484.防衛完遂:念願の初勝利
コントローラー握って、画面の前で椅子に座ってゲームをする時代は当に過ぎ去った。
VRゲームが主流になると、ゲーマーという生き物は己の肉体を鍛えざるを得なくなった。
とはいえ、限界はある。数年前まで家から一歩も出なかったようなゲーマーという人種は振るいにかけられ……鍛錬とゲームを両立させるために、一つの結論に辿り着く。
即ち、得意分野の集中鍛錬。
剣術を習う、棒術を習う、投擲を習う、徒手空拳を習う、柔術を習う……全部やっていたはキリが無い。
ゲーム業界に確実に残るであろう技術を、現実で身に付ける。その取捨選択が必要だ。
──◇──
そりゃ"銃"だろ。
大概どんな時代においても、銃は理想だ。
今時は国内外問わず所持が禁じられている銃だが、その存在は多くの人間にとって"憧れ"として残っている。
何よりちゃんとライセンス取ってる場所に行けばリアルな訓練が出来る。銃は、現実にありもっとも空想に近い武器だ。修行するには一番現実的だろう。
ゲームにおいては空想が補強される部分も少なくない。瞬間移動する居合斬りとか、明らかに途中で増えてる矢とか。その辺は現実で訓練してもあまり身にならない……と、思う。
いつだって銃使いはいるからな。集中して鍛えるなら銃が一番だ。
……いや、一番は素手だが。武器を持つなら、だ。
──◇──
そりゃ"刀"だろ。
遥か昔の産物でありながら、刀というのは日本を象徴する武器だ。どんなゲームでも刀、或いは刀のように剣を振るう侍モチーフのキャラは存在する。
それがロマンだからだ。ゲームをやる、或いは作る原動力なんて大概ロマンだ。次に金。
刀に限らず、武器なんて概念は現代においてとっくの昔に滅びたと言っていい。そういったものを学ぶのならば、最も需要があるジャンルがいい。刀は観光資源にもなるからな。刀の技術を見たり教えてもらったりできる場所はかなり多いし……分母が多ければどんどん洗練されていく。つまり、いいものに出逢いやすい。
やっぱサムライってのはかっこいいからな。単純なようでいて中々侮れない。ゲームなんてもんはそういうガキみたいな"憧れ"で生まれるんだ。
侍キャラなんてどんなゲームにだっているからな。集中して鍛えるなら刀が一番だ。
……いや、一番は素手だが。武器を持つなら、だ。
──◇──
"【Blueearth】争奪戦" 最終戦
【ダーククラウド】vs【夜明けの月】
【ギルド決闘】"東雲曉暒"
──◇──
【第192階層エンド:銀河暗窟の天の河】
「行くぜ"ラセツ"!」
秒間1008発の銃弾。クリティカルが重なりダメージは倍加していく。
ちゃんとクリティカル演出である光が重なってはいるが──光が弱い。"弾除けの加護"ついてんな。だがそれで止められるもんじゃねェ。
「──【冥瓏一閃】!」
「っと、そこか!」
初めて見る【一閃】──ラセツの姿が一瞬消える。
だが、初動に見覚えがある。カズハの【灰燼一閃】だ。
ドラマ階層じゃ"ディレクトール"が【テンペスト】のテクスチャを流用してオリジナル技を作ってたが、考えてみりゃ【灰燼一閃】も"エルダー・ワン"オリジナル。そんで"エルダー・ワン"と【サムライ】は無関係。未発見の【一閃】を流用していた訳だ。
なもんで、その初見の太刀は見切ってる。被弾タイミングで【地獄の番犬】を噛ませて、もう片手の【地獄の番犬】で【ゼロトリガー】!
ダメージ判定だけ残して本体は後ろに飛ぶ性質上、ラセツを止める事はできねェが……ダメージはカットした。
「【燕返し】!」
「振り向くの速ェな!【ゼロトリガー】!」
振り向きざまに返す刀で【燕返し】。予測の範囲内だ。
──だが、ラセツは二刀流。
「【迅雷一閃】!」
「速ェだけだなァ!」
最速の【一閃】。当然見切れる。それが見切れれば【一閃】は理論上全部見切れる事になるからな。
身を逸らして直撃を回避。
──【一閃】は居合斬り。刀は左脇差し。刀の方向は左から右へ薙ぎ払い。
【燕返し】は【一閃】の逆再生──つまり右から左へ薙ぎ払い。だから回避はラセツの右側、振り切った刀の切先に!
「──【燕返し】」
「……あ?」
それを読んでいたかのように──ラセツは、空中で逆上がり。上下反転したら、俺の立ち位置は──【燕返し】の軌道上!
「──【ゼロトリガー】!」
接触、同時──とはならず。流石に最速の【一閃】、ちったァダメージが入っちまった。
が、【ゼロトリガー】の相殺でお互いに距離を取る。
単発火力が大きく下がる【ラピッドシューター】の【ゼロトリガー】だが、0距離戦においては出の速い相殺手段として優秀だ。【喫茶シャム猫】のスティンガーに倣ったが、いいもんだな。
「──初見の【冥龍一閃】に、反転【燕返し】。両方対応されるとはな。やるな"アシュラ"」
「そりゃ俺だけオワタ式だからな……。マトモに受けられっかよ、アンタほど極まった【サムライ】の【一閃】とか」
会話は余裕ではなく、スキルの掛け直しだ。
ラセツは、志波優吾は……本気で俺を倒しに来ている。王座を奪いに来ている。
それが嬉しい。結局"オクブロ8"ン時は、全然違うリーグだったからな。直接アンタを倒してねェのに"最強"名乗るのは有り得ねェ!
「準備運動は済んだか初心者。ここからは、もう少し速くなるぞ」
「……最高速で来いよ。負けた時に言い訳したくねェだろ?」
「安心しろ。二段階しかない。ここから最高速だ!」
俺からしたら、過去の王座への挑戦。
ラセツからしたら、今の王座への挑戦。
──王座は未だ、空席だった。
──◇──
──俺が負けた大会で、俺と同じ日本人が優勝した。
そいつは当時"日本最強"を名乗る俺に、一言も交わす事もなく──"世界最強"になりやがった。
掟破りのサムライ"アシュラ"。
何の嫌がらせだ。
いや、日本代表なんていつだってサムライ呼びなのは分かるが。こちとら初志貫徹のサムライ"ラセツ"だぞ。わざわざ呼び名を似せるんじゃねぇよ。
とはいえ。
格ゲーってのは割と少ないもんで。少なくとも賞金が出るレベルのモンともなると、そりゃ限られてくる。
あいつも俺もプロゲーマーだ。今後の仮想敵にはなるだろうなぁ、とか考えていた。
「"アシュラ"とは戦うな」
……マネージャーからそう言われて、考えの甘さを思い知った。
格ゲーってのは割と少ない……だから、"アシュラ"と"ラセツ"が戦ってもおかしくない。
だから俺の所属する会社は、俺のブランドを選んだ。
スポンサーからすりゃ俺と"アシュラ"が"オクブロ8"でぶつからなかったのは好都合だ。
まだ俺と"アシュラ"の実力差は証明されてない。まだ、"日本最強"の俺というブランドは生きている。
"アシュラ"が巻き起こしたゲームブームは凄まじいもんだ。そんな中で俺というブランドを維持するために必死だったんだろう。
幸いにも"アシュラ"は格ゲー以外にも手広くジャンルを広げていて、イベントに呼ばれて大会に参加する事はあれど自分からエントリーする事はほぼ無かった。そんな暇が無かった、とも取れるが。
……つまり、ちゃんと"アシュラ"の動向を追えば衝突する事はない。
……情け無ぇ。
つまりそれは、今の俺が"アシュラ"とぶつかったら……確実に負けると、思われてるって事だ。
ふざけんな、と思ったさ。
それでも……言えなかった。
納得しちまったからだ。
ある日、何となしに階段を踏み外したり。
うっかりコントローラーを落としたり。
……もう40代だ。肉体の衰えを感じちまう。
いや、年齢すら言い訳に過ぎねぇ。
結局は……"アシュラ"と戦わずに済む言い訳を探してんだ。
だから、だからよ。
もう会社も立場も無ぇ。
肉体は全盛期、がっつり一年お前と戦うために調整してきた。
言い訳は無しだ。頼むぜ"アシュラ"。
俺と──"勝負"してくれ!
──◇──
「【虚空一閃】!」
初手──範囲火力。【一閃】と【燕返し】の性質を利用した右側避難は、範囲の広すぎる【虚空一閃】には無力だ。──つまりあの宙返りは、そう乱発したくねェ緊急策って事か。
【虚空一閃】の有効策は潜り込みだ。広範囲を進む一撃は大振りで、逃げにくいが潜りやすい。そして潜れば、続く【燕返し】の範囲からも逃れられる。
銃口をラセツの腹に当て──
「【ゼロトリガー】!」
「──【刀桜流し】!」
──振った【銀鉤】ではなく、納刀していた【虧盈】で受けた!?
……違う。既に抜刀していたか! 【サムライ】の回避カウンタースキル【刀桜流し】は納刀時使えねェもんな!
納刀に見せかけて、【銀鉤】で2回鯉口を鳴らして、実のところ【虧盈】は左手で逆手持ちか。確かに見えない角度だった……!
【刀桜流し】は攻撃を流して、返す大太刀一振り。まだ片手が余ってる!
スキルは間に合わねェが、左腕を通常攻撃で狙い撃てば小さなノックバックが重なって遅延できる!
──止まらねェ。通常攻撃のノックバックを無効化するタイプのアビリティか何かか!
左の大太刀が。【ゼロトリガー】を受けたカウンターが、返ってくる──!
「──っらァ!」
膝を折る。無理矢理身体を下げて、更に下を潜る!
悪手だ。もう即座に動けねェ。"ラセツ"相手に接近戦か……!
「【巖烈一閃】!」
──もう【銀鉤】を納刀してやがる!
大地巻き上げる剣閃が打ち上がる──
「"ベルトロールアシスト"ォ!」
弾倉を呼び出して──無理矢理ぶつける!
直撃は免れた。打ち上げられたが、つまりしゃがんだ分のデメリットは回避できた!"ベルトロールアシスト"が死んだからあと2分強しか戦えねェが!
……あと8秒くらいか!
ラセツは跳び──【虧盈】で通常攻撃! 空中戦になるが、手数がある。通常攻撃戦ならこっちは負けねェが……距離を詰められる!
──射程範囲だ!
「【燕返し】!」
返す刀は【銀鉤】の【巖烈一閃】!
振り上げは、振り下ろしになる──!
「……直撃は、しないか。命中不安なのが弱いな【巖烈一閃】は」
地面に叩きつけられたが──ダメージはそこまで。
とはいえ、右脚が動かねェ。強化された【巖烈一閃】は移動デバフをかけるとか聞いた事があるが、コレか。
ラセツは着地し【銀鉤】のみ納刀。いつでも【虧盈】でガードできるようにしてんな。隙が無ェ。
俺に出来る事は──
右手の【地獄の番犬】を、ラセツに向ける。
「……行くぜ、"ラセツ"」
「ああ。──【迅雷一閃】!」
最速、紫電纏っての神速抜刀!
──俺の勘がズレてなけりゃ、この弾だ!
「──【パワーショット】!」
──◇──
紫電に放たれるは、スキルと武器合わせてもたった9発の弾丸。
【パワーショット】──銃スキルにおいて基礎も基礎。だが、スキルはスキル。
スキルを通常攻撃で止める事は出来ない。即ち、クローバーはスキル相殺を狙っている。ラセツがその結論に至るのは当然であった。
無論【サムライ】専用の極まった【迅雷一閃】と、基礎スキルの【パワーショット】──しかも【ラピッドシューター】の性質で弱体化している──が釣り合うはずもない。それでも、当たり所によってはその限りではない。
つまりクローバーの狙いは、奇跡的なクリーンヒットによるスキル相殺。
相殺までされれば【燕返し】まで繋がらない。ラセツは【銀鉤】による追撃を諦め、直後続くクローバーからの攻撃を【虧盈】で受ける方向へと思考をシフトし──
──そこで漸く、自分の胸が貫かれている事に気付いた。
「……これは……!」
「過剰強化は【夜明けの月】の十八番だぜ。……たった一発の弾丸だが、【至高帝国】時代から今までずっと鍛えてる……"貫通弾+2999"だ。途中から強化は外注してたがよ」
"ベルトロールアシスト"に仕込んだ爆弾。無論、ただそれだけではそこまでの威力にはならない。
ここまで強化した弾丸であっても、ラセツを倒し切るには至っていない。あまりに非効率。資源の無駄遣い。
だが。スキルの相殺を完遂し、僅かな隙が生まれれば──
「──"アシュラ"! 俺の負けだ!」
「──ああ。初勝利は貰っていくぜ」
クローバーの十八番。秒間1008発の、クリティカル乱射。
光の奔流に溺れ──ラセツは、満足そうに笑った。
──◇──
「……クソが。何が"最強"だっての。運ゲーじゃねーか」
「あーあ。世の中まだまだ強ェ奴はいっぱいいるなァ。挑戦すンのに何年かかったんだっけか……?」
「……ま、いいか。この椅子に座ってる限り……強ェ奴と遊ぶ機会にゃ事欠かさねェ」
「……そろそろ"最強"の看板もいらねェだろ。ぼちぼち新戦術、開拓してくかァ……?」




