463.慎ましく心を縛る我儘
【第180階層 祝福合奏ゴスペル】
「……なるほど。伝説の終焉ねぇ?
ひぇっひぇっひぇっ。アンタとライズ、そんなに因縁あったかねぇ?」
「民衆にはそう見えているんだろうね。それこそ伝説だよ」
【真紅道】簡易拠点にて、【井戸端報道】の記事を閲覧。
……こういう形で攻めてくるとは思わなかったなぁ。
とはいえ、こちらとしては【夜明けの月】を悪とする勧善懲悪ものにならずに済んで良かったと思っているけれど。
【真紅道】が戦う以上はそうなってしまう。【飢餓の爪傭兵団】とか正に悪役扱いだったし。
……伝説。
正義も悪もなく、【夜明けの月】が持ち出す武器は"伝説"。
それはつまり、過去を背負うライズさんの武器。
黎明期を生きたライズさんが、同じく黎明期の遺物である私と戦う。それはきっと、いい見せ物になるだろうなぁ。
「【真紅道】と戦う以上は正々堂々と決闘せにゃならない。だがそうなるとギルドマスター同士……グレンの相手はメアリーになるわけだねぇ。
それを回避するための苦肉の策って訳かい」
「しかしアピー婆さん。1対1ならクローバー持ってくるんじゃないっすかね普通」
「おバカだねぇフレイム。そうすりゃ観客が見るのは【真紅道】と【夜明けの月】じゃなくて、【真紅道】と【至高帝国】さね。観客の意識を利用する以上、観客のニーズに応えなきゃならないのさ」
「あー……確かにクローバーといえば【至高帝国】のイメージが強いが、ライズと言えば今や【三日月】ってより【夜明けの月】っすね。そういうもんかぁ」
……顧客のニーズに応えるならば、ただ一騎討ちとはいかないか。クローバーの存在もまた【夜明けの月】の華ではあるし。
しかし【夜明けの月】は本当に厄介な相手が多いからなぁ。どうしたものか。
「団長は戦いたいんすよね? 俺ら引きますよ」
「いや、これは【真紅道】としての戦いだからね。……とはいえ全員は難しい。ちゃんと決めなくてはね」
こういう時、【飢餓の爪傭兵団】のように代表が不在であることが悔やまれる。皆が横並びに強いからなぁ、ウチは。
──◇──
──【夜明けの月】のログハウス
「多分3戦か5戦になるわ」
リビングにて、ソファに仰向けに寝転ぶメアリー。
……休む時は休む。【夜明けの月】の鉄則である。
「正に"王道"たる決闘となるなら、そうあるべきだな。今回の大見出しである俺とグレンはともかく、【夜明けの月】のクローバーが戦わないなんて許されないだろ」
「かといって俺が出りゃ白星確定だからなァ。【真紅道】としては勝率上げるためにゃ戦闘数を多くして一戦あたりを軽くするしかねェか」
「だとすると5戦が妥当なのです。そうなるとまた問題ですが……」
ミカンはメアリーの掛け布団になっている。だらけすぎ……いやいや、休む時は休む。悪い事じゃない。
「【夜明けの月】の中でどれだけのメンバーが【真紅道】とタイマンできるのか……って話だよな。真っ当に1対1やってると勝ち目はないぞメアリー」
「全員がめちゃくちゃ完成度高いのよね【真紅道】。となると……」
──◇──
──同日
【夜明けの月】【真紅道】共同愛性中立会議室
「試合回数は5戦でどうかしら」
「了承した」
「はい締結」
堅く握手を交わすメアリーとグレン。
……爆速で決まった。話が早すぎるだろ。
「試合とはいえ、全部1対1じゃ味気ないわよね。クローバーとアンタ有利すぎるし」
「それはこちらも思っていた。クローバーの出る試合が負け確というのは……こちらの視点はともかく、観客から見てもそうだろうし。出場は複数人としようか」
「そうね。2人1組でどう?」
「そうなると10人選出だ。【夜明けの月】の人数的には……大丈夫だろうか?」
「【夜明けの月】は別に全員出てもいいのよ。ウチに弱者は居ないわ」
「はは。【真紅道】も同様だとも。……では、そのように」
「露骨に俺をメタるなァ」
「トップランカー不動の指標だからね。そういえば言い忘れたけれど、お帰りクローバー」
「おうただいま。そんでサヨナラだグレン」
「そうだね。勝っても負けてもさようならだ。勝つのは【真紅道】だが」
トップランカーのバチバチだぁ。こいつらずっとこんな感じだったのか。
「じゃあ、明日より開始しよう。メンバー発表は……その場で構わないかな?」
「その方が盛り上がるわよね。後は適当にアドリブで行きましょう」
「そうだね。それでよければ」
「はい締結」
……なんというか。
お互い生真面目だからサクサク進むなぁ。
「……私、必要なさそうですね」
審判係のスレーティーさんが半泣きだぞ。
──◇──
──つつがなく、ルール制定が終わり。
会議室から出て、大聖堂の前を通り抜けて。
特に何も無い公園のベンチに、座る。
「やっとここまで来たわね、メアリー」
同じベンチで、隣に。
後ろを向いて、スカーレットが座る。
「もう一度だけ聞くけど、いいの?
【真紅道】をしばき倒すのが、あたし達で」
「いいの。……こんな事は【バレルロード】の仲間には言えないけれど、正直会えれば良かったのよ。
会って文句を言ってから……追い付ける程度の実力があるって示して、【真紅道】に入れてもらう。それで、一緒に攻略する。それが本当の目的だもの」
アドレに置き去りにされたお姫様。
現実世界に置いてきぼりにされた、あたし。
「ベルとサティスだって、同じ事。
私もベル達も、目的を果たした。だから文句ないわ」
「……目的、ね」
「貴女もあと少しじゃないの。お姉さんと喧嘩するんだっけ?」
「ええ。生まれて初めての姉妹喧嘩よ」
「傍迷惑な姉妹ね。でも、いいじゃない。
喧嘩できる家族がいるのって素敵よ」
スカーレットとは、もう長い付き合いになる。
まさかここまで手伝ってくれるとは思ってなかったわ。
……歳が近い、だけじゃない。なんとなく気が合うのよね。
「グレンと喧嘩した事ある?」
「あるわよ。そりゃあもう数えきれないほど。
……ぜーんぶ、私から噛みついたのに。最後はいつも兄さんが謝って終わるの」
「なにそれ。アンタ最悪じゃん」
「そんなもんよ、兄妹喧嘩って。
……だからね、相手が優しくったって、その噛みつきたい心は間違って無いのよ」
「最悪じゃない?」
「私は最高の女。だからその我儘は最悪じゃないわ」
「……暴論ぅー」
「いいのよ。私達は我儘でいいの」
いいわけあるかい。
……と、言い返そうと思ったのだけれど。
何も口から出せない。
分からないから。
「……コンテンツ過多のこの時代。家から出なくても何だって知れるし、何だって手に入ったわ。
それでも、"普通の生活"ってのはわからなかった。
あたし、ずっと家の中にいたから」
「世界の至宝、天知調の血縁なんだもの。そりゃ外を歩けば命を狙われるわ。仕方のない事よ。
……そして、それで諦める必要もない」
「我儘すぎない?」
「……っ、それが普通なのよ。
家の外を歩くだけで、我儘になんてなるわけが無いでしょ」
そうなんだ。
やっぱり、それが普通なんだ。
スカーレットは、あたしと顔を合わせない。
あたしだって、どんな顔をすればいいのかわからないから。丁度よかった。
「よく聞きなさいメアリー。
貴女のお姉さんは、貴女に"普通の生活"を与えるためにこんな事をした。
世界の敵になって、世界征服まであと僅かってところまで来た。
ただ貴女達天知家が、何も気にせず太陽の下を歩けるようにするため、それだけのために。
それは本当に素晴らしい事よ。きっと誰もが天知調を讃えるわ。
でもね、だからって──貴女が我慢する必要は無い。
お姉さんが立派だからって、貴女が我儘を言う事を諦める必要はないの。
それはそれ、これはこれよ。
ちゃんと噛みついて、泣き叫んででもいいから喧嘩しなさい」
「……いいのかな」
「いいの。いいに決まってるじゃないの」
絶対的な正義である兄/姉を持つ、あたしとスカーレット。
……そっか。スカーレットの事、羨ましいって思ってたのは……そういう事だったんだ。
「わかったわ。ちゃんと我儘言ってくる」
「文句も恨み言も言ってやりなさい。……私の兄さんを越えてから、だけれどね」
「あはっ、楽勝よ。あたし達は【夜明けの月】よ?」
「相手は【真紅道】よ」
結局、顔を合わせる事も無く、感謝の言葉も伝えない。
それでも、スカーレットは許してくれる。
……そうよね。
少しだけ、お姉ちゃんに噛み付く事が怖くなってきていたけれど。
ちゃんと歯向かっていくわ。だって──そうしたい、から。
──◇──
【夜明けの月】のログハウス
「さて。頼んだぞお前ら。最終戦になる前にストレート勝ちしてくれ」
「ライズ情けねェぞ。俺たちも勝つからお前も勝て」
「勝てるかなぁ」
勝てるかなぁ。
この問題は、トップランカーに挑む前から想定されていたものだったのだが……色々と不都合が生まれたな。
そもそも【ギルド決闘】でトップランカーと決着を付ける事を想定していたのだから、これは想定通りの挙動であるべきなんだが……。
本当は、【至高帝国】を相手する事を想定して4〜10人程度で戦うつもりだった。というか俺がここまで生き残れるとは思ってなかったんだよな。
……計算外だったのは、間違いなく俺が悪目立ちした事だ。俺の伝説とかそんなもん無いだろ。何勝手に盛り上がってんだ。
アカツキとかクワイエットみたいな器用貧乏ならぬ器用大富豪にはなれない。俺はどこまでも器用貧乏なバランス形。
言うならば、俺は全科目で50点が取れるタイプなのに対して……グレンというか【真紅道】は、全科目の最低点が95点とかそういう次元だ。平均値が高すぎて突出したところが無いように錯覚するレベル。
……んんー……俺が出るって事は、つまり俺に勝敗がかかってる事になっちゃうんだよなぁ。仲間任せじゃダメかぁ。
「クローバー相方になってくれよ」
「場が白けるだろ。俺は俺で求められてっからよォ」
「それもそうだ。確実な勝ち点を捨てるのもナシだよなぁ……」
……まぁ、こういう下剋上は苦手じゃない。
実際【セカンド連合】戦時代の段階で、俺は結構格上相手を強いられてきたしな。
本腰入れるか、"妖怪再鬼"。
敵が誰か分かっているなら、対策の3つや4つは立てられるだろ──。
……勝てるかなぁ。




