462.伝説に決着を
【天知調の隠れ家】
「ラブリちゃん。状況の説明をお願い」
「はい。チャーチ階層"拠点防衛戦"終了より26時間経過。ゴスペル内部データ"ゴスペル発展指数"198%を維持していますが、"拠点防衛戦"発令の兆候は見られません」
「うんうん。良かったです。ねぇ真理恵ちゃん?」
──メアリーよ。と答えるのも憚られる。
【夜明けの月】は全員、この何処とも知らぬ世界に連行されたわ。ついさっき。
そりゃあもう問答無用で、【アルカトラズ】の"拿捕"の輩がゾロゾロと。
「……そうね。上手くいってなにより」
「上手く行かせているんです。こっちが。わかりますか真理恵ちゃん」
「はい。ごめんなさいお姉ちゃん」
これはもうこっちが全面的に悪いわ。
今回の騒動。ここまで複雑な事になったのは、【真紅道】グレンへの忖度がある。
……という建前を盾にして、色々好き勝手やっちゃった。正義は暴走する。歴史は繰り返すわね。
「2人いるレイドボスの偏重化、そしてレイドボスと人間の共存化。今回はバグというつなぎが無いんですよ? こっちがデュークを投げつけないとどうなっていた事か」
「でもでもだって、そもそもあんな可哀想な事をしたのお姉ちゃんじゃないの。"人を騙す悪魔"に自我を与えるのは酷すぎるわ。あの精霊、最初から最後まで一つも悪意をこっちに向けなかったのよ?」
ちなみに分体精霊クライスの正体については爆速でドロシーが見抜いていたため、今回の騒動のおおよそは最初からある程度のアタリを付けていたりして。
「……んん……それは、そうです! でもでも、こっちでフォローするつもりで……」
「つもりって言ったって、本人は思い詰めていたわよ。お姉ちゃん毎回そうだけれど、ちゃんとレイドボス達と直接接触してカウンセリングしてよ。大抵原因はお姉ちゃんなんだからね?」
「でもでも……私、そも【Blueearth】の元凶で……レイドボス達からしたら、怨敵なんて呼ばれて……」
「"アル=フワラフ=ビルニ"は殆ど降伏状態だったね。なんなら僕を見逃したら後が怖いって理由で襲われたんだけど」
「"カーウィン・ガルニクス"はめちゃくちゃ恨んでたらしいぜ、アンタの事。もし顔出してたらそりゃァもう【Blueearth】崩壊レベルにキレ散らかしてたかもなァ」
「ほらー!」
「あれ、僕の事は無視?」
お姉ちゃんにも非がある! ……ってだけの話にはならない。そもそも現場で起きるゴタゴタを解決するのが【ダーククラウド】と【夜明けの月】の仕事みたいなものだし。
「……とにかく。真理恵ちゃんの望み通りに設定は組み換えました(デュークが)。
ゴスペルのシステムについては向こう3年は繁栄を続けても問題無いでしょう。いつかはパンクしてしまいますが……その頃にはバーナードにせよ彼にせよ、今の形のままではないはずなので。その時にまた組み直します」
「お姉ちゃんありがとう」
「うぇへへ〜いいよぉ〜」
「マスター。絆されてます」
「おっと。真理恵ちゃん、可愛いの禁止です!」
「ごめんね?」
「可愛い〜許しちゃう」
「マスター」
「はい」
……ちっ。"LostDate.ラブリ"がお姉ちゃんの側近になってから、雑な甘え落としが通用しにくくなってきたわね。
「それで、呼び出しの理由はメアリー君を謝らせるだけかい?
感心しないな、公開処刑というのは。集団の前で叱られるというのは成長に悪影響を及ぼすという教育論文なんて遥か昔からあるだろう」
「……実の娘を放置するのは成長に良かったのでしょうかね、谷川譲二。実際娘さんは優しく立派に育ちましたもんね。貴方が必要ないくらいに」
「ウッ」
「ジョージが死んだ!」
「言っていいことと悪い事があるぜゲームマスター! ……これが良いか悪いかはツバキが判断する事だけどよォ!」
「んー、内緒。パパ起きて?」
「んぐぅ……済まない瞳。しばらく立ち直れない」
何してんのよコイツら。
……お姉ちゃん、言葉の殺傷力高すぎる。家族以外には意外と毒舌……というか、デュークが間違いなく悪影響及ぼしてるわね。
「……それで、本題ですが。大丈夫そうですか?」
「大丈夫そう、とは?」
コホンと一つ咳をして話題を戻すお姉ちゃん。
単純に心配してくれていたみたい。……いや、バグ関係でスペードあたりを再精査する目的もあるかもだけど。
「【真紅道】の事です。【夜明けの月】はこれから、彼らと決着を付けなくてはならないのでしょう。
だというのに、そのギルドマスターグレンは……」
「……その辺はバーナードが調整に付き合ってるみてェだがよ、相当厄介になったぜ」
今回の騒動は、完全なレイドボスとなった分体精霊……仮称"クライス/トランペット"をグレンが取り込む事で解消した。
つまりバーナードに続く、レイドボス内包人間の二例目。
……が、敵になるのよね。これから。
「question:ゲームマスターは心配する側ではないのでは……?」
「私は真理恵ちゃんの挑戦を正面から受けて立つつもりですが、それはそれとして愛する妹なんです。心配くらいします。
元より怪物ですよ、グレンは」
【Blueearth】開始から今に至るまで、ずっと最前線を走っていた【真紅道】という組織。
その頂点──"王道"グレン。
その脅威は、黎明期に最前線を走っていたライズやツバキ、カズハ……。或いはトップランカーとして肩を並べたスペードやクローバー。そして、ここまでの旅でちょいちょいその力を見てきた、あたしもよく知っている。
「……同じ立場で考えりゃ、【飢餓の爪傭兵団】で言うならウルフ。【ダーククラウド】で言うならハヤテ。【至高帝国】で言うならスペードか?」
「いや、ギルドの最高戦力という点ならクローバーと並べるべきだね。僕自体はバグのズル込みで二番手がいいところだよ」
それでもトップランカーの上澄みクラスなんだけれどね、スペード。
「……ともあれ、同格の連中と比べるとグレンのヤバさが際立つ。
というか俺たち、そもそも【飢餓の爪傭兵団】には勝ったがウルフには勝ってない。まだそのクラスの敵と戦ってないんだよな」
「レースゲームでしたし。連合込みの総力戦といい、初手例外なのです。
……あ、じゃあ今回も何か適当に難癖付けて変なルールにしてしまえばいいのでは? ミカンさん天才」
「む、難しいと思うよミカンちゃん……。グレンさんが正々堂々とした決闘以外、許すようには思えないな……」
リンリンの言葉にドロシーも頷く。
……"王道"グレン。本当にその通り名通り、正々堂々真っ向勝負しか求めない男。
そして、決してその条件で戦ってはならない男。
「グレンそのものの火力はそこまでは無ェ。つってもまァ耐久振って無ェ俺なら一撃で死ぬ程度か……」
「充分必殺じゃないの」
「トップランカーともなりゃそんなもんだよ。そも"三種の神器"と名高い【聖騎士】のトップ……"最強の聖騎士"だよ?
あの男の本当にヤバい所は、弱点が特に無いって所だよ。火力・耐久共に高水準。戦闘スキルから動体視力、戦闘に求められる全ての技能を持っていて、もう一言で言い表すなら"強い"だ」
「だなァ。長く一緒にいるからお前らなら俺の弱点なんて幾らでも思い付くだろ。【飢餓の爪傭兵団】のウルフだって、速度と火力と"窃盗"を対処すりゃ良い。
だがグレンにはそういう後出しの対処が思いつかねェ。
その上で格下格上相手にも平等に扱う"正々堂々"の精神だ。油断慢心も無ェ。メンタルまでカバーしてやがる」
「な、何よりグレン団長は……こう、戦うにあたって悪い事をしたくなくなるというか……あまり騙したくなくなるんですよね」
「正に"正義"のカリスマなのです。こいつと戦うならこっちも正々堂々とありたい……なんて感化させちゃうのも才能なのですかね? ともあれ、そんな正義のギルドと【Blueearth】中の冒険者が皆知っているからこそ──」
「……正々堂々倒さないと、世論は認めないわよね」
正義のカリスマ。
ヒーローの変身中に攻撃してはならないように、【真紅道】は真っ向から倒さなくてはならない。
そういう、一見すると非合理的な……でも逆らえない説得力。それが【真紅道】とグレンの力なのね。
「往々にして悪ってのは正義に敗れるもんだ。その辺どうお考えだ? 悪役代表のメアリーよ」
「そんなもん、分かりきってるわ」
ここで悪役ムーブをやめて、悪の総帥から【NewWorld】の救世主へと成り変わる。
……なんて事は、絶対にしない。
そんな事しなくても、なんとでもなるわよ。
「"正義"対"悪"にするから負けるのよ。
……"伝説"対"伝説"なら、同格よ」
──◇──
──【井戸端報道】速報
【真紅道】vs【夜明けの月】
"【Blueearth】争奪戦"開催決定!
ギャラクシー階層での【飢餓の爪傭兵団】戦から2ヶ月。遂に"【Blueearth】争奪戦"2戦目が始まろうとしています!
2ヶ月の間に【夜明けの月】の政策によってセカンドランカーの殆どが180階層まで大移動しましたが、先日の"拠点防衛戦"解消のための徴兵だった様子。解決に伴い招集令は解除されましたが、まだ多くの冒険者が【夜明けの月】と【真紅道】の戦いの結末を見るべくゴスペルに残っています。当然【井戸端報道】もくらいついてかぶりつきですよ!
今回のルールについてはまだ正式な発表はされていませんが、グレン団長とメアリー総帥曰く、"双方が、そして【Blueearth】にいる皆が納得する戦いをする"との事。
そしてメアリー総帥よりもう一つ、今回の"【Blueearth】争奪戦"の見出しを頂きました!
"黎明期の伝説に決着を。
【三日月】ライズvs【真紅道】グレン"!




