478.最後を見据えて、一歩踏み出す。
【第186階層チャーチ:新節リガ】
何故か火山を登山している。
……どこに落とされるんだろうな、俺たち。
ともあれ、ここ数日は【夜明けの月】はのんびりさせてもらっている。階層攻略であるにも関わらず。
……口には出さないが、みんな何となく思っている。だからこんな気の遣い方をしてくるんだよなぁ。
「みなさん、優しいですね。ライズさん」
久しぶりの屋台車で、今日はドロシーと一緒。
ドロシーと【ダーククラウド】との因縁と言えば……。
「約束なんだよな? クアドラと戦うのが」
【ダーククラウド】に属する"最強の宙銃士"クアドラ。
【Blueearth】三種の神器【サテライトガンナー】においてぶっちぎり最強。
かつてはトップランカーにおいてほぼ最後の一人となっていた傭兵で……正直、三種の神器の一角は【サテライトガンナー】ではなくクアドラそのものであるとされている。
異常すぎる空間把握能力。目を閉じても、移動しながらでも【サテライトキャノン】を100%発揮できる怪物。どんな距離の物であれ目視できれば座標をメートル以下単位で把握出来てしまう怪物。
そのクアドラとドロシーは、どういう縁か……仲良くなったというか、クアドラに気に入られたというか。
「はい。約束です。……約束、なんですけれど。
もう僕には、約束を果たせるかどうか」
クアドラは、その独自の感性から他者とのコミュニケーションが上手く取れず孤立していた。だから思考をダイレクトに読み取る"理解癖"のドロシーが気に入ったんだよな。
……まさか【ダーククラウド】に加入するとは思わなかったが。仲間に引き込めると思ったのになぁ。
「……そこで、おしまいです。多分、きっと……」
「そうか。……もう読めないのか?」
前々から相談は受けていた。
ドロシーの"理解癖"が失われつつある、と。
俺は精神科医とかメンタリストとかじゃないからよく分からないが、ホーリーによるカウンセリングの結果は聞いていた。
──────
『ドロシー君の"理解癖"は、相手の行動や息遣いに至るまで全てを観察する事でその傾向から行動を予測するもの。これは人間不信に至った過去のトラウマから逃れるために身に付いてしまった技能、というより正に癖だね」
「そして、"理解"した相手の行動なら手に取るように分かるという未熟さ、或いは傲慢さが……あたかも心を読んでいるかのような結果を生み出す。実際その精度は凄まじいものだ」
「聞く所によると……大体セカンド階層突入の時点では全盛期を迎えていて、初見の相手でも心が読めるようになっていたそうじゃないか。すごいね」
「だが、もうドロシー君は子供じゃない。
……【Blueearth】による人間関係のリセットと恵まれた交友関係によってトラウマを自覚し克服した。そして人の心が読めるなどという傲慢な考えを維持できるほど子供でもなくなった。
故に"理解癖"は治ってしまう。若い頃に出来た事が、大人になるとすっかり忘れてしまう。よくある話だ」
「ライズさんの質問に答えるならば……"理解癖"の消失は精神衛生に影響を与えず、後遺症も無い。病気が完治したのだからね。
大丈夫。ドロシー君は成長しただけだよ。病気を克服させる事が出来たのは、【夜明けの月】の努力の結果だ。嘆くより誇ってあげてほしい」
──────
……みたいな話だった。
俺もメアリーも、【夜明けの月】の全員がこれを受け入れていた。ドロシーを仲間に受け入れた理由は間違いなくその"理解癖"という特異性だが──それだけで評価しているわけじゃない。
それに、この【Blueearth】問題が解決した後でも人生は続く。全人類電子化が達成されれば不老不死だ。細かい事は分からないが、精神的に成長できるならその方がいい。
……稀に悪夢にうなされて俺の部屋に来る事だって、もうめっきり無いんだ。【Blueearth】で夢なんて見ないのに。過去の記憶に苛まれて震えるドロシーの姿なんて、見たいわけがないだろ。
ドロシーの"理解癖"は既に殆ど失われていた。【真紅道】戦でもその兆候は見られたが……それにしたって高純度の【サテライトキャノン】は撃てる。問題は無い。
「ライズさんとか……身内の考えは、まだまだ分かります。暫く会っていないクアドラさんは……どうでしょうか。会うまでは自信が無いです」
「そっか。まぁ無い方がいいだろ、そんなの。俺だったら──いや、なんでもない」
「"心が読めたら【三日月】解散してなかったな"……って感じですか? 気を遣わなくても」
「おおう健在」
「どうなんでしょうか。ライズさん、分かりやすいので……"理解癖"が無くとも分かったかも」
ぐぬ。言い返せない。
……あまり子供扱いするのも良くないよな、と思いつつ。メアリーと違っていい子だからどうしても甘やかしてしまう。かつては希少な男仲間だったし。
……だからこそ。
ドロシーが覚悟を決めた。何となくそうだろう、と思っていた事が、ハッキリと俺の中に沁みてきた。
これが最後の戦いで。
──メアリーを見送る事になるかもしれない、という事を。
──◇──
【第187階層チャーチ:伴節バレンシア】
【第188階層チャーチ:強音節エウラリア】
──無事通過。
──◇──
【第189階層チャーチ:終節ヴォロドミール】
鐘の音はまだ届く。
火口から飛び降りた灰まみれの地底世界は、大きな空洞となっていて。
「クライスさん。フロアボスは……」
『はいー。相変わらず眠っていますねー。起こしますよー」
グレンの肩に乗る"クライス/トランペット"。
既に【ダーククラウド】と【真紅道】が攻略済みなので、ここのフロアボスについても調査済み。しかもクライス本人が直接引っ張り出すから、もっと楽になるわね。
"クライス/トランペット"が被っていたトランペットを構えて──思いっきり吹き散らかす!
……うるさっ!
「さあ、折角だ! 派手に送り出そうじゃないか、みんな!」
グレンが剣を天に掲げる。
音に誘われて灰から生まれ浮き上がるは──モノリス?
……鍵盤!
──【スキャン情報】──
《否鳴の音壊 ホラーテナーズ》
LV170 ※フロアボス
弱点:
耐性:
無効:火/水/風/地/光/闇/斬/打/突
吸収:
text:
夢幻に奏でる無限の鍵盤。
鳴らす者も居ないこの地に遺された、求めるモノ。
通常時は無敵だが、攻撃を受けると音を鳴らす。
仲間の音に反応して新たなホラーテナーズが出現し、耐性が僅かに弱体化する。
────────────
白黒の鍵盤からは、色鮮やかな魔法が放たれてる……んだと、思うけれど。
トップランカーにセカンドランカー、500人がかりでの大乱闘。もうめちゃくちゃよ。
本当は少しずつ出現する予定の"ホラーテナーズ"は、レイドボス特権で無理矢理引きずり出されちゃって耐性も何もあったもんじゃない。
「……なんというか、終盤も終盤なのにここまで楽していいのかしら?」
「ははは。割と昔からそうだったじゃないかメアリーさん。俺たち【夜明けの月】は基本的に格上のゲストに引っ張られながら攻略をしていただろう」
言われてみれば。人数が10人に届いて居なかった頃は、事あるごとにライズの人脈と財力で人をかき集めていたわね。
今にしては何もかも懐かしい、けれども。未来の事も考えないとね。
「……ジョージはさ、最初は人類代表として【Blueearth】に乗り込んできたけど、本音はツバキを探しに来たのよね」
色々と、お姉ちゃんから聞かされた。ジョージを手駒にするならば知っておかなくてはならない取扱説明書……ジョージの過去。
かつて"最強の人類"を生み出すためにかき集められた孤児の一人。そして最後には机上から飛び出してしまった"最強の人類"。
色々と後ろ暗い世界にいた人。なのに……ツバキに対しては、本当に何処にでもいる普通の父親で。
「そうだね。瞳さえ居ればもう、全てを捨てても構わなかった。……その考えは、今も変わってないけれどね」
「【Blueearth】は……やがて終わるわ。これからどうしたい?」
「多分、俺の願いは天知調のソレとかなり近い。……いや、世の中の誰もが心の隅にでも置いているような、当然の欲求なのだろうね。
"平和に暮らしたい"。ただそれだけのために、ここまでしなくてはならないとは……天知調には同情するよ」
「平和、ね。……あたし、正直まだ分からない所があるのよ。
なんでお姉ちゃんは、【NewWorld】を作って……そこにあたしたち家族だけで暮らそうとしなかったのか。
欲しいものなんて何でも出せる、夢の世界。わざわざ他の連中まで巻き込む事は無いじゃない」
ふと。
お姉ちゃんと近い、という言葉か、或いは"知恵"と"力"という別のジャンルだとしても人類の頂点に立つ二人の親和性からか。なんとなく、お姉ちゃんに聞けなかった疑問をぶつけてしまった。
ジョージは一つ、顎に手を当てて──あたしの頭を撫でる。
「多分──ムカつくからだろうね」
「……えぇ?」
あまりにも突飛な発言に、ちょっと驚いた。
ジョージは嘘を吐かない。……ほんとに?
「だって、俺にせよ天知調にせよ……世界最強だよ。例えば本来の肉体なら、俺はこの状況からノータイムでメアリーさんの頭を握り潰せるわけで」
やめてね。ゾッとするわ。
「……そんな、言ってしまえば矮小で凡百な有象無象が、自分の大切な家族を脅かすかもしれない。
なぜそんな連中を恐れて、家族を籠に仕舞わなくてはならないのか。
……当然。家族には、俺と同じ"力"は無いからだよ。
そんな事が理由で、俺の大切な家族が外に出歩く事も出来ないなんて。そんな有象無象を警戒しなくてはならないなんて。……ムカつくだろう?」
ムカつく。その言葉に驚いたのは……ジョージが、これまでこんな分かりやすい、感情的な言葉を発した事が無かったから。
よく考えればお姉ちゃんもそうだ。あたし、お姉ちゃんがそういう感情を荒れさせているような所、見た事ない。
でも、あるんだ。お姉ちゃんだって人間なんだから、悪い感情をぶつけてしまう事もあるんだ。
「……君の姉は、間違いなく世界で唯一抜きん出た怪物。未来より来訪した異星人。それでも──君と同じ、一人の人間だ。それを忘れてはいけないよ、メアリーさん」
「……うん。ありがとう、ジョージ」
「どういたしまして」
──鍵盤の音が止む。
転移ゲートが現れて──無限の無を映し出す。
この先に何があったとしても。
……あたしは、夢を叶えなくちゃいけない。
あたしのためにも。
【夜明けの月】のためにも。
お姉ちゃんの、ためにも──。




