじゃないか。相談してくれればドーランもワタシのものになったのに」
「お前が、勝手に、俺の服に札束ねじ込んだだけだ!
お前に言う義理もないだろ。いい加減離れろよ。危ないぞ」
「haha! 堪えられないなら襲いたまえよ少年。ワタシの抱き枕君。それともワタシでは足りないか?」
「足りすぎてるから、危ないんだって。男にあんまりベタベタするなって。狙いがあるなら直接言ってくれ。
話くらいは聞くからさ、そういうのを安売りしないでくれよ。嬉しいけど心配なんだって」
「──oh。わかった。離れない」
「なんでぇ?」
むしろより強く抱きしめられた。なんでぇ。
「……少年を匿ったという件の商人。何者だい?」
「ただの偏屈な商人だ」
「【飢餓の爪傭兵団】に深く関係があるとか?」
「それは本当に知らん。本人に聞いてみな」
「ではそうしよう」
ベルの情報が欲しいのか、それともただ話題に上げたのか。
商人という人種がわからないというのは、俺の中ではセリアンが原因だ。こう距離感バグった好意を向けてくるかと思えば、いつの間にか俺をダシに荒稼ぎする。どこまで本音なのかまったくわからん。
「……じゃあそろそろ離れてくれるか」
「もうちょっと少年を堪能させてくれ。本当に、久しぶりじゃないか。
少年が降りた時は、ワタシとデュークが手を回したんだぞ。誰もキミの平穏を脅かさないように。一年ぶりの充電だ」
……この、寂しそうな声も、演技なのか本音なのかわからん。
演技だ!って引き剥がすだけの冷酷さもなければ、本音だ!って抱き返す程の単純さも持ち合わせてない。なんかいつかアイコに言われた通りだな俺は!
「あー、じゃあ気が済むまで抱きしめればいい。丸一日とかダメだからな。もう少しだけだぞ」
「……ん。ok.いいコだ少年……」
漂う甘い香りとほのかな温もりに翻弄されながらもそのまま停止していると──
「ライズ。帰ってきてみれば、どういう事よ」
そりゃそうなるわな。
──◇──
《ホテル丸儲け》
──【夜明けの月】の部屋
「定刻だ。《敵対行動ペナルティ》24時間経過につき、私は帰る」
「待ってくれブラン。捨てないで」
【夜明けの月】【バレルロード】、なんかいるクアドラ、そのまま付いてきたセリアン。
ここでブランが消えたら真っ先に俺が殺されるぞ。帰った矢先にお仕事でまた来るくらいならまだいた方がいいんじゃないか。
そんな俺の抵抗も虚しく、ブランは消えてしまった。
「……まぁ話はわかったわ。初めまして【マッドハット】のセリアンさん。あたしは【夜明けの月】ギルドマスターのメアリーよ」
「聞き及んでいるよ。今話題沸騰中のキミと会えて嬉しいよ」
と、セリアンがメアリーの手を取り握手。
違う。
ガッツリとセリアンの手を拘束した。
「ゴースト!」
「mission:【ライズ奪還作戦】開始します」
一瞬の隙を突いてゴーストが俺を拐う。やや攻撃的だったけどこれペナルティ付かないだろうなオイ。
「奪還完了」
「よォし! アンタね、ウチの激チョロ参謀にコナかけんじゃないわよ。こいつ乳の一つでも当てりゃ何でも喋っちゃうんだから」
「お前には無理だな」
「ころす。
で? 何が狙いなワケ」
何でも喋らないように頑張ってるから困ってるわけなんだが。
あとクリックの話をブランから聞きそびれた。今日は損するなぁ。
「haha! 立派なギルドマスターだ。ワタシも見習わなくてはね!
今日の所は本当に、少年と会いたかったのさ。メンバーの恋愛事情に口出しするのかい?」
「ライズはメンバーじゃなくてあたしの私物だから。勝手にメロドラマしてんじゃないわよ」
初耳ですメアリーさん。
「ンン……まぁ今日のところはこんなものかな。
あぁ少年。お金を浪費したくなったら声掛けてくれたまえよ」
降参と言わんばかりに両手を挙げて退散するセリアン。
……まじで精神が擦り減った。
「……随分とごちゃごちゃしちゃったけど、仕切り直すわ。
こちら今日お手伝い頂いたクアドラさんよ」
「ライズ。久しぶりだね。君が【サテライトガンナー】を観測したおかげで、今のわたしが在るよ」
「【サテライトガンナー】最強がこんなとこで何してんだ?」
「超新星爆発の観測だよ。ドロシーとコノカが同率一位」
部屋に漂っていたクアドラが着地し、胸元から2枚のチケットを取り出した。
「宇宙ステーションへの招待券。星の見える夜に掲げると、宇宙まで行けるよ。ドロシーとコノカ、2人にあげる」
【サテライトガンナー】へ昇格するために必要な称号は、裏拠点【宇宙円盤ステーション】へ行く必要がある。
星の見える夜、その階層で1番高い位置で空を見上げ、確立で出現する飛行円盤を観測する。それが条件だが……クアドラの手渡したチケットは、恐らく円盤を確定で出現させるものか。
受け取ったコノカもドロシーも、驚いて固まってる。
「楽しかった。ドロシー。転移ゲートまでエスコート、してくれる?」
「あ、は、はい!」
そのままマイペースに退室するクアドラ。
……完全に想定外だったが、期せずして【サテライトガンナー】を確保できたわけだ。
「……じゃ、今後の話ね。【バレルロード】はあと数日、イベント開催まであたし達に付き合ってくれるのね?」
「経験値は美味しく無いけど武器適正の上昇が半端ないからね。こっちからお願いしたいわ」
「というか、私達の分までホテル代を出して頂けるのはいいのでしょうか……。最上階のスイートなんて」
「その辺はまかせろ。ゆっくり休んでガンガン手伝ってくれ」
ルガンダでの目標レベルは50。第3職に昇格してからクリックを目指す事になる。せっかくだからイベントにも参加したいところだな。
メアリーは【エリアルーラー】、ドロシーは【サテライトガンナー】、ジョージは……そのまま【ビーストテイマー】に伸びてもらうか。
アイコはどうするかな。【悪魔祓い】か、あるいは……。
「とりあえず今日は解散ね。お疲れ様」
【バレルロード】が自室へと帰ろうと部屋から出ていく……
「プリステラ。ジョージは置いていってくれ」
「あら残念。しっぽり親睦を深めたかったのだけど」
「深まる擬音じゃないだろそれ」
──◇──
夜道。太陽光が届かないからわからないが、時間は夜だ。
僕は浮遊するクアドラさんに追いつくために小走りだったけど、それに気付いたクアドラさんが着地してくれて歩幅を合わせてくれた。
「──じゃあドロシー。わたしを観則してどうだった?」
キュっと心臓が縮まる。
悟られた。
これまでの観察は遠方からのストーキングが基本だ。でも、身近な人も"理解"しようと観察する癖がある。バレるようなヘマはしてない、と思う。
仕事としての観察で緊張した? 言い訳になるか。これしか僕の存在価値はないのに──
「言葉、間違えた?
わたしは怒ってない。大丈夫。大丈夫だよドロシー」
僕の不安を気遣って……ではなく、自身の不安から?
クアドラさんは僕を抱きしめる。
心音は少し早い。緊張、不安。
「観測は、わたしもする。ドロシーの目的はわからない。ずっと観測してきたから、観測される事に気付いた。覗いた者は覗かれる」
クアドラさん自身の不安が勝ってる。僕を抱きしめる力が強くなっている。
「聞きたい。わたしを観測したドロシーから観たわたしを。
わたしは対話が苦手。それでずっと孤独だった。
わたしに、わたしを教えてほしい」
──観察する側の、自己理解。
気持ちが痛いほどわかる。
自分の事を自分で評価すると死にたい気持ちになる。でも周りは自分ほど自分を観察してはくれない。
僕の視点で僕を見たらどう評価されるのだろう。そういう事なんだ。クアドラさんの不安は。
「……クアドラさんの観測は、内面ではなく表面を見ています。雲のようにふんわりした会話に、合理と論理に基づいた難解で高度な視点が含まれている。クアドラさんと受け手でここの認識が合わないのが、対話不成立の原因、だと、思います」
クアドラさんが手を緩めてくれた。そのまま僕の方から離れて、クアドラさんの目を──見て話すのは、まだ僕には難しいので。少し目線を逸らして続ける。
「クアドラさんの観測は、3次元的というか、遠近感?
平面で観測した物質がそれぞれどのくらいの距離にあるのかを一目で把握できるんじゃ、ないですか?
例えば……地球から観測する星座は平面だけど、それぞれの星と地球の距離はまちまちで、視点を地球から宇宙に変えると全然違う形に見える、ように。
クアドラさんは自分から見える光景が、3次元的にはどう配置されているかを瞬時に把握できる。そんな印象を感じました」
あ。
【Blueearth】の住民に、星座の例えは通じるのかな。
僕、間違えた?
──というか相手に話題を合わせようと無理な例え話してないか?
──この陰キャ豆粒が。
心の鬼が貶してくる。ちがうちがう、この鬼は僕自身だ。現実逃避するな。ばか。
クアドラさんは目を丸くしている。
……理解不能ではなく、唖然?驚愕?
とりあえず意図は通じてくれている、と、思う。
「クアドラさん自身の会話能力は、クアドラさんが思うほど悪くありません。問題はそっちじゃなくて、対話における前提……お互いの視線の高さというか、相手の前提知識との差異を観測していないところです」
常に浮遊しているクアドラさん。常に相手と視点が合わないのは、何も物理的な話ではないのです。
「──普通の人は、一目見ただけで座標を確定できるレベルの空間把握能力を持っていません。
これは意地悪でも嘘でもありません。クアドラさんは、人間の知識レベルを自分に合わせて話してしまっています。それが全ての原因だと、僕は思います」
クアドラさんは、震え始めた。
僕も最初騙された。観測と言うのだから言葉のまま、物理的存在の観測だ。でもクアドラさんの雰囲気は、まるで内面を見透かされたような……人間観察的な意味だと勘違いしてしまう。
クアドラさんは観測にしてもコミュニケーションにしても、相手の内面を最初から見ていない。それは別に悪い事じゃないけど、今抱えている問題の原因ではある。
僕は一応、丸一日クアドラさんを観察した。考えている事はある程度わかる自負がある。震えてはいるが、怒りではない。
「──天井の夜星虫。ここから垂直に4205m。
ホテル最上階。さっきの部屋。ここから見て0,56.4,180.45。単位はm。
これは、わかる?」
「……わかりません。僕でも。一目では、二目でも」
「ど、ドロシーでも? コノカも?」
「多分今日出会った人の中では、そこまでの精度で……0.1m単位で距離を把握できる人間は、いないと思います」
ぷるぷると震えが大きくなるクアドラさん。目尻に涙が浮かんでいる。
──いや、精度ヤバすぎませんか。言われても答えられませんよこっちも。これが普通だと思って生活してきたのなら、コミュニケーションに軋轢も生まれますよ。
「わ、わたしは、もしかして、嫌な子?」
「ウワー! 泣かないで、泣かないでぇ!」
遂にはぽろぽろと涙を流す。虐めたいわけじゃないんです!ごめんなさい!
「会話が噛み合わないだけで、クアドラさんが嫌われてるわけでは無いと思います! 嫌われてたら【飢餓の爪傭兵団】と【真紅道】に声掛けられての二股傭兵とか許されませんよ!」
「私が強いだけじゃない? ほんとはみんなわたしのこと嫌いじゃない?」
大丈夫! 嫌われてません!
……って、嘘でも言えよ!僕!
実際僕は最前線のクアドラさんを見てないから状況がわからない、けど、慰めるのにそんな理屈いらないだろ!
──言えない。何より自分が騙されたから。言葉だけの励ましを受け入れられず自爆したのは、お前だろう。
やかましい! それは僕であって、今泣いてるクアドラさんに押し付けていい考えじゃなくて、あぁ、もう!
「僕は! クアドラさんが好きです!」
あれ?
「──そう。じゃあ、それでいいかな」
ニコッと笑ってくれたクアドラさん。
あれ、何か変な事言いませんでしたか僕。
「激励を観測。でも、まだわたしでは中身を観れない。その言葉が本心かどうかはわからない。
でも嬉しい。悲しいけれど。
だってドロシーは、アイコの事が好き。それは観てたらわかるよ。だから──」
クアドラさんが僕の頬を両手で固定する。視線が逃げられない。
というか、クアドラさんの顔が近付いて──
「──この恋は、ドロシーに預けるよ」
咄嗟に目を瞑る。
──おでこに、ぬくもり一つ。
「捨てずに返しに来てね。先で待ってるから」
クアドラさんは立ち去った。
取り残されたのは唖然とする僕一人。
心まで観察したから、その言葉の真意は読み取れてしまうわけで。
ど、
どうしよぉ?
~ドーラン騒乱記録~
《記録:【井戸端報道】記者:パンナコッタ》
私は【井戸端報道】記録員のパンナコッタ。
現在は新たな領地となるドーランにて、【朝露連合】の動向を記録している。
本当は記者だったのだけど、タルタルナンバンなるバチクソ可愛い新参者が私のお株を奪いよった。
元よりコミュニケーション能力に自信はない。ナンちゃんにあとは任せ、記録員へと転職した次第。
潜行したダミー先輩の部下として在籍させてもらっている。
まずは現状のおさらい。
【鶴亀連合】の独裁商業によって冒険者自治機関【アルカトラズ】は事実上手出しが出来なくなってしまっていた。
ブラックリストによる一部冒険者への排斥を「拠点防衛戦のための戦術」と解釈した場合、【鶴亀連合】の行動を罰する事は難しいから。
よくて行き過ぎた排斥を行う末端の検挙で、根本的原因であるカメヤマ達には届かなかった。
そこで【アルカトラズ】は【井戸端報道】と手を組み、スパイ──ダミーさんを潜行させた。
【井戸端報道】としても独占市場に手を出せない状況で、記者の潜入は大歓迎。
バロン局長の知人であるダミーさんに声が掛かった。身元調査されても【井戸端報道】に引っかからない人だったから。
それから【夜明けの月】による騒動が終わって、ドーランは【鶴亀連合】から【朝露連合】のものへと移行。
ダミー先輩は【朝露連合】代表者となり、実質上【井戸端報道】はドーランを手に入れた。
……半分だけ。
事実として【朝露連合】を統治運用しているのは【夜明けの月】から経営権を一任された雑貨屋・鍛冶屋【すずらん】ベル。
現状ドーランはベル筆頭の商人組合と【井戸端報道】の綱引き状態となっている。
今日までは。
「【朝露連合】は商業領土を広げるわ。それによりこのドーランはダミーに一任する」
幹部重役を集めた緊急会議、ベルは開口一番そう告げた。
「それなれば、【井戸端報道】にドーランを売るというのですか。商人に負けたならいざ知らず、マスコミに奪われる謂れはありませんぞ」
運営OBとして出席が認められた前商会長カメヤマは苦い顔だ。謂れとか言う立場ではないだろうに、商人のプライドか。
「ちがうわ。ダミーに一任するって言ったでしょ」
「いやだから、ダミーは【井戸端報道】のスパイでしたでしょうが」
「正式には【井戸端報道】のメンバーじゃないわ。アンタに怪しまれないためにね。
そして逆に、【ゴルタートル】のGMで【朝露連合】の重役よ。
【井戸端報道】がドーランの経営権を持っているかどうかは、ダミーという直接接点のない不安定な基準に依るわ」
……突かれた。だが、そういう話を許す局長ではない。
呼んでもないのになぜかいるバロン局長が手を挙げた。
「書面上という話ならば、【アルカトラズ】との契約書がございます。ダミーは【アルカトラズ】【井戸端報道】の合同作戦の一員ですので」
「そうね。でもダミーは【朝露連合】のメンバー、【井戸端報道】は【朝露連合】ではないわよね。書面上の話をするならなおさら」
ベルの言い分としては、ダミー先輩は【井戸端報道】であり【朝露連合】なので、ダミー先輩に一任するという事は【井戸端報道】【朝露連合】五分五分の状態になるという事。
……屁理屈。結局はダミー先輩を通してドーランを【井戸端報道】が獲得するだけの話。
「結局は我々が得をするのでは?」
「【朝露連合】は私とダミーの2トップ運営。私が出ていくなら、利権の半分しかここには残らない。
ライズからドーランの利権をもらったみたいだけど、そこまで。それでいいの?」
狡猾な小動物が、局長の首を狙う。
いや、狙っているのは──
「私を前線まで追い上げなさい【井戸端報道】。【Blueearth】全土の商業を独占するわよ」
悪辣で、狡知で、貪欲で、目が離せない魅力。
ベルは既にこの場を支配していた。
だって局長が、見るからに期待している。
「商業となると、【マッドハット】が問題ですよ。私は先方のドーランへの侵攻をアイテム輸出で抑えていましたが」
「戦争よ。アイテム輸出は止めないけど、向こうが動くなら一瞬で打ち切りよ」
「こっちの武器は? 私はアイテム量で勝負していましたが、多分打ち切ったところで痛手にはなりませんよ。
【マッドハット】が私を許していたのは、向こうの陣地に入らなかったからにすぎません」
「だから今すぐ始めるのよ。どの道向こうのアイテム確保能力が一定水準を超えれば切られる定めでしょ」
カメヤマのやった行いは人間的には許されないが、商人的には間違っていない。
ベルとは対照的な経営方針は、しかし立場の差でベルが押し勝っている。
「こっちの売りは鍛冶メンバーによる過剰強化装備よ。攻略が停滞している現状、武器の良し悪しは素体の強さではなく、強化値の高さよ。
素体はライズから散々徴収した分があるわ。しばらくはこれで食いつなぐ」
「それだけでは売れないでしょう」
「基本の商品はアンタ印の高品質大量の回復薬よ。それがこれから馬鹿売れるから」
売れるとは、どういう先見の明か。
ベルは笑う。局長も理由を察しているのか、悪い顔で笑う。
「【夜明けの月】ですね? 彼らが勝手に騒動を起こしてアイテム需要を盛り上げると」
「そ。費用対効果ではまだカメヤマポーションが随一よ。というか【Blueearth】の回復薬物価の基準点になってるからね。
この二枚看板でまずドーランを落とし、鍛冶場を確保する。あとは私が前線に追いつくまでにガンガン鍛冶の腕を上げて、強化武器で【マッドハット】と直接対決よ」
ざわめく会議室。
しかしそれは不安ではなく、期待?
結局は商人共という事か。
「カメヤマ。あの【マッドハット】を潰すのよ。手伝いたい?」
「……ええ。是非とも、手伝わせていただきますよ」
「面白すぎるので【井戸端報道】も協力します。しかし我々が派手に動くと【マッドハット】に勘付かれてしまうので、しばらくはさりげなく」
バロン局長はもう立場とか利益とか頭から抜けたみたいで、ノリノリで話を進める。
破天荒極まるベルがいなくなるのは寂しい。でも、今後が楽しみではある。
「じゃ、うちからはここのパンナコッタちゃんを連れていって下さい」
……局長。今なんて?




