477.旅立ち:終焉へ足を運ぶ
【第180階層 祝福合奏ゴスペル】
──【真紅道】陥落。
即ち、"【Blueearth】争奪戦"最終戦が決定した。
【夜明けの月】vs【ダーククラウド】の決闘──どちらが勝ったとしても、【Blueearth】には大きな影響を与える事になる。
本来なら【ダーククラウド】が待つ190階層へ行く事自体が難しいのだが……。
──────
「【飢餓の爪傭兵団】は手伝うぜ。全員で殴り込んでスカした【ダーククラウド】をビビらせてやろうぜ」
「我々【真紅道】は唯一このチャーチ階層を攻略した実績がある。無論協力させてもらおうか」
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……善意の押し売りによって、その辺の問題は心配する必要が無くなった。
目下物資の調整中。特に武器強化は急ピッチで進行中だ。今回のグレン戦は一戦一戦仕切り直せるから仲間の武器を借りられたが、【ダーククラウド】相手でも同じルールとは限らない。俺の長所を伸ばすなら武器強化は必須。
今回のグレン戦での戦略はツバキとカズハの協力あってこそ。俺単体の戦闘力はやはり、まだ不足している。
ジョブ強化スキル【パラレル】の武器身代わり効果は【朧朔夜】との相性が良いが、ver.2になると無敵化してしまう。そもそもジョブ強化スキルver.2になるような状況とは敵側にもレイドボスがいる事が多く、前提としてずっと無敵であると想定しない方がいい。だから実質的に弱体化するんだよな。
本当になりふり構わなかったから仕方ない事だが……【パラレル】がver.2でなくとも別ジョブの専用スキルを使えてしまうという事もバレてしまった。
俺が戦うなら、"わからん殺し"は必須。武器、スキル、アビリティ、アイテム……他にも色々と準備が必要だな。
なんたってこれが最後の相手……兄貴との戦いになるからな。
何でもかんでも利用しない事には──
──違うか。何で俺がハヤテと戦う前提なんだよ。勝率を考えろ。
「……ライズ。聞こえてないわね? ライズ!」
「うぉ。何だメアリーか。危ないぞ飛び出したら」
「しばくわよ。アンタが思い悩んでダラダラ歩いてきてんのよ」
小さな小さな我らがギルドマスター。
呆れた顔でこっちを見上げる──本当に、悪口ではなく小さな存在。
【ダーククラウド】を倒せば……後は天知調。ゲームマスターとの交渉だ。そうなればもう俺たちに出来る事は少ないだろう。
「メアリー。どうだ調子は」
「絶好調。……アンタと違ってね」
んぐ。生意気な小娘ぇ。
……いいんだ。もうここまで来ると、不調の方が俺らしい。
「やっと最後ね。どうなのよ、お兄さんは」
「兄貴は……普通の人だが、まぁ相当に性格が悪い。俺の兄貴だぞ? 何かセコい事考えてんだろうなぁ。
2ヶ月あったからな。何を企んでるやら」
「アンタ基準で考えるなら大した事はしなさそうね」
「おいおい俺の華麗な作戦をもう忘れたか?」
「アレ開幕破綻しかけてたじゃないの」
「お前がver.2合戦できるようにしたんだろうがよー」
変な事しなけりゃ想定通りだったんだよー。
……いや、空間作用スキルを"アトランティック・クライス"が独占する可能性はあったが。そこはホラ、なんかノリで何とかなるかもしれないじゃん。
「モノ考えるの向いてないわよ、参謀」
「肩書きとの致命的矛盾。……でも俺を参謀に置いたのはお前だろ」
「そうよ。励みなさい、参謀?」
くそぅ。今更降りるなんて言わないけども、いいように使われてんなぁ俺。
「ほらほら、アンタも準備してきなさい」
「分かってるよ。じゃ、また後で」
……攻略もそこまで苦戦はしないだろう。【ダーククラウド】とのレベル差もそこまではない。
そろそろ覚悟決めて行くか……!
──◇──
【第181階層チャーチ:始節ケルン】
──────
鐘が鳴る。
川も森も灰に沈んだ"試しの大地"。
音に惑うは白煤の灰獣。
試練は終わらない。
──鐘が鳴る。
──────
始まりましたチャーチ階層攻略戦。即ちデスマーチ。
しかし今回は余裕である。トップランカーに加えてセカンドランカーまで500人体制でゴリ押ししてるからな。
レベル上げの必要も無い。【夜明けの月】は対【ダーククラウド】に向けての最終調整を優先することになった。
というわけで。
ここは【夜明けの月】のログハウス、訓練場。
「カズハの【分陀利】でHPを調整して、【朧朔夜】の【焔鬼一閃】でクソデメリットくらって、ツバキの【愛し憎し】で反転して、超超火力の【燕返し】! こりゃァ強烈だなァ」
「なんっで……耐えてんだよ、クローバー!」
「耐えられねえっての。避けただけだ」
「掠っただけでも七重の呪いは喰らうはずなんだけどな……!」
このように、"最強"には通用しない事が判明した。
……というか、初見殺しだったから通じただけで今となってはウルフにもグレンにも通用しないだろう。そして当然、兄貴にも。
今、あの時の火力がどのくらい通用するかを実験しているのだが、色々と細かな問題が浮かび上がってきた。
そもそも通常の【焔鬼一閃】で死ぬ耐久値をしているウルフやクローバーは回避可能。
通常の【焔鬼一閃】を耐えられるグレンやリンリンは、強化版【焔鬼一閃】が直撃したら流石に倒れた。リンリンは耐えたが、その後の呪いでギリ倒せた。
「ハヤテは【ダークロード】……HPやMPの管理に長けたジョブだが、純粋な耐久値は【聖騎士】【フォートレス】に劣る。通常の【焔鬼一閃】を耐えるかどうか……。耐久に振っていればギリ耐えられるかもしれないね。
続く呪いについては通用しないと思った方がいい。対デバフに強いんだ【ダークロード】は」
「回避性能についちゃあ安心しな。ハヤテは【焔鬼一閃】を完全に回避できるだけの俊敏性は無ぇ。
まぁ……普通の【焔鬼一閃】じゃ倒し切れねぇ可能性はある。そして倒し切れなけりゃ、ライズの方が呪いで再起不能になるから……負けるわな、普通」
グレンとウルフは特にこの調整に協力的だ。……【ダーククラウド】を潰すという事になれば喜んで協力する、との事で。
「トップランカーに通用する必殺技として用意したんだが、インフレが先だったか。つまり【朧朔夜】だけに賭けられないと」
「あくまで万全なら、の話だぜライズ。ちゃんと削ってから使えば倒せる。隔離階層抜きでも充分通る。
ちゃんと脅威なんだよ【朧朔夜】は。
……しかしまァ、外せば終わりの一発勝負に賭けるってのはライズっぽくは無ェよな?」
「それしか選択肢が無かったからなぁ」
俺はあまり自分の性能を信用していない。
一撃必殺一球入魂、取り返しが付かない必殺技というのは、確かに俺は好きじゃない。ある程度外しても大丈夫なようにしたくなる。
……が、武器の超強化戦法を使う以上は武器の鞍替えは出来ない。ヒガルまでで入手できる装備でそれを成し遂げる為には、デメリットでもなんでも受け入れる必要があった。
「……なぁ、クローバーが戦ったりは……」
「ヤダ。【ダーククラウド】にゃ戦いてェ相手がいる」
そんなぁ。
……俺だけでなく、【ダーククラウド】にはあちらこちらに因縁がある。できれば各々の因縁は晴らしてやりたいが……状況次第だな。
──◇──
【第182階層チャーチ:弱音節ギュデュル】
【第183階層チャーチ:震節ソールズベリー】
【第184階層チャーチ:合節ヴィート】
──無事通過。
──◇──
【第185階層チャーチ:中音節セゴビア】
「すごいサクサク進むわね」
「……人数が人数だからな。……【ダーククラウド】と共に急ぎ走破した、【真紅道】の知見もある。苦戦する方が難しい……」
灰に沈んだ川底を走るペット達。
人数がいると移動速度に制限がかかるのは【飢餓の爪傭兵団】戦で理解したけれど、それでも充分な速度。気分転換にログハウスから出ると、バーナードが(珍しく一人で)隣に座ってきた。
「……メアリー。【ダーククラウド】には……」
「お祖父様がいるんでしょ? 藤䕃堂五郎さん。その話よね?」
「あと……秘書のシーナも、だ。……ウチの身内が迷惑をかける」
天下のゲーム会社【TOINDO】、その財源藤䕃堂財閥の御曹司。バーナードこと藤䕃堂五三郎。
【ダーククラウド】にはその関係者……祖父にして【TOINDO】創立者の藤䕃堂五郎お祖父様、そして社長秘書にしてバーナードの世話係でもあったシーナさんがいる。
気になるわよね。バーナード、身内のためなら誇張無しに世界を滅ぼせるタイプの男だもの。
「バーナードってさ。自分から引っ張るタイプなの? それとも誰かに従う方が好きなの?」
「……痛い所を突くな……。ならねばならないのは、前者。……一番楽しかったのは、後者だ。
……血筋やら何やらのしがらみが記憶ごと無くなった【Blueearth】の俺は……後者を選んだ……。
……人の上に立つ器では無かった。……だから、偉そうに上司身内面してシーナやジジイの心配をしていいもんじゃない……かもな」
「んな事ないわよ。絶対ない。
立場とかそういうの、関係ないわ。やりたい事やりなさいよ。
スカーレットから何を学んでるのよアンタ」
「……ふふ。同年代の同性の方が、恋仲よりも理解し合える事もある、か。
……一つ、確認したい事が……ある」
バーナードとは……それはもう長い付き合い。
早くはサバンナ階層から、【バレルロード】転向から【満月】、【夜明けの月】連合……。本当に事あるごとに助けてもらっていた。
……そして、そもそもこの【Blueearth】は権利的に【TOINDO】のもので。【Blueearth】開発チームのチーフはバーナード。つまりこの騒動の責任は最終的にバーナードが取る。
……なんて事は、起こらない。あたしかお姉ちゃんが【Blueearth】を、【NewWorld】を支配する限りは。
だから協力してくれる……ってほど薄情でもないか。もう普通に友達だから、でいいわよね。
「……次は190階層。【Blueearth】は205階層と聞く……。
つまり、【ダーククラウド】を抑えてすぐに天知調との交渉を始めなくては……」
「そうね。結構後がないわ。
本来10階層あるはずなのに、最後の200階層は205階層まで6階層しかないし、常識が通じるとも限らない。確かにここで抑えておきたいわね……」
本来ならもう少し早く止められると思ってたけれど……まだ間に合うといえば、間に合う、かしら?
「そしてその都合……最後に残る【夜明けの月】は……お前でなくては、ならない……。……わかるな?」
「そうね。理解はしているつもりよ。忠告どうも」
そう。
この戦いで、【ダーククラウド】との戦いが終わったその後で。
……【夜明けの月】が全員残っている保証は、無い。
場合によっては──
──あたし独りで、お姉ちゃんを止めないといけない。




