491.羨望輪廻
──◇──
"【Blueearth】争奪戦" 最終戦
【ダーククラウド】vs【夜明けの月】
【ギルド決闘】"東雲曉暒"
──◇──
【第196階層エンド:祈和灰燼の天守閣】
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無の世界に綴るは古今の記憶。
全てを忘れる前に、この地に刻む。
灰が降り積もった天守閣。
灰に沈んだかつての都を掘り起こすべきか?
やがてまた灰に沈むというのに?
見えないものを見ようとしても、それは解決ではなく満足だ。
ならば満たさず、見えぬように。
──ここは祈和灰燼。
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灰降る世界に、剣士が一人。
虹の剣に黄金の盾。
彼女こそは、妖怪"底舐め"……ライズの意志を継ぐ者。
階層探求ギルド【草の根】終身栄誉会長にして、【ダーククラウド】新入り。美しき探検家スワンが、そこに居た。
"東雲曉暒"の目的は、ただ【夜明けの月】に勝利するだけではない。
【ダーククラウド】はそもそも、【夜明けの月】をわざわざ待つ必要など無い。同じトップランカーである【飢餓の爪傭兵団】と【真紅道】が陥落した時点で誰も【ダーククラウド】を見張る者はおらず、その上でレイドボス"紅きアドレス"を配下に加えたのだ。
わざわざルールなんて守らず、勝手に205階層に行けばいい。
……という事に、ハヤテは気付かなかった。何なら【真紅道】がゴスペルに残った時点でそれができた。2ヶ月ただ無駄に待っていたのである。
スワンは、まだフューチャー階層での一斉記憶暴露が起こる前に記憶を取り戻し【ダーククラウド】へと加入した。
それは記憶保持者特有の懸念を抑えるための保護が目的だったが、スワンにとってはそれだけでは無かった。
尊敬するライズ。敬愛するライズ。
あの人とは【草の根】時代にヘヴン階層で刃を交えたが……結果的に、決着は付かなかった。
付けて貰えなかった。
スワンは、ずっとライズを追っていた。
攻略が最優先される【Blueearth】において唯一、階層の研究をしていた。探索に命を賭けていた。
憧れていた。それと同時に、決して追いつけないとも思っていた。
敵わない。叶わない。
憧れに手を伸ばし、気付いたら──手は空を掴む。
追い付く前に、あの人は消えてしまった。
スワンはずっと思い悩んでいた。
私は、階層探索がしたかったのだろうか。
それともライズの真似がしたかったのだろうか。
あの人の立場に成り替わろうとしたのだろうか。
玉座の前にまで辿り着いたスワンは、そこに座る事に疑問を持ってしまった。
そして立ち尽くす中で突きつけられる現実。
探索においても、"宝珠争奪戦"を優位に進められる事はなく。
戦闘においても、実質的に敗北した。
果たして、ああ果たして。
私はここに居ていいのだろうか。
憧れが後ろから、私を追い抜いてくれた時。
私は安心してしまったのではないだろうか。
"ああ、やはり私は彼には敵わない"と──。
情け無い。
だからこそ、私は──意を決して、この場に残った。
「さぁ、ライズさん。結婚しよう!」
「結局そこに行き着くのかよ!」
それはそれとして、本当に惚れているのさ!
──◇──
待ち構えるはスワン。
となると向こうはハヤテ、エリバ、アドレスの3人しか残っていない訳だ。
こっちは5人。まだまだ有利だとは思う。思うんだが……。
「一応聞くが、スワン。このまま俺達全員で袋叩きって可能性は考慮しなかったのか?」
「したとも。ライズさんならご存知だろう? 私達……【スイッチヒッター】は簡単な無敵化があるじゃないか」
【パラレル】か。
確かに空間作用スキルを使えば俺達を拘束した上で、無敵化によって人数差を補えるが……。
「こっちには対隔離階層武器があるんだが」
「タダで出来るものではないだろう? それに、勿論対策もあるとも」
真意が見えない笑顔。
……というのは、俺の勝手な押し付けか。
スワンは結局、なんの裏表も無い"良い人"で……大体の言動がそっくり本音なのだろう。
多分、求婚も。そこは冗談と捉える事とするが。ちょっと俺の方に真っ当に向き合う精神的余裕が無い。
本当に対策があるのかどうか……。
「ライズさん。ここは私が……」
「否。残念ながら拒否権は無い。私の相手は、ライズさんしか有り得ない!
──さあ、始めよう。【曙光海棠花幷】!」
「来たわね。ライズ、ちゃんと応えてあげなさいよ」
「……まぁ、ほどほどにな……!」
空間が歪む。
とりあえず俺達全員を巻き込むつもりではあるらしい……!
──◇──
枯山水の庭園。
──巻き込まれるは、5人。
ライズさんの空間作用スキルは私と同じ【曙光海棠花幷】。私が動いたからライズさんは発動できない。
スペードの空間作用スキル【氷砂世海旅行記】は特別仕様。多分私相手には使わないだろう。
メアリー・アイコ・ツバキ辺りは使うかどうか半々だったけれど、見た所使ってない。つまり狙いは対隔離階層スキル。
ライズさんの【焔鬼の烙印】──スキル【鬼冥鏖胤】。
メアリーさんの【紫蓮赤染の大晶鎌】──【赤き大地の輪廻戒天】。
どちらも容易く使えるものではない。
空間作用スキルの発動にMP3割。それはつまり、【夜明けの月】の対隔離階層スキルを3度まで発動させる事が出来る、という意味でもある。
【夜明けの月】が私を突破したとして、まだ【ダーククラウド】に追い付くまで時間はかかるだろう。だからこそ対隔離階層スキルの方を選んだ。
それを狙った。
「【パラレル】──【星見の望遠棍】【エリアチェンバー】」
ギャラクシー階層の隠し武器、望遠鏡の棍棒。
フューチャー階層の隠し武器、刃のない槍。
これが私に出来る、【夜明けの月】対策。
「さっさと剥がすぞ!【スイッチ】【焔鬼の烙印】──」
「させないよライズさん!」
「いいえ、行かせませんよスワンさん」
急速に距離を詰めるは【夜明けの月】の格闘番長、アイコさん。
【Blueearth】全土を見てもアイコさんほどの格闘能力を持つ人は数少ない。ただでさえ最強じみた力を持っていながら、【Blueearth】での実践経験と谷川譲二というレジェンド教師が加わって……ともかく、私では対抗できないだろう。
だからといって、負ける訳じゃない。操るは【エリアチェンバー】。
「──【ワープスタック】!」
「えっ──」
【エリアチェンバー】は、ほぼ火力の無い武器。
その代わりに一つだけ、武器専用スキルが使える。
即ち──【チェンジ】と同等のスキル【ワープスタック】が。
目の前のアイコさんを、ライズさんと変換。
振り上げられた【焔鬼の烙印】に併せて──
「──【鬼冥鏖胤】!」
「【銅鑼鳴らし】!」
槌と槌が衝突し──隔離階層は、粉砕する。
──◇──
「さあ二回戦だ!【曙光海棠花幷】!」
間髪入れず、スワンはまた空間作用スキルを使う。
ダメージはほぼ無い。無いが……。
「根比べって事? ライズは一度下がりなさい。次はあたしが──」
「ダメだメアリー。思う壺だ」
一度の交戦。それだけで、何が起きたかよく分かった。
……これは初めて見る戦略だ。
「ライズ。何か分かったのかい?」
「スペードも【氷砂世海旅行記】は発動するなよ。とんでもない事になる。
……えげつないな。その棍棒……【星見の望遠棍】、MP吸収の効果持ちか!」
「流石はライズさん。とはいえ一度ぶつからないと分からなかったあたり……調査不足じゃないかな?」
ここ最近は……というか【夜明けの月】として稼働してからは、碌に探索なんて出来て無かったからな。
【草の根】としての情報網のあるスワンの方が上手だったか。
【チェンジ】と同等のスキル【ワープスタック】によって、対隔離階層スキルを使おうとする奴を呼び出して【星見の望遠棍】でMPを吸収。
即座に次の空間作用スキルを使って同じ状況へと再現。
隔離階層内……【パラレル】適応中はスワンは無敵だが、向こうは空間作用スキルを永遠に発動し続けられると。
つまりこれは──
「空間作用スキルの発動と解除によるMP消費を利用した戦術。MP枯らしとは陰湿だなスワン! 俺好みだ」
「お眼鏡に適ったようで何より。何をするにもMPは重要だろう? アイテム回復を考慮しても、こちらが無限に戦えるのならば無駄な事。
何より長期戦になればこちらが有利だからね」
──こうしてここで全員足止めされている間に、ハヤテは200階層へ向かっている。
空間作用スキルの足止め性能と、【チェンジ】の防御性能をフルに悪用されてるな。流石はスワン。
「これってもしかして、詰んでるのかしらぁ?」
「まさか。突破方法はいくらでもある。……今の所、いい感じのが思いつかないだけで!」
元よりスワンは戦闘よりも策を立てる方が上手かった。
……なんならフリーズ階層の時点で【夜明けの月】に迎え入れて、俺の代わりに参謀になってもらおうとさえ考えたいたんだが! 厄介この上ないな、俺に似てる奴ってのは!
「さあ、何度でも繰り返そう! 【パラレル】!」
──輪廻が巡る。永遠が続く──。




