493.墨綴遊戯
──エンド階層。
190階層から199階層を司る、【Blueearth】最後の砦。
与えられたシナリオは、"終焉の地"。
遥か昔にこの地へと辿り着いた詩人は、折れた筆で最後の詩文を綴る。
無の暗黒に刻まれた墨は無限の闇へと広がり、やがてアルトン唯一の"存在"へと昇華する。
【Blueearth】の終着点。綴られた想いは形となって、1人の姿を形成する。
【祖焉を綴るモノ 紅きアドレス】。
彼女が果たして、かつてアルトンに辿り着いた詩人と同一人物なのかは分からない。
理解出来る事は一つ。
異形となった彼女は、決して人類の味方とは成り得ない──
──というのが、己の与えられた設定ですが。
まぁ、つまり、なーんにも考えられていないのです。
おかげで助かっておりますが。己が話すまで、己の存在は確定しませんので!
──◇──
"【Blueearth】争奪戦" 最終戦
【ダーククラウド】vs【夜明けの月】
【ギルド決闘】"東雲曉暒"
──◇──
【第197階層エンド:劇団獄界の舞台裏】
──────
無の世界に綴るは古今の記憶。
全てを忘れる前に、この地に刻む。
地獄は演出された舞台装置。
舞台裏まで地獄はたっぷり。
どちらが先だったのか。
どちらが表だったのか。
──ここは劇団獄界。
─────
「舞台裏……ってどこがよ」
この階層に入ってからずっと、背景は……なんというか、和風建築の廊下というか縁側というか。
空は茜色に、読めそうで読めない文字みたいな雲みたいな何かがびっしり。
スワン戦で誰も脱落しなかったものの、凄まじく時間を浪費しちゃった。急いで追い付かないとならないのに、多分また何かあるわね。
「十中八九"紅きアドレス"の仕業だろうね。じゃあ次は僕かぁ。いや本当に色々と迷惑かけてごめんねみんな」
「迷惑かけられたのはそりゃそうなんだけど何だこの釈然とこない感じは」
「アンタやらかしに対して謝罪が緩いのよ」
「本当に悪いと思っているからタチ悪いのよねぇ……」
「まだ謝り方が分からないだけですから。ね?」
「アイコしか優しくない。酷いメンバーが残ったものだなぁ」
【Blueearth】の悪意の象徴。バグの親玉。
侵略ウィルス【Blueearth】の反証。
天知調と同等にして対局に位置する、超知能の電子生命体。
或いは、謎に包まれたトップランカー【至高帝国】のギルドマスター。
そして……【夜明けの月】の一員。
【夜明けの月】のメンバーじゃ唯一の外部組織ギルドマスター経験者で、結構そっち方面でも頼ってたのよね。
因縁は……あたしが【Blueearth】に来るよりも更に前からあったけど。
その辺の大仰なお題目は、もうデザート階層で解消したし。
「じゃ、またね」
「軽いわね……」
「そう真剣になる事じゃない。メアリーが勝てば僕やゴーストは人間になれて、天知調が勝てば……とりあえず僕は死ぬ、ってだけの話。勝つんだろ?」
簡単に言うわね。
……まぁ、それはそうなんだけれどさ。
「負けないわよ。せいぜい祈ってなさい、自分の未来」
「任せたよ、マスター」
本当にそれだけ。他愛もない会話で、スペードは屋台車から飛び降りた。
──◇──
さて。
降りた矢先、メアリー達や"まりも壱号"は消滅。正しい197階層に飛ばされたんだろうなぁ。
つまりここは正確には197階層ではない訳だけれど……。
「……ねぇ、こんな事言うのは図々しいのかもしれないけれどさ。
もう僕は普通の冒険者なんだよね。道を開けてくれない?」
ダメ元……と言うほどではないか。
メアリー達を通したあたり、僕狙いなのは間違いないだろうし。
僕の声に反応して、目の前の虚空から墨が溢れ。
ずるりと、黒髪の妖怪が落ちてきた。
「 斯うて候ふ、 斯うて候ふ。
わざわざ己の誘いに乗って頂き有難う御座いまする。
我らが隣人にして、我らが敵。その全霊と相見えられなきはほいなければ……。
己は"紅きアドレス"。【ダーククラウド】最後の新入りにして、レイドボス最後の砦。
いざ、いざ! 【Blueearth】最後の抵抗を!」
アルトンで出会った人間態ではなく。
屏風を背負った、人の形を模した墨文字の化け物。
人間態の頃に来ていた赤い着物は変わり果て、色鮮やかな反物がぶら下がっているのみ。
「黒墨の妖怪。それが君の正体か。
……聞いていいかな。"紅きアドレス"」
「なんなりと」
「フューチャー階層では、"MotherSystem:END"が世界征服を企んでいた。
デザート階層では"アル=フワラフ=ビルニ"が僕の存在に怯えて僕を排除しようとした。
ギャラクシー階層では"カーウィン・ガルニクス"が我儘に人類と敵対した。
チャーチ階層では"アトランティック・クライス"がルールに則って暴走してしまった。
君は何のために僕の前に立つのかな?」
レイドボスの在り方はそれぞれ。
その多くは、無理矢理発生させられた自我に翻弄させられた事が原因だ。
……その自我の発生原因は、まぁ、僕なのだけれど。
レイドボスに自我を与える計画は"テンペストクロー"から始まった実験だったんだけど、うん。それがなんやかんや他のレイドボス全体に繋がっちゃったんだよねぇ。"テンペストクロー"の差金っぽいけれども。根本的なところは僕が原因というかなんというか。
"紅きアドレス"は、どろりと垂れ下がった指を、顎っぽい場所に当てて……首っぽいのを傾げる。
「んぅむ……己は、その辺はあまり興味が無ぅ御座います。
このエンド階層はげにすさまじき。
己の役割もまた、非。故に隣人を恨む所以は無し。
己は頼まれたので御座いまする」
「頼まれた?」
ずるり、ずるりとアドレスの腹が孔く。
──ひとつ。ふたつ。みっつ。よっつ。
白青混ざった玉、銀河を映す玉、白く濁る玉、そして──真に黒を映し出す玉。
あれは──宝珠。
「サード階層レイドボス四種、遂にここに勢揃いに御座いますれば。
我らも一つ、最後にどかんと弾けとう御座います。
どうか、小難しい事は抜きに。──最後の挑戦をば、受けて頂きたく存じます」
「……セカンド階層の連中だって、好きで暴れた訳じゃ無いと思うんだけれどね」
サード階層のレイドボスから任された、と。
……"アル=フワラフ=ビルニ"も? あいつなぁ……。
ともあれ。仕方ないね。
世話できる事ならしたいし、ちゃんとお話しないといけなくなったし。
「ここは君の隔離階層、で良いのかな?」
「是。まだ名前も何も御座いませんが」
「おや。名付けてしまえばいいじゃないか」
「ではでは。"どんより平安アスレチックワールド"……」
「名前が無いのも風情があっていいと思うなぁ」
「わりなし」
良かった。
何かに振り回されたり強要されたりはしてなさそうだ。
だとしたら、こっちも全力で遊ぶとしよう。
……こんな風に最後の最後でも遊んでられるなんて、思いもしなかったなぁ。
「じゃあ、始めようか。──【氷砂世海旅行記】」
──◇──
──氷の城に、墨文字が張り巡らされる。
氷の玉座には、褐色の女王が……気まずそうに座ってる。こっち向きなさい。
「"アル=フワラフ=ビルニ"。いかがお考えかな?」
「あのぉー、ほらぁー、私と貴方はあくまで利害の一致、手を貸すくらいはいいですけれどー、私にはレイドボスとしてのお付き合いもありましてぇー」
「いや構わないけどさ。"カーウィン・ガルニクス"から変な事吹き込まれてないよね? 君も"アトランティック・クライス"も"紅きアドレス"も騙されやすいからなぁ」
「その辺は大丈夫だと、思います。監修に"MonsterSystem:ELD"さんに助力願いましたから……」
"エルダー・ワン"、なんかもうレイドボスの世話役だなぁ。
問題無いならいいんだけれどさ。"カーウィン・ガルニクス"だっていつも悪巧みしてるって訳じゃないだろうし。
……宝珠四つ。とはいえ、一つはこの"アル=フワラフ=ビルニ"のものだから、アレはあくまで演出の一部か。
「では、では。ここに綴ります。
──【Blueearth】の歴史、その祖から焉まで。語り綴りましょう、語らいましょう」
アドレスが両腕を広げ──周囲の光景が書き換えられていく。
そうか。エンド階層が複数の階層をごちゃ混ぜにしたような造形だったのは、アドレスの力って事になるのか。
最初は──草原。
相対するは──
「……ダメだろ、これは」
【咆嵐の傷痕 テンペストクロー】Lv200
バカデカウルフ。堂々登場。
……こういうのはクローバーにやってよね!
 




