460.あの鐘は根に堕ち成れない
【第180階層 祝福合奏ゴスペル】
──side:スペード
つまるところが。
ゴスペルにおける"拠点防衛戦"はゴスペルの原住民人数に起因するものなわけで。
ゴスペルに展開された施設、原住民の数、クエスト進捗具合……纏めてゴスペル発展度とでも言おうかな。
ともかく、そのゴスペル発展度が一定を超えた場合に現れる臨時クエスト。それがあの五つの楽器な訳だね。
──"拠点防衛戦"と拠点階層の関係性については【第10階層 大樹都市ドーラン】の例がある。アレはエルフとドリアードの政権が著しく繰り返されてしまった場合、大樹ユグドラシルが怒る……というものだ。拠点階層原住民の発展度が関わってくる点で似ているね。
ゴスペルの"拠点防衛戦"の目的は、原住民を間引く事で相対的にゴスペル発展度を減少させる事。住居の破壊でもその辺は達成できそうだけれどね。
うん。至って真っ当。まるでおかしくないね。
……本当かな?
この"拠点防衛戦"の開始条件は、五つの楽器をレイドボスに奉納する事。
その後"アトランティック・クライス"本体が暴れ出し、大聖堂は五人の派閥代表者の持つ鍵によって封印される。
"アトランティック・クライス"は大聖堂の中から各派閥を洗脳し暴走させ、鍵を持つ派閥代表者を冒険者に倒させる……。
……おや? おかしいね。
最初に五つの楽器を奉納した人は何処へ行ったんだろう?
「……つまり、"ゴスペルラード・フロンティア"が掘り当てて大聖堂方向まで伸びたこの地下通路が答えだったわけだ。本来は大聖堂からこの地下通路を通って逃げ出すのが正規ルートだったんだろうね」
「……だが……普通に正面から出られたが……?」
地下通路を進むはクローバーと僕。そして【バレルロード】。
バーナードまでいれば過剰戦力……だけど、どうにも通路には魔物の気配が無い。
「本来ならば正門が閉ざされたんだろうね。でもそうならなかった。
そして今僕たちがここに入れている事もまた不自然だ。だってここ通れちゃったら結界の意味無いよね? 僕ら冒険者からしても、あの"アトランティック・クライス"からしても」
「そりゃそうだなァ。本来のルートを逆走してる訳だが、なんで出てこねェんだオルガン野郎」
「システムの問題だね。この通路は【"アトランティック・クライス"が通れない】要素と、【一度通ったら崩壊する】要素を持っているんだろう。
正門が何故か開いていたからこの地下通路は使われず、こうして逆走して"アトランティック・クライス"の元へ行けるわけだね」
「でもでもそれってつまり、この道は引き返せないし大聖堂の中から外に出られないって事なのだ?」
「そうよねぇ。というか、大丈夫なの? 正規ルートを外れたらバグっちゃわないかしらぁ?」
フェイとプリステラの懸念もその通りである。
……けれど、そこは【Blueearth】。壁抜け程度でバグることはないよ。
「"拠点防衛戦"の仕組みは覚えているかな? "拠点防衛戦"発令のタイミングで該当階層はコピーされて、中にいる冒険者とレイドボスは丸々そのコピー階層に転移される。そしてレイドボスは、"拠点防衛戦"用……冒険者が倒せるように、多少の弱体化が入る。
つまりシステムそのものはほぼ元のゴスペルだ。本来入れない大聖堂の中は作り込まれてない……なんて事はない。だから入ったところで致命的なバグにはならない。
ならないけれど……そこにいるのは、まだ本来戦えないはずのレイドボス。つまり弱体化が入ってない純粋なレイドボスだね。だからこっちにクローバーとバーナードを回したんだ。しっかりやってね」
「……お任せあれ……」
「人任せあれェ」
ふはは。まぁ弱体化しようがしまいが、もうトップランカーならレイドボスくらい倒せてしまうのだけれどね。何も心配はいらない。
「そもそも結界の解除を待たないのはどうして? 普通に真正面から行けばいいじゃない」
「……それでも勝てるだろう……この"拠点防衛戦"はこれまでのようなバグなどの利用も起きていない……"カーウィン・ガルニクス"のような陰謀もない……」
「けれど、この"拠点防衛戦"が真っ当に進行するなら必ず原住民は死ぬ。でないとゴスペル発展度が減らなくて、"拠点防衛戦"終了と同時に"拠点防衛戦"が始まってしまうからね」
「あー……それは"王道"じゃないわね」
こんなもの、最初から強行突破でよかったんだけれど。
それをしたら【真紅道】がいい顔しないから……とは、メアリーの弁。
わざわざそんな事言わなくてもいいのにね。普通に「そんなの可哀想じゃん」って言えばいいのに。
って言ったら殴られたけども。
素直じゃないなぁウチのリーダーと参謀は。
「ただ倒すだけじゃダメなんだ。封印中の大聖堂内部にいる"アトランティック・クライス"を撃破してしまうと、大聖堂外で進行している"拠点防衛戦"と齟齬が生まれる。……多分、封印解除と共にコピー元階層にいる方の"アトランティック・クライス"がこっちに呼び出されて正規ルートで暴れる事になる。
逆に、倒しでもしなければ封印解放時に外に出てくるのはここの"アトランティック・クライス"だ」
「んーっと、つまり死なない程度に痛みつけるって事?」
「やや正解。でもゴスペル発展度の減少は本人の意思じゃなくて既定路線だから、多分根本的な解決にはならないなぁ」
「それじゃあ意味ないじゃないの」
「そう。だから僕とバーナードなんだよね」
この作戦、【真紅道】には内緒なんだよね。
……多分ダメって言われるから。
「ここまで進んだ階層ともなると、ほぼ【Blueearth】側がシステム的に優位。レイドボスとはいえ簡単にバグらせる事はできない。
……というかこれまでのレイドボスが起こした問題だって、自我生まれて一年くらいかかってる大作戦が殆どなんだから。生まれたての彼らにそこまでの力も時間も無いよ。
だから、僕たちがバグらせちゃおう!」
「……は?」
──◇──
大聖堂に置かれたパイプオルガン。
歪なる祈りによって"試しの大地"に遺された最後の遺物。
──では、ない。
このチャーチ階層の地下深く、マグマ溜まりに幽閉された火山の噴火の概念そのもの。
それが地中を通り、大聖堂に取り憑いた。それが"アトランティック・クライス"の正体である。
その目的は、循環である。
噴火しない火山に意味は無い。自然は巡る事で生きる。大自然の循環の中で自然破壊を司る"噴火の精霊"は、その原則を最悪の形で再現しようとしていた。自分はもうそれが叶わないから、出来るだけ他人の手を使って。
集まった人に種を植えてから、ゴスペルを追い出す。
荒廃したゴスペルがまた発展し、追い出した人間を呼び戻す。
発展したゴスペルを破壊して、追い出す。これぞ循環。
"アトランティック・クライス"に自我は無い。無いが、その位置が大聖堂であった事が問題だった。
酷い災害に見舞われた信者達は、意味を求めた。
災害に意味などない。循環の過程に勝手に立っていた人類は、その災害に悪意を見出した。
災害は"試練"だ。
高次なる神が我々に課した試練だ。
──災害は"悪魔"だ。
我々を騙し誑かし、このゴスペルの養分にしようとしている!
"アトランティック・クライス"は災害から悪魔へと変貌した。
ただ繰り返されるサイクルの中──"悪魔"の概念が加わってしまった。
それは、嫌だ。
私の役割は、そんな事?
そんな事はしたくない。
そういうものだとか、そんな事は関係ない。
やりたくないから、やりたくない!
「──75%【サテライトキャノン】!」
光の柱がオルガンの悪魔を討つ。
──倒れはしない。この程度でレイドボスは倒れない。
災害は現象を確認する。──地下通路から、誰か来た。
「いいぞコノカ! じゃんじゃん叩き込め!」
「は、はいっ! 次弾装填──!」
銃撃──凡そ自然現象とかけ離れた、文明の雨。
しかしそれはオルガンを鳴らすのみ。災害に恐れは無い──
──怖い──
「一気に行くぜェ!」
まばゆい光がオルガンを掻き鳴らす。
アレなるはただの人間。だというのに。
──この"命"に、危機を感じる。
災害は現象を理解する。
自我は無いが、優先順位は付けられる。自然現象的にそうあるべし。
「……っと、クローバー! そっち狙ってるよ! 上へ逃げて!」
「了解スペード! オラこっちだ管楽器野郎!」
光の柱は脅威だが、目下最大の脅威はあの人間。
たった一人であの光の柱に準ずる力を持っている。小さな災害だ。
狙う。狙う。音色と五線譜を撃ち振るうが、すばしっこい。
あれよあれよと高くへ登るが──その先には、何も無い。
「──【氷砂世海旅行記】!」
──大聖堂が凍りつく。
聖堂が城のホールに書き換わり──目の前には、凍てつく骸骨。そして褐色の魔女。
『──ver.2、です!』
「ごめんね"アル=フワラフ=ビルニ"! 何度も申し訳ない!」
『なんの、希少なトップ階層の同僚を救うためなれば!』
嫌な予感がする。
"アトランティック・クライス"は現象なれば、まだレイドボスとしてのシステムは把握していない。
だがこの骸骨は、何か末恐ろしいものを感じる──
「そっち見てんじゃねェよ!」
──鉛雨。やはり、それでも尚脅威はあの人間!
金属管を真上に向ける。
他への耐性は考慮しない。全力で、真上に音を噴出──!
氷の城を、大聖堂を撃ち抜き──空高く、大聖堂の鐘と共にあの"災害"を打ち上げる──!
「──よし! やれバーナード!」
叫ぶ"災害"。
恐るべきはその人間ではなく。
凍てつく骸骨でもなく。
「……請け負った……!」
──そのまま、自分と同じ"災害"。
地より引き摺り出される悪魔の触手。
──大樹がオルガンに絡みつく!
「バグ+レイドボス二人掛かりだ。しっかりバグってもらうよ!」
おのれ。おのれ!
……と、恨む感情も無い自然現象は。
ただこうなればもう、音を鳴らす事もできずに。
ただ黙るのみであった。




