461.終焉と自由の音色
"アトランティック・クライス"
チャーチ階層のレイドボス
ゴスペルに唯一遺された聖地、大聖堂の中のパイプオルガンそのもの。
……ではなく、旧火山の地下に眠るマグマ溜まりから生まれた火山の精霊。或いはこの"試しの大地"の概念そのもの。
噴火という自然のサイクルを失ってしまった精霊は、不毛の大地に鳴り響くオルガンの音色に導かれ──その時唯一人間が存在していた大聖堂の中にて、存在を定義される。
故に火山の自然サイクルは、人間の自然サイクルへと変容した。
自然現象の概念として、精霊は人間を循環させる。
ゴスペルを立ち去る人間が、やがて帰ってくるように音で呪った。
とはいえそこまで大した事が出来るわけではなく……人間がこのゴスペルを棄てたのは、単純に自然環境の厳しさが故であった。
だが、オルガンに定義されたゴスペルそのものである精霊は、人間の祈りを聞き届けた。
"この地は神が人を試すための試練の地"
"悪魔が我らに試練を与える"
概念である精霊は容易く染まる。
故に、生まれてしまった。
人間に試練を与える悪魔。
人を騙し、誑かす悪魔。
"アトランティック・クライス"は二つで一つのレイドボス。
パイプオルガンとなった、自然により生み出された"精霊"のレイドボス。
そして、人の祈りにより生み出された──嘯く"悪魔"のレイドボス。
私は、人を騙すために生まれた悪魔。
冒険者を騙し、"アトランティック・クライス"を解放して──人間と文明を滅ぼす、悪意の顕現。
そして二つの"アトランティック・クライス"の内、自我が生まれてしまったのが──悪魔である私の方。
オルガンは何も言わない。私と彼は繋がってはいない。
何を考えているのか──自然現象に過ぎない彼は、思考なんてしないのかもしれない。
私もそうありたかった。そうすれば、自然のままに使命を果たせたというのに。
「お邪魔しまーす」
「……ふむ……"カースドアース"の綱引きを思い出す……」
……だれ?
というか、ここどこ?
「ここは"アトランティック・クライス"の内部データ。精神世界のようなもので、セキュリティシステム的にはバックドアというか……まぁいいじゃないか、そんな事」
「……うむ……スカーレットが心配する。早く済ませてしまおう……」
……【バレルロード】の、バーナード。
【夜明けの月】の、スペード。
さっき冷凍骸骨になってた気がするけど、スペードは元の小さな腹立つ顔のままだ。
「結構失礼だね。流石悪魔」
「……悪魔はここまで優しくない……」
バーナードは、樹木に侵食された手を私に向ける。
……この木は、レイドボス"カースドアース"の……。
「……正門を開けていたのは、お前の判断だな……?
お前は……俺たちを騙すことを、嫌がった……。
……お陰でこうして、助けに来れた……」
「助けて欲しいなら最初から言えば良かったんだよ。"アル=フワラフ=ビルニ"といい"カーウィン・ガルニクス"といい、どいつもこいつも回りくどいよねー」
「……お前というバグそのものの存在が……警戒されているのではないか……?」
「そりゃそう。さて、やろうか」
動かない私の手を、スペードが無理やり引いて──バーナードの手と合わせる。
一体、何をさせるつもり?
「ゴスペルのレイドボスはオルガン精霊とラッパ悪魔の2人。このまま進めばオルガン精霊はゴスペルの原住民をある程度滅ぼす。
それが正しい挙動な訳だけれど……じゃあ正しくない挙動にすればいいって話だよね?
「……既に、"拠点防衛戦"が消滅した階層は存在する。それが……この"カースドアース"の居たサバンナ階層だ……」
手が、樹木となって──私に侵食してくる。
もう手が離せないよう、絡みついて。
──私をこのゴスペルから外に出したとしても、もう一つの"アトランティック・クライス"が!
「大丈夫。順番に解決していくからね」
"カースドアース"が、私に入ってくる。
──私を通して、あの子と私が近くなる──
──◇──
【第180階層 祝福合奏ゴスペル】
──大聖堂正面
「ライズさん。メアリーさん。これは?」
「うん。……どういう事なんだろうな」
「まさかの計算外!?」
目の前の大聖堂は"カースドアース"の根に包まれている。
これを合図だと思ってカズハに連絡。最後の結界を解除したわけだが──
大聖堂から現れたのは、木の根に覆われたパイプオルガンの怪物。
【孤独なる聖譜 アトランティック・クライス】
「被害状況確認! ホムラさん!」
「既に! 今の所、原住民五派閥に被害無し、です!」
懸念していた事は起きていない。
つまり原住民は誰も死んでいない……。
じゃあ成功でいいのか?
「とりあえずスペードとバーナードによるバグらせは成功として、後はどうするかだよな……」
「ライズさん、いい加減に説明願う。どうするつもりだったんだ?」
「うん。ゴスペルで"拠点防衛戦"を永遠に発生させなくすればいいんじゃないかなーって」
「……は?」
キョトンとする【真紅道】。
でもそんな変な話じゃないと思うんだよなぁ。
「バグってレイドボスの発生そのものが起きてなかったサバンナ階層では、レイドボス端末のシドにレイドボスとしての役割だけを与えて、レイドボス本体をバーナードがサバンナから持ち出す事で事実上"拠点防衛戦"を封印した。
ジャングル階層の"グリンカー・ネルガル"と"グラングレイヴ・グリンカー"のように、そもそも設定上レイドボスを引き継いで交代するシステムは存在している。
それを既存設定外で成立させたのがフューチャー階層の"MotherSystem:END"と"MonsterSystem:ELD"だな」
「つまり、レイドボスはちゃんとシステムを設定すれば割と誰でもなれるのよ。そしてシステムを持ち出せば"拠点防衛戦"は成立しなくなる、かもしれないって事」
「……それ、大丈夫……なのかい?」
「ひゃっひゃっひゃっ。大丈夫なワケあるかい! 真理恵ちゃ……メアリー! サバンナ階層のそれはそもそも"カースドアース"が出られないバグで固定されていたからさね! ちゃんと"拠点防衛戦"が発生する階層で、"拠点防衛戦"を封じるなんて──」
「出来るわ。極力サバンナと同じ状況に持っていって、レイドボスを引き継がせる。"拠点防衛戦"を発生するだけの権限を没収された名前だけのレイドボスを置けばサバンナ同様、"拠点防衛戦"は発生しないわ」
「誰がやるってんだい! ……"カースドアース"かい?」
「いいや、"カースドアース"はもうバーナードとズブズブだ。そんな事すれば"エルダー・ワン"みたいにバーナードをこのゴスペルに縛り付ける事になっちまう。
……流石に普通の人間にさせていい事じゃない。犠牲者は人間以外だ」
「じゃあ誰だってんだい!」
「アレだ」
指差す先。
こんな場所じゃあ、差す先なんて限られる。
当然、樹木に縛られた──哀れなるパイプオルガンしか、そこには無い。
「"アトランティック・クライス"は2人いる。
あのオルガンが主体、俺たちと離していたトランペット精霊が分体だ。
まずトランペット精霊を"アトランティック・クライス"の本体にして、抜け殻になったオルガンをハリボテのレイドボスとしてゴスペルに縛り付ける!
そんでトランペット精霊を誰かが引き受けてゴスペルから持ち出せば……サバンナ階層と同じ状況に持ってこれる。
あのオルガンは元々このゴスペルのレイドボスなんだから適合は簡単なはずだ」
色々と無理やりだが、こっちにはバグに明るいスペードがいる。今は普通の人間だが、"アル=フワラフ=ビルニ"と"カースドアース"の外部出力があればバグ操作調整くらいは出来るだろ。
……ここまで全部、推論でしかないが。出来ると思うから、やるしかない。
「ライズさん、しかし──」
「グレン。お前、これに近い事をやらかそうとしてただろ」
これ以上悪役にさせられるのも気分が悪い。
お前を慕う部下の前で悪いが、さっさとネタバラシさせてもらうぞ。
「そ、んな、事は」
「あのトランペット精霊が可哀想だから助けようとしてたんだろ。バーナード使って。
結構な事だ。別に是非を問うつもりはないよ。俺たち【夜明けの月】だって好き勝手生きてるんだからな。
……だからこっちでお膳立てしてやった。出来ない事を出来るように調整してやった。
道は整備した。勝手に赤幕敷いて進みやがれ──"王道"!」
ウルフもスペードもハヤテも、グレンだってそうだ。
トップランカーのトップってのは基本的に自己中心的で──その欠点を補いたくなるような、カリスマってのがある。
これ、完全に利敵行為なんだがなぁ。メアリーも同じ気持ちだったんだから、頭が痛い。
グレンは──鞘から剣を抜き、天高く──オルガンへと向け、掲げる。
「──これよりは、私達を助けてくれたあの精霊を救うために剣を振るう。
之は私の勝手だ。私が征く道だ。
だが、それでも私の後ろに続くならば──共にあろう。
我ら【真紅道】! 立つ脚が血に満ちようとも! "王道"を歩む者である!」
異論など無かった。
【真紅道】は各々が武器を掲げ、雄叫びを上げ──"アトランティック・クライス"へと、突き進む。
「──やっちゃったわね」
「だな。これどうやって勝てばいいんだよ」
「いい行いだと思うし、そうさせたグレン君の日頃の行いの成果だと思えばいいんじゃないか?」
「answer:スペードが横取りしない事を願います」
【夜明けの月】にとっては何の得にもならない話だ。
このまま行けば──
──◇──
──空間が割れる。
スペードとバーナードが、私を見送る。
「じゃ、また後で」
「……もう手を離す。そいつを任せるぞ……」
「──はい。ありがとうございましたー!」
落ちる、落ちる。
光の世界へと落ちる。
そして──
「おっと。捕まえた」
騎士の手へと、落ちる。
「……貴方が、器になってくれますかー?」
「ああ、私で良ければ。
どうかこの私に、貴方を救わせて欲しい」
"王道"は笑う。
オルガンの方は、それはそれは大暴れしたみたいで。
みんなボロボロになりながらも、私と騎士を見守っていた。
「──はい。今後とも、よろしくお願いしますー」
鐘の音が鳴る。
ここに、ゴスペルの最初で最後の"拠点防衛戦"が終結した。




