492.望廻通過:憧れのあなたへ
【第0階層 城下町アドレ】
パン屋【玉兎庵】の店員、ラビです。
現在アドレのあちこちに、【井戸端報道】のモニターが浮かんでいます。
ライズお兄ちゃんが、ずっとずっと頑張っています。
ずっとずっと頑張って、ついにハヤテと戦うところまで。
……【三日月】が結成される前の頃、よくライズお兄ちゃんとハヤテが喧嘩していました。
聞くに、ライズお兄ちゃんとハヤテはご兄弟。ハヤテがお姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃん……? よくわかりませんけど、あんまり変わらないからいいと思います。
もうライズお兄ちゃんと一緒にアドレを探索したのは3年も前の事で。
色々な事がありました。変な事も思い出してしまいました。
それでも、あの頃の思い出に変わりはなくて。
「……あ。スワンお姉さん」
私とライズお兄ちゃんをよく助けてくれた優しいお姉さん。
……ライズお兄ちゃんがいなくなってからも、よくお話しました。【草の根】になってからも、遊びに来て遊んでくれました。
そっか。追いつけたんですね。
じゃあ、それはもう。
一発ぶちかましてください、スワンお姉さん。
けっこう、ライズお兄ちゃんにやきもきさせられたアドレ住民は多いのですよ?
──◇──
"【Blueearth】争奪戦" 最終戦
【ダーククラウド】vs【夜明けの月】
【ギルド決闘】"東雲曉暒"
──◇──
【第196階層エンド:祈和灰燼の天守閣】
──隔離階層【曙光海棠花幷】
「【仙法:赫崩】!」
「【シャドウスケイル】!」
アイコとスペードの連携攻撃。
組み付けば確実に拘束できるアイコと、接近戦において手数とカバー範囲が強みになるスペードの組み合わせはかなり凶悪。実はジョージでさえ捕える事が出来た、隠し球の連携技なんだけど……。
「【スイッチ】──と、"スライドギア"!」
スワンは右手に換装した【エリアチェンバー】をアイコに当てて、あたしとアイコを入れ替える!
その上でスペードの攻撃を避けるために"スライドギア"で距離を取って──左手の【反重力電磁砲】をこっちに向ける──!
「っ、【赤き大地の輪廻戒天】!」
「射程範囲内だ。【デッドリーショット】!」
紫蓮の大鎌と黒雷が衝突し、隔離階層が解除され──
「──【曙光海棠花幷】!」
そして即座に張り直し。……厄介、すぎる!
【スイッチヒッター】のジョブ強化スキル【パラレル】でスワンは無敵。
【エリアチェンバー】で接近戦のアイコとスペードは転移させて、ついでに対隔離階層スキルを狙うあたしかライズを呼び出す。
そこに【星見の望遠棍】を併せて、MP吸収で次の空間作用スキル用のMPを確保しつつこっちを削る。
向こうからのダメージはほぼ無いけど、こっちのMPが枯れたら向こうだけ無敵でゴリ押ししてくる。たった一人であたし達5人を相手できるとか、化け物もいいとこじゃない。
「ライズ。【鬼冥鏖胤】は──」
「あと一回が限度だ。メアリーも似たようなもんだろ。
……で、お前ら。何か視えたか?」
「【スイッチ】は登録制なんだよね。【エリアチェンバー】を片手に、もう片手は別の……ってタイプのプリセットでめちゃくちゃ登録してるっぽい。それこそ左右反転するだけのものも。
というか【スイッチ】って本来こうやって有効武器を無理矢理通すものじゃないのかな【スイッチヒッター】のパイオニアさん」
「うるせー」
スペードの言うように、スワンの戦法はライズともアカツキとも違う。
極端な話が、右手で使った【エリアチェンバー】を【スイッチ】で左手に変換すれば空間転移スキル【ワープスタック】を連続で使う事ができる。
一度【スイッチ】を挟めば相手が転移した直後でもノータイムで追撃が出来る。
ライズとアカツキが辿り着いた【スイッチヒッター】の到達点は、"後出しジャンケン"。
敵の行動を見てから有利な武器を繰り出す戦術。それが【スイッチヒッター】の基本戦術だと思われていたけれど……。
「特殊効果付きの武器を確実に通すために、サブの武器を多種多様に切り替える。相手の出方を窺う必要が無い、というのはかなり有利に働きます。自分の戦術を押し付けられるという事は、相手に依存しないという事ですからね」
「というかアイコちゃん相手に後出しとか間に合わないものねぇ。もし相手がスワンちゃんじゃなくてライズだったら秒殺ね」
「うっせー。……ゴスペルに2ヶ月滞在してる最中にアカツキが教えてくれたんだがよ。"最強の武操者"の称号、剥がれてたらしい。俺に移ったと思って教えてくれたみたいだが……そうじゃないって事は、そういう事だよな」
「そうだよライズさん。今の私は"最強の武操者"──【スイッチヒッター】最強だ。とはいえ若輩者だ。油断も慢心もしないけれどね」
うーん最強の風格。少なくともアカツキよりかは相応しい。
……さて。そろそろ攻略しないとね。
「ツバキ。頼める?」
「──分かったわ。ライズ。スペード。アイコちゃん。護ってね?」
攻略法はある。後は、どれだけ耐えられるか……ね。
──◇──
この計画は、シーナ副団長が発案していたもの。
ここまでの【ダーククラウド】の動きは殆どが、ここで私が【夜明けの月】を食い止めるための戦略だ。
"最強"クローバーと固定砲台ドロシーを引き剥がすのは前提条件。この戦略は、あの2人のどちらか片方が居るだけで破綻してしまう。
それに加えてもう一つの条件が──前衛が3人以下である事。
そもそも【スイッチヒッター】は全ての武器を扱えるという所が利点であるが、これはつまり魔法については完全対応範囲外であるという事(一応杖を装備できる事にはできるが、それだけ。魔法の使用は別枠)。
つまり必然的に【スイッチヒッター】は、物理職に強く魔法職に弱いジョブとなる。
とはいえ一騎討ちで脱落させて行った場合、順当に削れて行くのは物理職だ。わざわざ後衛の魔法職が一騎討ちに残る事は無いし、【夜明けの月】にはそもそも後衛魔法職がメアリーとツバキしか居ない。
何より【ダーククラウド】側に完全後衛の魔法職が居ない。【至高帝国】ほどではないが小数先鋭で最前線に追い付くために、特に対人決闘に特化した構成になってしまったのだろう。この点においては、ギルドメンバーの数もジョブ構成も【夜明けの月】と【ダーククラウド】で似たような形になっているのが面白い所ではあるけれど。
……ともあれ。ここまで後半になれば、【夜明けの月】の前衛はガタガタだ。最悪3人がかりでも、【スイッチ】を使った左右転換による【エリアチェンバー】2度打ちで2人を無力化し、最後の1人には余った片手の武器で併せられる。
られるのだけれど……そう簡単にはいかない。私の技量では、身体能力で勝るアイコや、戦闘経験で勝るスペードに追いつけない。
だから、空間作用スキルを逐一解除して貰わないと息が続かない。これでもかなり綱渡りなんだ。
──さあ、それでもライズさんの最後の【鬼冥鏖胤】で、またしても枯山水が砕け──
「──【曙光海棠花幷】!」
間髪入れず、もう一度──!
「今よアンタ達! 【チェンジ】!」
──空間作用スキルが発動すると同時に。
ライズさん、アイコ、スペード──全員を無理矢理目の前へ特攻させた!?
「【スイッチ】【影縫:猿飛】【簒奪者の愛】!
──手数は俺だ!」
ライズさんが双短剣での近接戦。無敵状態の私にはダメージが入らないけれど──無視も出来ない! 単純に、私の攻撃先に回って妨害してくる!
「【エリアチェンバー】の【ワープスタック】は……他人と他人しか転移出来ないんだろう?
ならば最初から接近戦だ!【シャークバイツ】!」
スペードは──この接近戦において【フェイカー】としての本領は発揮できていないが、根本的に戦闘が上手い。ライズさんとの両面高速戦闘コンビか!
そして──
「──私が破壊担当です。100%で行きますよ──【仙法:赫蓮華】!」
アイコの、最高火力!
時間稼ぎのライズさんスペードコンビで手数を稼いで、一気に武器を壊す作戦か!
──【ワープスタック】の発動は確定。転移先はツバキかメアリー。
だとするなら──対隔離階層の破壊を狙う、メアリーと転換する!
「【スイッチ】【エリアチェンバー】──【ワープスタック】!」
呼び出したメアリーを仕留めるために、もう片手は【星見の望遠棍】。
これでMPを回復して──
「──残念。ハズレ」
メアリーは。
何も持っていない……武器さえ!
「【星見の望遠棍】のMP吸収は武器接触時のみ。相手の使ったスキルに応じて吸収量が変動する……と仮定した。
手ぶらなメアリーを叩いたところで、吸収は出来ない!」
「──だとしても、まだ──」
「【チェンジ】」
唯一。
この状況で唯一、動かない人。
それは前衛3人にマークされている私と、もう1人。
「──それ、本当はアンタのためのものだし。丁度いい機会だわ」
私が飛ばされた先には──黒い死神。
紫蓮の大鎌を振りかぶる、ツバキ──!
「あぁ、でもあたしには大きすぎるわ。この一回で充分よ」
避けられない。──たった一度だけの攻撃を──!
「──【赤き大地の輪廻戒天】」
赤紫の大鎌が、月を描くように。
空間ごと、私を引き裂いて──
「追撃よ。ライズ」
「ああ。ここまでだ、スワン」
【パラレル】による無敵が外れた今、私を守る盾は無い。
ライズさんが構えるは──【月詠神樂】。
私の憧れた、私が最初に真似た虹の剣。
「──【七星七夜】」
虹光照らす七連閃が、私を斬り刻む──
──◇──
「──勝った。勝ったよな?」
「スワンには、ね。さっさと出発するわよ。消耗した分はさっさと回復しないと!」
「忙しいわねぇ。"まりも壱号"ちゃんは準備万端みたいだし、出ましょう?」
本当に、ギリギリの差だった。
スワンとは……敵対するより協力する方が多かったが、なんども一緒に戦った相手だ。
「……結局俺は、お前を追い越せなかったな」
最後のチャンスだった。
俺と同じ階層探求をしてくれる、可愛い後輩。
そして、戦闘でも探索でも、俺を簡単に追い越せる才能の持ち主。
「憧れてたよ。俺だって。
……そんで、今もまだ。俺はお前に敵わない」
未練が残るなぁ。
一回くらいは、マトモに勝ちたかったんだが。
「ほら行くわよライズ」
「おう。今行く」
──もう、俺が追い越す機会は訪れない。
ありがとう。俺の憧れの人──スワン。




